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大正ロマネスク事件簿  作者: もののめ明
一、生首の怪

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2/23

 名井藤(ないとう)八重は、商家の娘である。

 江戸時代から続く乾物屋だが、最近は外国のお菓子なども扱い始めたそうだ。

「それで、父は大阪へ行くついでに、せっかくだから神戸にも寄るって。そちらで珍しい異国のお菓子を見つけるつもりみたい」

 学校が終わり、杏珠と環は八重とともに八重の家へと向かっていた。

「そうしたら、いつもは付いて行かない母が、私も行く!と付いて行ってしまって。父と兄、母、三人で行ってしまったの。わたしは学校があるから駄目ですって」

 神戸にはわたしだって行ってみたいのに!と八重は悔しそうだ。

 環がうんうんと同意しながら、質問をする。

「八重さま、ご兄弟は?」

「兄二人です。下の兄は、今、横濱の方で知り合いの店で修行をしています。上の兄が父に同行していて、父の仕事を覚えている最中ですね」

「じゃあ、今は家に一人なのね」

「ああ、お祖母さまがいますわ。でも、お祖母さまは離れにいらっしゃるから。使用人たちだっているけれど、彼らの部屋は少し離れているし。だから夜、変なことが起きるようになってから、本当に怖いんです」

 再び涙目になりかけた八重を、環は慌てて慰めるように肩を抱く。

「大丈夫よ。杏珠が全部、解決してくれるわ。でももし、本当に怪奇現象だったら……わたくし、今夜は八重さまのおそばにずっと一緒にいるし、すぐ父に言ってお祓いできる人も連れてきてもらうから!」

“ずっとそばにいる”という辺りにやたら力が入っているが、八重は恐縮するように身を縮める。

「ありがとうございます。でも、環さまにそんなご迷惑はかけられません。それに、その、お祓いできる方をご紹介いただくだけで充分ですわ。侯爵さまのお手を煩わせるなんて……」

「まあ!わたくしの父なんて、いくらでも便利使いして構わないのよ」

 今をときめく嶋津森侯爵を便利使いなど出来るはずがない。平民の八重にとっては、侯爵の娘である環や杏珠と親しくさせてもらっているだけで、身に余る光栄だ。

 見かねて、杏珠が割って入る。

「まあまあ、環。八重さまは、ここ数日、ずっと一人で不安な夜を過ごしていたんやから。あんまり一気にあれこれ言っても、困ってしまうやんねえ?」

「杏珠さま……」

「気にせんでええよ。環は、自分が生首見たいだけやから」

 そんな気持ち悪いモンを見たいなんて信じられへんけど、と付け足す。

 環は結い流しの髪をさらりと揺らして、友人をじろりと睨んだ。

「何よ。杏珠なんか殺人事件の小説とか、殺伐としたものばかり読んでいるじゃない。そんな血生臭いものより、幽霊や妖怪の方が可愛げがあるってものだわ」

 どっちもどっちやろ?と杏珠は思ったが、賢明に口には出さず、ただ苦笑するに止めた。

 ───名井藤家は、立派な門構えの平屋の家だった。

 門をくぐり、玄関に入ったところで、女中や下男が何やら片付けている場面と出くわす。

 箒を持った年嵩の女中が、八重に気付いて慌てて頭を下げる。

「どうしたの?」

「お嬢さま。すみません、ここに掛けていた鏡が落っこちてしまいまして」

「あら。紐が弛んでいたのかしらね」

「もうすぐ、片付きますから。……お客さまですか」

 八重の後ろに立つ杏珠と環に気付いたらしい。女中がハッと姿勢を正す。

 八重は頷いて、二人を招いた。

「嶋津森侯爵家の環さまと、上壱條侯爵家の杏珠さまよ。わたしのお部屋に案内するから、お茶とお菓子をお願い」

「はい、すぐお持ちいたします」

 侯爵さま!と驚いたように下男の一人が呟き、隣にいた女中から頭を叩かれる。

 杏珠と環はそんな彼らの横を抜けて、家の中に入った。


 広い土間の玄関からまずは左へ。

「あの鏡、父がちゃんと帽子を被れているか確認するための鏡だったんですよ」

 杏珠と環を案内しながら、八重は玄関を振り返る。

「父はいつも帽子から髪が変に飛び出しちゃって。新しい鏡を買うなら、次は全身が映るもっと大きな鏡にして欲しいって言おうかしら。わたし、家を出る前に全体の様子を確認したいんですよね」

「うんうん、うちもたまに裾が捲れてたりするから、家を出る前の確認って必要やなぁって思うわ」

 杏珠が深く同意する。すると、環がくすくすと笑った。

「杏珠は、家だけじゃないわ。厠から出てきたときも、よく乱れているじゃない」

「えへへ~」

 見た目は可愛いが中身は残念とよく言われている杏珠は、ぺろりと舌を出した。常に身嗜みに気を使うのは、彼女には向いていないのだ。

 名井藤家は、典型的な日本家屋の田の字造りの家だった。

 三人は真っ直ぐな廊下を歩き、三つ部屋を過ぎた突き当たりで右に曲がった。そこから、二部屋ほど過ぎたら右から別の廊下が合流する。中庭の景色を見つつ、直進して三部屋目。一番奥のそこが八重の部屋らしい。

「手前は、兄たちの部屋です」

 八重が自室の襖を開けながら説明する。

 八重と環は部屋の中に入ったが、杏珠は八重の部屋を通り越し、左に曲がる廊下を覗いた。

 大体、一部屋分ほどの長さの暗い廊下の先は、右に曲がっている。

「あ……その廊下の……突き当たりが例の……」

 部屋へ入ってこない杏珠に、振り返った八重が軽く身を震わせて言う。

 それを聞き、環はすぐに部屋を出て杏珠に並んだ。

「まあ。昼間でも良い感じに暗いわねぇ」

「良い感じって何やの」

 環の台詞にぷっと吹き出し、杏珠は室内の八重に声を掛ける。

「八重さま。奥を見に行っていいですか?」

「ええ、構いませんけど……でも……」

「ああ、八重さまはそのまま部屋で。大丈夫、こんな昼間に怖いことなんか起こりませんよってに」

「は、はい……」

 不安そうな八重を残して、杏珠と環は奥の廊下を進んだ。そして突き当たりを右へ。

 ほんの少し行けば部屋が二つあった。物置きの部屋と、八重の父親の書斎部屋だろう。そこで廊下は終わりだ。

 勝手に中を覗く訳にもいかないので、そのまま二人は元へ戻る。

 途中、廊下の角の部分で、杏珠は長押(なげし)を熱心に観察していた。


挿絵(By みてみん)

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