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14. 奇跡の一杯

「私だってラーメンは知ってるっ。文献によれば、一番美味しいのは豚骨だっ」

「違うな、豚骨は確かに美味しいが、二番だ。異論は認めない。第一、知っているのと食べたことがあるのとでは天と地ほどの差があるな」

 俺は、この街を救うために凛子を説得せねばならない。


「それじゃ、押本が一番美味しいと認めるラーメンは何だ!?」

「……それは教えられんな」

「ズルいぞ押本っ」

「ラーメンは言葉で知るものではない。舌で理解するものだ」

「ぐぬぬっ。しかし、評価対象を絞らねば……この国にはラーメン屋が多すぎるぞ」

「そこで、この聖麺亭(せいめんてい)だ」


 聖麺亭は、京都のとある料亭で修行をしたという親父がやっているラーメン屋だ。開店してからしばらくすると、店の前の石畳がすり減って(くぼ)んだ。


 俺は凛子を連れて、晩飯に長い行列に並んだ。

 信じなれない話だが、今日の深夜2時過ぎに隕石が落下して、この街は跡形も無く消えるらしい。


『何故、私がこの街を救うのだ? 《マジック・ユニバース》は()()()で確保しているし、私のこの体は消滅しても再生できるぞ』

 おそらく凛子の力を使えば隕石の落下を防げると思ったのだが、そもそも凛子にはその動機がなかった。

『私の仕事はゲームマスターだっ』

『それでは、お前にこの街を救う理由を与えてやろう』


〜一時間後。

「よーし押本っ、この店は私が守ってやる!」

 一杯のラーメンでA.I.が釣れた。俺は、聖麺亭の塩ラーメンを凛子に食べさせたのだった。


 もちろん、たった一軒のラーメン屋が助かっても仕方がない。

「分かってるのか? この街のインフラが消えたらこの店も終わりなんだぞ」

「なるほど、了解したっ。この街を隕石の落下イベントから救うのが、私の仕事だなっ」

 チョロい。知識ばかりで経験が浅い見本である。

「うまくいけば、褒美にカレーをご馳走してやろう」

「ホントだなっ、約束だぞっ!」


 凛子の話によれば、直径320メートルの隕石が落下した記録があるとのこと。できたクレーターの幅は約2キロと小さい方だが、インパクトの瞬間に発生した熱と衝撃波で、1,000万人以上が死亡する大災害になるらしい。

 これが塩ラーメン一杯で防げるなら超絶的にお得と言えよう。

 ありがとう、聖麺亭の親父。ありがとう、塩ラーメン。一杯1,200円は安いっ!


 そして午前2時。

 会社のビルの陰から空を見上げるが、隕石はまだ見えない。微かに光って動く〝点〟は、街の上空で待機している凛子の船だ。

「おい凛子……もしかして、UFOの正体ってのは……」

「未来のA.I.による調査船だぞ。歴史への干渉はなるべく避けているがな。大昔から時々人類に見つかっているので、今更だろう」

 誰が? 調査? 何のために? 凛子を朝まで問い詰めて色々と聞きたいところだが、今はそんなことをしている場合ではない。

「で、隕石はどうするんだ? レーザーか何かで蒸発させるのか?」

「マイクロブラックホールの波を時空に流して細断する。10センチ角のサイズになれば、大気中で全て燃え尽きるからな」

〝マイクロブラックホールの波〟がどういうものか知らないが、絶対に破れない蜘蛛の巣が立体的な構造になっているぞ、だそうだ。そこを隕石が通過すれば、細かく切り刻まれるという理屈だ。


「押本っ、来たぞっ」

 空が白く瞬き始めると、急に昼間のように明るくなった。

「おおっ!」

 あまりに眩しく、一瞬目を(つむ)って開けるとまた夜に戻っていた。

「あれっ?」

「これで完了だ」

「えっ、もう終わったのか!?」


〝ゴゴーーンッ!!!〟


 今、遅れて音が届いた。

「あの隕石は時速で6万キロを超えていたからな、通過は一瞬だ」

 なんとあっけない。花火大会のようなもっと派手な天体ショーを期待していたのだが、事実は小説よりつまらないらしい。

「はっはっはっ、今のが隕石ですかな」

 守衛のおっちゃんがビルから出てきた。念のため、今日は仕事を休むようにと言ったのだが、街が消滅する話をしても信じてもらえなかった。もちろん、社長や他の人間には話していない。隕石の監視機関から警報が出なかったように、パニックを助長しても仕方がないのだ。


「これで無事に終了しました」

「こんな夜中にご苦労様ですな」

 お互い様である。

「よし、押本っ、これからカレーを食べに行くぞっ!」

「明日な。この時間にやってる店はないからな。インスタントで良かったら……」

「おや、何か光りましたな」


〝ドドンッッッッッ!!!〟


 目の前が真っ暗になった。

 俺と守衛のおっちゃんは救急車で病院に運ばれたが、かすり傷だったので次の日に退院した。


 凛子が予言した通り、BBソフトウェア開発株式会社は消滅した。遅れて落下した二つ目の小さな隕石が、会社のビルを直撃したのだ。深夜であったため奇跡的に人的被害は無いに等しかった。


「文献の間違いだっ、隕石は二個だったのに小さい方は記録されてないじゃないかっ」

 それは当然だろう。最初に落ちた隕石では生存者は一人もおらず、二個目は小さすぎて監視機関でも検出ができなかったと思われる。つまり、二個目の目撃者は一人もいないのだ。

 そして、またもやこれがタイムパラドックスというやつだが、大災害の記録は歴史のどこにも存在しなくなった。我々は、明らかに元とは違う歴史を歩んでいる。


 俺は預金を使って会社の全知的財産を買取り、BBソフトウェア開発株式会社は全従業員に幾許(いくばく)かの退職金を支払って解散した。


 こうして《マジック・ユニバース》と凛子は俺の所有となり、半年後の現在、海辺の街を拠点に二人暮らしている。

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