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10 胡坐会談

 バーム皇国

 雪乙女ルーナとローレライが、バーム皇国皇都ブランヨークを目指していた。

 美しい森の小道を白毛の愛馬「雪風」に乗ったエルフ姿のルーナと、ダイチから借りた葦毛(あしげ)の馬「北斗」に(またが)るローレライが、2頭の馬を並べていた。

 (はた)から見れば、エルフ女性2人の危険な旅。当の本人たちは、呑気(のんき)に女子トークに花を咲かせていた。

 「・・・ルーナ、そうなのよ。それから、アジリカ連邦国コモキンにある『野チゴの畑』のスィーツは、生クリームに野チゴ(苺)、数種の果物が入っていて、甘さと酸味が絶妙なの。別格、絶品よ」

 「うわぁ、食べてみたいな」

 「そうでしょう。そうでしょう。あとね、ゲルドリッチ王国の『春夏秋のティータイム』これは、隠れた名店よ。営業が春から秋の期間だけなのよ。そこのフルーツバニラが最高」

 「ローレライが(うらや)ましい。貴方は、航海士が正に転職ね。だって、各国を巡り、その長寿を絶品スィーツに捧げられるなんて」

 「ねえ、ルーナ、魔王を倒したら私たちの船で絶品スィーツ巡りをしましょうよ」

 「うわぁー、楽しみ」

 「どうせ私たちは、長寿を持て余すのだから、10年位の絶品スィーツ巡りは丁度よい食べ歩きだわ」

 「賛成」

 「バーム皇国(こうこく)って、太子が治める国よね。面倒な事に巻き込まれなければいいけどね」

 「ナギ王国の隣国なので、太子とは面識があるから、大丈夫だと思うわ」

 ローレライの心配を余所に、ルーナは楽観的な答えをした。

 「私たちの最初に訪問した国が、ルーナの故郷、ナギ王国で良かったわ。話がトントン拍子に(まと)まったわね。ルーナの弟のアルベルト国王は、若いけれども賢王の器ね」

 「ローレライ、ありがとう。弟をそう評価してもらえると嬉しいわ。ナギの深い森と滝、大理石の建物を見て、(なつ)かしかったわ」

 「ルーナ、もうホームシック? 貴方はナギ王国を旅立ってからまだ1か月も経ってなかったのでしょう」

 「・・・うーん、2週間位かな」

 「あはははは」

そう白い歯を見せていたローレライの表情が一変した。

 「ルーナ、前方の左右の茂みで、こちらを(うかが)っている者が数名。・・・もっといるわ」

 「ええ、人間だから心配ないわ。全部で9名。それより・・・」

 「・・・気づいていたのね。って、そうよね、神獣なのだから当然よね」


 前方の茂みの中で、盗賊たちが息を殺してほくそ笑んでいる。

 「女の2人旅か・・・不用心だねー。もし、盗賊に出会ったら大変だ。くくくくっ」

 「お頭、あの2人が恐ろしい盗賊に出会う前に、親切な俺たちが盗賊の恐ろしさを教えてあげましょうよ。くくくく・・・」

 「しかも、ありゃ、滅多にお目にかかれねーエルフの上玉だ。今日の俺たちはついている」

 「相当の値が付きますね。くくくくく」

 「そろそろ行くぞ」

 ルーナとローレライの乗る馬の前の茂みから盗賊3名が躍り出て来た。

 「おい、そこの女。2人旅は危ないぜ。俺らみたいな盗賊に出会ったら大変だぞ。ぐへへへへ」

 左右の茂みからも男たちが立ち上がる。

 「なんでも、盗賊はたっぷり楽しんだ後に、売り飛ばすって聞いているぜ。がははは」

 「無駄な抵抗は止めて、馬を降りろ。

 俺たちのお楽しみの時間だ。ひひひひひ」

左右の盗賊たちが、弓を引き絞った。

 ルーナたちの後ろにも盗賊2名が現れ、退路を(ふさ)いだ。

 ルーナとローレライが馬から静かに降りる。

 「おお、その馬は、2頭とも駿馬(しゅんめ)だな。ますますついているぜ」

 ローレライが、笑みを浮かべて盗賊に話しかける。

 「忠告しておくわ。私たちに比べれば、貴方たちの人生は、ほんの束の間。その人生がさらに短くなるわよ」

 「くくくく、人生の長さ? 短くて結構。俺たちは、太く楽しく生きるぜ。今日はお前たちで楽しませてもらおうか」

 盗賊の言葉に、ローレライは(あき)れて両手を開いた。

 エルフ姿のルーナが申し訳なさそうに呟く。

 「あのぉ、盗賊さん。魔物が近づいています。すぐに、逃げた方が身のためですよ」

 「魔物だと? がはははは、もうちっとは賢い嘘をついたらどうなんだ。お嬢さん」

 「そうですか。貴方たちの命は、もう風前の灯」

 「俺たちに情けは無用だ。俺たちの命の心配より、自分の命の心配をする事だな」

 その時、黒い巨大な影が疾風を(まと)い盗賊を襲った。あまりの速さに、その魔物の姿を目で(とら)えられた盗賊はいなかった。何が起こったのかさえ理解できないでいる盗賊たちの髪と衣服が、突風に(なび)く。

 鋭い牙の並ぶ大きな口に、既に盗賊2人は上半身を飲み込まれていた。

 「うわぁぁぁ、魔物だー」

 「ぐあぁ、助けてくれーー」

 襲い掛かって来た魔物はケルベロスであった。

 ケルベロスは、体長4m、3つの頭を持った全身が灰色の山犬。森の中でケルベロスに出会ったら、生きては帰れないと言われている、死を司るSクラスの魔物である。

 盗賊たちは、脱兎(だっと)のごとく逃げだした。

 しかし、ケルベロスは、逃がしはしなかった。疾風の如く樹々の隙間をすり抜けながら、前脚で盗賊を殴り倒していく。手に武器を持つ盗賊たちに対して、その攻撃は、情け容赦なく、魔物の本能の(おもむ)くままのハンティングとなっていた。

 最後の1人となったうつ伏せに倒れる盗賊の背に、前脚を押し付けながら、ケルベロスの真っ赤な瞳がローレライを(にら)んだ。ケルベロスは、牙の(のぞ)く口から(したた)り落ちる赤黒い血をその長い舌でぺろりと()める。ローレライの背筋に、死の恐怖が走る。

 ケルベロスはグルルルと(うな)り声を上げ、ローレライめがけて凄まじい速度で跳躍した。

 ローレライは、腰の3連銃を抜く。

 ケルベロスの3つの頭は口から牙を()く。ローレライとの距離5m。

 ドン、ドン、ドン

 ケルベロスの眉間(みけん)へ次々に弾丸が命中する。

 ケルベロスの3つの頭は着弾とともに炸裂(さくれつ)して(はじ)ける。

 首から上を失ったケルベロスの巨体が、慣性のまま一直線に飛んでくる。その距離1m。

 パキパキパキン

 ケルベロスの胴体は、突然地面から伸びてきた氷の柱に串刺しにされた。3つの首を失ったケルベロスの死骸が、宙で串刺しのまま止まった。

 ローレライは、鼻先にあるケルベロスの死骸に目をやると、ごくりと(つば)を飲み込んで、ルーナを見た。

 黒髪の慈愛神獣雪乙女に変化していたルーナは、

 『ローレライ、お見事』

と、冷たく表情のない笑みを浮かべて称賛した。

 「・・・私は、決して外さないのよ」

ローレライは、長い銀の髪を左手で()()げた。

 「ルーナ、いえ、雪乙女。もう少し早く氷で串刺しにしてくれるとありがたいな・・・」

 『ケルベロス程度は、ローレライの敵ではない』

吐息(といき)のダイヤモンドダストをキラキラと輝かせてそう言葉にすると、ルーナは金髪のエルフの姿に戻った。

 「慈愛神獣雪乙女か・・・ルーナの姿の時は、純粋で素敵だけれども、あっちの方が、私とハフには気が合いそうね」

 ローレライは、北斗に跨りながら独り言を呟いた。


 ゲルドリッチ王国

 ゲルドリッチ王国の首都オーブルは、国内最大の港湾都市である。港には何隻もの海軍の艦艇と漁船、数隻の商船が停泊していた。

 また、商人の才覚が発揮できる自由な都市であり、一獲千金を目指す商人にとっては、この街に店を構えることがステータスシンボルとなる憧れの都市でもあった。

 レンガ色の大きな市場と白壁に橙色の屋根の家屋が、遠くに見える丘の上の城壁まで続いていた。城壁の奥には、港を見下ろすように白い城があった。

 「奥様、ガイ様、謁見(えっけん)が良きものとなりますようお祈りします」

 「ありがとう、ビンセント」

マナツは、ジム・タナー商会オーブル支店長のビンセントに軽く会釈した。

 ビンセントは、4階建ての店先に立って、マナツをにこやかに見送っていた。

 マナツは、ジム・タナー商会会長のジム・タナーと5年前に結婚をし、双子の男児を授かっていた。

1 2年前、ジム・タナー商会のオーブル支店の立ち上げの際に尽力したエルフのビンセントが、今では支店長としてその辣腕(らつわん)を振るっていた。

 宝石を主力商品として扱っていたが、絹織物が大人気となり、現在は宝石と織物、食品・惣菜などを手広く取り扱う百貨店として急成長を続けていた。

 マナツとガイは、白の仮面を被って、小高い丘の上にそびえる城へ続く道を上って行く。

 石造りの白い城壁の門には、4人の衛士が槍を持って立っていた。白仮面をつけた怪しい2人を見止めると、衛士は駆け寄り詰問(きつもん)する。

 「おい、そこの2人、止まれ。その仮面はなんだ。何の用があってここにいる」

 マナツが、衛士たちに冷静に語りかける。

 「我らは、豊穣神獣麒麟の一寿様の使者としてここに遣わされたマナツとガイと申します。オルフォンヌス・ゲルドリッチ国王陛下への謁見をお願いします」

 「謁見だと! 馬鹿も休み休み言え。怪しいやつめ。この者たちをひっ捕らえろ」

そう言って、他の衛士たちに命じた。

 マナツがガイを見て、仮面の奥から目配せをした。ガイは黙って頷くと、両腕を前面に上げ、指先で宙に四角を描いた。

 「いでよ。一寿!」

 グルルルルルと、低い唸り声を上げて、全身が緑色、獅子の様な顔と白いたてがみを備えた、(たくま)しい巨体が空間からのそっと出て来た。

 「ひぃぃぃぃ」

 「ば、化け物だー」

衛士たちは腰を抜かして倒れ込んだ。

 1人の衛士だけは、震えながらも気丈に槍を構えている。

 ガイは、胸に手を当て、軽く頭を下げると、

 「これは、豊穣神獣麒麟の一寿。神獣の命によって、国王に取り次いでいただきたい」

丁寧な口上を述べた。

 「な、なにを・・・これが神獣様だと言うのか」

 『グルルルル、我は、豊穣神獣麒麟の一寿。人の子よ、我が主の言葉に従え』

 「ひぇぇぇー! しゃべった」

 「人の言葉をしゃべったぞ」

 「とにかく、衛士長様にご報告を!」

そう言って、衛士の1人が城壁の中に消えていった。

 一寿は、腰を抜かしている衛士たちには見向きもせずに、城門を潜って行った。

 「急ぐので・・・」

ガイは片手を顔の前に上げ、腰を抜かす衛士に謝罪交じりで声をかけてから、一寿に続いた。

 『ガイ、魔族は城内に3匹』

 「やはりいたか」

 「ガイ、魔族を倒すのは見極めたあとよ」

 「勿論です。一寿、いいな」

 一寿が、そびえ立つ白亜の城を眺めている。

 グルルルルルッと、唸り声を一つ上げた。

 石造りである城の塔の一部がグググッと変形して、石球になるとズシンと地響きを上げて落下した。砂塵(さじん)が舞い上がり、視界を(さえぎ)る。ガイとマナツは、その塔を見上げると、内部の階段が露出し、人形の様に小さく見える数人の兵士が、階段で尻もちをつく姿が目に映った。

 「おい、一寿。止めろ! いきなり何をするのだ」

 『魔族だけその石に閉じ込め圧死させた。人間の命に別状はない。ほれ、もう1匹は、あそこから逃げて行くぞ』

 一寿が、城の高い位置にある窓から飛び立つ魔族を指さした。

 「一寿、人間に被害はないのだな」

 『くどいぞ』

 城の大門からおびただしい数の衛士が、手に、手に剣を携えて飛び出て来た。横にあった衛舎からも、衛士が駆け出して来る。

 ガイが飛び去る魔族に目を移すと、魔族は既に落下を始めていた。マナツが重力魔法グラビティで魔族の飛行能力を相殺させていたのだ。

 ガイは、背負っていた大斧の神斧『カオスの斧』を握ると、大門から飛び出して来た衛士たちに向かって走り出した。衛士たちの間を吹き抜ける一陣の風となって、すれ違って行く。

 ガイは一際高く跳躍すると、落下してくる魔族めがけてカオスの斧を一振りした。カオスの斧の大刃が魔族の脳天を強烈に撃った。その大刃と脳天の接点に極小さな漆黒球が生まれた。この漆黒球は、周囲の光さえも吸い込み逃さないため、漆黒の闇の1点に見える。瞬く間に魔族の体を闇の1点が吸い込んでいった。やがて、漆黒球は消滅した。

 ガイは着地すると、カオスの斧を背負い、衛士たちに目をやった。衛士たちは殺気に満ちた目をガイに向けていた。

 『我は豊穣神獣麒麟の一寿。この城に蔓延る魔族を成敗しただけだ。グルルルル、狼狽(うろた)えるな』

 一寿の一喝に、衛士たちはピクリと肩を(すく)めた。

 衛士長が前に進み出て、

 「城壁門の衛士が申していた神獣様とその使者とは、其方たちのことか」

と、尋ねてきた。

 マナツは、静かな口調で、衛士長に説明した。

 

 ガイたちは謁見の間でオルフォンヌス・ゲルドリッチ国王と対面した。オルフォンヌス・ゲルドリッチ国王は、筋肉質の偉丈夫で、周囲を圧する威厳(いげん)があった。

 国王の足下には、重臣たちが左右に別れて整列している。

 マナツが国王に恭しい態度で切り出した。

 「オルフォンヌス・ゲルドリッチ国王陛下に、神獣自らお話があって参りました」

 「ゲルドリッチ国王陛下に許可なく話をするとは、なにごとぞ。控えろ」

足下の重臣の1人が(とが)めた。

 先ほどからガイが、鋭い眼光で一寿を制しているため、一寿は国王と重臣の不遜(ふそん)な態度を(とが)めることもない。(むし)ろ、国王の足下にいる重臣の1人を見つめていた。

 国王は、半信半疑で一寿を見ている。

 マナツは、重臣の咎めにも(まゆ)一つ動かさずに話を続ける。

 「魔王ゼクザールが・・・」

 『そこの者、多量の汗が噴き出ておるな。グルルルル、(ひざ)も震えておるぞ』

一寿が、1人の重臣に向かって指摘した。

 一寿が人の言葉を発したことに、謁見の間にいる国王と重臣たちは驚愕(きょうがく)した。

 「一寿、残り1匹の魔族か」

 『いかにも。下手に逃げ隠れせずに、しゃーしゃーと出て来おった』

 汗をかいていた男は、国王の下へ走り出す。国王を人質に取って逃亡を図ろうとしたのだ。男の指先から鋭い爪が伸び国王へ迫る。

 近衛隊長グラムスは、腰に帯びていた剣を抜き、不審なその男を追う。グラムスの剣がその男の背後に振り下ろされた瞬間、王座の脇から、

 ドガガガガー

 床から鋭利な石柱がせり上がり、王へ走り寄る男の股間から頭を貫いた。悲鳴を上げる間もなくその男は息絶えた。その男の背からは翼が垂れていた。

 グラムスは翼の生えた男をしげしげと見つめる。

 「・・・・魔族であったか」

 「うあー」

 「ひやぁー」

 「ひぃぃぃー」

王の間は、狼狽える重臣たちで混乱の極みとなった。

 その中にあっても、国王と近衛隊長グラムスだけは、平静を保っていた。

 「国王陛下、お怪我はありませんか。このグラムスの一生の不覚です」

 「よい。ここにも魔族が潜んでいたとは・・・」

国王はグラムスにそう言葉をかけてから立ち上がった。

 ゲルドリッチ国王は、偉丈夫(いじょうぶ)であり、立ち上がるとその巨躯(きょく)から重厚な威圧感が(ただよ)ってきた。

 国王は王座から降り、一寿に向かい片膝を着いて拝礼した。

 「神獣様、私の不遜な態度をお許しください」

 『グルルルグ、我は豊穣神獣麒麟の一寿。我が主の話を聞け』

 ガイは頷き、背中のカオスの斧を床に置くと、国王の前に座り込んで、胡坐(あぐら)をかいた。

 「ゲルドリッチ王国陛下、先ずは(ひざ)を突き合わせて話をしましょう。そうぞ、そこに座ってください」

 「むう、そうするか」

 ガイと一寿、王国は、向き合い胡坐をかきながら話を始めた。その脇に、マナツが足を崩して座っていた。

 近衛隊長グラムスも剣を床に置いて、ゲルドリッチ王国の後ろに座り、胡坐をかいた。

 「皆も胡坐(あぐら)をかかぬか」

 「「「「「はっ」」」」」

王国の一声で、重臣や衛士たちもその場で胡坐をかいた。

重臣や衛士たちの表情も幾分か和らいだ。王座には誰も座らずに、階下に皆が胡坐をかいているという奇妙な景色になった。


 ガイから説明と依頼を受けると、国王は、

 「むう、ガイよ、話は分かった。一寿様、ゲルドリッチ王国の民は、人類の平和と繁栄のため、諸国と共に戦おう」

と、胡坐のまま深々と頭を下げた。

 これを観た臣下も国王に(なら)って、胡坐のまま畏敬(いけい)の念を持って拝礼した。

 『オルフォンヌス、人の未来ために、共に戦おうぞ』

 「はっ」

 余談ではあるが、豊穣神獣麒麟の一寿とゲルドリッチ王国のこの時の会談は、後に胡坐会談(あぐらかいだん)と呼ばれた。


 ガイとマナツは城門を出ると、道を下りながら上機嫌で話をした。

 「ガイ、カオスの斧が手に馴染んできたわね」

 「当たり前だ。もう10年以上も使っているからな」

 「私が女神の祝福を抜けた5年前は、まだ漆黒球の発現がランダムだったけれどもね」

 「ああ、2年前位から、ほぼほぼ漆黒球を出せる様になった。・・・見事、それを扱ってみせよ、とおっしゃったダリア様の言葉を片時も忘れた事はない」

 「それを知ったら、ユリスもきっと喜ぶわ」

 「それは、どうでも良い」

ガイは人ごとの様に切り捨てると、マナツの瞳を見る。

 「・・・もう少しで、神託に示されたその時が来る」

ガイは、ジャジャイの遺志に応えるかの様に、天を見上げてぎゅっと拳を握った。

「・・・ガイ、次はアジリカ連邦国ね」

 「マナツさんは、アジリカのコモキンで、旦那のジムさんと子供たちに会えるのが楽しみでしょう」

 「まあね、1カ月ぶりになるわね。早くジンとレイの顔を見たいわ」

 「その眼、もう母親の眼をしていますね」

 「ふふっ、当たり前でしょう」

 「アジリカ連邦国では、テラたちが下準備を上手くやってくれていますかね」

 「そう期待しているわ」

 ガイは黙って頷くと、両腕を前面に上げ、指先で宙に四角を描いた。

 「いでよ。縁獣千寿!」

 巨大な翼を広げ、天を見上げてクゥーと、甲高く一鳴きした。千寿は、体高5mの美しい丹頂鶴であった。

 「さあ、また千寿に乗って急ぎましょう」

 ガイとマナツは、ゲルドリッチ王国から、次のアジリカ連邦国へと空路で直行した。


 ロスリカ王国サンルーズ港近海

 テラとレミ、サク、キュキュたちはアジリカ連邦国のコモキンで、魔王ゼクザールについての話を伝えていたが、連邦国故に連邦会議の議決が必要となるため、最終的な説得と依頼は、予定通りにガイとマナツに任せた。

 テラとレミ、サク、キュキュたちは、次なる目的地、ロスリカ王国へと出発した。

 ロスリカ王国へは、キャラベル船の「ヘッドウインド号」での航海となった。コモキンで保険会社を経営していたファンゼムと、マナツの夫ジムの貿易会社の船長を務めているリッキが同乗してくれた。


 「ダンも一緒に来てくれると思ったのじゃが、そっけなか返事だったばい」

ファンゼムが舵を取りながら呟いた。

 「『魔王が復活するとなると、多くの犠牲者が出る。私の戦場はここではない』と言うなり、出て言ったからな」

リッキも意外な回答を思い出して言った。

 レミは、ファンゼムとリッキを見つめながら、

 「ダンさん自身の活躍の場は、諸国の王の説得や対魔族軍との戦闘ではないと判断したのでしょう。私は賢明な判断だと思います。

 それにロスリカ王国ではヘッドセットでの通信ができないだろうと言って、ダンさんお気に入りの伝書鳩グレートピジョンを貸してくれたではないですか」

と、異論を唱えた。

 テラは、船上を旋回するキュキュを眺めながら、このやり取りを黙って聞いていた。

 「それにしたってなぁ。共に死線を潜って来た仲間やからなぁ・・」

 「ファンゼムさんは、ダンさんとまた旅をしたかっただけではないですか」

レミは微笑みながら言った。

 「ぐっ、・・・おい、テラ、もう少しでサンルーズ港に到着ばい」

ファンゼムが(かじ)を取りながら、話をすり替える様にテラに話しかけた。

 「ううん、そうね、・・・サンルーズ港ね・・・」

 「テラ、心配ないわ。大丈夫」

レミがテラの肩に手をかけた。

 「テラの不安は分かる。12年前にルカの民を迫害するルクゼレ教信者たちに追われるようにして、サンルーズ港を出港して以来だからな」

リッキが、操帆しながらテラの心に寄り添うように言った。

 「この国には、ルクゼレ教による人種や民族への差別が今なお残っているから、人類の平和と繁栄のために、互いに尊重し合うという価値観に共感してくれるかどうか、不安なのよ」

 「このロスリカ王国は、一番の困難で、貧乏くじじゃったな」

水平線が膨らむように見えて来たサンルーズ港へと目をやりながら、ファンゼムがぼやいた。

 「そんな事はないわ。ここがとても困難なのは分かる。でも、ここを説得できれば世界は大きく変わるわ。正に転換点よ」

レミはファンゼムの横顔を見ながら異議を唱えた。

 「そうじゃ、レミの言う通りじゃな」

 「魔王ゼクザールとの決戦とはまた違った決戦場だな」

 「ええ・・・」

テラは、遥か彼方のサンルーズ港を真っすぐ睨み、唇を噛んだ。

 テラの朱色の髪が強い潮風に靡いていた。


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