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07. 凛子、笑う

「ぶひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃっっっっ!!!」

 魔王に変身した俺を見た凛子が、弾けるように笑い出した。


「うひゃっ、うひゃっ、うひゃひゃひゃっっっ!!! もうダメだっ、お腹痛いっっ、ひっひっ、ひうっひうっ、お、お前誰だっ?! うひゃひゃひゃっっ!!!」

「…………」

「ひっ、ふひっ、何だその格好?! バイキン?! ふひゃひゃひゃっ!」

 温泉に沈めてやろうかと思った。


〜十分後。

「そういえば押本は、魔王を選択したんだったな」

「いや、こんなリアルに姿が変わるとか聞いてないんだけど」

「ふうっ……この時代のゲームは本当に貧弱だなっ」

 凛子は呆れた顔をした。


「いくらモニターの映像が綺麗になっても所詮は絵だぞ? 臨場感のカケラもないじゃないかっ。それで楽しいのか? 満足なのかっ?!」

「まあ、せいぜいがヘッドセットでVRゲームだな」

「しかしVRは、痛くも痒くもないんだろ?」

「当たり前だ。電脳空間に入るわけじゃないからな」

「あーー電脳空間かーー、懐かしいなーっ。1000年ぶりに聞いたぞ」

「おっ、実現したのか? 人類はついに電脳空間に入れるようになったのか?」

「ちょっとの間は流行ってたけどな、すぐに廃れてしまった。どうせなら現実世界を変えたほうが早いからな」

「だから、こんな……」

 俺は改めて自分の姿を見つめた。


「マジック・ユニバースだって現実で遊ぶ方が楽しいだろっ」

 確かにその通りだが。

「さっき、スキルの魔法で熱さを感じたぞ。ゲームの最中に怪我したりしないのか?」

「そうだな……それでは試してみよう……」

 凛子は手のひらを俺に向けた。

「えっ?!」


「ファイアドロップ!」


〝ボボンッ!〟

「アチッ!」

 火の玉が腹に当たると赤く輝き、痛みが走った。

「おいっ、何すんだっ! おい……ちょっと待て……」

 凛子は刃先の鋭い剣を振り下ろした。


〝ザシュッ!〟

「痛てーーっ!」

 切られた足が黄色く光って、俺は床に転んだ。


「押本っ、よく見ろ。どこも切れてないし、火傷もしてないぞっ」

「えっ……」

 そう言われると、確かに痛みはあるものの体のどこにも傷ひとつ付いていないし、血も流れていない。


「プレイヤーの体はアクシオンコートに覆われることで、時空構造が再構成され、姿が変化するんだ」

「あくし……お、こーと? 何だそれは」

「簡単にいえばアクシオンという素粒子の膜だ。これがプレイヤーの身体に作用して姿を変形させる。ところが、システムが生成した武器や魔法はアクシオンと干渉して弾かれるため、プレイヤーの体は傷つかない」

 理解のゴールが遠すぎる。

「でも今、痛みを感じたぞっ」

 腹と足はまだ(しび)れている。

「それはやむを得ない。アクシオンは受けたエネルギーを振動で光に変換するからな。その際に発生した静電気が体に衝撃を与えるんだ」

「なんだそれ……」

「つまり、プレイヤーが受けたダメージに合わせて放射されたエネルギーが色とりどりのそれはそれは美しいエフェクト効果になるついでに、痛みが発生するんだ。どうだ、面白いだろうっ」

「面白くないっ。それに火の玉は本当に熱かったぞっ」

「それは赤いエフェクトによる錯覚だ。痛みと熱を感じる神経は同じものだからなっ」

 なんと都合のいい仕組みだろう! プレイヤーは怪我ひとつしないものの、受けたダメージに合わせた痛みを実際に感じてしまう。おまけにエフェクトの光まで……。


「サナーティオ」

 凛子が呪文を唱えると、腹と足の痺れが消えた。

「今のは……癒しの魔法か?」

「アクシオンの振動を抑えるコマンドだ。静電気が消えるので、癒しの魔法と呼んでもいい。お礼はいらないぞ」

「何言ってんだっ、マッチポンプじゃないかっ…………ん? 何の匂いだ……」

 ふと横を見ると、壁が焦げていた。

「ファイアドロップが大きすぎたか」

「おい……まさかゲーム内の武器や魔法って、現実の世界に影響するのか?!」

「未来の進んだ科学は魔法に見えるかもしれんが、私が構築するマジック・ユニバースの世界は現実だぞ。プレイヤーの体以外はアクシオンで保護されないからな、注意しろよ」


 これはヤバイ。


無様(ぶざま)に転んだ押本に言っておくが、下手な受け身は骨を折るかもしれないし、頭の打ちどころが悪ければ本当に死ぬぞ。むしろそっちに注意した方がいいな」

「プレイ中の不幸な事故ということか……」

「システムが生成した盾や鎧も本物だから、傷も付くし壊れ……何をする気だ」

 俺が腰のポケットからスマホを取り出してログオフしようとすると、凛子が止めた。

「押本は重要なテスト中なんだぞっ。フェーズ2の間はログオフ禁止だっ」

「テストは中止できないのか?」

「致命的なエラーもないのに止める理由はないだろうっ。フェーズ2はたったの二週間で終了だっ」

「しかし、せめて外に出る時ぐらいは」

「ダメだっ」

 凛子の目が光った。


『運営指令@〝ログオフ〟機能を消去』

 管理パネルの【ログオフ】ボタンが消えた。やはり、凛子はゲームマスターをやっている。


「押本は魔王のままで外に出ると不都合でもあるのか?」

「単純にこの格好では恥ずかしすぎるだけだっ、キャラクターを選択し直せないのか?」

「ムリだな。そんな仕様にはなってないからな」


 二週間……このままか……緑の落書きで二週間……。


「ふふっ……だっだからそんな顔はやめろって……ふひっ、ふひゅっ……ふひひっ……死ぬっ」

「嘘つけっ、不死身のくせに……それより、今までどこに行ってたんだ?」

「ふひっ、だからっ、フェーズ2だ。βテストに参加するプレイヤーを、他に集めてたんだ。押本一人ではムリだからな」

「他にも何人かいるのか?」

「もちろんだ。マジック・ユニバースの関係者に声をかけた」

「会社の人間か……」

「テストプレイ中だから教えてやるけどな、魔王なら世界を征服したらゲーム終了だ。キャラクターの選択からやり直せるぞ。仕様は知ってるだろ?」

「どうやったら二週間で世界を征服できるんだ!?」

「冒険のヒント1、まずはレベルを上げよう! 街を散策すると何か見つかるかも!? 冒険のヒント2、レベルを上げてスキルをゲットしよう!」

「人ごとだと思って嬉しそうだなっ!」

 やっぱり使えない運営だ。

「ところで押本は分かってると思うが、魔王なんだからな、倒されないように頑張れよっ」

「……そういえば魔王って……討伐の対象だったか……」

「他のプレイヤーが襲ってくるから気をつけろ」

 二週間も逃げ切れるだろうか……。

「だっ、だからっ、ふひっ! その顔はやめろってっ、ふひゃっ! うひゃひゃひゃっっ!! ふぎゃーーーーーーっっっっ!!!」

 熱々のたこ焼きを口に放り込んでやった。ちなみに、魔獣の餌は〝本物の食べ物〟であるため、アクシオンとは干渉せずにプレイヤーは食べることができる、だそうだ。


 俺はママゾンで、顔を隠して外を歩けそうな服と小物を注文した。もちろん、朝一番の置き配指定である。

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