13 ダキュルス教の大神
ダイチを乗せたキュキュが、滑空している。まだ薄暗い空を飛ぶダイチの背から太陽が昇り始め、橙色の光の筋がその姿を隠していた。
「キュキュ、あの寺院だな。・・・おや、今日は祭なのか、並ぶ灯篭の灯が幻想的だ」
『ママハ、アノヤマノ シタカラハイッタ』
『主、あの大聖堂の地下から山全体にかけて、膨大な魔力を感じる』
「テラたちの入った山からか・・・大聖堂には、魔神の気配を感じないのか」
『魔族3匹。魔人の気配はない。だが、巧妙に気配を隠している可能性はある』
『ダイチ、いきなり膨大な魔力の山中に飛び込むより、先ずは、大聖堂からの侵入が良いだろう』
「了解だ。キュキュ。大聖堂の屋根に降りろ」
ダイチはそう言って、白い仮面を被った。
キュキュキュイーン
ルクゼレ教大神ダキュルスへの感謝祭当日の早朝とあって、寺院と大聖堂は絢爛豪華な装飾が施されていた。赤白黄色の球が周りの樹々に飾られ、寺院前の参道には灯篭に火が灯っていた。
ダイチを乗せたキュキュが、大聖堂の金色の屋根めがけて、静かに滑空して行く。寺院の立つ小山からは、鳥の囀る声が聞こえ始めていた。
『魔法反応。キュキュ、躱せ』
黒の双槍十文字の装飾に擬態しているカミューが、思念会話で命じた。
大聖堂の中に気配を消して潜んでいた魔界神ディアキュルスが、魔法を放ったのだ。黒色の禍々しい球体が、金色の屋根をすり抜けるように穴を開け、キュキュを襲う。キュキュは急旋回をしてこれを躱す。
ダイチはバランスを崩してキュキュから落下する。
「うああー」
次々に放たれる黒球を躱しながら、キュキュがダイチを手で掴む。そのままダイチを金色の屋根に向かって投げると、キュキュは急旋回をして上昇して行った。
ダイチは、大聖堂の屋根にうつ伏せに落ちると、必死で円形の屋根にしがみ付こうとした。指が滑り、うつ伏せのままズルズルと落ちて行く。ダイチは黒の双槍十文字で屋根を叩き、左の刃をフックの様に屋根にめり込ませた。
「キュキュは大丈夫か」
『あの黒球は触れた物体を抉り取る。キュキュも主も気をつけろ』
その間も、キュキュめがけて黒球が放たれていた。キュキュはこれを躱しながら、大聖堂の上を旋回していた。
「キュキュは、囮をしてくれているのか・・・この間に大聖堂に侵入するしかない」
『ダイチ、大聖堂内にいるのは魔神だ。私の完全感知で捕らえた。我々を警戒して大聖堂内を不規則に移動している』
「やはり魔神か。この屋根に掴まっていても、いずれ魔法で殺られる。中に降りるぞ」
ダイチは体制を立て直すと、召喚無属性魔法を唱えた。
ゾーブ
「エクスティンクション」
召喚無属性魔法エクスティンクションは、目標の1点に反発エネルギーであり、負の圧力を持つダークエネルギーを召喚する。
大聖堂の屋根の1点から透き通った球が膨張した。それは瞬きよりも短い出来事だった。球形が目に見えた訳ではない。ダイチの想定した効果範囲であるゾーブ大の直径3mの透き通った球が存在を示すかのように、球形の輪郭内で背景が歪んだのだ。
その刹那、球形の輪郭が1点に収縮し消滅した。
大聖堂の金色の屋根には、直径3mの穴が開いていた。
ダイチは、心でエクスティンクションのリキャストに必要な9秒のカウントダウンを始める。
9
「キュキュー、来い」
ダイチは、走りながら叫ぶ。
キュキュを狙っていた黒球が止む。
魔界神ディアキュルスは、エクスティンクションの発動に、背筋が凍るような恐怖を感じ、本能がキュキュより危険な者の存在を知らせたのだ。
8
ダイチは、大聖堂の屋根に空いた穴へ迷わず飛び込む。
白く丈の長い頭巾外套のディアキュルスが、ダイチを視認する。
7
ダイチは大聖堂内を落下して行く。
ディアキュルスが、頭巾の影から無慈悲な眼を光らせ、口角を斜めに上げた。
6
ディアキュルスがダイチめがけて黒球を放つ。
落下しているダイチをキュキュが空中で攫って行く。
5
キュキュは急旋回をする。
ディアキュルスが至近距離で黒球を連射する。
4
キュキュはこれを躱す。
ダイチの耳元を黒球が掠めて飛んでいく。
3
至近距離からキュキュが黒い炎を吐く。
ディアキュルスは、魔力でシールドを発生させて防ごうとする。
2
ディアキュルスのシールドをキュキュの黒い炎が透過し、黒い炎に全身が包まれる。
ダイチは、キュキュから飛び降りる。
1
ディアキュルスの体から出た青白い球が、キュキュに吸い込まれる。ディアキュルスは、がくりと膝を着く。
「チェックメイト!」ダイチの視線は、ディアキュルスの眉間にロックオンする。
ディアキュルスの頭から左右に黒い角がS字にくねり横に伸びる。白い翼が消え、鉤爪のついた焦げ茶色の蝙蝠のような翼で羽ばたく。額の黒い宝石から魔力が溢れ出る。
『急激な魔力上昇。ダイチ、危ない』 クローが警告する。
『ディアキュルス! 貴様だったのか!!』 カミューが吠える。
0
ゾーブ
「エクスティン・・」
その瞬間、ドドーーーン! 大聖堂と寺院が爆風で吹き飛び、屋根や柱、壁、儀式具などが粉々になって、山から下に落ちて行った。
『・・・キーーーン・・ダ・・チ。 おい、ダイ・・・。 キーーン大丈・・』
ダイチは、激しい耳鳴りと目眩を伴いながら、体を起こした。視線が定まらず、周りがグルグル、グラグラとして黒の双槍十文字を杖代わりにしていたが、思わず膝をついた。ダイチの被っていた白い仮面の一部が砕け散り、左目付近の素顔が露わになっていた。
不明瞭な認知機能の状態で、くねくねとくねりながら宙に浮くカミューの背が見えた。
カミューは、こちらを睨む魔界神ディアキュルスと対峙していた。
『ダイチ、しっかりしろ』
「・・・クロー、キーーン大丈夫だ。ハァ、ハァ、カ、カミューが俺を守って・・・くれたのか」
ダイチは黒の双槍十文字を支えにして、息を切らしながら立ち上がった。額から滴る血が左目を滲ませた。腕でその血を拭うが、視界は霞んでいた。
『ディアキュルス! 貴様だけは生かしてはおかぬ』
カミューが、これまでにない殺気と威圧感でディアキュルスを射抜いた。後ろで守られているはずのダイチにさえ、ゾゾゾーと恐怖が走った。
ディアキュルスは、手にした大鎌でカミューを指す。
『破魔神獣神龍か・・・
ふふっ・・・十年前に先代の神龍の生命力を吸収し、じわりじわり弱らして、神龍をなぶり殺しにしてやったわい。お前は、どんな死に方をしたいのだ』
『卑怯な手を使い、欺いて神龍を殺したな。この罪を冥土まで持っていけ!』
ディアキュルスと対峙し、激高するカミューがいきなり神龍の息吹を撃った。
ピッ、ゴゴゴゴゴォーッ
白く輝く閃光が、夜明けを迎えたばかりの空を突き抜けて行く。
ピッ、ピッ、ドゴゴゴゴゴォーッ
ディアキュルスは、体を捻り神龍の息吹の連射を躱していた。
『それだけか・・・先代と同様に屠ってやろう』
ディアキュルスは、余裕の表情を浮かべ、右手でカミューの額を指さした。
『ん・・・』
ディアキュルスは、自身の手首から先を失っていることに気づいた。
『死の大鎌は、貴様に振られたな』
カミューが、牙を光らせた。
『・・・おのれ、忌々しい神龍め』
カミューの背後にいるダイチは、霞む視線のまま魔界神ディアキュルスの眉間を睨んだ。
「ハァ、ハァ、今の状態では・・・エクス・・・ティンクションは無理・・・か」
その瞬間、床がグラグラと振動し始めた。そして、ドドドドーンという凄まじい轟音を立て競りあがって来た。
『ちっ・・・神龍に気を取られ過ぎたか。邪魔が入った』
魔界神ディアキュルスは、狼煙のような黒煙となって風に消えて行く。
『ディアキュルス、待てー!』
カミューが、後を追おうとして身を乗り出したが、ダイチが止めた。
「カミュー、待て!・・・ディアキュルスへの気持ちは分かるが、優先事項があるはずだ」
『・・・うぐぐっ・・・』
『カミュー、奴との決着は次回だ。我らの勝利のために、ここは奴を逃がせ』
サクが大聖堂の競りあがった床を破り、ダイチたちの前に飛び出して来た。手には大剣の冥剣新月を握っていた。
『サク、無事であったか』
カミューの言葉に、
『無論だ。魔神は逃げたか』
と、冥剣新月を背に納めた。
『先代の神龍を殺した魔界神ディアキュルスだった・・・サク、彼奴だけは我が倒す』
サクがカミューを見て頷いてから、ダイチに視線を移す。
『ダイチ、カミュー、クロー、礼を言う。
陰の魔界神ディアキュルス・・・奴は八魔神の中でも、陽の戦魔神ウラースと並ぶ双璧。最強神の1柱だ』
「あれが八魔神双璧の魔界神ディアキュルスか・・・」
ダイチは、額の血を拭いなら呟いた。
ゴトゴトッ、床の石をリッキが下から持ち上げ、顔だけ出して辺りを見回す。リッキが下を向いて頷くと、その隙間から、テラとファンゼム、レミが次々と出て来た。
「リッキ、テラ、全員無事か」
ダイチが叫んだ。
テラの瞳は輝く。
「ダイチさん、助けに来てくれたのね。ありがとう。私たちは全員無事よ。
その血・・・ダイチさんこそ大丈夫なの?」
テラの心配そうな顔を見たダイチは、
「なんとか、無事だ。キュキュも無事だ。キュキュは案内と戦闘の支援をしてくれた」
と、欠けた仮面を外して、血を拭った。
「貴方がダイチかいな。おおきに。儂はファンゼムじゃ」
ファンゼムは、ダイチに回復魔法を唱えた。レミも同時に唱えていた。
「我らは魔神の魔法に囚われ続けていた。脱出できたのもダイチたちのお陰だ、礼を言う」
リッキが深々と頭を下げた。
「救援要請で『娘のテラと大事な仲間をお救いください』と、マナツが声を震わせていた」
ダイチがテラたちを見回しながら伝えた。
「母さんに、また心配をかけてしまった・・・」
テラが憂いのある目で呟いた。
キュキュが大空から急降下して来ると、テラの脇に着地して顔を寄せる。
「キュキュー、ありがとう。よくダイチさんたちを導いてくれたわ」
テラは、顔をくしゃくしゃにしてキュキュに頬摺りした。
『ママ、ブジデヨカッタ』
「うん、うん。キュキュも無事で良かったわ」
「やれやれじゃ。儂らは、落下し続ける魔法で、もうだめかと思っておったぜよ。なぜ、儂らはあの魔法から出られたのじゃろう」
ファンゼムが胸を撫でおろしながら疑問を口にすると、サクが答えた。
『恐らく、ディアキュルスは、カミューとの戦闘に魔力を集中させたため、あの落下し続ける空間魔法が途切れたのだ』
『戦ったのは我だけではない。キュキュと主もだ』
カミューがダイチを顎で指した。
クローが補足する。
『ダイチは、ディアキュルスの下に先陣を切って乗り込み、奴に恐怖を感じさせたのは間違いない』
『・・・・何だと。魔神が人間に恐怖を・・・』
サクの紫の透明な瞳が、ダイチへ動いた。
「え、・・・いえ、俺は魔界神ディアキュルスに遊ばれていただけ。最後も炸裂魔法で木っ端微塵に吹き飛ぶところだった」
ダイチは掌を見せて、左右に振って否定した。
クローが、思念会話で解説する。
『確かに魔界神ディアキュルスが、最初から全力でダイチを倒しに来ていたら、手も足も出ずに敗れていただろう。
だが、奴は1度目のエクスティンクションで恐怖した。ダイチの魔法を恐れたのだ。
だから、2度目のエクスティンクション発動寸前で、高出力の炸裂魔法で吹き飛ばしたのだ。
奴の誤算は、ダイチの命を絶つもりの魔法だったが、そこにカミューがいて、ダイチを守った事だ』
「クロー、俺は魔界神ディアキュルスには到底及ばない」
『当然だ。魔神に本気で勝とうと思っていたのか・・・
唯一勝てる可能性があったとすれば、初回のエクスティンクションを奴に打ち込むことだった。
しかし、これで、文字通りダイチの面が割れた。次に出会ったら、ダイチは最初に狙われ、瞬殺されるだろう』
「・・・・・ゴクッ」
ダイチは、唾を呑み込んだ時に、喉がカラカラに乾いていることに気づいた。
「ダイチさんが、魔神に勝つチャンスがあったなんて・・・貴方は人間なの?」
テラが呆れた様な目をして、ダイチを見た。
「人間であるはずはなか。魔神は神獣と同格と聞いたばい」
マウマウは、半信半疑でクローに尋ねる。
『生物界の絶対的頂点に立つ神獣。それに並ぶ存在の魔神。人間が、その魔神に一瞬でも恐怖を感じさせることなどありえない。
クロー、誠の話なのか』
『私は誇張したり、嘘を言ったりはしない。完全感知でディアキュルスの身体状況は、詳細に把握していた。
初回のエクスティンクションを見たディアキュルスは、一瞬ではあるが自律神経が興奮し、脈拍と血圧の上昇、手足の体温低下などの防衛規制といえる身体症状が顕著に見られた。
これは恐怖の特徴だ』
『何とも信じがたい事だ・・・』
レミが遠慮しながら皆に話しかけた。
「あ、あのー、ほらあそこ、寺院の瓦礫から生き残った魔族が飛んで逃げて行くわ。放っておいても良いの」
テラが、レミに微笑んで、
「ふふっ、ダメに決まっているでしょう」
と、言った瞬間には、もうテラの姿は消えていた。
テラは、無属性魔法:ムーブメントで、空中を飛んで逃げる魔族の背の上に現れた。テラの振り下ろした飛願丸の刀身が黒い閃光となって、魔族の翼の付け根に走った。魔族は袈裟斬りに両断された。
次の瞬間には、別の魔族の目の前に現れた。黒い閃光一閃、魔族の首を刎ねた。
更に魔族の腹の下に現れると、上段から一気に飛願丸を振り下ろすと上下2匹を一刀両断した。
最後の魔族が至近距離で、炎弾をテラに撃ち逃げて行く。テラは反射的に身を捩り、飛願丸の鍔の上に浮かんだ数字を確認した。テラの体は、既に自由落下をしている。
「8!」
マウマウがテラの肩掛けカバンの中から思念会話で補足する。
『1.4×10 射程14m』
「その位、計算できますよ。・・・虹魚!」
テラは10m先を逃げる魔族に向かって飛願丸を薙ぎ払った。飛願丸は、10m先の魔族をその刀身で両断した。テラは真っ逆さまに落下しながら姿を消した。
「これでルクゼレ教寺院の魔族は片付いたようね。残りの魔族は何匹?」
テラの鮮やかな空中での剣技に見とれていたダイチの脇から、テラがサクに尋ねた。
『城内に4匹』
「では、聖ヴァングステン・ホグザルト国王に謁見を願い出ましょう」
マウマウがテラに注意を促す。
『国教のルクゼレ教が、魔界神ディアキュルスに操られていたとなると、国王も同類と考えた方が良い』
『マウマウに同意する。少なくとも重臣の複数が魔族の可能性が高い』
クローも見解を述べた。
レミがぼそりと呟く。
「えーと、そもそもルクゼレ教もダキュルス教も大神ダキュルスを信仰しているのよね。その大神ダキュルスは、ディアキュルスの事ではないのですか。最初の文字の発音が違うだけのような・・・」
リッキが振り向いてレミの顔を見る。
「その可能性は高いな・・・言われてみれば、その通りだ」
「儂もそう思うばい」
テラが2人を見て、
「その予想が正しければ、ルクゼレ教とダキュルス教は、魔界神ディアキュルスを大神として信仰しているということなのね」
「そして、ロスリカ王国は、ルクゼレ教を国教としている。危険な匂いがするな」
と、リッキの眼に力が入った。
「いずれにしても、教都ロロスに潜む魔族は、これで孤立した。先ずはそれを倒そう」
ダイチが提案すると、皆が頷いた。
『ダイチ、聖ヴァングステン・ホグザルト国王に謁見は、ダイチとテラ、ファンゼム、リッキ、マウマウ、私、そしてサク。
城外待機は、カミューとキュキュだ』
と、クローが人員の配置を述べた。
『なるほど、もうこちらの存在は、城内の魔族にはばれている。城外待機組は、逃げる魔族を上空からの狙撃と緊急事態での増援ということね。それは良い編成だわ』
マウマウも同意した。
ダイチが頷いて、決定をする。
「よし、それでいこう!」
カミューとキュキュが飛び上がって、大空に消えて行った。
6:00 ロスリカ王国教都ロロス
ダイチたちが、ルクゼレ教総本山の寺院と大聖堂から王城に向かう途中で、駆けつけて来る数百の兵士たちの存在をクローが一早く察知したので、森の中でやり過ごしていた。テラは、一旦サクを帰還させていた。
城下街は、ルクゼレ教大神ダキュルスへの感謝祭の当日とあって、盛大な祭となるはずであったが、東に位置するルクゼレ教総本山の寺院と大聖堂が日の出時刻に大爆発を起こしたために騒然となっていた。
通りを巡回する兵士たちも多く見られた。
民衆たちは、家から出て街の通りや広場から、吹き飛んだ山頂を見て不安を募らせていた。
「おい、本山のあの寺院と大聖堂がすっかり消えているぞ」
「さっき爆発は、寺院と大聖堂を狙ったものなのか」
「まさか、フリーダム・・・人種解放軍フリーダムの仕業か」
「フリーダム・・・怖いわ。この街でもテロが起こるのかしら」
「こうしちゃいられん。大神ダキュルスへの感謝祭をしている場合ではなくなったぞ」
騒然としている通りの人盛りを、ダイチたちは城に向かって歩いていた。
「何だ、この白仮面は。まさかフリーダムか」
「きゃー」
「兵士に知らせてこい」
通りの民衆はパニックになって逃げ惑う。
『ダイチ、こちらに陰から視線を向けている者がいる。4人以上いる。
呼吸と心拍が異常な者、恐らく息を潜めているのであろう。その者の数はもっと多い。
何かがあるのか、城壁外には、数百の人間が身を潜ませているぞ』
「魔族なのか」
『全て人間だ』
ダイチは、辺りを注意深く見ていくと、ダイチの視線を感じて建物の陰に隠れるフードを被った者たちがいた。
テラが、なるほどと頷く。
「今夜は、大神ダキュルスへの感謝祭。この日をねらう人種解放軍フリーダムの戦士たちだわ。きっと、城内で爆発があったので、斥候が来たのよ」
「フリーダム?」
ダイチは、言葉を復唱した。
「ちょっとした知り合いなの。私の伝書鳩を飛ばしてくれたのは彼らよ」
「仲間なのか」
「仲間ではないかもしれない。でも、敵ではない」
リッキが白仮面を外して、辺りを見回す。リッキの素顔を見て、フードを被った男が目で合図を送って来た。
「あそこへ」
リッキが路地を指さした。
路地には、十数人が待っていた。その内の3人がフードをとった。人種解放軍フリーダム第1戦士隊長の河馬獣人クイグル、ドワーフの戦士ギャレル、獣人のサヨだった。
ギャレルが信じられないような顔でテラに言う。
「あんたらは、生きていたのか」
「捕まっていたのよ。伝書鳩を飛ばしてくれてありがとう。お陰で、仲間が助けに来てくれたの」
クイグルがテラを厳しい目をして問い質す。
「あの山の上の寺院と大聖堂を吹き飛ばしたのは、あんたたちか?」
「私たちを救出に来た仲間と魔神との戦闘で、吹き飛んだのよ」
「魔神だと・・・ルクゼレ教会で魔神と遭遇したのか」
「恐らくルクゼレ教の崇める大神は、魔界神ディアキュルス」
「な、なんだとー!
むう・・・・通りで・・・いろいろと、辻褄が合う」
「これから聖ヴァングステン・ホグザルト国王に会ってくるわ。必ず交渉は成功させる。だから、今日はこのままフリーダムの戦士を引いて。無駄な血は流したくない。フリーダムと兵士の衝突は避けたいの」
「・・・ちっ、これだけ用心されていては、大神ダキュルス感謝祭襲撃計画が水の泡だ。俺たちも正面衝突は望まない」
「ありがとう」
「・・・・・撤退だ」
クイグルがそう指示すると、フードを被った兵士たちは散って行った。
「自分たちの手で、自由と人権を勝ち取るための戦か」
ダイチは、去って行くクイグルの大きな背中を見ていた。
「おい、その白仮面を外せ」
槍を構えた兵士たちが、ダイチたちを囲んで厳しい目をして命じた。
「この仮面は外せません。我々は、ローデン国王の使者です」
「白仮面で身を隠す使者などいるものか。怪しい奴め」
白仮面を被っていても、ドワーフと獣人であることは、見て取れる。誰何した兵士は、厳しい視線でファンゼムとリッキを一瞥した。
「落ち着いてください。このローデン国王の親書を、ロスリカ王国聖ヴァングステン・ホグザルト国王にお渡しするために参りました」
ダイチは懐から、ローデン国王の親書を取り出して見せた。
兵士は、親書の入った封筒に記されたローデン国王の署名と封蝋の印璽を見ると、
「ご同行願おう」
とだけ言うと、ダイチたちを取り囲むようにして王城への道を先導し始めた。
「どうやら半信半疑のようじゃな。リッキはどう見る」
「怪しんでいるな、寧ろ黒だと思っているようだ。しかし、ローデン国王からの使者と名乗られては、万が一、本物の使者であった場合には、外交非礼に当たってしまう。無下にもできないのだろう」
「いつ切り殺されるか分からないと言う事ですか?」
レミが不安げに言った。
ダイチは、レミを見て、
「大丈夫。俺たちの上には、神の眼がある。危ない時には、天罰の雷が下る」
と言うと、空を見上げた。
そこには、真っ青な空があるだけだったが、遥か上空ではカミューとキュキュが旋回していた。
最後の城壁を越えると、そこには広大な庭と、その奥に王城が見えた。王城の前には、完全武装した騎馬と兵士たちで埋め尽くされていた。その数3,000人。
本日未明に起こったテロから、このロスリカ王国を救えという聖ヴァングステン・ホグザルト国王直々の命が下されていた。
ダイチたちと同行していた兵士の1人が、王城前の兵士たちの下へ駆けて行く。やがて、馬に跨り、豪華な金色の甲冑に身を固めた将軍らしき人物と話を始めた。
「クロー、あの兵士たちの中に魔族はいるか」
『いない。魔族4匹は城の中だ。その内3匹はとても強いぞ』
馬に乗った若き将軍らしき人物が、護衛の7騎を従えてこちらに近づいて来た。
「我は、ロスリカ王国近衛聖騎士団団長ゲオルズ・フォン・ムーアだ。ローデン国王の親書を持参した使者とは、其方たちのことか」
「はい、訳があってこの様な仮面を被っておりますが、ローデン国王の使者です」
ダイチは親書の封筒を見せた。
「獅子2頭と麦3本を象ったこの印璽は、ローデン国王のシンボル・・・」
ムーアは割れた白仮面を被ったダイチに目をやり、品定めをしている様であった。
「ローデン王国の使者殿、我が主、聖ヴァングステン・ホグザルト国王陛下より、如何なる者もこの王城の門を通してはならぬとの命を受けておる。ここを通すわけにはいかぬ」
「ムーア将軍、人類の未来に係わる事です。そこをまげてお願い申し上げます。
我々はローデン国王親書の使者でもありますが、神獣の使者でもあります」
「神獣様の使者だと言うのか」
「失礼ながらルクゼレ教の大神ダキュルスは、魔族の魔界神ディアキュルスの事です。先ほど大聖堂にて確認し、追い出しました」
「・・・大神ダキュルス様は、魔族の魔界神ディアキュルス・・・・」
「ムーア将軍、貴方は、国教の大神が魔族の魔界神ディアキュルスと言われても、否定はしないのですね。何か思い当たる事がおありなのですね」
「・・・・・・」
「無益な血は流したくありません・・・」
その時、伝令の帆を付けた騎馬が駆け寄って来た。
「ムーア将軍、ホグザルト国王陛下からのお言葉をお伝えします」
ムーアは、馬に乗った伝令を見て命じる。
「申してみよ」
「はっ、『何をぐずぐずすておる。城に向かう如何なる者も排除しろ。厳命である。其方の妻も子も王城で祈っておるぞ』
ムーアは、伝令の最後の言葉を聞き、眉をピクリと動かした。
「・・・・このムーア、命に代えても、主命を遂行するとお伝えしろ」
伝令は一礼すると城門へ駆けて行った。
「聞いていたであろう・・・其方たちがここを通りたくば、押し通ってみよ」
「他に方法はありませんか」
「くどい!」
「・・・・・・・・それならば、使者として、戦にて押し通ります」
「え、ダイチさん・・・」
テラがダイチを見た。
「よかろう。戦にて決する・・・使者殿、其方の名は」
「ノミチ・ダイチ」
「テラ・セーリング」
「ファンゼム・マイゼンじゃ」
「リッキ・ホーン」
「・・・レミです」
ムーアは、ダイチたちの名乗りを見届けると、手綱を引き、踵を返した。そして、城門を守る兵の下へ戻って行った。
「ダイチさん、戦になるのね」
「・・・最早、あの将軍は引き下がらないだろう。
其方の妻も子も王城で祈っておるぞ、その王の言葉で、ムーア将軍の表情が明らかに変わった。恐らく家族が・・・」
「じゃが、儂らは寡兵。敵は3,000の軍隊じゃ。肝が冷えるのぉ」
ファンゼムの言葉にレミも頷きながら、仲間に強化魔法をかけていた。
リッキは、ミスリル製のウォーメイスと大盾を片手に、メンバーの最前列に進み出た。
テラは、前方の兵士たちを見つめ、まだ戦闘を避ける術を探し迷っている様子だった。
遠くでムーアが手を上げた。ロスリカ王国近衛聖騎士団が、広がり始め陣形を組んでいった。鶴翼の陣であった。
ダイチは、パラレルの境界を越えて転移した、ハーミゼ高原での人間とオークとの一戦を思い出していた。
「戦は酷いだけだ・・・すぐに決着をつけよう」
ロスリカ王国近衛聖騎士団から戦闘開始を告げる銅鑼が鳴り響いた。




