21.第4騎士団は空を飛ぶ
背中が熱い。ズキズキする。だが、痛みを感じるということは・・・まだ生きているのか?
アルディンはゆっくりと目を開けた。まっ先に目に飛び込んできたのは、サザランドの涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔だった。
「アル、気付いたか。よかった、ほんとに良かった。2日も目を覚まさないから、俺、おれ、お前がこのまま目を覚まさなかったら、どうしよう、と。こ、こわかった。」
アル、か。久し振りに呼ばれたな。学院の3学年上だったサザランドは、「泣き虫弱虫サザーの子」と囃し立てられ、馬鹿にされてたっけ。ちなみにサザーとは、長い耳と赤い目を持つ下級の魔物だ。
「泣き虫サザー・・・っつ、いってえ。」サザランドをからかおうと笑い声を上げたら、意外と背中の傷に響いた。
「ア、アル、ごめんねいたいねごめんごめんおれ治癒魔法苦手でだからあのあまりうまく傷の手当が・・・」
「ラン。」
慌てて早口でなにやら呪文のようなことを呟きだしたサザランドに、学院を卒業以来、久し振りに学院時代の愛称で呼びかけた。
「なに?いたい?いたいの?どこ、どこいたいかなごめんねごめんね・・・」
「まず、早口をやめろ。顔を拭いて鼻をかめ。」声を出すだけなら、あまり傷に響かないようだ。アルディンは自分の負傷具合を確認しながら、サザランドに命じた。
「あ・・・」一瞬、ポカンとしたあと。
「陛下、見苦しいところをお見せして、失礼いたしました。」ようやく魔道士長官サザランドがかえってきた。そして言われた通りにまず鼻をかんで、「うっ・・・」と呻く。
「ランも怪我をしたな。怪我の程度は?」
「私は肩をスノウウルフに噛みつかれました。陛下を背後から襲ったのはガジュです。」
スノウウルフは鋭い牙を持つ中級魔物で、その真っ白い毛並みが名前の由来だ。ガジュは樹木に擬態する魔物で、同じく中級魔物に分類される。
「スノウウルフにガジュ、中級魔物がどうして・・・。結界は中級魔物が出入りできるほど広範囲に破れていたのか。」
「いいえ。ご存知の通り、スノウウルフは群れで行動します。あの大きさの魔物が出入りできるほど結界が破れていたなら、村付近にはもっと大量のスノウウルフが出たはずです。」
「結界が大きく破られていないとすると、考えられることは1つだな。」
「はい。結界のすき間から洩れだした瘴気が、魔物を生み出したのかと。ただ、森の外では瘴気濃度もあまり上がらず、生れた魔物の数も数体程度かと思われます。」
「そうか。魔道士2人が今、南の森で結界の綻びを応急処置しているが、早めに態勢を立て直して、結界を新しく一から構築し直した方がいいだろう。」
「承知いたしました。」落ち着きを取り戻し、魔導士長官の口調に戻ったサザランドに、「ところで」とアルディンが話題を変えた。
「転移の瞬間、やばいと呟いたようだが?」すっとサザランドが視線をはずした。
サザランド1人なら、王宮まででも転移できる。だがアルディンを抱え、しかも自身も怪我を負った中で瞬時に移動するとすれば、距離的に可能なのは最初に立ち寄った村だろう。
だが、ここはどう見ても洞窟の中だ。背中を怪我したアルディンは、うつ伏せに寝かせられていた。
「ラン?君はサイラス、いや大陸一の魔道士だ。転移魔法を使える魔道士は、片手で数えられるほどしかいないのに、君は僕を抱えて2人で転移できる稀有な存在だ。」
なぜだ、褒めているのにサザランドはどんどん体を小さく縮こまらせていく。
「あの場にいたのが他の魔道士なら、たぶん僕は死んでいた。感謝しているから、言ってほしい。ここは、どこだ?」
「南の森」ぽつんとサザランドが呟いた。
「・・・よりによって・・・」
「悪い、痛みで転移軸がズレてしまった。今、魔力が回復するのを待ってるところなんだ。」
「そうか。僕を抱えて転移しただけでも相当量の魔力を消費したのに、さらには2人分の治癒魔法を使ったからな。君の魔力が現在枯渇状態にあるとすると、自然回復には丸3日かかる。僕が意識不明ですでに2日経っているから、あと1日は回復に時間がかかるな。」
「魔力回復薬を携帯してないなんて。魔道士長官が自然回復だなんてバカなことを・・・アル、すまん!!」突然、サザランドが地面に額をつけた。
「ああ、そういうの、いいから。君がいなかったら、僕は死んでたんだから。ああ・・・っ、ほら。泣くな。大陸一の魔道士だろう。」「うっ・・・ ちょっとそこまで、のつもりで装備もせずに街道に出た俺の落ち度だ。」
「うーん、君がそれを言うなら、油断した俺の落ち度はどうなる?」「あ・・・」
絶対に、宰相のアルバ公に雷を落とされる。何時間、説教を食らうことやら。ふむ、宰相か。
「なあ、ラン。そろそろ、第4騎士団の出番だと思わないか。」
「・・・そうですね、かなりよい仕上がりになっているかと。」
それを聞いて、なにやらアルディンが思案を始めた。頭からバチバチと音が出そうなくらい、今アルディンの頭は高速フル回転で働いている。状況分析とそこから導き出される結果を何通りにもシミュレーションしているのだ。
「そうだな。この森の結界の向こう側にいる、君の部下たちと連絡が取れるか?」
「念話程度なら、ほぼ魔力は使いませんので。何を伝えますか?」
「第4騎士団に、準備の整った騎獣から順に南の森の結界前に待機させろ。」
サザランドが部下の魔道士と念話を始めた。
「陛下、第4騎士団からはすでに全騎、東の国境と南の森の境に待機しているそうです。宰相の命令とか。」「やるな、爺。で、この洞窟から君の部下がいる結界前まで、どのくらい離れているのだ?」「お待ちを。」
また念話でなにやら話しあっている。念話は声を出さずに思念で相手と話すので、傍からは独り芝居をしているように見えて面白い。
「この洞窟は結界側から見て10時の方角にある丘の洞窟、部下たちがいる結界前まで普通に走れば15分ほどの距離ですが、我々は・・・」
そうだね、満身創痍ってやつかな。
「とりあえず第4騎士団から10騎、結界前の部下たちのところまで来させろ。」命じてから、アルディンは立ち上がろうとした。背中に激痛が走った。
「うぐっ、ふーっ痛いな。」洞窟の壁に手をやってなんとか立ち上がる。2日間も意識不明だったせいか、体がフラフラする。
「へ、陛下。傷がまた開いたようで、血が・・・」「ああ、仕方がない。ここから出ないことには始まらないからな。」
ん?何か忘れているような・・・?
「「血!!!」」
サザランドと同時に叫んだ。サザランドが治癒魔法で怪我をした部位の血を止めて、浄化魔法で血の痕跡を消して、魔物から気配を消したのに。
魔物がくる。なのにサザランドの魔力は回復途中だ。
遠くから、スノウウルフの獲物のありかを知らせる遠吠えが聞こえてきた。
「早いな。囲まれたか?」
「いえ、あれは獲物がここにいると知らせる遠吠えでしょう。いずれにせよ、ここから出なければ逃げ場がありません。」
「僕の剣は?」「こちらに」サザランドが入口付近に投げ出してあった剣を広い、アルディンに手渡した。
「ラン、僕はマスターだからオーラで身体強化できる。だから大丈夫。君は回復途中とはいえ、結界までの距離なら転移できるだろう。」
「お断りします。」
「おい、僕はまだ何も言ってな・・・!」
最初のスノウウルフが飛び込んできた。それを躊躇いもなく切り捨てると、2頭目、3頭目が続く。
それらも切り伏せ、「ここから出るぞ、奥に追い詰められたら終わりだ!」と叫んでアルディンが洞窟から出ようとして、サザランドが「外にもいます!」と止めた。
アルディンは入口から顔を半分だけ出して、外の様子を伺うと、スノウウルフが5,6頭ほど洞窟の外をウロウロしていた。そのうちの1頭と目があった。
スノウウルフたちは攻撃を仕掛けてはこず、代わりにウオオオォーンと遠吠えを始めた。
「おい、仲間を呼んでるぞ。すぐにスノウウルフの大群がくる。走れるか、ラン。」
「はい、陛下。」
「君は左側に攻撃を、僕は右側を片づける。片付けながら走るぞ!」
せいのっで2人は同時に飛び出すと、サザランドが左側からとびかかってきたスノウウルフを氷柱で串刺しにし、アルディンは右のスノウウルフを切り捨てた。前方から飛び掛かってきたのは、アルディンが切り捨てる。
「あと3頭だ。群れが来るまでに抜けるぞ!」
「はい、あ、ああっ陛下。陛下!!大黒熊が、上からルドルドも!!」
スノウウルフだけではなく、血の臭いを嗅ぎつけて他の魔物たちも集まってきた。
ちっ、どうする?自分の身体強化はあと5分もつ。全力疾走すれば結界までかなり近づける。サザランドには先に結界に転移してもらおう。
「陛下、お断りすると言ったはずです!」
「おい、だからまだ何も言ってないって。」
大黒熊が咆哮し、右手を振り上げた。あれに殴られたら、首が飛ぶ。横に飛んで大黒熊の手をかわすと、後ろからスノウウルフが飛び掛かってきた。それはすぐに凍って地面に落ちる。サザランドだ。
「おい、ラン!時間がないんだ。どんどん魔物が増える。僕は身体強化でギリギリまで走る。でも君がいたら走れないんだ。頼むから、結界に先に行ってくれ。そして、代わりの魔道士をよこしてくれ。」
剣を左右に振ってスノウウルフと下級魔物の土ネズミを切り伏せながら、アルディンがサザランドに懇願した。頼む、言うことを聞いてくれ。
「陛下、陛下1人なら、結界まで飛ばせます。」最悪だ。それだけは避けたかったのに。
「それだと君は魔力が尽きたままここに取り残される。ダメだ!」
大黒熊が2頭、いや、3頭に増えた。
「陛下、婚姻の儀に参列できず残念です!!」サザランドが転移の陣を敷いた。
「おい、止めろ、やめろぉぉぉ!!!」アルディンの絶叫が辺りに響き、そして。
上空から魔鳥のルドルドが、ボトリ、ボトリと何頭か落ちてきた。そのうちの1頭がサザランドに当たり、転移陣が消えた。
同時に、キエェェェーーー!!というかん高い威嚇が響いた。
空を見上げると、巨大な魔鳥ガルーラが10頭、上空を旋回していた。その巨体のせいで日が隠れ、辺りが薄暗くなる。
「陛下、ご無事ですか!」鳥の背に乗る騎士が上空から大声で叫ぶ。
間に合った。アルディンはその場に崩れおちた。と、1頭がアルディンめがけて舞い降りてきた。それを見て、スノウウルフがギャーンと鳴きながら逃げだした。いつの間にか大黒熊の姿もない。魔物の頂点に立つガルーラが現れたのだ。逃げ出すのもムリはない。
第4騎士団とは、この魔鳥ガルーラを飼い馴らし、手懐けて馬の代わりに騎獣とした空飛ぶ騎士団だった。
今、上空からアルディンの傍に降りてきた魔鳥は、ククウゥッとその巨体に似合わぬ甘えた声を出した。そして、撫でろと言わんばかりに地面にくず折れたままのアルディンに頭を押し付けた。
「オロ、いい子だ。よく来てくれた、いい子だ。」その頭をこりこりと掻いてやる。他の魔鳥たちも降りてくると、騎士たちが周囲を警戒しながら近づいてきた。
「おーいい、サザランド長官も無事だ。」「陛下もおられる、撤収するぞ!」
アルディンは撤収の声を聞きながら、意識を失った。
エナは、3日の滞在予定が結局3週間、北王国に留まっていた。
婚約者は無事に見つかった。南の森で魔物たちと戦っているところを、救出されたとのこと。他国のことゆえ、詳細は分からない。怪我をしているかどうかさえ、分からない。
やがて、婚姻を3カ月から半年先に延期して欲しいので、皇女にはオルドネージュ皇国にいったんお戻りいただけないかと、サイラスの魔塔から北王国とオルドネージュの魔法師を通して連絡がきた。
オルドネージュ皇国は拒否。我が大皇国の第一皇女を出戻りにするつもりか?と父の皇帝アルダールが激怒したそうだ。
北王国からは、皇女はオルドネージュには戻らず、このままサイラスに向かい、サイラスで婚姻の儀が行われるまで待つと返事をしてもらった。
それに対し、サイラスからは「承知した。魔物が出る危険があるので、国境まで騎士団が迎えにあがる」との返事がきた。それを祖母から聞かされて、エナは少しだけ安堵した。迎えに騎士団をよこすということは、そこまで迷惑だとは思われていないのでは、と思えたからだ。
父皇帝アルダールが大国の威信をかさにきて、ゴリ押し的に進めた結婚話だ。押しかけ女房だと嫌われているのでは、と内心心配していた。
そして、約束の日。エドウィナたち一行は、北王国の王都を出発した。国王と王妃、王太子夫妻が一家そろって馬車まで見送りに出てくれた。
「エドウィナ、幸せになるのよ。」祖母が抱きしめ、涙を見せた。
「姉上、僕もいつかサイラスに行きますから。サイラスで会いましょう。」テオや他の従姉弟たちが馬車に向かって、見えなくなるまで手を振ってくれた。
エナはサイラスとの国境に向かう馬車の中で、涙を浮かべた。北王国の親戚たちと別れる寂しさ、そしてサイラスへの期待と不安。早朝に経った馬車一行は、昼過ぎに北王国とサイラスの国境に到着した。
サイラス側には、騎士一団が整然と並んでエナたち一行を待っていた。その数、100騎。護衛としてはオルドネージュから従ってきた騎士と同数だ。その従ってきた護衛騎士たちは、80騎がここでオルドネージュに引き返す。
引き続き、サイラスの王都まで護衛するのは20騎だ。それも婚姻の儀が終われば半数がオルドネージュに帰国する。
エドウィナと共にサイラスに残るのは、護衛騎士団長のダンや御用馬車を守っているモーリスら、10人だけ。
その護衛騎士団長のダンは、サイラスの騎士団なぞ田舎者の集団だとバカにしていたのが、陽光を受けて光る黒い甲冑の100騎を見て、その覇気に圧倒されそうになった。
サイラスは中央大陸ではどの国とも戦争をしたことがない。戦争を知らない国なら当然、騎士の実力も低いと思っていたのに、なんだこいつらは?
エナはエナで、騎士団に何か不思議なものを感じた。馬車の外に出ると、団長が「エドウィナ皇女殿下に最上礼!」と号令をかけて下馬し、剣を抜いて胸の前に捧げた。それを合図に騎士全員が一斉に下馬し、剣を捧げる。
エナはジーンと胸が熱くなるのを感じた。これがサイラス。と、副官らしき騎士が目に入った。なぜだろう、この人から目が離せない。
騎士はエドウィナを見ることなく、前方を向いて剣を捧げている。
エドウィナは騎士団に向かって3歩、歩み寄ると「オルドネージュ皇国のエドウィナ・ヘルベティアです。サイラスまでの警護、宜しくお願いいたします。」と声をかけた。儀礼上、頭は下げない。
騎士たちは剣を捧げ持ったまま、「はっ!」と返答し、団長の合図で再び馬上に戻った。
「回れ、右!進め!」号令を受けて馬の向きを変えると、ゆっくりと王都に向かって進み始めた。団長と副団長の2人が馬車のエドウィナのところに近づき、兜を脱いで挨拶をした。
「殿下、王都アルカスまでは3日の距離です。今日はルルドという街に宿を用意しております。では、またのちほど。」
サイラスの騎士団長が道中の説明をしている間、副官は後ろに控えていた。エナは団長よりも副官の方が気になって仕方が無かった。だが、副官は最後までエナを見ようとしなかった。
では、と馬の腹を蹴って自分の騎士たちの元に戻る団長につづき、副官も後に続く。結局、最後までよく顔が見えなかった。副官の赤褐色の髪が、陽光を受けてキラキラと輝く。去っていくその後ろ姿を、じっとエナは見送った。
ちょっと体調不良で更新できませんでした。今日からまた頑張って更新していこうと思います。エナの父アルダールの話と交互に更新する予定です。引き続き、お付き合いいただけると嬉しいです!




