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24.婚姻の儀、そして閨へ

やっとの思いでサイラスに到着したのに。なんだろう、この置き去りにされた感は。

エナは、自分一人が空回りしているかのような徒労感を覚え、アマリス伯爵の慰めの言葉も耳に入ってこなかった。


エナがアルディンの態度に傷付いたのは、やっと会えた喜びに心が躍る、感動的な対面を期待していたからだ。最初から何も期待しなければ良かったのだろうか。だって所詮、政略結婚だし。押しかけ女房なのだし。歓迎されてない・・・のかしら。


どこまでもネガティブに流されていく思考を断ち切るべく、エナは自分を鼓舞した。


『ダメダメ、勝手に期待して勝手にネガティブに沈むのは止めなさい、エナ。しっかりするのよ、幸せになるって決めたでしょう!』


 エナは俯きかけた顔をすっと上げると、その場で気遣うようにこちらを見ていたアマリス伯爵、そしてサイラスの重臣らしい男性たちに順に視線を合わせていった。


「出迎えに感謝します。皆さまの紹介は陛下がいらっしゃる場で改めて。」


そして視線をアマリス伯爵に戻した。「ではアマリス伯爵、案内を願えますか。」


重臣たちから、ほうっとため息が洩れた。さすがは大皇国の皇女だ。威厳がある。エナの背後に控えていたスミル始め、オルドネージュ側の側近たちも堂々としたエナの態度にホッとした。


「殿下、では参りましょう。こちらへどうぞ。」アマリス伯爵が、迎賓館へと案内した。


 貴賓室は、王城から回廊で繋がった白亜の美しい迎賓館の2階にあった。青と白を基調とした気品溢れる貴賓室は居間と書斎、そして主寝室から成り、お付きの侍女や女官たち側仕えの部屋は廊下を挟んだ向かい側に並んでいた。護衛騎士たちの寝所は1階に用意されていた。


 「殿下には婚姻の儀を迎える朝まで、サイラス王国の賓客として、こちらでお過ごしいただきます。

正式に婚姻の儀を結ばれた後は、後宮の王妃の間にお移り頂きます。」


 アマリス伯爵は居間のソファに腰掛けたエナに、ゆっくりと今後のスケジュールについて説明を始めた。


 「サイラスにおける王族の婚姻、特に直系王族の婚姻の一連の儀式は、オルドネージュ皇国や北王国とそれほど大きな違いはないかと存じます。日取りにつきましては、のちほど陛下から相談がございます。」


 婚姻の日取り。そう、魔物討伐のあれこれで当初の予定がすっかり狂ってしまっていた。いったんオルドネージュ皇国に戻って、婚姻を半年ほど待って欲しいとのサイラスの要望を、断ったのだ。せっかく北王国まで来たのだから、待つならサイラスで待ちます、と。


さて。これからどれだけ待たされるのだろうか。そんなエナの不安をよそに、アマリス伯が夕餉の予定を伝える。


「王都アルカスに到着されたばかりでお疲れとは存じますが、今宵の晩餐は陛下がエドウィナ殿下を招待されておられます。その席で、今後のお話などがあるかと思います。7時半にお迎えにあがりますので、それまでしばらく休息されますように。」


 晩ご飯を一緒に食べながら、お式の日取りなどを聞かされるのね。1人で納得するエナを残し、アマリス伯はその場を辞した。


 晩餐の迎えがくるまで、しかしエナには休息する時間などなかった。スニシャとミルヤが湯あみの準備をし、スミルがマリサとエリサに皇女の衣装箱を貴賓室に運び込むように手配させた。


「今夜は陛下とお二人での晩餐ですから、正装ではなく略装のドレスがよろしいかと。宝飾品も豪華なものではなく、ドレスの色に合わせた小ぶりなものにしましょう。」


社交界を渡り歩いてきたスミルは、自分が着飾るのは大好きだが、場に合う装いをアドバイスするのも得意だ。衣装箱からエナの新しいドレスを出し、慣れた手つきで広げていくマリサとエリサに、ドレスの形や色を指示していく。


「殿下、夜ですので少しお色の濃いドレスにしましょう。正装ではないので、裾はふくらませないタイプがよろしいかと。ああ、だめよ、マリサ。紫や臙脂色は陛下との初めての晩餐には大人びて相応しくないわ。清楚に見える・・・そうね、その深い海の色に白いレースの襟がついたドレスにしましょう。正式な晩餐会じゃないから、デコルテは出さなくていいわ。髪はそうね、ハーフアップにしましょう。」


スミルが的確にドレスの色や形、髪型などを決めていく。宝石はドレスとエナの瞳の色によく合う紺碧玉の一粒ネックレスだけにした。そしてそれらはエナを驚くほど清楚に、そして美しく見せた。




アルディンは重厚な雰囲気の晩餐会場や広間ではなく、居室の隣りにある自分専用のダイニングルームにエナを招待した。到着した当日で疲れているだろうから、格式ばった場所は肩が凝るだろうと思ったのだ。


「陛下、婚姻の儀は3日後と伝えて下さいよ。もともと準備は出来ていたんですから。魔物騒動で披露宴は来年に延期しなくてはなりませんが、婚姻の儀だけなら明日でも出来ますからね。」


ネイサンの言葉に、アルディンは苦笑した。「明日はさすがに早すぎる。」


「ところで陛下、その服装で食事するんですか?」「おかしいか?」アルディンが自分の服を見下ろす。特におかしいとも思えず、きょとんとした。


正式な晩餐会ではないから、長い紺色のチュニックに白い細身のパンツを合わせた略装だ。扉の前に控える護衛騎士カロンの方を見ると、カロンもおかしくないですと何度も頷いた。


「あの皇女さまのことだ、正装で髪型ドーン、ドレスの裾バーン、宝石ジャラジャラーで現れるんじゃないのか?だとしたら、その服装は見劣りするぞ」身振り手振りで皇女の姿を勝手に予想するネイサンに、アルディンはまたか、とため息をついた。


早く結婚しろ、婚姻の儀なんて紙切れにサインするだけだろうと結婚を急かしながら、皇女については手厳しいことばかり言う。


だが、ネイサンの言うことにも一理ある。確かに大国の皇女然として威厳があったと、王宮前階段で見たエナの姿を思い出した。あの威厳というか、威圧は怖いな。


そこに、皇女の到着が告げられた。城の執事長ではなく、アマリス伯が先導してきたのには驚いた。


そして、ダイニングに入ってきたエナを見て、ひゅっと息を飲んだ。申し合わせたわけでもないのに、お互い同じ紺と白の組み合わせの略装だったからだ。ネイサンはそんな2人に、心の中でちっと舌打ちした。


「では陛下、殿下、ごゆっくりお過ごしください。」アマリス伯がグズグズと残りたそうにしているネイサンの腕を引っ張り、退室した。


2人っきりで残されたダイニングルームに、沈黙が下りた。気まずい空気を払うように、エナが「陛下、今日は晩餐にご招待いただき、ありがとうございます。」と礼をする。アルディンも不自然に咳払いをすると、「皇女、こちらへ。」とテーブルセッティングがされた席にエナを案内した。


着席してすぐ、給仕たちが順番に色々な皿を運び、お酒を注いでいく。エナもアルディンも緊張しすぎて、ほとんど会話もせずに黙々と食べ続ける。


最後の皿が片づけられ、口直しのお茶が出てきて、やっとアルディンが不自然に咳払いをした。


「皇女、ああ、ええっと。こほん。その、我々の婚姻の儀だが。」視線を彷徨わせながら、切り出す。エナもいよいよだわ、と背筋を伸ばして「はい、陛下」と答えた。


「サイラスへの長旅で疲れているのは承知の上だが、その、こん、こ。ああ、コホン、」


「・・・婚姻の儀でございますか?」


「そう、それだ。3日後の初夏の月12日が日が良いと神殿が知らせがきた。僕はそれでよいと思うのだが、何か異存はあるか?」


日付まで口にすると肝が据わったのか、アルディンはだいぶ滑らかに言葉が出るようになった。


「わたくしに異存はございません、陛下」エナも恥ずかしくなって視線を彷徨わせながら答える。


そんな初々しい二人の様子に、給仕たちはほっこりしながら一礼し、音を立てずにそっとダイニングルームから出ていった。


「オルドネージュから従ってきた侍女や女官たちが荷馬車を後宮に運ばせ、王妃の間を整え初めている。婚姻の儀が終わったら、皇女には後宮に移ってもらう。だがその前に、もう一つ魔塔の長官による儀式がある。魔塔の長官が皇女の体に触れることはないので、安心されよ。」


「床入り前の儀でございますね?」エナが聞くと、アルディンは驚いた。「皇女はご存知か。」

「はい、母が北王国からオルドネージュに嫁いだ時もあったと聞きました。外国から妃を迎える時は必ず行う儀式のようですね。」


イヤがるかと思ったが、特に気にする様子もないエナに、アルディンはほっと胸を撫でおろした。


「魔物討伐で何かと物入りだったため、披露宴は1年後に延期させて欲しい。」


何かと物入り、とアルディンが言うのにエナは驚いた。豊かな国に見えたが、魔物討伐には相当なお金がかかるのだろう。


その後も何か話をしたが、エナはほとんど覚えていなかい。ただ、頭の中で『3日後』と何度も繰り返していた。



そして3日後の朝。この日は早朝からスニシャとミルヤに湯殿で磨かれ、マリサとエリサに婚礼衣装を着付けられながら、スミルが髪を頭に巻き付け、美しい髪型に仕上げていく。


そして正午、婚姻の儀が始まった。大広間で婚姻の儀の誓約書に互いにサインをし、魔導士が2人の婚姻を魔塔に登録して終了。その後は王宮前の門の上にあるテラスに立って、国民たちに王妃の誕生を伝える。


王宮前には人々が詰めかけ、異様な熱気だった。そして国王と王妃がテラスに立つと、大きなどよめきと歓声が上がった。


エナはアルディンの傍らに立ち、手を振りながら涙を零した。王妃が泣いているのに気づいた国民たちは、また大きくどよめいた。



テラスでのお披露目のあとは床入り前の儀だ。婚礼衣装から簡素な白のドレスに着替えると、ミルヤだけを従えて魔塔に向かう。忙しさに目が回りそうだ。


魔導士長官サザランドが魔塔の入口でエナを出迎え、白で統一された部屋に案内した。


周囲が白の方が魔力の流れが見やすいのだ。エナには寝椅子に体を横たえてもらい、リラックスするように伝えると窓のカーテンを引いて、室内を暗くした。


そして、丁寧にエナの魔力の流れを見ていく。ネイサンや外務大臣が疑ったような、他の男の種が宿っている様子はゼロだった。だが、これはなんだ?ネイサンはエナの胸のあたりに魔力の流れを妨げているものがあるのに気づいた。


どんなに目を凝らしても、魔力の吹き溜まりのようなものしか見えない。皇女は8年ほど前に生死の境を彷徨うほどの大事故にあったというから、その影響かとも思った。


こうして、婚姻の儀と床入り前の儀が終わった。これで正式にオルドネージュ大皇国第一皇女エドウィナは、サイラス王妃のエドウィナ・ヘルベティア・サイラスとなった。



「陛下、お疲れですか?」湯殿でエナの夜の支度をするスニシャが、そっと声をかけた。殿下から陛下に呼び方が変わり、エナはそれが少しくすぐったい。婚礼時の化粧を落とし、髪をほどいて湯舟に浸かりながら、答える。「そうね、もうクタクタよ。披露宴が1年後に延期されて本当に助かったわ。」心底エナが疲れた声で呟いた。もし夜に披露宴が開かれていたかと思うと、ゾットする。それくらい疲れていた。


湯舟から出ると、マリサとエリサがさわやかな花の香の香油を丹念にエナの全身に塗り込んでいく。サイラス王との床入りの準備だ。


魔石で乾かした髪にも香油を塗り込み、顔の左側に髪を寄せてゆるく三つ編みにして垂らす。白い薄絹の夜着にガウンを羽織ると、王妃の間から出て王との閨である寝所に向かった。国王との閨は王妃の間の寝所とは別になっている。


王との寝所には、まだアルディンは来ていなかった。スニシャたち侍女は、エナを寝所に通すと一礼して出ていった。夜明けまでもう、ここには来ないだろう。


大きな天蓋付きのベッドに腰かけながら、怒涛の今日1日を振り返った。とにかく疲れた。それしか感想はない。エナは紗奈だった時に結婚して子供も生んでいる。エナの体では未経験だが、気持ちは処女ではない。初めての経験は大学1年生の夏だったなあ、とぼんやり思い出した。


アルディンはエナより1つ年下の24歳だ。健康な若い国王であれば、側室か愛妾の1人くらいいてもおかしくはない年齢だ。でも、アルディンはなんとなく童貞な気がした。馬車から降りる時、エスコートしてくれた手は小さく震えていた。女性に慣れてないのかな?と思った。


そんなことを考えていると、国王が入ってきた。


「王妃、疲れたであろう。」婚姻の儀の前までは、エナを皇女と呼んでいた。婚姻の儀の後は『王妃』か。いや、間違ってはいない。でも、名前で呼んで欲しいと思った。


「いいえ、陛下。それほどでも。陛下の方こそ、お疲れでは?」


お互いに互いを労う言葉をかけあうと、話すことがなくなった。アルディンはベッドに腰掛けているエナの前まで来ると、隣りに腰を下した。ギシッとベッドが鳴り、同時にエナの心臓もドクンっと鳴った。


アルディンは躊躇いがちに右手をエナの肩に回して、抱き寄せた。エナは心臓が口から飛び出しそうなほど、ドキドキした。喉がカラカラに乾いている。


「陛下・・・」かすれた声で囁くと、エナは体をアルディンにあずけ、左手をアルディンの腿の上に置いた。


と、突然アルディンがエナを突き飛ばして「おおおおおお、お、おうひ、」と大きな声を上げた。


エナは突き飛ばされて上半身を右に倒したまま、呆然とした。


なぜ、こうなった?


「お、おおお、おうひ、王妃も疲れているだろう。今宵はゆっくり休め」と妙にうわずった声で言うと、アルディンは後ろを振り返らずに閨を出て行った。


エナは上半身をベッドの上に倒したまま、その後ろ姿を見送った。どこかで見た後ろ姿だなと思いながら。

アルディンの童貞疑惑が勃発しました。どうなんでしょうか。

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― 新着の感想 ―
[良い点] おはようございます。 毎回更新楽しみにしております。 アルディン様が、女慣れしてないのが、可愛いですが いやそこは頑張れって思いますよね。 エナさまが気の毒ですよ。 二人の気持ちが通う様に…
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