25.アルディンの言い分
感想をいただいて、ありがとうございました!飛び上がって喜んでしまいました。更新頑張ります。
「「何もしないで、閨から逃げたぁ?!」」
ネイサンと宰相が同時に叫んだ。
「逃げたとはなんだ、逃げたとは。」アルディンはムスッとした顔で言い返した。
「僕は王妃が疲れていると思って、気遣っただけだ。」
「「・・・」」
初夜が開けて、翌日。執務開始時間になっても現れない国王を、ネイサンと宰相親子が王の間に訪ねた。扉の前で護衛騎士ザイルが、陛下は午前中は誰にも会わないと取り次ぐのを拒否した。だがネイサンが、王族は別だろうと金の目を細めて威圧し、ムリに扉を開けさせた。
王の間に入ると、寝不足といった顔のアルディンが憔悴してソファに座っていた。
その明らかに寝不足の顔を見て、アルバ公もネイサンもつい勘違いをしてしまった。
「わ、悪い。頑張ったんだな。おつか・・・」言いかけたネイサンを、アルディンが素早く遮った。
「何もしていない。」
「「はあ?」」
「立ち話もなんだ。座れ。」アルディンは宰相とネイサンに椅子を勧めた。
「何もしていないとはどういうことですか、陛下。まさか王后陛下に寝所から締め出されたのですか?・・・」
「違う、王妃は関係ない。」気まずい顔をするアルディンに、アルバ公がさらに畳みかける。
「では、健康で身体的に何の問題もない国王陛下と王后陛下が初夜の寝所に入られて、一晩何をして過ごされたのですか?それとも、寝所にすら行かなかったのですか。」最後は詰問口調になっていた。
「後宮の寝所には行ったさ。」
「それで?」
「・・・すぐに出てきた。」
「「はああ?」」
そして冒頭に戻る。
王妃が疲れていると思ったから、気遣っただけだというアルディンに、アルバ公がふむと頷いた。
「・・・王后陛下はそれほどに疲れておられたのか。では、魔導士に回復魔法を依頼せねば。」
アルディンがすっと視線をあらぬ方に向けた。
父と従弟のやり取りを見ていたネイサンが、まさかと口に手を当てた。
「アル、おまえまさか・・・いや。そんなはずはない。お前には実績がある。」
実績という含みのある言い方に、とうとうアルディンが切れた。
「2人とも、いい加減にしてくれ。僕は、ぼくは種馬じゃない!!」
「そうだよ、アルは種馬じゃない。それ以下だよ。」呆れるネイサンに、いつもは従兄の暴言を聞き流すアルディンもさすがにカチンときた。
「な・・・いくら従兄でも、言っていいことと悪いことがある。少しは口を慎め。」
ところがアルバ公が「陛下、確かに口の悪い愚息ですが、こればかりはネイサンの言っていることが正しいです。」と指摘した。
「どういうことだ?」
「魔物討伐や政務、外交だけが国王の務めではありません。国王には王として絶対に成さねばならぬことがあります。それは世継ぎを成すことです。世継ぎの決まらぬ国は弱体化します。
さきほど陛下は自分は種馬ではないとおっしゃった。その通り。種馬は自分の仕事をします。
ですが陛下は、初夜に王妃を閨に残して逃げられた。種馬以下です。」
グサグサと容赦なく言葉を発するアルバ公に、「爺、僕は・・・。後継ぎならネイサンでもいいだろう。叔母上の息子なんだから。」アルディンは頭を抱えて弱々しく呟いた。アルディンのいう叔母上とは、父の妹でアルバ公に降嫁した故公妃シンディアのことだ。
「愚息は王の器ではありません。それに健康な陛下と王妃がいるのにネイサンを世継ぎに据えれば、国は荒れますぞ。」
「ネイサンがダメでも、あれがいるだろう。」
「アル、どうしたんだ?お前らしくもない。きっと疲れているんだよ。魔物討伐やら第4騎士団の残務処理やら王妃の出迎えに婚姻の儀と、この1カ月で色々あり過ぎたからな。父上、我々も少し焦り過ぎました。アルには少し休息が必要でしょう。」
どうやら初夜を失敗したらしい従弟を気遣うネイサン。だがアルバ公は、どうしたものかと少し考え込んだ。
「ここからは、宰相としてではなくあなたの叔父として本音で話し合いましょう。アルディン、エドウィナさまがお気に召さなかったのですか。」
「いや・・・正直、オルドネージュと婚姻関係を結ぶのは悪くない。オルドネージュと縁続きの隣国北王国との繋がりも強まるしね。願ってもない政略結婚だよ。だから皇女がどんな容姿でも、どんな性格でも受け入れようと思っていた。」アルディンは正直な思いを口にした。
「それは国王として、国としてこの婚姻をどう思うかということでしょう。わたしが聞いているのは、正直なところ、王妃と閨事ができるか否かです。初夜では夫婦の契りを交わせなかったけれど、時間をかけて互いに親しめば閨を共にできるのか。可能性があるかどうか、です。」
「爺も直截的な物言いをするのだな。さすがはネイサンの親父殿だ。」アルディンは口元をゆがめた。
それっきり、王の間には沈黙がおりた。宰相もネイサンも、何も言わない。アルディンはオルドネージュ皇国の皇帝から皇女降嫁を知らせる親書を受け取って以降の、自分のエドウィナへの気持ちの変化を考えてみた。
「最初は皇女には何の感情もなかった。抱けるか抱けないかと聞かれたら、王の義務として抱くと答えただろう。実際、そのつもりだった。」
「・・・それで?」アルバ公が促す。
「王都アルカスで、民たちが皇女の輿入れを意外なほど好意的に受け入れ、到着のカウントダウンを始めたのには驚いたが、民が歓迎すればするほど、僕の気持ちは引いていった。大国のゴリ押しで、適齢期を過ぎた皇女を娶るのは僕だからね。」
「お前、そんな風に考えてたのか。」驚き、ついで気の毒そうにネイサンが首を振った。
「ああ、僕は聖人君子じゃないからね。ただ、皇女がどんな容姿でも性格でも受け入れる覚悟はしていたよ。」
それで?とアルバ公が先を促す。
「初めて皇女を1人の人間として意識したのは、婚姻を半年ほど伸ばして欲しいとの申し出を断ってきたときだ。オルドネージュにも戻らず、縁のある北王国でもなく、待つならサイラスに来て待つとの返事を聞いた時は正直、かなり驚いた。
縁もゆかりもない、誰1人知っている人もいない国で待つなんて。どんな覚悟でオルドネージュを出たんだろうって。皇女も僕同様、サイラス国王がどんな容姿でどんな性格でも受け入れると覚悟を決めてきたんだと感じた。」
「それで、興味が湧いたんだな。北王国の国境まで護衛の騎士団に紛れ込んで迎えに行くほどに。」
「ああ、そうだよ。」素直に認めた。
「初めて見た皇女は、息を飲むほど美しかった。驚いたよ。なんでこんなに美しい皇女が、わざわざサイラスまで嫁にくるのかと。だから、よっぽど性悪で国から追い出されたのかと思った。美人で性格もいい女が僕のもとに来るなんて、ありえないじゃないか。」
「おま・・・そこまで卑下しなくてもいいだろう。」ネイサンとアルバ公は、少しずつアルディンの話す内容がネガティブに傾いていくのを感じて、過去のトラウマが解消されていないのかと危惧した。
「王宮に到着した日の晩、皇女を晩餐に招待して、2人きりになって思ったんだ。ダメかも知れないって。」
アルディンは両手で顔を覆った。その両手も、そして肩も小刻みに震えていた。「皇女が意地悪でイヤな女だったら、僕はたぶん平気だったと思う。でも清楚で美し過ぎる。清純な女ほど腹の底で何を考えているかわからないだろう。だから怖かったんだ。」
ネイサンも、深い海の色に白いレースの襟の清楚な装いでダイニングルームに現れた皇女を見て、内心舌打ちしたのを思い出した。やっぱり、アルもか。
「パシャ・・・パシャを、あの女を思い出してダメなんだ。」
アルディンは頭を抱えて俯いた。
ネイサンとアルバ公は顔を見合わせた。やっぱり5年前の出来事をまだ消化しきれていなかったか。
パシャとは、北王国出身の母とサイラスの商家の父の間に生れた平民の娘で、アルディンと出会った当時は神殿で行儀作法を学ぶために巫女見習いをしていた。
北王国人に多い銀髪と、父譲りの薄紫の目で儚げな印象の、美しく清楚で華奢な娘だった。
それは当時18歳だったアルディンの、遅すぎる初恋だった。叔母の命日に供物を献上にきたアルディンに、走ってきたパシャがぶつかった。パシャはその薄紫の大きな瞳に涙を浮かべ、前がよく見えなくてぶつかってしまったようだ。
泣いていた理由を聞くと、言葉を濁した。どうやら他の巫女見習いにいじめられているようだった。
パシャの可憐な容姿に、アルディンはこれなら嫉妬でいじめられるのもわかると思った。そして、行儀見習いなら王宮でもできると、侍女見習いになるように計らってやった。
パシャが侍女見習いとして王宮に上がり、接する機会の増えた2人が恋に落ちるのに時間はかからなかった。
重臣たちを始め、王宮の誰もが眉をひそめた。パシャが神殿でいじめられていた件を詳しく調べると、そんな事実などなかったことが判明した。また、パシャが他の巫女見習い仲間に、王太子がもうすぐ神殿に来るから楽しみだと話ていたこともわかった。
計算高く、上昇志向の強いパシャの素顔が、その清純で天使のように無垢な顔に透けてみえた。
初めての恋に盲目になったアルディンに、それらの事実は届かなかった。2人を引き裂くためのウソだと思いこんだのだ。
まだ存命だった父国王だけは、遅すぎる息子の恋に異を唱えるでもなく放置した。
幼い頃から自分の容姿が武器になると知っていたパシャは、平民で終わるのを嫌がった。貴族や王族の目に留まり、正妻はムリでも愛妾になって子を産み、最後は貴族として人生を終えたいと切望していた。
その願いを叶えるために、無垢な顔で息をするようにウソをついた。
ウソにウソを重ねるうちに、辻褄が合わなくなっていった。さすがにアルディンもパシャの本性に気づき始めたころ。
パシャが妊娠した。
誰もが計算高いパシャのことだから、他の男の子供を身籠り、それを王子の子だと偽っていると疑った。
だが、生れたのは王家の血を表す金の目を持つ子だった。
パシャは子を産むとすぐ、産褥熱で亡くなった。
アルディンは生れた子に全くといっていいほど関心を示さなかった。周りはパシャの本性をしったショックで、子を愛せないのだろうと噂した。
生れたばかりの子は誰からも祝福されず、乳母とその娘を侍女として付けられ、東の離宮に入れられた。そして、忘れられた。
「陛下、王妃は確かに遠目にはパシャに似ておられます。ですが、全くの別人です。
別人だと陛下にご認識していただくためにも、今日から王妃と親しむ努力をされてください。1日かならず1度は王妃と顔を合わせ、言葉を交わすのです。時間をかけて王妃の人となりを知り、それから後宮の寝所に渡ればよいのです。」
「・・・わかったよ、爺。少しずつ王妃を知る努力を始める。」アルディンが約束すると、午後からは執務室にお越しくださいと釘を指して、宰相とネイサンが退室した。
王の間に残ったアルディンは、自嘲気味に呟いた。
「違うのに・・・」
アルディンは清純(に見える)女性にトラウマがありました。そして、なんと1児のパパでした。でも童貞と感じたエナの女の勘は実は鋭いのです。次はエナの言い分です。




