22.すれ違う心
エドウィナ皇女の馬車隊がオルドネージュ大皇国を出立した時は先導馬車、御用馬車、女官や侍女が乗る馬車3台、そして荷馬車10台の計15台からなる大行列だった。
荷馬車10台のうち4台は護衛騎士100騎や女官たちの野営の道具や食料で、1台は北王国への贈り物。残り5台のうち、皇女の花嫁支度の調度品などを詰めたものが2台、1台はサイラスで皇女に仕える護衛騎士と侍女たちの最小限の身の回り品。のこり1台がサイラスへの贈り物だ。
オルドネージュから北王国への道中や、王都で足止めを喰った3週間強で荷馬車4台分の食料は全て消費され、また北王国への土産も渡したので、空になった馬車5台は国境で引き返した護衛騎士80騎と共にオルドネージュに戻った。
サイラスに入国したエドウィナ皇女の御料馬車一行は、総勢10台となった。
それがルルドの街に入ると、その馬車隊に街の人々はサイラスの旗を振って歓迎した。北王国の民たちと変わらぬ歓迎ぶりに、エナは心からホッとした。
ルルドはサイラスの北領地の北都で、領主の館もある。エナは領主一族から温かく歓迎されながら、客室に通された。
王族が泊まることなど想定されずに建てられた領主館は、それでもエドウィナ皇女を迎えるために精一杯に整えられていて、その温かさにエナは身構えていた心がほぐれていくのを感じた。
領主一族との晩餐の前に、サイラスの護衛騎士団の団長があらためて挨拶に来た。
「エドウィナ皇女殿下、あらためてご挨拶申し上げます。第2騎士団団長のオロゴンと申します。ようこそサイラスへお越しくださいました。我々サイラスは皇女殿下を歓迎いたします。」オロゴンは甲冑を脱いで、騎士団の制服姿だった。
制服って男性を2割増し良く見せるっていうけど本当ね。サイラスの騎士服は北王国やオルドネージュのそれと違って、装飾が少ないけれどスッキリして私は好きだわ。エナはそんなことを考えながら、だがオロゴンには「温かい歓迎を感謝します。」と短く答えるに留めた。
本当はオロゴンに色々とサイラスのことを聞きたい、打ち解けたいと思っているのに、スミル・デメテリス伯爵夫人がそれを許さない。
北王国で待機していた3週間、スミルから親戚にあたる北王国とは違い、サイラスは格下の国。だからオルドネージュ大皇国の第一皇女としての威厳を見せなければならない。格上の者として接しなければ、大皇国の皇帝に恥をかかせることになる、と口を酸っぱくして言われたのだ。
確かに今はそうだろう。でも、婚姻の儀が終われば自分はサイラスの人となる。もう、この国の人たちを格下扱いする必要はないのだ、あと少しの辛抱だとエナは自分に言い聞かせた。
領主一族との晩餐にはスミルを同席させなかったので、和やかな雰囲気で会話が続いた。特に北王国のレタで初めて魔物の肉を食べたことを話すと、特に座が盛り上がった。
後ろに控えていたスニシャは、領主一族と会話を交わす皇女の姿を嬉しそうに見守った。オルドネージュの離宮に引きこもっていたころの、感情のない無表情な顔でボーっと過ごされていた皇女の姿はもうどこにもない。
早く婚姻の儀を済ませ、御夫君となる国王陛下と睦みあって幸せな生活を送っていただきたい。正直、スニシャは皇女がオルドネージュの皇女として威厳を持って振る舞うよりも、北王国で見せたような優しい笑顔でサイラスの人たちと触れあって欲しいと願っていた。
オルドネージュから付き添ってきた侍女たちは使用人の空き部屋を、騎士たちには北都の警備兵たちの宿舎が寝所として用意された。第2騎士団長オロゴンが用意された部屋に入ると、中で待っていた人物が「で?」と声をかけた。
「美しい姫さんでしたよ。正直、あんな美人を見たのは初めてです。」オロゴンが伝えると、
「顔はどうでもよい、性格だ。皇女の性格はどうだった?」
「そんなの知る訳がないでしょう。わたしは挨拶しただけですから。性格を互いに知る努力は、陛下がなさってください。」オロゴンは冷たく突き放した。俺の知ったこっちゃない。
「じゃあ、美人以外に何か感じたことはないか?話し方の印象とか。」アルディンが食い下がる。
「そういえば、あまり親しみやすい雰囲気は感じなかったですね。皇女も緊張されていたのかも。」
「やっぱりそうか。僕が思った通りだ・・・」
「思った通りって、何を思ったのか存じませんが、陛下。今からでも晩餐に参加して、皇女殿下に「サイラス国王です、せんだってはご心配をおかけしました」って挨拶された方がいいんじゃないですかね。」
とんでもないとアルディンが首をふった。
「陛下、わざわざ騎士団にもぐりこんで国境まで迎えに来たのに、皇女に話しかけるでもなし、顔だって見ようとはなさらなかった。陛下は一体何しに来たんですか。」オロゴンは心底あきれた。
「今ごろ、宰相閣下が怒り心頭でしょうね。陛下、そろそろ戻られた方がいいのでは?」
「ああ、そうだな。だが、構わん。」
え?構わんのか、とオロゴンは思った。
「だいたい、僕はちゃんと近日中にやらなければならないこと、全て終わらせた。書類仕事も含めてね。褒められこそすれ、怒られるいわれはない。」きっぱりとアルディンが言った。
「そこは違うでしょう。国王が城を抜け出すことが問題なんです。王都アルカスにお忍びするのとはわけが違いますよ。」
オロゴンの正論に、うっとアルディンが詰まる。
「とにかく、陛下。皇女殿下に挨拶される気がないなら、城にお戻りください。」
アルディンは不貞腐れながら、わかったと返事をした。早駆け獣のラックルなら、今夜中には王都に着くだろう。
部屋から出ていくアルディンの背を見送りながら、オロゴンは『陛下も童貞じゃないんだから。もっとこうビシっとカッコ良く皇女に名乗って欲しかったなあ。』と心の中で呟いた。
アルディンは獣舎の番人に騎士団長殿からの命だ、早駆け獣ラックルを借りるぞと断ってラックルを連れ出すと、王都アルカスを目指した。
さすがにラックルは早い。夜更け前には王宮に着いた。王宮の獣舎の番人にラックルを労うように伝えると、こっそり王宮の居住の間に戻った。
国王が不在だからか、扉の前には護衛騎士は立っていない。よかったと思いながら扉を開けると、「おかえり」と声がかかった。
「うわっ、びっくりした!ネイサン、王の部屋で何をしている!」
「その王はこそこそと何をしてるんだ?」
ネイサンが静かに切れていた。
「いや、その、あれだ。あー。なんだ。」アルディンが言いよどんでいると、ネイサンが「皇女を見に北の国境まで行ってたんだろう。」
「悪いか?」アルディンが開き直った。どうせもう、王宮中の者たち全員が知っているんだろう。
「で、これだったか?」ネイサンが右手でお腹が出るジェスチャーをした。口にするのはさすがに憚られるのか。
「いや、その兆候は無かった。」
「ほう、意外だな。腹ボテの皇女をサイラスに押し付けるのかと思っていたんだが。」
「ネイサン!口が過ぎる!!」さすがにアルディンが怒った。
ネイサンは全く気にする様子はなく、さらに失礼なことを言い始めた。
「じゃあ、逃げ出したくなるほどの不細工だったのか?」
「ネイサン、君は本当に・・・ オロゴンがあんな美人を見たのは初めてだと言ってたよ。」
「オロゴンがいうなら、美人なんだろう。そんな美人がなんでサイラスに?」それはアルディンも思った。実際、北王国との国境で馬車から降りた皇女を見た時、息が止まるかと思うほどの衝撃を受けた。
美しい女は王宮にたくさんいる。覚えている限り、父の側室たちも美人揃いだった。側近のアマリス伯爵も美しい。だが、皇女は別格の美しさだった。美しすぎて、まともに顔が見られなかった。それでもチラッと盗み見ると、サイラスを格下と見下すような無表情でよろしくと挨拶していた。
それを見て、美しいが気位が高かった母を思い出した。
本当に。何が目的でサイラスに来たんだろう。アルディンは結局、朝までネイサンと話し込んでいた。




