3.大国の思惑と小国の秘密
今日は仕事始めでした。これから平日の投稿は、少し遅くなるかもしれません。
読んで下さっている皆様に、心から感謝いたします。皆様にとって、どうぞよい1年でありますように!
「親書には皇女が世継ぎの王子か王女を産むまで、僕が側室を持つことを禁ずると書いてあるだろう?」アルディンが努めて平静な口調で自身が気付いた点を話し始めた。
「じゃあ、皇女がもし仮に子どもを産めなかったらどうなる?オルドネージュはありとあらゆる理由をつけて、皇族の誰かを世継ぎとしてサイラスに送ってくるだろう。それはつまり、サイラス王家の直系の血筋が絶えるってことを意味する。」
室内がシーンと静まり返った。
「だが、問題はそこじゃない。気づいたかも知れないが、オルドネージュにとってサイラスは、すでに陸の孤島でも西端の僻地でもない。使者は東の国境の険しい山々を超えるのではなく、皇后の母国である北王国側から入国してきた。違うか、爺?」
「確かに。険しい山が連なる東の国境と違って、北の国境は砦と周辺に村がいくつか点在するだけだ。ああ、そうか。オルドネージュの兵が国内を通り抜けるのを北王国が許せば、皇国は簡単にサイラスに攻め入ることができるのか。」得心した宰相に、アルディンも頷く。
「・・・」他の者たちも親書に隠されたオルドネージュ皇国の意図に気づくと、言葉を失った。
「皇国はわざと皇女が「降嫁」すると表現したんだ。サイラスはすでに皇国の属国だぞって。ただ、オルドネージュの皇帝が親バカで助かったよ。最愛の皇后との間にできた最初の娘が可愛い過ぎて仕方ないんだろう。事故で婚期を逃した皇女を王妃にしろ、さもなくば即刻攻め入るぞ。親書はそう脅してるんだ。」
「なんと・・・」
「本当に、なんと遠回しで分かりにくいのかしら」
外務大臣のキリアン公爵と内務大臣のアマリス伯爵は、顔を見合わせて苦笑した。
「爺、僕はこの婚姻を受けるよ。オルドネージュと戦うつもりはないからね。」
「ですが陛下。ここまでバカにされて平気なのですか!」宰相ではなく、外務大臣のキリアン公が声を上げた。
「別に構わないさ。戦争で一番被害を被るのは農民たちだ。田畑を踏み荒らされ、家には火をかけられ、何もいいことがない。それよりも、どうして皇国はサイラスを簡単に攻め滅ぼせると思ったんだろうね?」
「サイラスの方が圧倒的に兵士の数が少ないからでしょうな。我らの人口は皇国の3分の1ですから。」
「僻地のサイラスは他国に攻められたことがないから、戦慣れしていないと思われたのかしら。」
「【兵士】と【兵力】の違いを、奴らが理解していないからでしょう。」
情報大臣、内務大臣、外務大臣が順に、オルドネージュ皇国がなぜサイラスを攻め滅ぼすのが簡単だと思っているのか、その理由を推測していく。
「そう、皇国はサイラスの秘密を知らない。なあ、爺。」アルディンがニヤリと悪い笑みを浮かべた。
「他国の諜報員や密偵が入り込んでは、なぜか全員魔物に喰われておるなあ。」宰相も悪い笑みで応える。
「みんな、そういうことだ。皇国にはサイラスを侮らせ、油断させておけばいい。攻め込んだら地獄を見るのは彼らの方だと、敢えて教える必要はなかろう。キリアン公爵、外務庁の国際儀礼部にすぐに親書の返信を作らせるように。内容はそうだな、『大皇国の第一皇女殿下を我が国の王妃としてお迎えできるなど恐悦至極、殿下の到着を心よりお待ち申し上げる』でいいだろう。」
「承知いたしました。」
「では、ひとまず解散だ。」アルディンの言葉で、全員が立ち上がった。と、今までおとなしかったネイサンが、ボソッと、でも全員に聞こえるようにつぶやいた。
「ところで、皇女の容姿がアレで陛下が萎えて子作りに失敗したら、サイラス王家の直系が絶える話はどうなったんだ?」そのネイサンの頭をアルバ公が後ろから思いっきりはたいた。
「お前という奴は・・・皇女がアレだとまだ決まったわけではない!」
なんとも残念な似た者父子だ。
アルディンは苦笑しながら、それには答えずに執務室へと戻った。