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14 真の問題

 ロスリカ王国近衛聖騎士団 VS 女神の祝福の開戦のゴングは、ロスリカ王国近衛聖騎士団の魔導士兵であった。

 この魔導士兵は、ロスリカ王国の精鋭騎士団の一翼を担っている。彼らから放たれた炎弾は、大玉ほどの大きさと凄まじい威力を秘めていた。

 燃え盛る炎の球が、唸りを上げてダイチたちに迫る。

 「ディフレクトシールド」

レミが防御魔法のシールドを発生させた。

 炎弾がディフレクトシールドに当たると、キュン、キュン、ギューンと音を立て、滑る様に角度を変えて後方へ跳ねていく。炎弾は、背後の城壁に着弾し、爆発音と黒煙を上げる。ダイチたちの背後の城壁は、その衝撃で崩れ落ちていく。

 レミのシールドは、船底の様な流線形の上半分の形をしていた。魔法や物理攻撃を直接受止め切るシールドではなく、受け流すシールドになっていた。更に、レミのシールドは改良を重ね、内側の硬質のシールドと外側の循環する流体シールドの二重構造にする事によって、屈折と乱反射、吸収、補修を同時に行っていた。

 この独創的なシールドは、その強度は極めて高いが、その操作は極めて複雑で繊細なものとなる。それに加え、シールド維持に消費する魔力も膨大なものになっていた。

 キュン、キュン、ギユーン、キュン、キュン

 「レミ、ナイスじゃ。お前さんのシールドは、どんな敵に対しても無敵じゃな」

 「ファンゼムさん、私の魔力には、限界がありますよ」

 このシールドを見たムーアが、

 「あのシールドは初めて見る。その発想と魔力操作、魔力量、流石は神獣の使者だけのことはある。抜きんでた天賦(てんぶ)の才を秘める魔導士だ」

と、レミに感嘆した。

 「だが・・・」

ムーアは指を天に向けた。

 魔導士兵隊長の指示が飛ぶ。魔導士兵の半数は炎弾をこれまで通り水平に連射し、残りの半数が上空からの雷魔法に変えた。

 「ひゃー、手を抜いているのが見抜かれたわ」

レミはそう言うと、瞬時にシールドの形を変形させ、半球のドーム型にした。

 ピカピカ、バリバリ、ドドドーンと閃光が走り、雷鳴が(とどろ)くが、全ての攻撃は角度を変えて滑る様に弾け飛んでいく。

 「ドーム型は、全方位対応型だけど・・・シールドの反射角度が浅くなるから、補修維持の魔力が増えるから嫌なのよ・・・もう、弱点を見抜く事が上手いわね」

レミの愚痴(ぐち)に、テラがふっと微笑んだ。

 ムーアは、これを見て、

 「やりおる。戦は1人の優れた魔導士だけでは勝てぬことを教えてやる・・・騎馬隊を前面に出せ。敵を包囲殲滅(せんめつ)する」

と、騎馬隊に突撃命令を出した。

 騎馬隊が横陣の左右から最前線に出て来た。

 「ダイチ、鶴翼のまま包囲に来るぞ」

リッキが大盾を構えたまま、背後のダイチに敵の変化を伝えた。

 ダイチが天を仰いで、

 「カミュー、キュキュ、出番だ。くれぐれも人は殺めない程度にな」

 『分かっておるわい』

 『ダイジョウブ』

上空に尋常ならざる黒雲が湧いてきた。

 ピカッ、ピカッ、ピカッ、バキバキバキバキと空気を切り裂く音に鼓膜が強震した。兵士たちの前面に極大な稲妻が走った。馬は嘶き、棹立ちになって騎手を振り落としていく。この絶え間なく続く、極大の稲妻が、近衛聖騎士団に恐怖を与えるには十分過ぎるものであった。

 ヒヒィィィーン、ヒヒィーン

 「目がーーー」

 「耳が、耳がーー! 音が、音が聞こえないー」

 「うあ、ドウドウドウ・・・」

騎馬兵は、暴れる馬を制御できず、馬が近くの兵士を前脚や後脚で足蹴にする。

 また、(まぶた)に焼き付いた稲妻の残像とキーンと頭に渦巻く耳鳴りで、兵士たちは一時的に視覚と聴覚を失い狼狽していた。

 ビューッ、ゴゴゴゴゴーッと突風が吹き荒れた。

 兵士も馬も風に舞って飛び、地を転がり引きずられながら城壁に、吹き溜まりに積もるごみの如く重なっていく。荒れ狂う暴風で、宙を飛ばされた兵士が、そのまま城壁の中段に張り付けられる。重力に逆らって張り付けられる兵士が5人6人・・・10人と増えて行く。

 木に必死に掴まり、鯉のぼりのように体を風に泳がせていた兵士が、耐えきれなくなって手を離した。その体は、宙を飛び地で跳ね回転しながら多くの兵士を巻き込んでいく。

 暴風が止むと、王城前の庭は(うめ)き声に包まれた。城壁に張り付けられた兵士が、ボトボトと音を立てて落ちて来る。

 「うううっ・・・」

 「・・・ハァ、ハァ・・・」

 殆どの近衛聖騎士や兵士たちの戦意は、既に消失していた。辛うじて、数人の隊長が剣を杖にして立ち上がろうとしていた。

 朝の清々しい青空に1点、黒い影が迫って来る。体力と気力の失せた兵士たちは、誰一人として、この存在に気づいてはいなかった。

 ドドーンと二本足で着地する。大きな藍色の翼を広げた体長4mのドラゴン、それは、キュキュである。全身がメタリックな黒色、頭には前面に向かって伸びる灰色の角、その角が前方に向かって枝分かれして延びている。

 兵士たちは、目の前に突然に現れたドラゴンの脅威に(さら)されているが、心身が疲弊していて体を動かすことすらできない。ただ、瞳だけでキュキュの姿を捉えていた。 

 キュキュは、城壁に重なる兵士たちを、ギロリと睨んだ。息を深く吸い込むと、喉が橙色に発光する。キュキュは、首を左右に振りながら、口を大きく開いた。

 ピカッと口から白い光が煌めいた。

ドゴゴゴーーンと凄まじい衝撃波と轟音(ごうおん)が、遅れて襲ってきた。キュキュが、古代龍の息吹を放ったのだ。

 身動きすらできない兵士たちの真上の城壁に大穴が開いていた。その穴は城壁から森、大本山の寺院と大聖堂のあった小山を貫き通していた。

 ゴゴゴッ、グラグラグラと何かが崩れる音と地響きを感じた。兵士数人がその音の方へと顔だけを動かした。古代龍の息吹で開いた城壁の大穴からは、遠くで大聖堂跡の小山が、砂煙を上げて崩れて行くのが見えた。

 「・・・ぁぁぁ・・・ルクゼレ教の大本山が崩れて行く・・・」

 「ハァ、ハァ・・・大神ルクゼレ様・・・」

兵士たちは、身動きできぬまま完全なる敗北を悟った。

 ダイチは、城壁前に重なり倒れる兵士たちへと近づいていく。兵士たちは、ダイチが脇を通り過ぎる姿を畏怖の念を持ち黙って見送っていた。

 ダイチは、1人の兵士の前で立ち止った。それは、ムーア将軍であった。

 「敗残の将になんの用だ」

 「この戦、我らの勝ちですね」

 「・・・確認などいらぬ。・・・完敗じゃ」

 「では、城門を通ります」

 ダイチたちは、城門に向かって歩き出した。

 ムーアは剣を抜き、刀身に移る自分自身の顔を眺め、

 「最愛の妻エブリン、愛娘のアヴィ、愛する息子ダニエル、父を許してくれ。そして、勇敢なる兵士たちよ・・・ヴァルホルで会おう」

そう念じると、ムーアは、剣で自身の首に剣を当てた。

 キンと金属音を残して、ムーアの刀身は根元から飛ばされていた。テラが、ムーアの脇で飛願丸を手にして立っていた。

 「ムーア将軍、貴方は死んではならない」

 「・・・・・敗残の兵は全てを失う事が常。私にかまうな」

 「貴方の妻と子の命、助けたいと思います」

 「・・・私は手を汚し過ぎた。私の家族の命を助けても、これは罪を重ねるだけだ」

 「命を助ける行為自体に、罪はありません。貴方はご家族を人質に捕られていましたね」

 「・・・・私は、偏見と差別を武力で肯定する王の剣となり、多くの民を苦しめてきた。私の心は(けが)れ、私の命に価値などない」

ムーアは、恥じる様に視線を下に向けた。

 「では、これからは、その穢れた心で、民を救ってはいかがですか」

 「馬鹿を言うな。我が命をもって(つぐな)うしかないのだ」

 「・・・・」

 テラは、周りにいる兵士たちに視線を移した。ムーアもテラの視線を追う。ムーア瞳に映ったものは、疲れ果てて倒れている兵士ばかりである。

 「あの兵士の中には、貴方と同じく、自分の行いを恥じている兵士たちもいると思います」

 「私の命に従った者たちだ・・・彼らに罪はない」

 「ありますよ。貴方の命令に従うだけの楽な選択を繰り返してきたのですから。

 ・・・そう、貴方が王の命令に従ってきたように。家族が人質に捕られているから仕方がない、命令なので仕方がないと、自分自身を偽り、自身の真の心から逃げてきた」

 「・・・・・」

 「でも、真の心を偽ることはできない。あの兵士たちも葛藤に苛まれていたことでしょう」

 「・・・・・」

 「私は、貴方が、あの兵士たちの選択に責任を負う必要はないと思います。しかし、この国の民やあの兵士たちは、このままで良いのですか。貴方の命を差し出せば解決するのですか・・・酷な言い方をしますが、それでは何も変わらない、何も生まない。せいぜい、貴方の家族に涙が生まれるだけで終わると思います。

 ・・・今の貴方なら救える命・・・考えてください」

 「・・・・今の私なら救える命か・・・」

 ムーアは、立ち上がり、将軍の印となる肩章を引きちぎり、投げ捨てた。

 ムーアは意思の宿る瞳でテラを見る。

 「私が、ロスリカ国王の下まで案内する」

ダイチはテラに思念会話を送る。

 「城内は天の神の眼も曇る。サクを出して」

 「分かったわ」

テラも思念会話で答えた。

 テラは、黒翡翠の埋め込まれた導きのペンダントで冥神獣ワルキューレのサクを召喚した。

 ドドドーンと凄まじい雷が目の前に落ちた。衝撃で空気が、地面が震動した。落雷の跡には、馬に乗る黒い騎士の姿があった。

 城壁で立ち上がり始めた兵士たちは、再び騒然となった。

 「静まれー!」

ムーアが一喝した。

 ムーアは下馬すると、サクに拝礼する。

 「ゲオルズ・ムーアと申します」

 ムーアの行動を見た全ての騎兵と兵士がこれに倣った。

 『ムーアよ、ホグザルトまで案内いたせ』

 「はっ」

ムーアが王城門まで先導し始めると、兵士たちも立ち上がり、サクとダイチたちを見送った。その中にはムーアに倣い、ロスリカ王国の意匠のついたチュニックを脱ぎ捨てる兵士も多数いた。

 サクは黒雲に跨ったまま、威風堂々と王城内へと入って行った。

 ムーアが、

 「この扉の先が謁見(えっけん)の間です」

と立ち止まった。ムーア自身も扉の先に只ならぬ雰囲気を感じ取っていた。

 サクは、謁見の間の前でテラに言う。

 『ここに魔族が4匹集まっている。その内3匹は、とても強い。六羅刹クラスだな』

 「六羅刹って・・・双子島の戦いで、その1匹に女神の祝福は半壊した・・・それが3匹も」

 「クロー、完全感知で謁見の間の状況を調べてくれ」

 『ダイチ、それはできない。追尾中だ。ここで完全感知を使えば追尾が切れる』

 「え、追尾って天空の眼? 一体誰の追尾? ・・・・あ、大聖堂の屋根から魔界神ディアキュルスを完全感知で捕らえたよな。追尾中って奴のことか」

 『当然だ。当たり前の事を確認するな』

 『何ー! クロー、お前、魔界神ディアキュルスを天空の眼で追尾しているのか』

 『カミュー、何度も同じことを言わせるな』

 『クロー、でかしたぞ。これで奴との決着が早まる』

 「そうか、だからあの時に、奴を逃がせと言ったのか。我が軍師は、恐るべき智謀だな」

 「敵を泳がせたのですね。あわよくば、魔王ゼクザールの居場所にまで導いてくれる」

テラは、クローの周到な戦略に感服した。

 『それは、もう良い。それより謁見の間の方だ』

 「クロー、何か策はあるか」

 『かなり不利な状況だ。

 謁見の間には、人間が30・・・32人。その人間を盾として、恐らく後ろに魔族が姿を隠しているだろう』

 マウマウがテラに忠告する。

 『魔族が、王の間の壁の向こうから攻撃してこないのは、人間の盾を見せる必要があると考えての事、狡猾ね・・・』

 ダイチがマウマウと思念会話で交信する。

 「卑劣だが、実に効果的な手だ・・・クロー、何とかしろ」

 『我々が扉を開け、人質を視認すると同時に、魔族たちは高出力の魔法で一斉砲火しくるだろう。我々は幸いにも飛び道具がある。これで瞬殺する。とても強い魔族は、2時、1時、11時にいる。2時はダイチ、1時はサク、11時はテラが担う』

 「30人以上の人質がいるのだろう。サクはともかく、俺とテラは魔族か人間かの区別がつかないと思うが」

 『ダイチには私が、テラにはマウマウがターゲットの特徴を連絡する』

 テラが頷きながら、

 「それなら何とかなりそうね。でも、魔族はあと1匹残るでしょう」

と、クローに尋ねた。

 『それはサクが何とかする。我々は、できるだけ固まって魔族の攻撃を1点に集める必要がある。それが、人質の安全に繋がる。懸念事項は、レミが高出力の魔法に耐えられるシールドを張れるかどうかだな』

 「やるしかないだろう。レミ、扉を開ける瞬間に、最大出力のシールドを張ってくれ」

ダイチがそう言うと、レミは神妙な面持ちで黙って頷いた。

 「リッキとムーア、開けてくれ」

ダイチがそう言うと、リッキとムーアが、謁見の間の扉を両腕でゆっくりと押し開けて行く。

 謁見の間の奥には、大勢の人が立っていた。

 クローがダイチに指示する。

 『男、小豆色のジャケット、黒襟、銀髪』

 ソフトボール

  「エクスティンクション」


 デス

 

 『男、黒ジャケット、胸銀飾り、黒髪、長身』

 マウマウが言葉を発した瞬間に、テラは、謁見の間の奥で人間の盾に隠れる胸に銀飾りのついた黒ジャケットを着た魔族の背後に浮き、アダマント製斬魔刀、飛願丸を振り下ろしていた。

 「ディフレクトシールド」

レミはシールドを張った。

 ディフレクトシールドに4匹の魔族の超高出力の魔法が放たれた。

 ダイチの召喚無属性魔法エクスティンクションで、内務大臣ザピエルンの脳内1点へダークエネルギーが召喚される。それは瞬きよりも短い時間ではあるが、ダークエネルギーはソフトボール大にまで膨張し、1点に収縮して消滅する。

 聖ヴァングステン・ホグザルト国王は、サクのデスによって崩れるように倒れていく。

 ルクゼレ教大司教ナイチガルに黒い閃光が閃くと、その首が宙に浮く。

 レミのディフレクトシールドに高火力の熱線が弾かれる。高速で飛翔してきた巨大な岩石が角度を変えて背後に飛んでいく。圧縮された空気砲弾が、ディフレクシールドの流体を剥がしていく。足元の床が崩れて大穴が開く。

 内務大臣ザピエルンがうつ伏せのまま床に倒れる。

 マウマウが叫ぶ『テラ、12時、女、白のメイド服、桃色のシャツ、茶髪』

 ダイチたちは、大穴に落ちる。

 ダイチたちの落ちた大穴の岩壁が縮み始める。

 テラは、メイド姿の女性の首元目がけて、飛願丸の黒い閃光が走る。

 マウマウの「違う。このメイドは赤髪」言葉に、テラは、間一髪で飛願丸の軌道を変え、床に転がり落ちる。

 人質は大太刀をもって転がり落ちて来たテラを見て悲鳴を上げる。

 悲鳴によって、茶髪にメイド服の魔族がテラの存在に気づく。

マウマウが「茶髪」と確認する。

 テラは後方へ一歩跳躍する。

 閉じて来る大穴の岩壁をリッキが腕を広げて抗う。

 メイド服の魔族がテラを狙い魔法を唱える。

 テラは片膝を着いた状態から、飛願丸を水平に薙ぎ払う。

 「虹魚」

 メイド服の魔族は、飛願丸の伸びた刀身によって上半身と下半身に絶たれる。

 閉じる大穴の石壁の動きが止まる。

 人質たちの悲鳴がこだまする。

 「ハァ、ハァ、・・・斬りたいと願うものだけを斬る虹魚だから、人質には無傷で魔族を斬れた。危なかったわ」

テラは、額の汗を拭った。

 

 「ホグザルト国王陛下・・・いや、此奴も魔族であったか」

ムーアは、床に転がる翼の生えた国王の亡骸を見て呟いた。

 人質たちは、腰が抜けたように床にへたれ込んでいた。時より、サクを恐ろしい魔物を見るような目つきでちらちらと見ている者もいた。

 「父上!」

 「お父様!」

1人の女性と2人の子供が駆け寄って来た。

 ムーアの妻エブリン、娘アヴィ、息子ダニエルであった。

 「おお、無事であったか・・・エブリン、子供たちを良く守ってくれた」

 「貴方こそ良くご無事で・・・」

 ムーアの眼には、安堵の光が灯っていたが、

 「・・・お前たち・・・私事は後だ。まずは、この国と民」

そう言って、ムーアは、人質に目をやる。

 「皆に怪我はないか。この通り聖ヴァングステン・ホグザルト国王は、魔族であった。また。ルクゼレ教大司教ナイチガル、内務大臣ザピエルン、そのメイドも同様に魔族であった」

 人質たちは、魔族の亡骸に目をやると、互いの瞳を見た。明らかに疑心暗鬼の眼差しである。

 「皆の者、心配は無用だ。このロロスには、もう魔族はいない。この神獣様たちが成敗をしてくださったのだ」

 人質たちは、一斉にサクを見つめた。

 「神獣様、ありがとうございました」

 「このお導き、ルクゼレ教大神ダキュルス様に感謝申し上げます」

 「そのルクゼレ教大神ダキュルスが、魔族の神だったのだ。

そればかりではない。この国の国政や国教など、全てが魔族の人類に対する陰謀だったのだ」

 「大神ダキュルス様が魔族の神?」

 「・・・・まさか・・・信じられない」

 「ムーア、それは誠か」

ムーアが声のする方へ顔を向けると、外務大臣ファオスカーであった。


 ダイチたちとムーア、外務大臣ファオスカー、財務大臣バンゴールが、来賓の間で机を囲んでいた。

 テラが、この国に神獣と共にやって来た目的を説明した。

 ムーアはテラの話を聞き、ファオスカーとバンゴールに語る。

 「確かだと思います。人の差別や迫害による分断、ルクゼレ教そのものが魔族の戦略です。王と重臣が魔族であったことが、何よりの証拠だと考えます」

 ファオスカーが、渋い表情で話し出す。

 「・・・しかしだな・・・国王が魔族であったことは、民には伝えられんぞ・・・」

 バンゴールもファオスカーに同意する。

 「まだあるぞ。国教のルクゼレ教が、魔界神ディアキュルスを大神として崇めていたこと。

 その経典にホモ・サピエンスは、優等人種であり、劣等人種である他の種を従えるとされていること。

 これらが、人類の断絶と滅亡を狙った魔王ゼクザールの企ての一部であったことなどは秘匿すべきだ」

 「その事実を知ったとて、特権を得ているホモ・サピエンス種が、他種の人権をおいそれと認めるだろうか。・・・もし、もしもじゃが、我らがホモ・サピエンス種の既得権を消滅させ、全ての人種を平等とする政策を推進したら、どうなるであろうな」

 「間違いなく、ホモ・サピエンス種から我らに対する反対や糾弾の火の手が上がる。

 12年前、少数の民から始まった抗議デモが、ザーガード帝国の皇帝エンペラードⅡ世を自害へと追い込んだ事を教訓とすべきだ」

 「その通りじゃ。よりによって、なぜ、我が外務大臣の時にこのような・・・」

 「ファオスカー、それじゃ、それ。国王陛下だけでなく、重臣の内務大臣も魔族であったことは・・・我らにも疑念が飛び火するぞ」

 「バンゴール、その通りじゃ。我らの身も危うくなる・・・ここで失脚しては元も子もない」

 ムーアは、ファオスカーとバンゴールの保身に満ちた心に(たま)り兼ねて異議を申し出る。

 「この国の民に、真実を明かすべきだと思います」

 ファオスカーとバンゴールの会話は続く。

 「ここは、新しい国王陛下を奉り・・・」

 「おお、それは良い。その陛下に新法を・・・」

 「それが良い。して新国王陛下の人選じゃが・・・」

 ムーアが立ち上がり、2人を睨む。

 「今こそ、全ての真実を民に明かすべきだと思います。国の再建は、そこから民と共に歩むのです」

 「・・・ムーア、そう熱くなるな。何も、民に事実を話す事に反対している訳ではない。これは非常にデリケートな問題をはらんでおる。適切な時期と然るべき手続きが必要なのじゃ」

 「むう、そうだ、そうなのだ・・・これを誤れば、ロスリカ王国は、大変な混乱となろう」

 「国内混乱となれば、産業も停滞、治安も悪くなるだろう・・・国の衰退につながる国難となるぞ」

 「この難しい局面で、誰がその責任を取るのだ・・・我はとらぬぞ」

 ムーアは、机を叩き吠えた。

 「魔族に国の舵取りを握られていた・・・これを国難と言わずして、何を国難といいましょうか。例え、険しい道であっても為さねばなりません。

 誰がその責任を取るのだ? ここまで見て見ぬふりをしてきた我らの責任です。我らが取らずして、誰が責任をとりましょうか。

 民のために、そして、人類の平和と繁栄のために、このロスリカ王国を再建しなければなりません。我らはそれを他人任せにしたり、放棄したりしてはならないのです。

 ・・・そのために、この穢れた命を捧げる所存です」 

 ムーアの決意をファオスカーとバンゴールは、ただ黙って聞いていた。

 ファオスカーは、バンゴールに語りかける。

 「ムーアの言う事はもっともじゃ。ロスリカ王国の再建が第一。

 それには、先ず新国王陛下の人選だ・・・」

 「先代の王の従兄弟の子ジャイム・フォン・グラン公爵はいかがですかな・・・確か、今年8歳になると・・・」

 「バンゴール殿、其方の甥の嫁は、グラン公爵家出身だったな。ちと身内贔屓し過ぎなのではないか。

 それなら、ホモンタクス公爵家のご息女エリーゼ・フォン・ホモンタクス様は、11歳になる。家柄も申し分ない」

 「ファオスカー殿、何を言っていますか。ホモンタクス公爵家は、貴方の奥方様のご生家ですぞ。少し露骨過ぎませんか」

バンゴールがファオスカーを睨みつけた。

 「・・・では、新王の人選は一旦置き、新法の発布についてはいかがかな」

 「むう、何れにしても、新法の発布は、当然、新王の名でじゃな・・・」

 ムーアは、唇を噛んでじっと耐え、「魔族の人質であった2人だが、この2人を助けた事は、国の未来に影を落とす事になったのではないだろうか」と心で叫んでいた。ムーアは、人害とも言えるこの2人の話を聞き、後悔の念が込み上げていた。

 ダイチは黙って話を聞いていたが、

 「このロスリカ王国の復興には、抜本的な改革が必要だと考えます。その改革が成功裏に終われば、全ての国と民の心の転換点になります。

 また、魔族にとっては、大きな障害となるはずです。

 我々にできる事があれば、申し出てください」

1人1人の眼を見つめながら語った。

 ファオスカーは、ダイチを見つめ、

 「このロスリカ王国の再建は、全ての国と民の転換点に成りうるという事ですな・・・迫る人魔大戦では、このロスリカ王国も支援させていただきます。

 ムーア、準備を頼んだぞ」

 「・・・はっ」

ムーアは、苦虫を噛んだ様な表情で返事をした。

 ダイチたちは、ロスリカ王国の協力の言質を大臣2人から得ることができたため、王城から庭に出た。


 「私たちの身の安全をマナツ母さんと皆に。そして、魔族であった王の討伐をフリーダムにも知らせないといけないわね」

テラが思い出したように言った。

 レミも、

 「そうそう、フリーダムの皆が、次回の軍事作戦を起こす前にね」

これは大変と言わんばかりに声を上げた。

 「ダイチさん」

 「ん? テラ、どうしたんだい」

 「今回のことでは大変にお世話になりました。改めてお礼を言います」

 「神託の指輪でも、今回の事は分からなかったのかい」

 「はい、ダイチさんが助けに来てくれてとても嬉しかったです」

 「あたりまえだ。それよりも、最悪を想定したリスクマネジメントと、援助希求・・・仲間を信じ、素直に助けを求めることができるテラには、感心したよ」

 「ありがとうございます」

 レミがテラをじっと見て、

 「『ダイチさんが助けに来てくれてとても嬉しかった』・・・ふふっ」

とテラの言葉を繰り返し、テラの腕を肘でつついた。

 「レミったら、何を言っているのよ・・・」

テラは、朱色の髪のように頬を染めて、レミの胸をちょいと強めに肘打ちした。

 「痛っ」

テラは、顔を上げ少しぎこちない笑みを浮かべて、

 「ふーっ、ダイチさん、このロスリカ王国の改革の行く先をどう考えますか」

と、ダイチへ尋ねた。

 「かなり厳しい道のりだと思うよ。ルクゼレ教が力を失い、魔族だったホグザルト国王たちを排除できた事は、改革に向けて大きな前進だったけれども、真の問題は民の心だ。

 差別の意識と感情は根深く心の奥底に蔓延(はびこ)るかもしれない。

 それにこの国の指導者だな・・・失礼だが、人材が育っていない」

 「儂は、あのムーアは良いにしても、大臣のファオスカーとバンゴールは、この国の興亡を己の政争の道具に使おうとしておる」

 「自ら責任を取る気概はなく、8歳と11歳の新王に責任をなすりつけようとしている。あれが政治家という生き物の特徴なのか・・・」

リッキも不信を口に出した。

 レミは、2人を見つめ、

 「私が気になった事は、『人魔大戦では、このロスリカ王国も支援させていただきます』の言葉です。参戦ではなく支援ですから、人類存亡をかけた戦いなのに、当事者意識が欠落していると感じました。

 ・・・でも、この国の改革を信じるしかないのかな」

と、困惑顔で言った。

 「そうなんじゃがな・・・」

 「ダイチさんの言った真の問題は民の心。我々にとっても自戒の言葉ですね。

 理解できないものには、恐怖を抱く。恐怖は敵意や排除を生む・・・それを肯定する法や経典には、思考や批判なしに飛びつく。

 理屈では、それが卑劣な行為だと分かっていても・・・人間って何なのでしょうねー」

テラがそう嘆いた。

 ダイチは、

 「自分で責任を取る事は辛い。だから、その法では、その経典ではと、責任を回避すれば楽だからね・・・かく言う俺も似たような者だ。

 今、俺たちができる事はここまでだ。この国の未来は、この国の民が決める。それが例え、俺たちの望まない未来であったとしても」

と、ため息にも似た声で話し天を見上げると、近寄って来るカミューとキュキュの影が見えた。

 「なあ、クロー、ロスリカ王国から人種差別をなくすには、どうしたらいいかな」

 『それは、ダイチが良く分かっている事だろう。

 特効薬はない。だが、為すべきことは明確だ。

 国王とルクゼレ教大司祭、2人の大臣が魔族であった。

 大神が魔界神ディアキュルスである。

 ルクゼレ教の経典が示すホモ・サピエンスが優等人種という教えは、魔族が人類の心を分断するための方便である。

 全てが、人類の分断による間隙をつくための計略であった。

と、この国の民と他国へもこの事実を知らしめる事だ。

 この情報開示によって、世の人々へ自戒の念と自律を促すしかない。そこで初めて、新たな道徳的な価値観を民自身がつくっていく。

 新たな道徳的な価値観が民の心に浸透するまでには、他人種交流による相互理解が重要となる。

 いずれにしろ、多くの時間を有するだろう。人の何世代もの時間が必要になることもあると覚悟していた方が良い』

 「それほどの年月を・・・改めてこうして考えてみると、魔族の計略は、いかに人間の弱さを巧みにつく有効で陰湿な策であったのかが分かり、魔族の恐ろしさを実感するな」

 テラがダイチとクローの思念会話に加わってきた。

 「それでも、やるしかないですね。その強い意志を次世代に託して、実現していくしかない」

 『貴方たちで全てを抱える必要はないわ。人類の叡智と心を信じましょう』

マウマウがそう思念会話で伝えた。

 「そうだな・・・そのために俺たちは、世界に協力を求めているんだ」

 『主、いまさら何を言っている。我らの力を信じろ』

 ダイチは、カミューやファンゼム、リッキ、レミ、そしてテラの姿を見て、笑顔になった。

 『ダイチ、場所を把握したぞ』

 「把握?」

 『魔界神ディアキュルスの逃げ帰った場所だ』

 ダイチたちは目を見開いてクローの次の言葉に注目した。


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