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12 落下し続ける空間と閉じた空間

 ロスリカ王国

 教都ロロスは深い森と険しい山に囲まれた首都であった。城を中心に十字に延びた広い街道が整備されていた。

 『教都ロロスにいる魔族は22匹。城下街に10匹、城下東に8匹、城内に4匹、城内の魔族3匹はとても強い』

愛馬黒雲に跨ったサクがゆっくりと告げた。

 「そんなに魔族が潜んでいるのかいな」

 「こちらは気づかれてはいない?」

 『こちらに反応した魔族はいない』

 「よし、では、城下街の魔族を倒していきましょう」

 テラたちは、騎乗したまま、白い仮面を被った。サクと愛馬黒雲は、既にテラたちと同サイズにまで縮んでいた。

 城壁の門は、6人の兵士に守られていた。テラたちは、予想通りに誰何される。

 「おい、止まれ・・・」

突然、誰何(すいか)した兵士が、その場で崩れるように倒れた。背からは翼が生え、体全体からは一筋の黒いもやが立ち上っていた。


 「何だこれは・・・魔族か・・・」

 「この翼は魔族で間違いない・・・隊長に連絡しろ」

 兵士たちが駆けて行った。

 テラが振り向いてサクの顔を見る。テラには、サクの紫色の冷徹な瞳が、今は無慈悲な瞳に感じられる。

 「サク、今のは、サクが何かしたの?」

 『暗黒魔法デスを使った』

 「え? 魔法を使ったので、魔族にばれたのでは」

 『私の繰り出す魔法とスキル発動は、感知を許さないほど微弱な魔法量と一瞬の間だ。これを感知することのできる者は、我と同等のものだけだ。』

 レミもごくりと唾を呑み込む。

 「神獣と同等とは、魔族に感知は無理ですね」

 

 大通りを歩いている男性がそのまま転ぶように倒れる。

城壁の上で魔法を詠唱している兵士が倒れる。

 店先で店主と立ち話をしていた年配の女性が突然に倒れる。

 井戸水を汲んでいる男性が意識を失い、そのまま井戸に落ちる。

 馬車の御者をしていた若い女性が座ったままずれ落ち、馬が気づかずに荷車を引いている。

 路地裏で金を巻き上げていた男が倒れる。

 無慈悲な瞳をしたサクが通過すると、教都ロロスの大通りや路地、様々な店内外から黒いもやが立ち上っていた。やがて、倒れた死骸の背からは翼が現れてきた。

 『教都ロロスに残る魔族は、城下東に8匹、城内に4匹だ』

 大通りが真っすぐ延びる丘の上には、立派な石造りの城が見えて来た。四方には高い塔が立ち並び、丘を幾重もの城壁や物見代に守られた堅固な城であった。

 ファンゼムが城を見上げて思わず呟いた。

 「立派な城やのう」

 「全くだ。難攻不落とは、あの様な城をいうのであろうな」

リッキも目で城壁を辿り城の天守を見上げた。

 「ファンゼムさん、リッキさん、・・・あっち、あっち」

と、レミが右手側を指した。

 右には、大樹と川に囲まれ、切り立った崖を持つ山が見えた。その山全体が幾重もの防壁に囲まれ、その山頂には、金色に輝く円錐(えんすい)や半球の屋根をもった大聖堂が、威風堂々とそびえ建っていた。

ファンゼムは飛び上がる。

 「ひゃぁー、えずー、またがったー。これは凄かぁー」

 「うわー、国教ルクゼレ教の大本山の寺院と大聖堂ね。規模も煌びやかさもこれ以上はないという感じね」

テラの眼には、キラキラと輝く屋根が眩しくさえ感じ、そのスケールに圧倒されていた。

 『魔族が8匹いる城下東とはあれよ』

 「えー、あの寺院が魔族の巣になっているの?」

 「テラ、まるで山全体が要塞となった寺院ね」

 「うん、城といい、寺院といい、魔族に気づかれて、あそこで戦闘になったら厄介だわね」

 マウマウが、テラに進言する。

 『テラ、城と寺院。この2つは補完関係にある言わば両輪。城を攻めれば寺院から我々の背後を魔族が襲う。逆も(しか)り。気づかれずに、しかも迅速に対処するしかないわね』

 『テラ、どちらを攻める』

 「うーん、サク、少し待って・・・危険だけれども寺院から行く」

 マウマウが、同意する。

 『テラ、私もそれが良いと思うわ。もし、城を第1とした場合には、王を説得しなければならないから、時間がかかることも予想される。そうなれば、城と寺院の魔族から挟み撃ちよ』

 「寺院は魔族が8匹と数は多いけれども、その戦力を削いでおけば、かなり優位に立てる」

 「テラ、分かったぜよ。寺院からだな」

 「「了解」」

 

 「この崖の上かぁ、腰が痛くなりそうだわい」

 高い絶壁を眺めたファンゼムが愚痴をこぼした。

 「ルートは、この螺旋状に続く山道を登って行くしかないのか。しかも、幾重もの防壁と門を通り抜けなければならない」

 「リッキ、仕方ないわ。進むしかない」

 『テラ、待って。大抵、楽な裏道があるものよ。先ずはそれを探しましょう』

 「マウマウ、それは確か?」

 『あの山道を登るにはきつ過ぎるわ。もう少し楽な手段があるはず』

 マウマウの言葉を受けて、テラが皆に言う。

 「裏道を探しましょう」

 皆の視線がテラに集まる。

 「裏道? ・・・そうか。信者全員があの山道を登るのはきつ過ぎる」

リッキも納得した。

 「なるほど、儂も裏口がいいぞい」

 「そうね。探してみましょう」

 正面の螺旋状のルート入口の周りには、日常的な祈りの場として用いられる寺院と聖堂があった。その両側からは、山頂の寺院や大聖堂を守るかのように、川岸や岩、大樹などが広がっていた。

 森の外れに小さな小屋があった。その小屋の前には、聖職者らしき服装をした1名と兵士2名が立っている。

 「あそこが、怪しいわね」

テラが森の陰から指さした。

 1名の兵士が突然倒れた。

傍に立っていた兵士が慌てて声を掛ける。

 「おい、大丈夫か。おい、ホンサーヌ、しっかりしろ」

倒れた兵士の体から黒いもやが立ち上っている。その兵士の背から翼が生えて来た。

 「うわ、な、なんだ。こ、これは、魔族か・・・ホンサーヌは、魔族だったのか」

 「おお、我が主ダキュルス様、・・・この魔族に安らぎを与え給え」

 混乱する2人の前にテラが突然進み出る。

 「私はテラ。ルクゼレ教寺院の中には、まだ魔族が潜んでいるみたいだから、倒しにきました。ここを通して貰えますか」

 「な、どこから・・・白仮面とは、怪しい奴め。その武器を捨てろ」

 「当然そうなるわよね。それは貴方たちのお仕事ですものね。ホント御免なさい」

テラは、手刀で兵士を、リッキが聖職者を眠らせた。

 小屋の床には地下へ続く階段があり、階段の下は横穴となっていた。テラたちは、横穴を進んで行くと、巨大な円柱状の空間に出た。円柱の内壁面には、螺旋状(らせんじょう)の階段が続いていた。その階段のところどころには、採光用の窓がついていた。

 「どうやらこの階段が、裏口らしいのぉ」

 ファンゼムが天井を見上げ呟いた。

 「サク、魔族7匹はこの空間の上の寺院内で間違いない?」

 『寺院内で頻繁(ひんぱん)に移動をしているが、この空間内には魔族の気配はない』

 『テラ、慎重に進みましょう』

 「分かったわ、マウマウ」

 テラたちは、内壁の階段を登って行った。


 「この螺旋階段も、もう少しで頂上。あと一息よ」

 「儂はもう膝が笑っているがな」

ファンゼムが息を切らしながら、そう言った時に爪先で小石を弾いた。

 カン、カン・・・・・・・・・・・・・・コン

 レミが落ちていく小石を目で追うように身を乗り出す。

 「うぁ、こうしてみると深い、怖いくらいだわ」

 ふらっとバランスを崩したレミに恐怖が走った。レミの肩をリッキが掴む。

 「・・・吸い込まれそうだったぞ」

 「あ・・・ありがとうリッキさん。ハア、ハア」

 「レミ、気を付け・・・」

 『罠だ』

 サクが声を上げた。

 「え!」

 テラとファンゼム、リッキ、レミ、サクの体が、まるで空間ごと渦巻に引き込まれたかのように、螺旋の渦を描きながら、円柱状の空間に吸い込まれる。

 テラたちの悲鳴さえ渦に吸い込まれ、音にさえならなかった。テラたちは瞬く間に渦の中心に達すると、そこから錐揉みになって落下していく。吸い込む空気がなく、呼吸すらできなかった。

 「うごごご」

 「く、苦しい」

心の中で悲鳴を上げていた。

 テラたちは落下する。どこまでも落ち続けている。

 『(なぎ)

冥神獣ワルキューレのサクは、特異スキル凪を発動した。

 漆黒の球体がテラたちを包んだ。凪の内部は、全てが漆黒の闇と静寂に包まれ、前も後ろも、左も右も、天と地すらない。どこにいるのかさえ自覚できない空間に浮いていた。ファンゼムとリッキが逆さになって浮いている。レミは、横向きになって空間に立っていた。

 サクの紫色の深い瞳が光ると、天地が定まったように全員の向きが揃った。

 「サク、凪をありがとう。あの渦巻は何なの」

 『魔法だ』

 「でも、サクの魔族は、気づかれていなかったのでは?」

 『用心深く、そして、巧妙に姿を消して潜んでいた奴がいたのだ。我のデスを察知できるほどの奴だ』

 「サクのデスは、魔族では感知を許さないほど、微弱な魔法量と一瞬の間だったはず・・・」

 『その通りだ。この魔法を使った奴は、魔族ではない』

 「魔族ではない?」

 『魔神だ』

 「「「魔神!」」」

 「魔神って、魔王ゼクザールが召喚する八魔神の魔神のこと?」

 『魔神は他にはいないわ』

マウマウが思念会話でテラに言った。

 『魔王ゼクザールが人類の脅威となりうるのは、奴自身の戦闘力だけではない。寧ろ、ゼクザールが召喚する八魔神が最大の脅威なのだ』

 「その魔神がこの寺院に潜んでいたのね」

 『デスを使ったことは迂闊だった』

 『サク、今となればそうだわね。でも、デスを使ったからこそ城下街の魔族を隠密に屠ってこられたことも事実』

 「なあ、テラ、サク様の凪の中は安全そうじゃが、凪の外は渦巻なんじゃろうか」

ファンゼムがサクをちらちら見ながら、テラに尋ねた。

 『凪の外に出れば、どこまでも落ちて行く』

 「それは、螺旋階段のあった床に落ちて、全員が墜落死するということ?」

テラが、サクの顔を見た。

 『否! どこまでも落ちて行く。その言葉のままだ』

 「儂らは、やがて、底に激突するはずじゃろう」

マウマウが、ファンゼムに説明する。

 『落ち続ける空間に引き込まれたのよ。円い浮き輪の中を周回するイメージ。際限なく落下を続ける。

私たちは、凪の中にいるから錐揉みもなく、息も吸えているだけ』

 サクが無感情な瞳で、冷静に話す。

 『外は落下し続ける空間。凪は外界の干渉が及ばない閉じた空間』

 「凪の外にでたら、死体となって永遠に落下のループにはまるということなのね」

テラも状況が、ようやく理解できた。

 「テラ、儂らは、暫く安全だとは分かったが、この先はどうしたものかのぉ」

 「サク、何か良い手はない?」

 『今ここでできる事はない。その意味では魔神の勝利だ』

 「・・・・マウマウ、何か妙案はある?」

 『サクの言う通りね』

 「では、私たちは死ぬまでここに?」

 『テラ、それは、今ここでできる事と限定した場合よ。明後日の朝になれば、フリーダムのアジトから、テラのメッセージを携えたグレートピジョンが飛び立つでしょう。ここで、援軍を待つのよ』

 「俺たちにできる事はないと言う事か」

リッキはドカッと座り込むと胡坐をかいた。 

 「その通りじゃな・・・」

ファンゼムも胡坐をかいた。

 「状況が変わらないなら、辛気臭い話は止め。みんなで食事をしましょう」

レミがパンパンパンと、手を叩きながら雰囲気を変えた。

 「テラ、さぁ、アイテムケンテイナーから食材を出した、出した」

 「ふふっ、流石はレミね」

 「全く、肝っ玉が図太いのぉ」

 「冒険者の素質は抜群だな・・・レミ、俺は肉を多めに」

 「儂もじゃ」

 「あはははっ、再起動は援軍が到着して、この魔法が解除された時ね。キュキュは思念会話が届きそうな距離にいるから、そのことを伝えておくわ」 

 教都ロロスの遥か上空を旋回していたキュキュは、テラからの思念会話を受け取ると、

 『ママ・・ワカッタ』

と思念会話で答え、どこかへ飛び去って行った。


 ルクゼレ教大聖堂の1階祭壇の間の豪華な椅子に腰かけ、足を組み、頭巾の間からほくそ笑む者がいた。

 白く丈の長い頭巾外套に黒と金の魔法陣が施されている。背中からは白い天使の様な翼が広がっていた。

 『くくくくっ、冥神獣ワルキューレ、城下街でデスを使ったのは軽率だったな。

 迫る人魔大戦前に、厄介なワルキューレを我がフォールチューブに閉じ込められた事は、こちらにとっては好都合だった』

 「ルクゼレ教大神、魔界神ディアキュルス様。奴らは、空間魔法フォールチューブで死ぬまで落下の恐怖を味わう事でしょう。それも、窒息死までの数分間でしょうが」

と、魔族がニヤリとした。

 『侮るでない。奴は神獣の1柱。命を長らえる術なら持っていよう。

だが、フォールチューブから脱出は不可能。何百、何千年と落ち続けるが良い』


 ギャレルは山影から登る朝日を眺めていた。

 「3日後の朝だ。やはり不首尾に終わったか」

 ギャレルは、グレートピジョンを放した。グレートピジョンは空高く舞い上がると、ギャレルの真上を旋回し、そのまま西の空に消えて行った。

 沈黙のままギャレルは、ドド副指令の下に向かった。


 アジリカ連邦国コモキンのタナー商会の一室。

 「マナツさん、いよいよ今日はアジリカ連邦会議。緊張するね」

ガイが、ふーっと長い息を吐いた。

 「ええ、魔王ゼクザール討伐隊編成と、その後に魔族に付け入る隙を与えないためにも、自由と平等を目指す決定を期待するわ」

 「人間の英知を信じよう」

マナツの夫であるジム・タナーが4歳になる双子のジンとレイの頭を撫でながら、笑顔でマナツに語った。

 マナツとガイもゆっくりと頷いた。

 「旦那様、鳩小屋に伝書鳩が戻ってきました。このメッセージが付いていました」

タナー商会の商会員が、血相を変えて駆けこんできた。

 ジム・タナーはそのメッセージを一読すると、マナツに手渡した。

 「娘のテラからだ・・・」

 ガイも覗き込む。

 「・・・テラから?」

マナツは、メッセージを一読すると顔色を変えた。

 その途端に、慌てて部屋から飛び出て行った。ガイとジムも後を追う。

 マナツは、中庭でアイテムケンテイナーに水と食料を詰め込んでいた。

 「マナツさんが行くつもりか」

 マナツは手を止めずに頷く。

 「マナツ、今日は連邦会議に出席して、皆を説得するのだろう」

 「ジム、テラは私の娘。そしてファンゼムやリッキ、レミは、大事な仲間たちだ。

 もう、誰も死んでほしくない。

 ・・・娘と仲間の命に代えられるものはない。私が助けに行く」

 「マナツ・・・・『もう、誰も死んでほしくない』とは、十数年前の双子島での魔族と戦い。ファンゼムやリッキ、ダン、ハフたちが亡くなった時の事と重なったのだね・・・」

ジムが、心配そうな目をしてマナツの肩に手を置いた。

 「・・・・・」

 「マナツさん、その気持ちは分かる。

 だが、この会議が不首尾に終われば、この計画に大きな破綻が生じる。ここはヘッドセットで連絡をすべきだ」

ガイの言葉に、マナツの手が一瞬止まるが、また詰め込み始めた。

 「俺がヘッドセットで連絡をとる・・・マナツさん、ここは仲間を頼ろう」

 マナツはガイを見つめた。

 「ふーーーーっ、仲間に頼るか・・・状況説明と対応策を練ることが先決ね」

マナツは、肩を上下に大きく揺すった。

 「緊急事態発生。緊急事態発生。

 テラのメッセージを伝書鳩が運んできた。読み上げる。

 『このメッセージが届く時には、ロスリカ王国教都ロロスでの説得が失敗に終わった可能性大。更に、私たち自身では連絡の取れない状況下にある』以上。繰り返す・・・」

ガイがヘッドセットを使って仲間たちに呼びかけた。

 「・・・・・」

 その後、十秒にも満たない沈黙であったが、マナツとガイ、ジムにとっては、不安と緊張の長い時間となった。

 「えーっ・・・こちら、デューン。すぐ向かいたいが我らには、高速の移動手段なし」

 「こちら、ルーナ。同じく高速の移動手段なし」

 「それなら、ここコモキンから俺の千寿で向かう」

ガイが痺れを切らして応答した。

 「ガイ、今日はアジリカ連邦会議でしょう。気持ちは分かるけれども・・・」

ローレライが、ガイを窘めた。

 「会議なんて昼までに終了させて、すぐに向かう。千寿の飛行速度なら、2日もあれば到着できるはずだ」

 「えーっ、ガガガーッあー、聞こえますか。ガガガーッ電波状況・・・聞こえなかったガガーガガッ・・・ロスリカ王国・・ザザーッ、テラに早急に救援・・・事でいいかな。・・・俺が向かうガガーッ」

 「誰ですか?」

 「こちらガーガガーッ、チ。ダイ、ガーザーッ。ダイチだ。カミューが、1日あればガガーッけると、どや顔で言ってガガーッ」

 「ダイチさん、お願いします。ロスリカ王国教都ロロスです」

 「ザザーッ、おい、カミュー、人には被害をガガガーッな。魔族だけガガッー。

・・・失礼、テラたちのこガガーガーッ、了解ザザーッ」

 マナツは、震える声で、

 「ダイチ先生・・・先生! 娘のテラと大事な仲間をお救いください」

と叫び、祈る様に手を合わせた。

 「マナツ、俺は、その気持ちも持ってザザーガガーッ」

 「ダイチ先生、お願いします」

マナツが、祈りにも似た声でそう囁くと、ジムはマナツの目を見て、その背をポンポンと叩いた。


 ダイチたちは、ローデン王国の北西に位置する小国ミハエルザーク公国にて、ピエール・フォン・ミハエルザーク侯爵への協力要請に成功し、公都ライガル近隣の町や村に潜む魔族の掃討を行っていた。

 『主、ミハエルザーク公国に潜んでいた魔族は、今、この街から飛び立った2匹で最後だ』

カミューの指がピクリと動いた。

 黒く不気味な雲から、バキバキバキーッと、雷鳴が天と大地を切り裂いた。眩しい光が逃げる魔族に直撃した。雷魔法の直撃を受けた魔族は黒焦げになり、そのまま地上に落下して行く。

 逃げるもう1匹の魔族は、黒焦げで落下していく魔族を見て、グギャーと恐怖の叫びを上げた。

 

 ビーチボール

  「エクスティンクション」


 もう1匹の魔族の羽ばたきが止まったかと思うと、そのまま錐揉みになって落下して行った。

 「カミュー、ロスリカ王国へ全速だ!」

カミューの背に跨り、後頭部の金色の毛を両手で掴むダイチが叫んだ。

 『主、今の言葉、後悔するなよ』

 カミューは、宙をくねくねと泳ぐようにして雲まで飛び上がると、東に進路を取り、全速力で飛行した。

 カミューのジェット戦闘機のような急加速で、強烈なGと風圧がダイチに圧しかかって来る。ダイチは、振り落とされぬようカミューの毛を拳に巻き付けて、懸命に抗う。ダイチの髪は後ろに靡き、開いた唇が歪に変形し、ボゴボゴボゴッと震えている。雲の霧の粒が冷気の壁となり、凍える寒さがダイチの全身を襲う。見開く眼球の表面が寒さと風圧でヒリヒリ痛い。

 『ダイチ、カミューと同格の冥神獣ワルキューレのサクが、テラにはついていた。それでも、テラたちの生死が分からぬ事態が起きているという事とは、かなりの敵に違いない』

クローがダイチに思念会話を送った。

 「さっきのマナツの声を聞いたか? ・・・震えていた。マナツの願いは叶える。テラたちは、絶対に助け出す・・・」

 『生死は分からぬ状況。救出するにしても情報が必要だな』

 「・・・・・・・・・」

 『ん、ダイチ、聞いているのか』

 「・・・・・・・」

 『ダイチ!』

 「・・・ク、クロー、ハァ、ハァ、聞いているぞ。今、意識が飛びそうになっただけだ」

 『カミュー、ダイチが危ない。魔力を神龍の加護にもまわせ』

 『主は、全速力と言ったが・・・』

 『神龍の加護がなければ高山病、低体温、衰弱でダイチは死ぬぞ』

 『人とはか弱き者だな。やれやれだ』

カミューの眼が光った。

 「・・・ふーっ、体が、大分楽になった。俺もてんぱっていて、カミューへ神龍の加護の注文を忘れていた」

 カミューは、飛行速度を緩めることなく、ロスリカ王国へ向かった。


ロスリカ王国近海の上空

 『ロスリカ王国は、もう目と鼻の先だ』

 「カミュー、予定より随分と早く着いたな。まだ日の出前だ」

 『当然だ。我が本気になればこんなものだ』

と、カミューがどや顔になった。

 『・・・ぬ、主。キュキュがいるぞ。あの山の先だ』

 「キュキュは無事だったのか」

 クローがキュキュへ思念会話を送る。

 『キュキュ、テラたちは無事か』

 『タブン。ロロスノ ジイン 。ママハ、ココカラハナレロ、ナカマヲアンナイシロ トイッタ』

 『ダイチ、キュキュを遠ざける判断をしたということは、自己の気配を消すことも、気配感知にも長けた危険な相手だ。そのこともテラは伝えたかったのだ』

 「むう、クロー、作戦はあるか」

 『無理だ。強敵と寺院いう情報以外は皆無だ』

 『主、心配には及ばない。我には神龍の息吹と魔法がある』

 「カミュー、寺院に人間がいたら無理だろう。それに、恐らくテラたちもいる」

 『・・・・』

 『カミュー、教都ロロスに潜む敵は、魔王ゼクザールだと思うか』

 『違うな。断言できる。魔王ゼクザールごときでサクが後れを取るはずがない』

 「魔王ゼクザールごときって・・・それなら敵は何だ」

 『魔神だ』

 「魔神って、以前にカミューが言っていた、魔王ゼクザールが召喚する八魔神のことか」

 『いかにも。魔神は、魔族神の事だ』

 「人間にとっての神獣と同じということなのか」

 『まあ、そんなところだ』

 「魔神に勝てるのか」

 『・・・やってみなければ分からん。寺院に魔神が2柱以上いたら、我だけでは勝ち目はまずない』

 「そんなに強いのか・・・カミューの弱気な発言は初めて聞いた・・・」

 『弱気な発言ではない。我には、戦闘に関しての楽観や悲観はない。冷静に戦力を分析しているだけだ』

 『カミュー、人質の盾や罠があるかもしれん。敵にカミューの存在を察知されては、勝率を著しく低下させる。

 気配を完全に絶て。飛行魔法も禁止だ』

 『クローよ。気配を絶つのは良いが、飛行魔法まで禁止となると、かなりの距離を歩くことになるぞ。ここから教都ロロスまでは、馬でも1日2日の距離はある』

 『カミュー、誰がお前に乗って行くと言った。私たちが乗るのはキュキュだ』

 「キュキュも飛行魔法を使っているのではないか。それなら同じく察知されてしまうはずだが・・・」

 『キュキュは、我々を乗せて高高度まで上昇する。そこからキュキュの飛行魔法は禁止だ』

 『なぬ』

 「クロー、分かったぞ。グライダーか。そこから滑空して教都ロロスの寺院まで行くということか」

 『いかにも。カミューは、黒の双槍十文字の装飾に擬態して気配を完全に絶つ。

キュキュが滑空で寺院に着地する。

 仮に敵が気配を察知したとしても、それはあくまでキュキュと人間ダイチの気配だ。こちらの神獣カミューの存在は隠せる』

 「おお、それは良い策だ」

 『ダイチ、これは秘密裏に敵地に潜入するまでの策でしかない。その後の策はない。そこからは、カミューの力を如何に効果的に使うかだ』

 「カミューの力を使う時期を遅らせれば、遅らすほど敵の眼を欺ける。油断させられると言う事か。

分かった。その策に決定だ」

ダイチはそう言って、アイテムケンテイナーから黒の双槍十文字を取り出した。

 『承知した』

カミューはそう言うなり、ダイチの手に持つ槍の柄にスルスルと巻き付き装飾へと擬態した。

 「うあぁぁぁぁー!」

カミューに乗って飛行していたダイチが、いきなり宙に投げ出された形となった。ダイチは絶叫しながら自由落下を始めた。

 「馬鹿カミュー! いきなり何をやってんだぁぁぁぁー!」

 『主、問題ない』

 「致命的な問題だぁぁぁ!」

 その時、落下するダイチの肩を両手で掴み上げ、キュキュキュイーンとキュキュが叫びを上げた。キュキュは、長い首をぐいっと縦に振ってダイチの体を持ち上げ、背に乗せた。

 「ふぅーーっ、キュキュ、ありがとう。命拾いした」

ダイチは、キュキュの首を何度も撫でた。

 キュキュキュイーン

 「それにしても、カミュュュュー! お前なー」

 黒の双槍十文字の装飾に擬態しているカミューの背をバシッと叩いた。

 『主、キュキュも思念会話で我らの会話を理解していた。だから問題などない』

 「くっ・・・カミューの状況判断が、迅速で的確なのはわかるが・・・仲間は意思疎通がなければ、それに付いていけない、あ・・・個の判断と行動・・・それが神獣か。

 キュキュ、話は聞いていたな・・ここから高高度へ急上昇して・・・」

キュキュキュイーンの鳴き声を上げて、空高く舞い上がった。

 キュキュは黒い影となって、太陽の光の中に吸い込まれていった。


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