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 道具は、「とりあつかいせつめいしょ」というものの通りに扱えば、動いた。

 ふたつに仕切られた大きな箱のようなもので、洗濯機というらしい。

 左側にせっけんと水をいれ、側面をおすと、水が渦を巻いて泡が立つ。そこへ汚れものをいれ、放っておくと、汚れが落ちる。

 しばらくしたら、洗濯ものを右へ移し、蓋をする。放っておくと水気がなくなるのでその間に左から水をぬき、あたらしい水で充たして、ゆすぐ。また、水気を切る。

 もの凄い音はするが、洗濯はほんの十分くらいで終わってしまった。あとは外へ干すだけだ。あっという間に汚れが落ちるので、わたしは驚いたし楽しかった。従僕も女中も喜んでくれた。


 アル卿は、不思議なかまども持ってきてくれた。

 テーブルに似ている。でっぱっているところをおすだけで火がつき、薪もないのにそれが燃え続ける。普通に調理はできたし、火を消すのもでっぱりをおすだけなので、火の始末が楽だ。

 アル卿はそういう、ジャシ製のものを、たまに持って帰った。

 相変わらず、遠征にも度々出掛ける。わたしはその度に、命の縮まる思いをする。




 きゅうりとトマトがどっさり採れた日、わたしは傷物や小さなトマトを集めてたらいにいれ、踏みつけていた。パン種と一緒につぼにいれておけば、しばらくすると酒のように甘い匂いがしてくる。それをうすめて畑にまくのだ。

「奥さま!」

 女中が走ってくる。収穫したものを台所へ持っていったあとなのだろう、からのかごを持っていた。

 わたしはドレスをからげたまま、足を停めずに云う。

「どうしたの? そんなに急いで」

「衛兵達が、旦那さまを捕まえようと……」

 最後まで聴いていられなかった。情況もなにもわからず、わたしはたらいから飛び出て、そのまま走った。




「お待ちなさい!」

 結婚から半年近く、毎日のように農作業を手伝っていたわたしは、多少走ったくらいではなんともない体力がついていた。

 学校の庭で、アル卿は衛兵達に縄をかけられそうになっていた。あの縄は、〈力〉をつかえなくするものだ。

 髪を振り乱し、トマトの汁で汚れた裸足でやってきたわたしに、その場に居合わせた生徒達はぎょっとした。

 わたしは堂々と、生徒達をかきわけて、夫へと近付いていく。カン嬢が、婚約者のザヴィー卿と並んで立っていた。「メサ嬢、負けないで」

 カン嬢が低声(こごえ)で云ってくれた。わたしはカン嬢に頷いた。

 それから、衛兵へ顔を向ける。

「これは何事ですか! 夫をプレミールの子孫だと知っての狼藉か!」

「アル卿の権威を笠に着て、元気がいいようだな? メサ・ベルデ」




 声に目を遣ると、憎たらしい王太子がにやにやしていた。隣にはビヴ・ロスアクス嬢が居る。そういえば、彼らは結婚したらしいが、結婚式には招かれなかった。わたしだけでなく、アル卿も、ベルデ家も。

 わたしは顎を上げ、腹から声を出す。

「あら、殿下、お久しぶりです。みっともない格好で失礼いたします。わたくし、液肥をつくっていたところですの」

「えきひ?」

「夫が捕まりそうだと聴いたので、慌てて走って参ったのですわ。()()、アル・テルスター卿がかような扱いをうけているのか、お教え願えますか」

「アル卿はジャシ皇国と通じているのよ」

 ビヴ嬢……王太子妃が云う。「ジャシ皇国のものを密かに国内へ持ちこんだ。ジャシ皇国の商人に大金を渡している」

「そうですの。それはお買い物をしただけではございませんか?」

 にっこりする。「商人にお金を渡して物品をうけとるののなにがおかしいのかしら」

「〈手紙〉でジャシ皇国にアシャンテの情報を流している疑いがある」

「つながりは断ち切られているでしょう」

「そんなことわからないだろう。だから、くわしい話を聴く為につれていく」

 殿下がいいおわらないうちに、衛兵達が再び、夫に縄をかけようとする。わたしは金切り声を上げた。

「他国の侵略を退けてきた我が夫に対する仕打ちがこれですか!? ジャシ皇国製の〈手紙〉なら、役所にだって僧院にだって幾らでもあります!」

「我が妻よ」

 アル卿が静かに云う。「それ以上云うな。心配要らぬ。なんのあかしもないことだ」

「ですが!」

「いい! 黙っていろ!」


 アル卿の怒鳴り声をはじめて聴いた。わたしは口を噤む。

 あかしは、たしかにない。今は。でも、でっちあげることは幾らでもできる。

 アル卿は、戦果を上げすぎたのだ。

 アル卿は王になる権利がある。アル卿が挙兵したら、貴族達は味方につくだろう。王太子はというか、ガルダンの子孫達は、それを危惧している。自分達が数十年にわたって安定的に継承してきた王位が、プレミールの子孫に渡るかもしれないことを。

 わたしには〈力〉がない。だから、役に立っていると思っていた。〈力〉のない妻を好んでもらうなんて、王位に興味がないと云っているのに等しい。態度ではっきり示している。

 でも、それをうわまわる戦功があった。夫は優秀すぎた。〈力〉もありすぎた。それに、〈力〉なき者に優しすぎた。


 わたしは深呼吸した。

「わたくしも一緒に参ります」

「お前は関わりのないことだ」

「いいえ。わたくしはあなたの妻です」

「〈力〉のない者は黙っていろと云っている」

 アル卿は低く、おそろしい声を出した。わたしはひるまずに云う。

「いいえ、黙りません。夫がいわれのない罪でひったてられそうなのに、黙っている妻がありますか」

「もっとおとなしい妻をもらうのだった」

「文句なら(しゅ)へおっしゃったら?」

 わたしは衛兵へ歩み寄っていった。両手を合わせてさしだす。「縄をかけなさい」

「ならぬ! 衛兵!」

「夫をつれていくのならわたくしもつれていくの。わたくしは夫から離れたくありません」

 カン嬢が泣いているのが見えた。ザヴィー卿がなぐさめている。

 衛兵がおずおずと、わたしに近付いてきた。何故かビヴ嬢が悲鳴じみた声をあげる。「おやめなさい! 彼女は関わりないわ!」

「いい、衛兵、その女も縛れ!」

 殿下が云い、衛兵は殿下に従った。

 両手首に縄がかかった瞬間、頭を殴られたような衝撃があり、わたしは後ろへ吹っ飛んだ。




 上体を起こす。「メサ嬢!」カン嬢が叫んで、走ってくる。ザヴィー卿も一緒だ。殿下が唖然とし、ビヴ嬢がまっさおになっている。

 アル卿はきょとんとしていた。今まで、そんなふうに驚いた夫を見たことはない。

 カン嬢がわたしの傍に膝をついた。涙で顔がぐちゃぐちゃになり、神経質な手付きでわたしの頭やせなかを何度も撫でる。

「まあ、まあ、まあ……なんてこと! ビヴ・ロスアクス! あなたなんて卑劣な……!」

「メサ嬢」

 ザヴィー卿が婚約者の隣にかがみ、目をまるくしている。「どういうことだ? あなたには〈力〉がある」




 〈力〉がある?




 なんだか変な感じがする。

 カン嬢が叫んだ。

「衛兵! あの女を捕らえなさい! 他人の〈力〉をゆるしもなく封じるなど」

「わたしはなにもしていないわ! 知らない!」

「ビヴ、どういうことだ?!」殿下が喚いている。「メサには凄まじい〈力〉があるではないか! お前の家族は、〈力〉を封じる〈力〉を持っていたな!」

 悲鳴と怒号がいろんな方向から響いていた。わたしはカン嬢に手をひかれ、立ち上がる。カン嬢はわたしのせなかを撫でている。

「大丈夫よ、メサ嬢、おちついて。気持ちを落ち着けないと、〈力〉が弾けてしまうわ。アル卿!」

 カン嬢が、おとなしい彼女らしからぬ声を出した。夫が我に返り、衛兵をおしのけてこちらへやってくる。衛兵達は誰も、夫を停めない。「メサ、我が妻よ?」

「アル卿……」

 アル卿の腕が優しく、わたしを包んだ。カン嬢がまた、声を張り上げる。

「メサ・ベルデはほんの半年前まで殿下の婚約者でした! 殿下の婚約者の〈力〉を不当に封じ、殿下が〈力〉の弱い者と結婚するように仕向けたとしたら、国家に対する反逆です!」

「ビヴ! 説明しろ! 今、〈力〉を封じる〈力〉を持っているのは、お前の兄と父、わたしの母しか居ない!」

「メサ、しっかりと息をするんだ。おちついて」

 ビヴ嬢が叫んだ。

「あたしはなにも知らない! 知らない! 知らない……!」

 彼女が泣きながらその場にくずおれるのが見えた。

 不思議なことに、それを見ているといやな気分になった。




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