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16 第3勢力

 ミストアビッソ城、謁見の間

 「ディアキュルスよ。魔族侵攻基本戦略を破綻させる失態だぞ。それにも関わらず、其方はおめおめと逃げ帰って来たと申すのか」

王座の魔王ゼクザールが立ち上がり、階下のディアキュルスを叱責した。

 『・・・神獣2柱を相手にせよというのか』

 「先代の神獣神龍は、相手が我と魔神2柱と知っても、逃げはしなかったぞ」

 魔王ゼクザールは、ゆっくりと王座に座り足を組んだ。肘掛けに肘をついてその拳で頬を支え、嘲笑(ちょうしょう)の視線と皮肉った言葉でディアキュルスを刺す。

 『その結果、(すき)を狙い潜んでいた第3の魔神に倒された』

ディアキュルスは、抑揚(よくよう)のない口調でそう指摘すると、魔王ゼクザールの眼を睨んだ。

 「我の言葉に異を唱えるか・・・隷従(れいじゅう)の石が我の胸にある事を、よもや忘れたとは言わせぬぞ」

魔王ゼクザールは胸の黒石に触れて、声を荒げた。

 『・・・それは、片時も忘れた事はない』

ディアキュルスの握った拳が震えた。

 「ほう、・・・忘れられぬほどの屈辱(くつじょく)ということか」

 『・・・胸に八方陣がある限り、魔神は魔王に従う』

 「ふん、ディアキュルス、この失敗は勝利で(つぐな)え」

 『言われなくとも、この屈辱は必ずや晴らす・・・特にあの神龍』

 「新しき神龍の事か・・・我と風魔神エイナスへの一件。そして、魔界神ディアキュルスまでとは。・・・2代に渡り、つくづく我らと因縁深き奴だな」

 神龍と一緒にいた召喚術師も・・・と、ディアキュルスは喉に出かかったが、ニヤリとした口から洩れた牙を隠し、言葉を呑み込んだ。


 アジリカ連邦国コモキン

 マナツが手配した元貴族の別邸に、ダイチたちは集まっていた。

 客間の中央に大きなテーブルを置き、その上には未完成ではあるが世界地図が広げてあった。

 ローレライが地図の北北西の端を指で押さえ、

 「クロー様が突き止めた魔界神ディアキュルスの帰還場所が、このミッドアイスガルド大陸。別名忘れられた大陸」

続いて南南東を指して、

 「我々が魔王ゼクザールの潜伏先として考えていた場所は、そちらのラゴン大陸。別名魔大陸。

それでも、魔界神ディアキュルスの帰還場所に、魔王ゼクザールがいると考えているの?」

と、首を傾げた。

 ローレライの瞳を見つめてテラが発言する。

 「ローレライの不安な気持ちは分かるわ。

 ジパニア大陸の南南東の遥か沖にあるラゴン大陸は、昔から魔族の大陸と呼ばれていた。現に、12年前までは、ジパニア大陸南東の隣国ザーカード帝国から魔族への生贄(いけにえ)の風習があった。生贄のデューンを救うために、双子島で女神の祝福と魔族との戦闘も経験したしね。

 ところが、魔王ゼクザールの潜伏先は、ジパニア大陸を挟んで真反対の北北西の遥か北の海に浮かぶミッドアイスガルド大陸と言われても、でしょう」

 「クローが、ミッドアイスガルド大陸にある霧の森に魔界神ディアキュルスが入って行くのを見届けている」

と、ダイチが事実を述べた。

 ファンゼムが、率直な疑問を口に出す。

 「それでも、ディアキュルスが魔王ゼクザールの下へ戻ったという確証はないのじゃろう」

 「クローの見解では、ロスリカ王国で、国教として浸透したダキュルス教の崩壊は、魔族の戦略の根本を(くつがえ)す程の痛手になったはずだと。

 武力侵攻への橋頭堡(きょうとうほ)喪失(そうしつ)

 魔族に侵攻の隙を与える人間相互の嫌悪感や不信感の増長、そして迫害を推進する拠点の壊滅。

 何より、それまで信じて来た差別制度が魔族の計略であったことが明るみに出ることで、人間の心には、内省(ないせい)する心が芽生える。

 これ程の失態を犯しては、魔王ゼクザールに直接会って報告しなければならないはずだと分析している」

 ガイが、ダイチの言葉に頷く。

 「なるほど、これまでの計略が水泡に帰すほどの過ちか。俺でも、王に直接詫びて責任をとるな」

 テラも皆に向かって、

 「クロー様の見解には、マウマウも賛成している」

と補足する。

 リッキが、顎をなでながら発言する。

 「確証はないが、信じるに値する情報ということか」

 デューンが地図のミッドアイスガルド大陸を指さす。

 「100%確かな情報だけで動いていたら、この情報は死ぬ。相手に悟られていない今が、奇襲のチャンスだ」

 「よし、決まりだわね」

ハフが、焦げ茶と茶色の縞のある尻尾を立てた。

 ダイチが、地図の2点を指さす。

 「では、魔王ゼクザールの所在については、ミッドアイスガルド大陸と想定しよう。これを前提として話を進める。

 ロスリカ王国を魔族侵攻の橋頭堡と考えていたと想定して、我らが軍師クローの見解はこうだ。

 『魔族軍は、北北西のミッドアイスガルド大陸からジパニア大陸へ、南南東のラゴン大陸からユメリア大陸へと2方面から同時侵攻する。その時に、ダキュルス教とルクゼレ教信者を一斉蜂起(ほうき)させる。

 もし、まだロスリカ王国を裏で魔族が操る状態のままでであったとしたら、ユメリア大陸は多国間の合同軍を編成する前に、内と外からの攻撃によって壊滅する。

 ユメリア大陸の魔王軍は、その勢いのまま、ジパニア大陸東に上陸する。つまり、挟撃作戦を企てている』」

 「・・・そ、それでは、人類の結束なしでは、人類は滅んでしまう危険性が・・・」

テラが魔族の戦略の恐ろしさを口にした。

 「そうなんだ。人類の最大の強みである膨大な兵数、言い換えれば、魔族軍を遥かに上回る兵力差を、戦術に生かせないまま消耗していくんだ。

 つまり、全人類の結束なしでは、魔族軍が上陸した国だけが交戦する。その戦力では、魔族軍に負ける。すると、次に侵攻された国が同じように単独で迎え撃って敗れる。この繰り返しで、人類対魔族の人魔大戦と言いながらも、国対魔族の戦いになり、各個撃破される。

 残った国々が合同軍を編成する頃には、2面に備える困難さと、人類の強みとなっている人類軍と魔族軍の兵力差は、かなり縮まっていると考えられる。

 かなり危うい大戦となるだろう」

その場にいる皆も黙り込んだ。

 ガイが手を打って、沈黙を破る。

 「そうかだから、先手必勝。その挟撃作戦実行の前に、魔王ゼクザールへの奇襲が重要となるのだな」

 レミが、申し訳なさそうに話す。

 「・・・・ガイ、それでも、魔王ゼクザールへの奇襲作戦には課題が残るわ」

 マナツも大きく頷いている。

 ガイが身を乗り出す。

 「それは、どんな課題だ」

 ダイチは、レミとマナツを感心したように見てから発言する。

 「レミとマナツが懸念している事は、今、神速の奇襲をすれば軍事的な大きな効果が期待できる。

 だが、俺たちだけでの戦闘となると、目的である人類の平和と繁栄を人々の手で勝ち取る事には結びつかない。他者の勝利によって、与えられた平和や人権は、その価値の尊さを実感できず、結果として失いやすくなると考えているのだね。

 これは、俺たちの目的に重なる大問題となる」

 テラが腕を組んで首を傾げる。

 「そうか。長期的な全人類の平和と繁栄の実現か・・・」

 「これは難しい問題じゃのう。ただ勝つだけじゃなく、勝ち方が問題なんじゃな」

 マナツが地図をみながら呟く。

 「確かに、今、魔族に侵攻されているのなら、勝利のための方法は問わないが、その段階ではない。

 寧ろこれから起こる人魔大戦を最後の人魔大戦とするための戦、人が人としての生き方を勝ち取るための戦となると・・・」

 ダイチは、一人一人の顔を見てから言った。

 「そこで俺からの提案」

 全ての視線がダイチに集まった。

 「戦略は、情報戦、心の涵養(かんよう)、軍事作戦と3段階で進める。

 まず第1段階の情報戦だ。これは人間に対する情報戦を制す。

 魔族の計略であるダキュルス教とルクゼレ教大神ダキュルスが魔界神ディアキュルスであること。

 そして、その経典による優等人種ホモ・サピエンスを基本とした差別、迫害が人類絶滅のための魔族の計略であったこと 

 この2点を例にして、人間の弱さと、それにつけ込む魔族の狡猾さを、神獣の言葉と王の政策という両輪で知らしめる。

 第2段階の心の涵養。互いを(いつく)しむ心を育てていく。

 魔族の狡猾(こうかつ)な罠から人間を守るものは、人間という種の強みである慈しみの心だと再認識させ、相互理解と協力の機会を作る。

 第3に軍事作戦。攻撃と防御の特化編成だ。

 各国の合同軍を編成し、俺たちの奇襲隊とは異なる専守軍を受け持ってもらう。俺たちが魔王ゼクザールを討伐できれば、専攻軍にその掃討戦と俺たちと共にラゴン大陸への侵攻を受け持ってもらう」

 マナツがダイチを見て考えを述べる。

 「確かに、専守軍で人種間の垣根を超え、人類の平和を自ら守るという目的の共有と住民の感謝。専攻軍が魔族軍を壊滅させれば、人類が協力して平和を勝ち取ったという共通認識と信頼が芽生えるかもしれない」

 ファンゼムは顎髭(あごひげ)を擦りながら呟く。

 「じゃが、これは各国の指導者の深い理解と全面的な協力が必要じゃな」

 ルーナがファンゼムの意見に頷く。

 『そうね。特に機密事項の多い軍事の中で、多国籍合同軍によると軍事行動となると、ハードルはかなり高くなりますね』

 テラがダイチを見つめて、考えをゆっくり言葉にする。

 「私たちは、人類の未来を背負う事はできない。ただ、生き方を考える機会を提供できるだけ」

 デューンが首を縦に振る。

 「テラ、それで充分だよ」

 ガイもテラを見て頷く。

 「人を信じるしかない」

 カミューが、鋭い牙を光らせ、納得顔で言う。

 『まどろっこしいのは気にかかるが、これで人の平和と繁栄がより長く続くのであれば、我慢もできる』

 イフが拳と拳をガツンと合わせて声を上げる。

 『あの八魔神と魔王ゼクザール軍を全力で潰す。この事に変わりはないのだな』

 『イフよ、当たり前だ・・・だが、皆にも言っておくぞ。ディアキュルスは、我が倒す。よいな』

 『グルルルル・・・よかろう。奴は、因縁のあるカミューに譲る。存分に戦うがよい。俺は、魔族の(しかばね)を積み上げ、母なる大地への供物としよう』

 サクが紫の透き通った瞳でテラを見て言う。

 『今度は封印ではなく、我が直々に、魔王ゼクザールにヴァルホルを案内してくれようぞ』

 ダイチは、一人ひとりの顔をゆっくりと眺めてから告げる。

 「では、この戦略に賛成したと考えて良いな・・・・。

 では、クロー、この戦略に沿っての具体的戦術を組み立ててほしい」

 『ダイチ、承知した』

 『私も力を貸すわ』

 「マウマウ、ありがとう。知恵の神獣の双璧が立てる戦術だ。期待するよ。

 では、明日、またこの時間に。解散」

 

 ダイチは、テラと共に庭を歩きながら、クローとマウマウに話しかける。

 「なあ、クロー、マウマウ。さっきの戦略での話なんだが、1つ加えてもいいかな」

 『ダイチ、それはどんな事だ』

 「オークのことだ。それから、まだ会った事はないけれども、ゴブリンもだ」

 「ダイチさん、まさか、オークとゴブリンが、人魔大戦の間隙をついて、人類に宣戦布告をする可能性があると考えているの?」

 「それは、ないとはいえない。現在も人間と敵対していると聞いている。

 現に、ハーミゼ高原では、メルファーレン侯爵率いるローデン王国軍とオーク軍が戦をしていたし。

 現在は、オークとゴブリンは、人類と魔族とは別の第3勢力といったところかな」

 『ダイチ、オークとゴブリンが、身動きできぬ状況にすれば良いのだな』

 『後顧(ごこう)(うれ)いをなくすことは大事ね』

マウマウも戦略に組み込もうと前向きに考えていた。

 「それなんだよ。後顧の憂い・・・まさにそれだ。オークもゴブリンも対魔族で同盟に組み込めないかな」

 『ダイチ、何を言っているのだ』

 「それは無理だわ。今も、人間と憎み合い、殺し合っているのよ」

 『でも、それも1つの選択肢ね。クロー、テラ、無理だと決めつけて選択肢を1つ減らすことは得策ではないわ』

 「クロー、俺は先入観や偏見を捨て、相手を理解することに努めたい。

 確かに過去の経緯はあるが、未来もその延長にあるとは限らないじゃないか。

 そして、同盟を結ぶことによって、オークやゴブリンとの戦の危機も長期的に回避できれば、最高だろう。

 それに、オークやゴブリンとの共存の道が開ければ、人類が抱えている種族間の差異によって生まれた偏見や差別意識を克服できるかもしれない」

 『また、突拍子のないことを・・・まあ、ダイチらしいと言えば、らしいがな』

 「・・・うーん、仮にオークやゴブリンが魔族を敵対勢力とみなしているのなら、軍事同盟の可能性はあるわね」

 『共通の敵、魔族を倒すために、いがみ合う人類とオーク・ゴブリンが手を結ぶ・・・ダイチ、分かった。だが、この軍事同盟が、我らの目的を損ねると判断した場合には、却下する』

 「分かった。本末転倒にならぬよう熟考しよう」

 テラは、ダイチの生き生きとした瞳を見ると、胸に痛みを覚えた。テラは胸を押さえて、深く息を吐いた。

 

 翌日の作戦会議で、魔王ゼクザール軍への基本戦略と戦術、作戦行動開始日などが決定した。

 「確認する。各国指導者へ情報戦協力依頼。神獣からの呼び掛け及び法整備。3ヶ月後の1月31日、人類連合軍専守軍配置完了」

 ダイチは皆を見て続ける。

 「それまで、各自準備を怠りなく。では、我々は、1月1日、彼の地で」

 「「「「了解」」」」

 『『『『承知』』』』

 以前に説得した国々へ、新たな提案と協力を携えて出発した。


 ジロジ山脈の東

ダイチとテラは、ジロジ山脈の東側、オーク蛮国ヘ同盟説得に向かっていた。

 「テラ、俺の知っているオークは、緑色で筋骨隆々の巨体、獰猛(どうもう)、勇敢、協調性に乏しく数人単位で行動するというイメージなんだけど、実際はどうなんだ?」

 「私も遭遇の機会は少ないわ。私の目撃したオークは、全て勇敢な戦士。

 だけれども、森に迷い込んで泣いていた人間の子供の手をとって、森の出口まで案内しているところも見たわ」

 「相手を慈しむ心を持っているのか。・・・戦が心を魔物に変える。

 もし、そうだとしたら、獰猛、勇敢な姿は、自己犠牲を(いと)わぬ種族を守るための一面、価値観の一つかもしれない。」

 「そうだとしても・・・ダイチさん、オークは人間と手を結ぶのでしょうか。いえ、人間の王や指導者たちも、オークとの同盟を認めるのでしょうか」

 「双方に恨みつらみがあって、国同士の利害関係だけではなく、感情的にも受け入れられない可能性もある」

 「せめて、オークたちの眼には、魔族が敵性勢力と映っていれば良いのですが」

 「だと良いけれど・・・感情的な問題を除けば、この同盟が成立すれば、そのメリットは大きく、デメリットは存在しない・・・お、森を抜けるぞ」

強い風が、ダイチとテラの頬に当たる。

 「わお、渓谷だわ」

テラは切り立った崖の上まで走り出した。

 「川を挟んで向こう岸までは、100m程の距離があるな・・・しかも、深い谷だ」

ダイチが谷底を(のぞ)くと、眼も(くら)むほどの高さであった。ダイチの足が滑り、足元の小石が崩れて落下した。

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・カツン・・・・ジャポン

 ダイチは、谷底を見てゴクリと喉を鳴らした。

 「ダイチさん、よく見て、ほらここに橋が」

 テラの指さす先には、空間に違和感がある。確かにこちら岸と向こう岸を結ぶ何かが存在していた。

ダイチは手を伸ばして触れてみる。

 「この(つた)とそこの板が、周囲の景色と同化しているのか。なるほど、特殊な蔦で編んだ綱を使った吊り橋だ。だまし絵の様に、目が慣れれば吊り橋がはっきり見える」

 「オークの隠し橋と話には聞いていたけれども、実際にあるとは驚きました。

 自然を巧みに利用する知恵がある。オークは薄緑色の巨体に橙色のモヒカンの蛮族だと(あなど)ってはいけないかも知れませんね」

 「兎に角、この橋を渡ろう」

 「キュキュ!」

テラが声を掛けると、キュキュが天から急降下して来た。

 「ダイチさんキュキュに乗って向こう岸へ行ってください。私は・・・」

そう言うと、テラの姿はなく、向こう岸の橋の手前で手を振っていた。

 「ヒュー! 瞬間移動、ムーブメントって凄いな。移動距離と時間に相関関係はないのか。最初からこちら側にも、向こうに側もテラがいて、こちら側のテラが消えて、向こう側のテラが見えたという感じだな」

 ダイチはキュキュに(またが)った。

 『ダイチ、面白い表現だな』

 「パラレルの境界を越えるとは、テラのムーブメントに近いのかな」

 『・・・分からん』

 キュキュに跨り、空から見ると、目の前の渓谷を越えた先には、広大な森林地帯と湖、中央には、小高い岩山があった。遠目からではあったが、その小高い岩山は柵と門が幾重にも張り巡らされ、要塞さながらに見えた。

 「あの岩山が、オークの王都だな。

 キュキュ、テラを乗せてくれ。俺はカミューに乗って行く」


 オーク蛮国王都ジェギ

 カミューに跨ったダイチ、キュキュに跨ったテラが、小高い岩山の山頂で着陸態勢に入る。

 無数の矢が飛んで来ては、神龍の加護に跳ね返されていく。投石器から拳大の石や投槍、斧なども飛んで来る。

 ダイチとテラは、カミューとキュキュから降りた。

 「この山頂は、岩盤でできているようだな。こんな地質でもオークは街を作るのだな」

 「この矢や槍など、想像以上に歓迎されているわね」

そう話をしている最中にも絶え間ない攻撃が続いている。

 「仕方ない。カミュー、咆哮(ほうこう)だ」

 グゴォォォォー! カミューの咆哮で、オーク兵の思考と身体機能が30秒程度停止した。

 アイテムケンテイナーから料理と酒、食料、日用品などを取り出して並べた。

 未開の土地を訪れた文明人というイメージとなって大変心苦しいが、言葉が分からない以上は、まずプレゼントと食事からだ。とダイチは心で呟く。

 「ダイチ、ダイチ・・・どうぞ」

ダイチは、胸をとんとんと叩きながら、笑顔でゆっくり語りかけた。

 意識を取り戻したオーク兵たちは、カミューへの恐れで攻撃を躊躇(ためら)っている。カミューがギロリと眼を動かすだけで、睨まれたオーク兵たちは後ずさりをする。

 「Λ&α Θ#&・・・」

 「ダイチ・・・どうぞ、どうぞ」

ダイチは、並べた料理を自ら一口食べた。街で買ったデザートや(あめ)も手に取って進めた。

 「・・・・・・ΦД&」

 5,6歳の男の子がそろりそろりと歩み出て来た。

 「ΨΩ! ΨΩ!・・ζ%Λ」

周りのオーク兵は、大声で叫んでいる。

 言葉は分からないが、子供のオークに危険を知らせているか、非難をしている事は分かった。

 「よく来たね。さあ、何がいいかな?」

ダイチが、(かが)んで満面の笑みで男の子を見た。

 男の子は、ダイチには目もくれずに通り過ぎて行った。そして、テラの前で立ち止まり、テラの後ろの菓子をじっと見ている。テラは、男の子の視線の先にあった飴を1掴みして渡した。

 男の子は飴を両掌で貰うと、脱兎(だっと)のごとく逃げ出した。

 「えっ、逃げ足が速い」

テラは、思わず噴き出した。

 「俺の出したプレゼントなのに、なぜ、テラから貰うの? ・・・くくくっ・・アハハハハッ」

ダイチも笑いが止まらず腹を抱えて笑い出した。

 周りにいたオーク兵があっけに取られている。

 男の子は、恐る恐る貰った飴を口に入れる。

 「・・・■▽Ω‘ダ*Д」

笑顔になって歓喜の声を上げた。

 その男の子は隣にいる、恐らく妹と思われる小さな女の子の口に飴を入れた。

 女の子の表情がパッと明るくなって、

 「■▽Ω ■▽Ω‘ダ*Д」

と叫ぶと、男の子と笑顔で見つめ合った。

 その声を聞き、オークの子供たちが我先にとテラに群がる。ダイチも子供たちに菓子を配る。周りを囲むオーク兵たちが槍や斧を振り上げたままガヤガヤと騒ぎ出した。

 「どうぞ・・・どうぞ、ダイチ」

ダイチが、オークに肉を差し出す。

 「どうぞ・・・どうぞ」

と、手鏡を渡す。

 オークたちが武器を降ろして騒ぎ出している。

 「ΨΛΦΣ!」

背後から大喝一声、オーク兵たちは直立で身構えた。

 「ニンゲン、オーク、バカニスル。コロス」

 ダイチは、その声の主を振り返って見た。

 そこには、棍棒に大鉄球がついた武器を肩に背負い、他のオークよりも巨体の青いオークが立っていた。

 通常のオークはヒョウ柄の革鎧を身に付けているが、このオークは金属製の黄色い獅子の意匠のついた袖のない黒光りする胴鎧を着ていた。だが、この胴鎧は、このオークの巨体には滑稽(こっけい)に映るほど小さく、鎧のパーツが離れて隙だらけで、子供のおもちゃの鎧を着ているという印象を与えた。

 ダイチは、この青いオークの着ている鎧を見て、この黒光りの胴鎧に黄色い獅子の意匠、これはローデン王国兵から戦利品として奪ったものだと、瞬時に理解した。

 青いオークの後ろから、魔物を積んだ荷車と10体のオーク兵が息を切らせて走って来た。

 ダイチはその荷車の上に置かれた魔物を見た。体長6m位の大物で、3つの頭を持った全身が銀色の狼だった。

 「あれは、ケルベロス・・・忘れもしない、俺が漆黒の霧の森で出会った危険度Sのケルベロスだ」

 ダイチは、ケルベロスの獰猛で俊敏な特徴。マントを踏まれて身動きが取れず、そのまま喰われそうになった恐怖の体験が、脳裏を駆け巡った。

 ダイチは3m近い青いオークを見上げ、

 「私は、ダイチ。こちらは、テラ。破魔神獣神龍のカミューにキュキュだ。

 突然の訪問と、プレゼントを前面に出した懐柔策の非礼は詫びる。

 オークの王に大事な要件があって来た」

 「オマエ、ブジョクシタ、コロス」

 テラも懸命に声を上げる。

 「待って、私たちは、オークと人間の未来への提案を持ってきました」

 青いオークは、大鉄球のついた武器をダイチとテラに向けてはいるが、2人は眼中になく、カミューを横目で睨んでいた。

 「オレ、オーク、ユウシャ。コノケルベロス、オレ、タオシタ。オマエモ、タオス。

 モシ、オマエ、オレタオセバ、オマエ、オウニ アウ」

青いオークは、カミューを指さして吠えた。

 『オークの勇者よ、我は主を持つ身。今日は主の供で参った。

 主の許可なしに私闘はできぬ』

 「オマエニ アルジ? アルジ、ドレダ」

青いオークは、キュキュを睨みつけた。

 「俺だ・・・」

 青いオークが振り向く。

 「オマエ? シンリュウノ アルジ?」

 「俺がカミューの主だ」

 青いオークは、ダイチを見つめてニヤリと口角を上げる。

 「・・・フン、ナラバ、アルジ コロシ、シンリュウト タタカウ」

 「断る! 俺はオークの王と話し合いに来たんだ」

 青いオークが、ダイチの言葉を聞き流して向きを変え、取り囲んでいるオーク兵に近づいて行く。

 「Λ▲!」

 青いオークが手を前に出すと、周りにいたオークがぞろぞろと下がり、直径30m程の円状の空間ができた。

 青いオークが円状の対角まで下がって、ダイチとの距離をおく。

 そして、オーク兵たちを見回して、大鉄球が先についている武器を高々と持ち上げ叫ぶ。

 「Λω■Ζ!」

 「ガローー!」

オーク兵がそれに応じて、武器を掲げて叫ぶ。

 「Λω■Ζ!」

 「ガローー!」

 青いオークが、左掌を大鉄球でポンポンと叩いて、ダイチを見て小馬鹿にするように笑みを浮かべた。

 『主、こうなっては、やるしかないな』

 「カミュー、何言っているんだ。お前が、心にもない事を言うからだ」

 『我の主は、お主だろう』

 「・・・そこじゃない、主の許可なしにっていうくだりだよ」

 カミューの眼がキラッと光った。

 『一応、神龍の加護は付けておいた。存分に戦え』

 「くっ・・・」

 ダイチは、20mの距離で対峙している青いオークを見て、黒の双槍十文字を構えた。

 「フフフフ・・・ニンゲン、イツデモ・・・コイ」

左手を突き出し、コイと指を振ってダイチを小馬鹿にした。

 ダイチは、トントンと足を踏み鳴らし、青いオークとの距離を測るかのように、互いの距離の中間辺りに目を置く。

 ダイチは、ふーっと大きく息を吐いた。

 「行くぞ!」


 ガスタンク

  「エクスティンクション」

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