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大正ロマネスク事件簿  作者: もののめ明
三、幽霊の訪(おとな)い

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16/23

 長屋を出て、杏珠は大通りの方へ向かって歩く。

 その後に付き従いながら、有馬は長屋を振り返った。

「念仏で効果あるなら、別にお札なんて、なくてもいいんじゃないれすかねー」

「ん?どういう意味?」

 ちらっと有馬を見上げて、杏珠は首を傾げる。

 有馬は両手を合わせた。

「らって、布団被って念仏を唱えてたら、幽霊は近寄ってこなかったんれしょう?最初っから念仏を唱えていたらいいんじゃないれすか」

「一晩中唱えるん?それ、まるで耳無し芳一やん、大変やわ」

「耳無しほーいち?」

「あー……今の言葉は忘れて」

 説明が面倒なので、杏珠は肩をすくめて前を向いた。

 長屋からほど近い大きな通りには、八百屋や米屋などが数軒並んでいる。その中に次の目的地を見つけ、迷わずそちらに足を向けた。

 ―――"かどや"という飯屋は、ちょうど昼の忙しい時間が終わって暖簾を仕舞うところだった。

 店の横の張り紙を見ると、昼時と、夜に店を開けているようだ。

 暖簾が妙なところに引っ掛かってしまったらしい、背伸びをしたまま暖簾と格闘している亭主に、背の高い有馬が後ろからひょいと取って、手渡す。

「お?あ、ああ、すまんな、あんちゃん」

「いえ、どういたしまして」

 振り返って礼を言う亭主は、人が好さそうだ。

 杏珠は、「ちょっと伺いたいことがあるんですが……」と可愛く上目遣いで目をパチパチさせた。

 亭主は赤くなりながら「おう、なんだい、嬢ちゃん」とご機嫌に返す。

 杏珠は声をひそめ、一気にまくし立てた。

「こちらで働いていた女性について、教えて頂きたいのです……立ち入った話なんですが、湖洲さんとお付き合いしていたって本当かご存知でしょうか?実は、姉が湖洲さんと婚約する話が進んでおりまして、妙な噂話を聞いたものですから気になって」

 真剣な表情で両手を合わせ、亭主に近寄る。

 亭主は目を白黒させた。

「えぇ?そりゃ、もしかして、おつねちゃんのことかい?」

「はい。田舎に帰られたと聞きました」

 亭主は神妙な顔で頷いた。

「ああ、おっかさんが倒れたってんで、看病しに帰ったんだよ。……うん、湖洲さんって、あのちょいとイイ男をだろう?よく知ってるよ。そう、おつねちゃんと付き合っていたからね。うちの店へしょっちゅう来てたんだが、あるときからおつねちゃんのことを口説きだしてねぇ。おつねちゃんはそうでもなかったんだが、毎日、それはそれは熱心だったよ」

 亭主は遠い目をして溜め息をついた。

「……あんたの姉さん、あいつと婚約は止めておいた方がいいんじゃないかい?言いたかないが、あの男は最低なヤツだ。おつねちゃんにあれだけ言い寄ったくせに、田舎へ帰るついでに親へ結婚の話をしていいかって言ったら、そんなつもりは微塵もなかったって言ったんだよ。あんたの姉さんとの話も……あんた、いいところのお嬢さんだろ?金とか地位を狙ってるだけかも知れないよ」

「まあ!そんな方でしたのね……。ありがとうございます。すぐに父に話してみますわ!」

 亭主は重々しい顔で頷いた。

「ああ、そうしな。そうそう、三軒隣の豆腐屋に、おつねちゃんの弟が丁稚奉公してるんだよ。あの子は田舎に帰ってないはずだから、詳しい話を聞くといいよ。名前は、キヨシだ。この話がウソじゃないと証明してくれる」

「分かりました。伺ってみます」

 杏珠は亭主に丁寧に頭を下げて、有馬と共にさっそく豆腐屋へと向かった―――。


 豆腐屋へ着き、豆腐屋の主人にキヨシはいるかと尋ねる。

 こちらも人の好さそうな主人で、「今、配達に出ているが、もうすぐ戻ってくるよ」と愛想良く教えてくれた。

 ということで有馬と二人、店の近くで待つことにする。

「……先輩、悪い人らったんれすね」

 待ち始めてすぐに、ポツンと有馬が呟いた。少し元気がない。

「自分には優しくていい先輩らったんれすけど」

「んー、まあ、女の人にだらしない人はいっぱいおるからなぁ。……ていうか、有馬も、女の子を泣かせたりしてへんやろね?」

 有馬はきょとんと杏珠を見た。

「女の子の知り合いって、いないれす。あ、杏珠さまと環さまは女の子れすね。れも、泣かすんじゃなく、自分が泣かされる方らと思いまふ」

「そんな訳ないやん」

 思わず、ぼすんと有馬の厚い胸を叩く。

 一体、どれだけ杏珠や環を怖いと思っているのか。失礼な話である。

 すると、叩かれた有馬はへらっと笑った。どうやら有馬流の冗談だったらしい。

 つられて杏珠も笑ったところで、豆腐屋の前掛けを掛けた細身の少年がやって来るのに気付いた。

「あ!キヨシくん」

 杏珠が手を振りつつ呼び掛けると、ぎょっとしたように少年は身構える。

 杏珠は手を合わせながら、「忙しいところ、ごめんね。少しだけ話を聞きたいの」と少年の行く手を塞いだ。


「まあ!なんて酷い男でしょう!」

 一丁倫敦(ロンドン)のアパートメントで、富久が非難の声を上げた。

 環も、拳を握り締めて何度も頷く。

 ―――キヨシ少年から話を聞いたあと。

 杏珠と有馬は、一旦、アパートメントへと帰った。帰ってみると、環がアパートメントに来ていた。暇なので、杏珠を誘ってどこかへ行こうと訪れたらしい。杏珠が不在だったため、少し富久と話をしてたようだ。そこへちょうど杏珠が帰ってきた訳だが、有馬と二人で幽霊騒動について調べていたと知ると……何故、自分も誘わなかったのかと憤慨された。

 それを宥めつつ、聞いて回った話を語って聞かせる。

 すると環よりも先に、後ろで聞いていた富久の方がぷんぷんと怒り始めたのである。

「最初から結婚をちらつかせていたのに、いざとなったらシラを切るやなんて!信じられまへん」

「キヨシくんが怒るのも当たり前ね。姉を弄んだのだから!嘘つき男なんて、もっともっと、幽霊に苦しめられるといいわ」

 環も鼻息荒く同調する。

 そんな友人の姿に杏珠は苦笑しながら、ふと、思い付いたことを口に出してみた。

「なぁ、環。そしたら、悪い男に一緒にお仕置きせぇへん?」

 キラン!と環の目が光った。

「もちろん!わたくし、いくらでも協力しますわよ?」

 ソファで小さくなって話を聞いていた有馬は、内心、そっと湖洲先輩に向かって手を合わせた。

 先輩はどうやら女の人を弄ぶ悪い人だったようだが……有馬にとっては、いい先輩だった。悪いことをすれば、それに見合う罰があって当然とは思うが、それが杏珠と環のお仕置きなら、きっととても怖い思いをすることだろう。

 ちょっぴり気の毒に思ってしまうのは、仕方のないことではないだろうか……。


 急いで家へ帰り、着替えて再び杏珠の前に現れた環は―――白を基調とした着物で、楚々とした装いになっていた。

「どう?こんな感じで良いかしら?お祖母さまが使っていた被衣(かずき)も持ってきたわ」

「完璧やわ!妖しい雰囲気があって、めっちゃいいと思う!」

 杏珠が手を叩いて喜ぶ。

 そこへ、富久が長い数珠を持って現れた。

「こういうのも持っていると、それらしさが出るんやおまへんやろか」

「まあ!本当ね。では、お借りしていい?」

「どうぞどうぞ。悪い男を、しっかり懲らしめてくださいな」

「任せて!」

 意気揚々と胸を叩き、環はにんまりと人の悪い笑みを浮かべた。

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