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17 新しい未来図

 オーク蛮国王都ジェギ


 ガスタンク

  「エクスティンクション」


 『・・・主・・・何をした。不発か・・・』

 エクスティンクション特有の空間の(ゆが)みが発生していない。

 ダイチは首を傾げてから、深く息を吸う。

 覚悟を決めて、ダイチは黒の双槍十文字を構え、互いの距離の中間辺りまで疾走する。巨体の青いオークもクワッと眼を見開き、駆け出す。

 互いが中央で激突する。

 青のオークが大鉄球のついた棍棒をダイチめがけて水平に振り回す。ダイチは身を屈めて、これを間一髪で(かわ)す。

 『ダイチ、狙いは分かった・・・あと1m前だ』ダイチの意を解したクローが指示する。

 ダイチが青いオークの足の甲を黒の双槍十文字の柄で突く。

 青いオークは足の甲を下げて躱す。

 コーン、コーン、コーンと地面の岩盤から音がする。

 青いオークが下がり、ダイチが1m前に進む。

 青いオークがダイチの足元を払うように大鉄球の棍棒を大振りする。

 ダイチは真上に跳躍してこれを躱すが、着地で手をついてしゃがみ込む。

 青いオークは、この隙を見逃さず、大上段に構えた棍棒を力任せに振り下ろす。

 ダイチは、後ろに跳躍しながら、黒の双槍十文字を地面に刺し、棒高跳びの選手のように更に後方へと跳ぶ。

 ゴゴーン、青いオークの大鉄球が地面を叩く。

 ゴオン、ゴオン、地面から木霊が返る。

 大鉄球の先から地面の岩盤に無数のひびが入り、青いオークを越えて広がっていく

 青いオークが、不思議な表情をして、足元をそろりと見る。

 ダイチは、青いオークの足元を観察する。

 ダイチは、黒の双槍十文字でオークの足元の先の地面をサクッと刺し、オークの眼をみて首を傾げ、愛想良く微笑む。

 ガラガラ、ガラガラ、ドガガガガーーーーーン

 地面の岩盤は、青いオークと共に崩落した。

 ゴゴン、ゴゴン、ゴン、ゴン、ゴンとこだまが返って来る。

 周りを取り囲んでいたオーク兵たちは、何が起こったのかも理解できずにポカンとしていた。

 ダイチは、そろりそろり歩きながら、穴の中を覗いた。それは、直径30mの球状の大穴だった。

 「おおーい。青の英雄。生きているかーーー!」

 穴の中で岩が動く。その下から青いオークが立ち上がり叫び返す。

 「ジコ、ショウブナシ。ソコデ マッテイロ」

 「事故や災害があっても、戦いに待ったはない。お前の負けだ」

 「・・・ウンガ ワルイ。モウイチド」

 「これは運ではないよ。おい、いいか動くなよ」


 ゾーブ

  「エクスティンクション」


 召喚無属性魔法エクスティンクションは、目標の1点に反発エネルギーであり、負の圧力を持つダークエネルギーを召喚する。

 直径30mの球状に抉られた壁面の1点から透き通った球が膨張した。それは瞬きよりも短い出来事だった。球が目に見えた訳ではない。ダイチの想定した効果範囲であるゾーブ大の直径3mの透き通った球が存在を示すかのように、球形の輪郭内で背景が歪んだのだ。

 その刹那、球形の輪郭が1点に収縮し消滅した。

 後には、壁面に直径3mの半球が誕生していた。


 「・・・コレ、オマエガ・・・コノ、オオアナモ オマエガ・・・」

 青いオークはゴクリと唾を呑み込み、無言のままガクリと両膝を付けて、項垂れた。

 「悪いが、オークの王まで案内してほしい。キュキュ、青の英雄を出してあげて」

ダイチは穴の下で項垂れる青いオークを指さした。キュキュは翼を広げると、穴の中へ滑空して行った。

 青いオークを乗せたキュキュが戻って来ると、ダイチの足元に片膝を着く。

 「オレ、マケタ・・・オレノ ナ、パンジェ」

青いオークは、潔く敗北を認めた。

 「ツイテ コイ」

 「パンジェ、お願いする」

 ダイチは歩きながらカミューを見ると、カミューはニヤリと牙を出した。


 柵に囲まれた大きな石造りの宮殿があった。

 宮殿の天井近くの壁面には、明かり取りの窓がいくつもあって、室内は照明なしでも生活に支障はなかった。

 奥の通路は、ヒョウ柄の布が何枚も垂れ下がっており、それを掻き分けて進んだ。

 「ココダ」

と、パンジェは、最後のヒョウ柄の布を持ち上げる。

 部屋の奥には、虎の魔物の頭付きの毛皮が絨毯として敷かれ、その上には玉座があった。玉座には、黄金の冠を被り、金の腕輪をいくつも身につけた青いオークが足を組んでいた。 

 その王座の脇の椅子には、細身の女性オークが座っていた。胸と腰には紅の服を纏い、首には翡翠の勾玉とヒクイドリの爪が交互に並んでいた。手には赤色透明のガーネットが嵌め込まれた腕輪をつけていた。


 青のオークは王の前まで進むと、平伏して、王に何やら告げている。

 「ЁЙ、Ξ●▼」

 「αζ」

 「Б&$Φ」

 「▼#、‘@」

 「$Й、ДδΔ、Г◇δ」

 「〇Б!」

 パンジェの周りを、武器を手にしたオーク兵、数十匹が取り囲んだ。青のオークは身動き一つせずに王の眼を見ていた。

 ダイチは進み出て、王に向かって丁寧な口調で語り掛けた。

 「私はダイチ。こちらは、テラ。破魔神獣神龍のカミュー、キュキュ。

オークの王に話があります」

 ダイチは胸に手を当て、頭を下げた。

 「ЁЙ、Ξ●δ」

 「クロー、言葉は分かるか」

 『王と話をしに来たのはお前か、と尋ねている』

 「クロー、流石だ、分かるのか。これなら、話が早・・・え、伝える事はできない・・・青の勇者にお願いするしかないか」

 「青の勇者、私の言葉を王に伝えてほしい」

 その時、王の脇に座る細身の女性が立ち上がった。

 「私は、王妃サバン。王の名はガンバゼ」

 「王妃・・・人間の言葉を話せるのですね」

 「森の湖に遊びに来るエルフの女性に教わった」

 「サバン王妃、よろしくお願いします」


 ダイチらの提案を聞き、ガンバゼ王は答えをサバン王妃に伝える。王妃はダイチたちに伝える。

 「人間は、領土欲しさに、我が同胞の命を最も多く奪った。我らも人間に同じことを繰り返して来た。

 魔族は、快楽のために、我が同胞の命を多く奪った。生者と死者への辱めは、想像を超える。オークは、魔族とは決して手を結ぶことはない。

 オークの戦士たちは、人間の指示に従うことはないが、共に戦うことはできる」

 「おお、では、人間とオークは軍事同盟を結べるのですね」

 「Ψ|♦ε&$Σ▲Ё。БД*+‘Й■Ц♢」

 「オークの民も人間への恨みを忘れてはいない。軍事同盟は、今回の人魔大戦のみだ」

 「人魔大戦後のことは、その後で考えましょう」

 オーク王ガンバゼが立ち上がり、ダイチの前まで来た。ガンバゼ王は3mと偉丈夫だった。ダイチは、見上げるようにして、ガンバゼ王の大きな手を握り、握手を交わした。

 これをテラは、目を細めて見ていた。

 パンジェは平伏したまま、この会談を見届けると、武器を構えたオーク兵に連行されて行く。

 「待ってください。パンジェは、俺に負けたために罰を受けるのですか」

 サバン王妃は、手を上げ、パンジェの連行を一旦止めた。そして、ダイチに言う。

 「パンジェは、王と私の子」

 「王子・・・青い巨体・・・そうだと思っていました」

 「パンジェは、決闘に負けたので、ダイチについて行くと言った。次期王候補でありながら、オーク族を裏切る行為。そのことがガンバゼ王に咎められた」

 「オレ、マケタ。オレ ノ イノチ ダイチ ノ モノ」

 「パンジェ、あの勝負は、王に会うためのものだ。主従関係には無関係だ」

 「ソノリクツ カワラナイ。 オレ ノ ホコリヲ カケタ タタカイ」

 「パンジェが、俺について来たら、この国の王がいなくなるだろう。それに、次期王候補を連れ出して、まるで人質みたいだ。

 これでは、人間とオークの軍事同盟も続かないだろう。だから、俺は困るんだ」

 『主の言うとおりだ。ここに来た目的は、人間とオークの軍事同盟締結だ。このままでは軍事同盟も破綻しかねない』

 「カワリ イル」

 「・・・パンジェ以外に、この国の跡取りは、いるのか」

 サバン王妃が答える。

 「パンジェの他に、王子5、王女6。パンジェは継承権第3位」

 「うお、どれだけ子だくさんなんだ。体力がどれだけ凄いんだ・・・」

 「ダイチさん、それは王族への暴言に当たるかも・・・」

 「Ψ¥¥、Θ・・」

 「サバン王妃、訳さなくていいですよ。やめてー」

 ガンバゼ王が立ち上がって、強い口調で何やら兵に命じる。

 「ЙЫ▲、♢&♦¥。$ЙΨβ#%」

 「ガンバゼ王、失言お許しください」

と、ダイチは丁寧に頭を下げた。

 兵たちは、パンジェから離れ、王の護衛に戻った。 

「お、ガンバゼ王の逆鱗に触れたのではないようだ・・・」

ダイチは、胸を撫でおろした。

 ガンバゼ王が、パンジェに向かって声を掛ける。

 「$Й♦Ψβ#%▽」

 パンジェは右手の拳を左手の掌で包み、ガンバゼ王に再び平伏する。

 「@*、Ψβ#%」

 「王から許可が出ました。パンジェは命のある限り、ダイチと共に生きます」

 「え・・・、命のある限り、共に生きる・・・」

 「βЫ、$Й+$Й。$Й、ΨЦЩ♢Γ、#♦%&Θ。ΔΣ&◇Д」

 「ダイチ、パンジェを頼む。パンジェが、オークと人間の間に吹く、新たな風となるやもしれん。新しい未来図に期待する」

 『ダイチ、これでパンジェは、決まりだな』

 ダイチは、ガンバゼ王とサバン王妃の手を取り、

 「ガンバゼ王、サバン王妃、ご子息パンジェをお預かりします。必ずや新しい風を吹かせて見せます」

 「アルジ ダイチ、イノチ ササゲル」

パンジェは、ガンバゼ王とサバン王妃の手を取るダイチに平伏した。

 テラは、この光景を黙って眺めていた。

 ダイチは、鑑定スキルを使ってパンジェを覗いた。

 「クロー、パンジェに特異スキル慧眼ってあるけれども、これはどんなスキルなんだ」

 『慧眼は、相手の弱点を見極めるスキルだ』

 ダイチは、漆黒の黒い森で出会ったプレデーションキマイラの弱点を把握できず、エクスティンクションを無駄打ちして、苦戦した苦い経験を思い出す。

 「パンジェは、そんな有用なスキルを持っていたのか」


 「パンジェ、その胴鎧をこの村に置いていけ。その意匠はローデン王国のものだ。オークとの戦で家族を失った人へ配慮したい」

 「ワカッタ」

パンジェは、黒光りする胴鎧を外して置いた。

 「パンジェ、胸に傷跡があるな」

 「コノキズ ニンゲンノ アカマントノ キシノ ヤリアトダ」

 「パンジェの胸を槍で一突きか・・・人間の騎士にも天下の豪傑がいるんだな」

 「アカマントノキシノ ヤリノホサキ オッテヤッタ。ツギ アッタラ ケッチャク ツケル」

 「パンジェ、1つだけ約束がある。この約束だけは違うな・・・決して死ぬな」

 「シ オソレナイ」

 「俺が、パンジェの死を恐れているんだ」

 「・・・ヤクソク。オレ シナナイ」

 『主、我が召喚神獣となった時にも、俺に同じことを言ったな』

 「ああ、俺の願いだ。・・・それから、カミューも、俺に死ぬなと言った。

 その約束、死なずに守っているぞ」

 『見れば分かるわ』

 「あははは、カミューも約束を守っているな」

 『主、この約束は守れているか、いないかが分かりやすいな』

 「ああ、一目瞭然だが、この結果が大事だ」

 『ダイチ、次はゴブリンだな』

 「さあ、テラ、パンジェ、行くぞ」

ダイチが、カミューに跨る。テラが、キュキュに跨る。

 「あ、パンジェ・・・飛ぶ手段がないのか。一緒にカミューに乗るか?」

 「アルジ ダイチ、パンジェ、トベル」

 「えええーーーっ!! 飛べるのーーー!」

 パンジェは、ダイチを見て破顔すると、首にかかった骨製の笛を加えた。

 ピーーーピョロ、ピーーーーーーーーッ

 パンジェの笛の音を聞くと、近くにいたオークたちは一斉に家や岩穴に入って行った。

 クェーーーツ

王都ジェギの広場に大きな影が差した。

 ダイチとテラが空を見上げると、大きな鳥が滑空して来ている。

 バサッ、バサッ、と羽ばたきの音と共に着地した。

 クローが、この鳥を鑑定する。

 『ダイチ、ロック鳥だ』

 テラは、目を丸くして鳥を見ていた。

 「・・・・これが、ロック鳥なの・・・。でも、ロック鳥といったら伝説のSクラスの魔物。どうしてオークに懐くの?」

 「コレ、ガイガー」

と、パンジェが腰に下げた袋から干し肉を一つ宙に投げる。

 ガイガーが分厚い嘴でこれをキャッチして呑み込む。

 ロック鳥アイガーは、全長12m、全翼22m、2本の脚は力強い筋肉と爪があった。また全身は茶色で、羽には緑、橙、黄、赤の模様がついていた。

 パンジェが手を出すと、ガイガーは身を屈めた。パンジェがすっと首を跨いで乗った。

 「やはり、パンジェが飛ぶんじゃなかったか・・・残念」

 「ダイチさん、何馬鹿な事を言っているのよ。オークが飛べる訳ないでしょう」

 「それはそうなんだけど、一瞬、期待した」

 「現実離れした期待よりも、ロック鳥を手懐けていることが驚きです」

 ダイチたちは、王都ジェギから飛び立つと、ぐんぐん高度を上げて行った。

 テラは、横を飛ぶパンジェに尋ねる。

 「パンジェ、ガイガーは、なぜあなたに懐いでいるの?」

 「ガイガー タマゴ、カエシテ、オヤニ ナッタ」

 「なるほど、私とキュキュの関係と同じね」

 ダイチたちは、黒い3つの点となって、北の空に消えていった。


 ゴブリン国ダフタの谷

 「ダイチさん、あの石造りの街がゴブリンの自由都市ダフタの谷よ」

 「大渓谷沿いに広がる巨大な街だ。まさに都市。白石で造られた家々が並ぶ街並みも美しい。ギリシャ時代のイメージだな」

 「ゴブリンは、罪を犯して国を追放された者たちが、各国の森で野盗の様に人間を襲うので、残酷で野蛮な亜人としてのイメージが定着した。

 実際には、国家間の紛争解決のために、武力は使わないと宣言している平和主義者だと山の民ファンゼムが言っていたわ」

 「ファンゼムが?」

 「ええ、ドワーフのファンゼムは、元は山の民として狩猟や採掘や採集などを生業にしていたの。そこで、高い採掘技術を持ち、商人としての目利きが確かなゴブリンと交流もあったと言っていたわ」

 「高い知性と技術を持っているのなら心強い仲間になれるかもしれない。だが、武力行使をしないという国是が、今回はネックとなるか・・・」

 「ファンゼムは、ゴブリンは、心を許せる相手ではなかったとも言っていたわ」

 「なぜ?」

 「損得勘定が優先され、利己的で狡猾であると。ファンゼムたちドワーフは、何度も騙されたそうよ。

 その度に、抗議に行くと、騙される方が悪いと口々に言われたと。それをたまたま見ていたゴブリンたちにも、指をさされて、騙されるお前が悪いと笑われたらしいわ」

 「その道徳的な価値観では、例え交流できても猜疑心が募ってしまうな」

 カミューとキュキュ、ガイガーは、自由都市ダフタの谷へ降下して行った。

 ダイチたちが広場に着陸すると、オークの王都ジェギ同様に周辺は大騒ぎになるかと思いきや、道歩くゴブリンは、足を止めて振り向きはするが、無関係を装いまた歩き出して行く。まるで、自己の利益にならないことには、関心がないという素振りであった。

 ダフタの谷には、あちらこちらに花壇があり、その花壇には赤や黄、青、紫、桃、橙、白など色鮮やかな花が咲いていた。

 「うわぁ、綺麗な花。ファンゼムが、ゴブリンは残酷で野蛮な亜人ではないと言っていた事に頷けるわ。花を愛でる心情と心の余裕があるのね」

 パンジェは、立ち止って花壇に咲く、多彩で多様な花々を見ていた。

 ダイチは、背中越しにパンジェに尋ねる。

 「パンジェ、どうしたんだ」

 「アルジ ダイチ、・・・アカ、キ、アオ、ダイダイ・・・ウツクシイ」

パンジェは、花壇の前にしゃがみ込んだ。

 「この花は、1つ1つが美しい。しかも、それが集まると一層鮮やかだな。

 ・・・異なる色の花が、互いに引き立て合い、豊かな色彩にしている」

 「イロノチガウ ハナ タガイニ ヒキタテル、ユタカナ シキサイ・・・・」

 テラが頷きながら、ダイチとパンジェを見た。

 「私たち人間も同じ事が言えそうね。互いに高め合うそんな関係が良いのね」

 ダイチがテラとパンジェに向かって言う。

 「個の関係だけではない。多様性のあるチームは強い。多様性のある社会は革新的だと言われている」

 「私たちの目指す社会そのものね」

 ダイチは黙って頷いた。

 「ところでダイチさん、ここの元首の居場所に心当たりが?」

 「・・・全くない。だから、ここで待っている」

 「ここで待っている?・・・ああ、だから目立つように、街の広場に降りたのですね」

 テラは、遠くから走って来る警備兵十数人に目をやった。いずれも1m位の小柄であった。

 警備兵に首長に会いたいと申し出ると、警備兵は、カミューとキュキュを恐々見ながら承諾した。


 「ゴブリンは、魔族との人魔大戦には派兵しないということですね」

ダイチは、長いテーブルの端と端で対面して座るゴブリン元首ブブを見て言った。

 長いテーブルには、ゴブリンの内政の商業や採掘、外交、軍事などを束ねる長官たちも同席していた。

 ゴブリンの外務長官が、指を顔の前で振り、これ以上は時間の無駄とばかりの素振りで言う。

 「我々は武力を行使する戦いには、人間にも魔族にも与しない」

 「どうしてもだめなのですか」

テラも食い下がった。

 「我らの国是だ」

 その時、クローが思念会話をダイチに送った。

 『ダイチ、ゴブリンの目的が、国の存続ということであれば、筋は通っている。

 人間に与すれば、魔族が勝った場合には、ゴブリンは滅ぶ。

 人間に与せずとも、人間が勝かてば、復興のための物資の流通で、ゴブリンの経済も恩恵を受ける可能性はある。人間と距離を置いたのだから、限定的にはなるだろうが。

 だから、ゴブリンは派兵しない。

 しかし、いずれの場合でも、ゴブリンの繁栄は望めない。この点をどう考えているのかは不明だ』

 「魔族が勝った場合でも、ゴブリンは国を維持していく活路を見出しているのかもしれないな」

ダイチは、思念会話でクローに答えた。

 「テラ、兵の命を懸けた派兵を強要はできない。交渉はここまでだ。引き上げよう」

ダイチが椅子から立ち上がった。パンジェもこれに従う。

 「・・・でも、ここまで来て・・・」

テラもゆっくりと立ち上がった。

 会議室を出て玄関への通路を歩いていると、テラが、

 「ダイチさん、残念な結果でしたが、ゴブリンの未来はゴブリンが選択する。それを尊重するしかないですね」

と、ため息混じりで言った。

 「その通りだと思う」

 「ダイチさん、テラさん、パンジェさん」

と、名前を呼ぶ声がした。

 ダイチたちが振り向くと、交渉に同席していた商業担当長官ヴォヴォと採掘担当長官リクが別室のドアを開けて、手招きをしている。

 ダイチは、これを無視して出口に向かおうとすると、テラがダイチの肩を掴んで、2匹の長官の待つ部屋へと手を引いた。

 「どうぞ、ダイチ殿、テラ殿、パンジェ殿」

と椅子を勧める。

 商業担当長官ヴォヴォが、ダイチとテラ、パンジェの眼を交互に見ながら切り出す。

 「ダイチさんたちの話を聞いて、検討をする価値はあると考えている」

 テラは、ほっとした目をして、商業担当長官ヴォヴォを見た。

 「テラさん、それです。それ。貴方のその屈託のない瞳を見ると、不思議と腹を割って話し合う必要があると感じる」

 ダイチは鋭い眼をしたまま、ヴォヴォを見つめている。

 商業担当長官ヴォヴォは、ダイチに視線を向けるとはっきりとした口調で断言する。

 「ゴブリンは、派兵はしない。この国是は変わらないが、人間には投資をする」

 テラがオウム返しで問いかける。

 「投資?」

 「我らゴブリンは、体が小さく非力で戦闘には向かない種だ。腕力では貢献できない。我々には、我々の戦い方がある。それが投資だ」

 「具体的にはどのようなことを?」

 「ご存じの通り、自由都市ダフタの谷を中心としたゴブリン国は、商業と鉱石の採掘によって、発展している」

 「ええ、知っているわ。輸出の主要品目は、鉱山で採れる稀少な魔鉄鉱石から作る魔鉄インゴット。

 ジパニア大陸の魔鉄鉱石の総産出量の40%ちょっとだったかしら」

 「テラさんは、よくご存じでいらっしゃる」

 「各国と船舶で交易をしているので」

 採掘担当長官リクがコホンと咳ばらいをしてから言う。

 「47%だ。14%はダンジョンのドロップ品。残りの39%は産出国とされている5か国の総生産量だ」

 ぶっちょう面だったダイチも驚きを隠せずに呟く。

 「独占といっても良い状況だ」

 採掘担当長官リクが口に手を立てて(ささや)く。

 「ゴブリンは、人間に魔鉄インゴット9tを無料で投資する。店頭標準価格にして27憶ダル」

 ダイチは、思念会話でクローに尋ねる。

 「魔鉄って、投資に値する金属なのか?」

 『硬度で言えば、ミスリルと鋼の間に位置する。質量は、アダマントと同程度。魔鉄の特徴は、魔法を付与しやすい金属ということだ。だから、鋼の武器よりも遥かに高価となる』

 「冒険者の間では、魔鉄製の武器は逸品として扱われ、憧れの的になっているわ。ただ、性能は1級品なのだけれども、値段がねー」

テラも思念会話で補足した。

 「9tというと・・・刀身が700g位だから」

 クローが答える。

 『ダイチ、魔鉄は鋼よりも重い。約1000人分の刀身が賄える量だ』

 「ダイチさん、良い話ですね」

テラもほっとしたように胸を撫でおろした。

 ダイチは、採掘担当長官ヴォヴォと商業担当長官リクを見て尋ねる。

 「投資と言う限りは、見返りを想定しているのか」

 「見返りなどとはとんでもない、ほんの小さな希望です。・・・大陸全土の国々との交易権を認めてくだされば・・・」

 「俺には、交易権を認める権限はない。また、ゴブリン国からの投資を拒む権利もない」

 「そこを、ダイチ様にお力添えをいただきたい」

 「それは断る」

 「なぜです。ダイチ様は、ゴブリンとの軍事同盟の提案に来たはずだ。無下にするおつもりか」

 「私の提案した交渉は決裂した。

 投資の話は、別の話となる。それは、両国間で確認すれば良い事」

 「我々の戦い方が、魔鉄インゴットの投資だ」

 「形はどうあれ、戦に参戦するというなら、ゴブリン国が投資する9tの魔鉄インゴットは、人魔大戦で失われる各国の若き人命に見合う投資額と考えているのかを問いたい」

「失われる命の重さとバランスがとれていないと言われるのか」

「これで、亡くなった兵士の家族が、ゴブリン国を称賛しますか? 関係改善は各国の民意、感情が左右するはずです。

 各国の兵士の命を守るために、それに見合う投資をするという事であれば、違う未来も見えて来るでしょう」

 「・・・・ヒソ、ヒソ・・」

商業担当長官ヴォヴォと採掘担当長官リクが、ダイチたちに背を向けてコソコソ話を始めた。

 商業担当長官ヴォヴォは、部屋を出て行った。採掘担当長官が見せたいものがあるのでついて来るように言われた。


 採掘担当長官リクに案内されて、厳重に警備された石造りの大きな倉庫に入った。

重厚な扉を開けると、部屋というよりも金庫の中といった方が良い部屋に通された。そこには、黒光りするインゴット積まれていた。

 ダイチは、クローに尋ねた。

 「このインゴットは、魔鉄か」

 『魔鉄インゴットだ』

 「お待たせした」

と、商業担当長官ヴォヴォが、ゴブリン元首ブブを伴って部屋に入って来た。

 商業担当長官ヴォヴォがダイチたちに説明をする。

 「これは魔鉄インゴット。現在、ゴブリンの国『ダフタの谷』の保有する全ての魔鉄インゴットです。総量50t」

 ダイチとテラは、息を飲んで魔鉄インゴットを見つめる。

 「・・・・」

 「ダイチ殿は、何tが必要とお考えか?」

 「投資額に私が意見を言えませんよ。ただ、強力な武器や強固な防具によって、兵士の命が守られるという意義とその評価は大きいと思います。

 逆に問います。戦死者を1/10にするには、どれほどの魔鉄インゴットが必要とお思いか?」

 「・・・・・ヒソ、ヒソ・・」

商業担当長官ヴォヴォと採掘担当長官リクが、再び背を向けて話を始めた。

 「魔鉄インゴット20tを無料で投資する。店頭標準価格にして60憶」

 「先ほども言ったように、俺には、各国とゴブリン国との関係に口出しはできない。

 ただ、投資が、各国が戦地で支払う犠牲に及ばずとも、ゴブリン国は兵士の命を守るたに身を切る投資をしたとの理解を得られれば、評価も変わってくる。

 そこに至って、初めて違う未来も見えてくるのではないか」

 「どの程度の投資が必要か、はっきり言ってくれ」

商業担当長官ヴォヴォが悲鳴を上げるように叫んだ。

 ゴブリン元首ブブが商業担当長官ヴォヴォを嗜める。

 「ヴォヴォ、見苦しい姿を見せるな。この問題は我らゴブリンで答えを出すべきものだ。ダイチ殿、答えが、人間の美徳となる誠意なるものであるため、我らは困惑している。

 ダイチ殿の言った違う未来を見てみたいものだ」

 元首ブブが目で合図を送る。

 「ブブ元首、それでは・・・我が国の年間予算を超えます」

商業担当長官ヴォヴォと採掘担当長官リクが動揺している。

 「いまこそ、新しい未来の扉を開ける時だ。開けろ」

 部屋の奥にあった隠し扉を採掘担当長官リクが開けた。隠し扉の奥は、大金庫となっていた。大金庫の中には、いくつかの扉があった。1つの扉を開けると、中には魔鉄インゴットが、山積みされていた。

元首ブブが徐に口を開く。

 「これが、正真正銘、ゴブリン国が現在保有している魔鉄インゴットの全てだ。

 この全てを、人命を守るため、ゴブリン国と人間の国の新しい未来のために投資する。

 我々なりの人魔大戦への参戦だと受け取ってほしい」

採掘担当長官リクが補足する。

 「総量150t、先ほどのものと合わせて200t」

 「ブブ元首、あなたのゴブリンと人間との関係改善への切なる願いを各国元首に伝えます。ゴブリン国すべての魔鉄インゴットであることも明記します」

ブブ元首は、ダイチの手を取って言う。

 「貴方の言う新しい未来に託します」


 翌日には、ブブ元首の親書を携えた使者がジパニア大陸の各国に出発した。

 1週間後には、各国に向けて魔鉄インゴットが輸送された。


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