23.やっと会えたのに・・・
北部領地の北都ルルドに1泊したあと、次は西街道を通って西部領地の西都アルノーに1泊した。アルノーから王都アルカスまでは半日もあれば到着できる。
いよいよ、明日はアルカスに入るんだわ。思えばサイラスの王都に入るまで、とても長い道のりだった。当初の予定では15日で着くはずだったのが、サイラスでの魔物討伐の混乱で1カ月以上も到着が遅れてしまった。
でも、いよいよ。明日はやっとアルディン・サイラス陛下との対面が叶うのだわ。
エナはアルノーの領主夫妻との夕食会を疲れを理由に早めに切り上げ、寝床に入った。だが、やっと国王との対面が叶うと思うと、胸が高鳴って眠れない。
この感じは・・・ エナは久し振りに紗奈だったころを思い出した。学生時代、アプリでやり取りしていた男の子と初めて会う約束をした日の前の晩も、こんな風に寝付けなかった。あの頃は写メがあったけど、まさか顔も知らない男性と会って結婚することになるなんて。
明日の対面のことを考えれば考えるほど、目が冴えてきた。何度か寝返りを打っていると、遠慮がちな声が聞こえた。
「眠れませんか、殿下。」寝ずの番で寝室に控えていたミルヤだった。
「ええ、明日のことを考えたら目が冴えてしまったわ。」
「サイラスの国王陛下はまだお若いのに、とてもよく国をまとめておられると北王国の国王さまがお褒めになられていたそうですね。」
「ええ、おじい様から聞いたわ。」パッとエナの顔が明るくなった。夫となる男性が褒められるのは、何度聞いてもうれしいものだ。
「国王さまは、王太子さまの1の姫さまを遠いクライストンではなく、サイラスの国王陛下に嫁がせたかったのですって。」
なんですと?それは初耳だわ。「ミルヤ、それをどこで?」エナの声が少し尖った。
ミルヤはフフフっと笑う。「殿下、壁に侍女ありですわよ。1の姫さまも、遠いクライストン帝国よりも、隣国のサイラスに嫁ぎたいとおっしゃられて。」
「そ、それでアルディンさまは、なんと・・・?」
「それが、当時も魔物が森の結界を破って溢れたそうで、結婚どころではなかったとか。でも、それを聞いてミルヤは確信いたしましたよ、殿下。サイラスの国王はエドウィナ殿下と結ばれる運命だったのだと。」
無理やりこじつけたわね、ミルヤ。でもキラキラした目でエナを見るミルヤは、本当に運命だと信じているようだ。
エナは運命の出会いなんて信じない。そんなものはただの偶然か、気のせいだ。だって、紗奈だったころに運命だと信じて結婚した男は、浮気をして家を出ていったじゃない。
サイラスに嫁ぐのは運命なんかじゃない。お父さまのゴリ押しよ。
エナは顔はいかついが、とことん優しかったこの世界での父を懐かしく思い出した。
お父さま、グッジョブ!
ミルヤが北王国の侍女たちから仕入れた噂話などを聞いているうちに、いつの間にか眠ってしまったようだ。
気づいたら、朝だった。
今日はとうとう王都アルカスに入る。朝食後、第2騎士団長のオロゴンがアルノーからアルカスまでの行程の説明にやってきた。
「オロゴン団長、今日も宜しくたのみます。」鷹揚に短く声をかけると、スニシャに後を任せてエナは客間のバルコニーに出た。思いっきり深呼吸すると、今朝は空気まで甘く感じられる。いよいよだわ。
エナは時間ですと呼びにきた護衛騎士モーリスに先導されて、御用馬車に乗り込むと、すぐに馬車隊は出発した。第2騎士団長のオロゴンが、初夏の花が咲き乱れる街道や、木々が青々と茂る林へと先導しながらアルカスに向かっていた。
「のどかで美しい田園風景だわ。魔物が出るなんて信じられない。」思わずエナが声に出した。
「本当に。この道は少し遠回りなのですが、サイラスの陛下が組まれた行程なのですって。殿下にサイラスの美しい田舎を見て欲しいとのことです。」
サイラスの国王からの思いがけない心遣いに、エナの顔が自然にほころんだ。
途中の村で昼休憩を挟んだあと、日が傾く前に馬車隊は王都アルカスに入った。
王都の中央通りでは、たくさんの王都民たちがサイラスとオルドネージュの小さい旗を振って、エナを歓迎した。
「殿下、よろしいでしょうか。」オロゴンが御用馬車まで近づき、声をかけてきた。
エナはミルヤに馬車の窓を開けさせた。と、沿道からは大歓声があがった。皆、窓から垣間見えた皇女の美しさに大興奮のようだ。
「あそこが大通り広場にございます。あの時計塔から下がっている垂れ幕をごらんください。」オロゴンが指し示す方を窓から見ると、時計塔らしき背の高い建物の真ん中あたりから布が垂れさがっている。馬車が近づくにつれ、その布にはゼロの数字が書かれているのが見えてきた。
「オロゴン団長、あれは?」
「皇女殿下がアルカスに到着する日をカウントダウンして、王都民たちが楽しみにお待ちしていたのです。魔物討伐で、3週間ほど垂れ幕の数字は同じままでしたが、殿下が北王国を発った日からまた数字が動き出しました。今日の数字はゼロ、カウントする日がゼロになったということです。」
エナはまさか、ここまで歓迎されるとは思っていなかったので、嬉しさに涙が込み上げてきた。その顔を盗み見ながら、オロゴンは心の中で呟いた。
『笑顔の少ない親しみにくいお方だと思っていたが、サイラスの歓迎をこれほど喜ばれるとは意外だったな。』
やがて馬車隊は王宮前に到着した。ここから侍女たちの乗る馬車3台と荷馬車5台は城の裏手に進み、先導馬車と御用馬車は王宮の中央階段前まで行って止まった。
先導馬車からはまずスミル・デメテリス伯爵夫人が双子の侍女マリサとエリサを従えて降りた。そして、御用馬車の前まで来ると、「エドウィナ殿下、王宮の中央階段前に到着でございます。お出でくださいませ。」と声をかけた。
馬車の扉が開き、ミルヤが最初に降りて、エナが降りやすいように素早くステップの準備をする。降りる準備が整ったところで、護衛騎士モーリスが手を差し出し、エナが降りるのを手助けしようとすると。
「よい、私がエスコートしよう。」いつの間にか若い男性がスミルの後ろに立っていた。
第2騎士団長のオロゴンが素早く騎士の礼を取って奏上した。
「陛下、オルドネージュ皇国第一皇女エドウィナ殿下を無事、王宮にお連れ致しました。」
陛下との呼びかけを聞いて、ミルヤ、スミル、モーリスの3人は慌ててアルディンに礼を取る。
「楽にして構わぬ。皇女、出られるか?」最初はミルヤたちに、次はエナへの呼びかけだ。
馬車の中ではエナが気絶しそうなほど驚いていた。
『い、い、いきなり?王宮の謁見の間で顔合わせするんじゃなかったの?どうしようどうしよう』そんなエナの動揺を見て、馬車に残っていたスニシャが小声で声をかけた。
「陛下はとても凛々しい殿方でらっしゃいますよ。待ちきれなくて馬車まで出迎えにいらっしゃったのね」
正直に言えば、最後に馬車を降りる役目のスニシャは馬車の奥にいて、サイラス国王の姿なぞ見えない。凛々しいと言ったのは、魔物討伐に出かけるくらいだから、当然凛々しいと思っただけだ。
だが、エナは「待ちきれなくて」というスニシャの言葉に、すっと落ち着いた。良かった、今日の対面を楽しみにしていたのは私だけじゃなかったんだ。
「今、参ります」と返事をすると、エナが馬車から出てきた。すかさずアルディンが手を差し伸べ、エナが馬車から降りるのを手助けした。そしてそのまま、皇女を中央階段へと導いた。
階段の両脇には下から順に侍女と女官が立ち並び、「お待ち申し上げておりました。」と一斉に頭を下げた。
ゆるやかな階段を登りきると、王宮の中に入った。そこにはサイラスの重臣たちがエナを待っていた。
その中に1人、とても美しい女性がいた。栗色の髪を頭の上でひとつに結び、ドレスではなく文官服を身に付けている。
「これは内務大臣のアマリス伯爵だ。アマリス、皇女はお疲れだろう。貴賓室に案内せよ。あとは手筈通りに」と、なにやらアルディンが命じ、「承知いたしまいた」とアマリス伯が答えてエナに手を差し出した。
ここからはアマリス伯がエナをエスコートするのだろうか?エナが傍らのサイラス国王を見上げると、アルディンはエナの方は見ずにアマリス伯に「皇女を宜しくたのんだぞ。私はあとで顔を出す。」と声をかけ、エナをアマリス伯に任せると足早に奥へと去っていった。
エナはアルディンの態度に少し、いやかなりショックを受けた。馬車まで迎えにきたけれど、エナを見て気に入らなかったのだろうか。最後はエナを見ようともせず、アマリス伯にエナを押し付けて去ってしまった。
エナの顔が暗くなったので、アマリス伯はエナが何を考えたのかわかったようだ。
「エドウィナさま、どうぞお気になさらず。陛下は魔物騒動の残務で忙しいだけ。あとでお部屋の方に婚礼の一連の儀式の説明に陛下もお越しになりますよ。」
エナの心をほぐすように、にっこりとアマリス伯が微笑んだ。
アルディンは恥ずかしくてエナの顔がまともに見られないようですね。次は婚姻の儀から床入りまで一気に進みます。




