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「公爵令嬢メサ・ベルデ、お前との婚約を破棄する!」
王太子のログ・ガーブさまが、高らかに宣言した。
わたし、メサ・ベルデは、喘ぐ。何故ですか、とか、やめてください、とは、云えない。
わたしには婚約を破棄されるだけの理由がある。
殿下はわたしをひややかに見て、傍らに立つビヴ・ロスアクス嬢を示す。
「わたしはビヴと、あらたに婚約する。お前のような〈力〉のない者は、王家に相応でない!」
「殿下……!」
わたし達の学友であるカン・リビードロ嬢が、庇うような声を出した。「それは、あんまりななさりようでは」
「あんまりなのはその女だ」
殿下がわたしを顎で示した。殿下にとってはもう。わたしは「その女」なのだ。ほんの数分前まで婚約者だったのに。
「もうすぐ〈力〉があらわれるだろうと、僧どももいい加減なことばかり……もしかして、お前があやつらに云わせていたのか? ベルデ家は金ならあるものな」
ログ・ガーブさまは哄笑した。隣のビヴ嬢も、口許に手を遣って控えめに笑っている。
カン嬢は哀しそうな顔をしてくれたけれど、ほかの学友達は似たようなものだった。皆、わたしを見て笑っている。
わたしには〈力〉がない。
〈災厄〉後に興ったもっとも古い国である、ここアシャンテ王国は、あまり大きな国ではない。でも、豊かで、優れた文明を持っている。
それは、上流階級が〈力〉を維持しているからだ。
〈力〉……というのは、わたしにはよくわからない、不思議なものである。空を飛んだり、なにもないところから炎や氷を出したり、様々なことができる。
勿論、〈力〉があると云っても、空を飛べたりするのは王侯貴族でもごく一部だ。それでも、〈力〉があれば常人にはできないことができる訳で、為政者にはなくてはならないものと考えられている。
〈力〉があれば、たとえ一般市民であっても、貴族との婚姻が可能になる。〈力〉は血に受け継がれることが多いから。
ただしその逆で、王侯貴族にうまれて十七歳までに〈力〉が顕現しなけければ、王侯貴族の籍から外れる。
顕現が遅い人間も居るから、十七まで、と期限が切られているが、実際は十三歳までに〈力〉が顕現しなければほとんど可能性はない。
〈力〉の顕現が遅いほど、力が弱いというのも定説なので、わたしがたとえ〈力〉を目覚めさせたとしても、別の令嬢が王太子の婚約者になっていただろう。十七になる直前で〈力〉がなんて、そんなの聴いたことないし……。
わたしは父母につれられて何度も僧院へ赴き、〈力〉を持つ者を見分ける〈力〉を持つ僧にみてもらった。父母はわたしのことを本心から心配してくれていたのだ。
僧は何度行っても、いずれかならず〈力〉が顕現する、というかすでに顕現していてもおかしくない、と云ってきた。わたしには〈力〉の萌芽がみられると。
しかし実際のところ、こうして〈力〉はひとかけらも顕現せず、わたしは王太子から婚約を破棄された。
「〈力〉の弱い者を王家にいれて、王家の血からそのものが弱くなってはたまらない」
「殿下」
カン嬢がたしなめるように云う。殿下は鼻で笑った。
「弱い者同士、仲の好いことだ。カン嬢、しかし、その女は君ほどの微々たる〈力〉さえ持っていないのだぞ。見識を疑われる前に、付き合いをやめたほうがいい」
「殿下」カン嬢はうすいめがね越しに、殿下を睨んだ。「お言葉がすぎます。民草は〈力〉を持たぬ者がほとんど」
「だからこそ我ら〈力〉を持つ者が、無能な民達を導いているのではないか。そしてその女は民ほどにもつかえはしない。貴族のふりをして誇り高き国立学校に紛れこみ、〈力〉はいずれ顕現すると我らを騙し続けたのだぞ」
カン嬢はあきれかえったとでもいいたげに片眉をつり上げ、口を噤んだ。
殿下は頷いて、わたしを見る。
「そんな訳だから、衛兵!」
貴族の子ども達が通い、〈力〉の扱いを学ぶ学校をまもる衛兵達が、あしおと高く集まってきた。
殿下が手を振る。
「その女をつまみだせ」
衛兵達がわたしを囲むようにした。じりじりとにじり寄ってくる。彼らは貴族出身ではないが、〈力〉を持ったひと達だ。わたしは〈力〉がないから、抵抗なんてできないのに、彼らは慎重に動いている。
「待て」
衛兵達の動きが停まった。
かと思ったら、衛兵達は同じ方向を見て、ぱっと左右に分かれた。そのまま敬礼する。
ログ・ガーブさまが、不満げに鼻を鳴らす。「アル、邪魔をするな」
「邪魔はしてない」
王太子に対して実にきさくに返事して、歩いてきたのは、アル・テルスター卿だ。学友達がざわめく。岩の貴公子だ、と。