19.エナとの邂逅、そしてエナになる
ふと気が付くと、紗奈はどこかの空間を漂っていた。体は落ちるでもなく、昇るでもなく、ただフワフワと漂うように浮かんでいる。
寒くも暑くもない、柔らかく薄夕闇のような空間だ。とても穏やかで、なんだかウトウトしてきた。いっそこのまま眠ってしまいたい。2度と目覚めたくない。
さな、さな、と誰かの声が頭に響いてきた。変な感じがする。もう何年も、さなと呼ばれていなかった。ずっとエドウィナか殿下と呼ばれてきたから。
「さな、だめよ。意識を手放さないで。さな。わたしがだれかわかる?」
誰かが意識に直接働きかけてくるのを感じた。
「誰?あなたは誰なの?」紗奈が問いかけると、
「わたしはあなた。あなたはわたしよ。」と意味不明の返事がかえってきた。
おかげで目が覚めた。
「はい?どういうこと?わたしがあなたって・・・ それにここはどこ?」
「ここは境界。いろんな世界と世界の境い目よ。」
「いろんな世界・・・」紗奈はハッとした。
「もしかして、あなたはエドウィナ皇女?エナなの?」
ふふふ、と嬉しそうな笑い声が頭の中に響いた。
「エナって呼びかけてくれて、ありがとう。その体を生かしてくれて、ありがとう。さなが来なかったら、わたしの体は死んでいたわ。」
ああ、やっぱりと合点がいった。昏睡状態に陥っていた1年2か月のうち、9か月は魔法師からのエネルギーによって命が保たれていたけれど、残りの3カ月は少しずつ死に向かっていたとスニシャが言っていた。
原因がわからず、ただ少しずつ死に近づいていく皇女を見るのは辛かった、とミルヤにも泣かれた。
「もしかして、私がエナの体を乗っ取ったの?」ずっとそうじゃないかと思って、怖かった。自分がエナの魂をこの体から追い出したんじゃないかって。
「ちがうわ、さな。馬車が崖から転落した時、私は生きているのが不思議なくらい酷い状態だったのは知ってる?」
「ええ、スニシャに聞いたわ。」本当に悲惨な事故だったらしい。
「お父さまが大陸中の名医と魔法師を呼び寄せてくれたおかげで、一命を取り留めたわ。」
紗奈の脳裏に、皇帝のいかつい顔が浮かんだ。この世界の父は、本当に子煩悩なのだ。
「私ね、実は意外と早く意識を回復してたの。魔法師のコルトが痛みを抑えてくれていたけど、それでも全身痛かった。でも、痛みを感じて嬉しかったわ。ああ、生きてるって実感したから。周りの声もちゃんと聞こえていたわ。」
なんと。衝撃のぶっちゃけ話だ。
「それで?」紗奈は続きを促した。
「急いで回復しなきゃって、焦ったわ。だって、ルドヴィスが待ってるから。ルドヴィスのために頑張って目を開けよう、ベッドから起き上がろうって思った。あ、ルドヴィスはクライストンの皇太子よ。」
「婚約者の」
「元、婚約者。生れた時から婚約してたのに。18年近くも婚約していて、あと少しで結婚するって時に婚約者が事故に遭ったら、回復するまで待とうって思わないかな。国の事情はわかるけど、それでも最低1年は待っていて欲しかった。」
「あー、それ、私も思った。」
「でしょう?私はずっとルドヴィスが私の回復を待ってるって信じていた。だから、コルトのエネルギーを受け取りながら、体が回復するのを待っていたわ。でもね、侍女たちの話が聞こえちゃったのよ。ほら、意識はあったから」
エナの声が少し震えた。泣いてるのかな。
「あいつ、妹とちゃっかり結婚して、しかも半年もしないで妹が懐妊って・・・ 」あ、怒りで声が震えたのか。
紗奈には、エナが魔法師からのエネルギーの受取拒否を始めた理由が、なんとなくわかった。
でも、念のため聞いてみる。
「事故に遭ってから、どのくらいしてそのニュースを知ったの?」
「・・・9か月を過ぎてから。」
やっぱりだ。医師団や魔法師がどんなにエナを検査しても、エネルギー拒否の理由が見つからなかったはずだ。だって、失恋だもの。
「なんだか、全てがどうでもよくなっちゃった。だからもう、コルトからのエネルギーも要らないってはね返したの。このまま死んでもいいって思ったのよね。」
「でもエナ、エナが死んだらスニシャやミルヤ、治療にあたった医師団も魔法師も全員処刑されるところだったんだよ!」たかが主の失恋で、スニシャたちが処刑されるなんて、絶対におかしい。
「・・・お父さまがそんな命令をしたなんて、本当に知らなかったの。スニシャもミルヤも、私の回復を心から祈るだけだったし。皇女が死んだら、わたしたち全員処刑されるから死なないでって叫んで欲しかったわ。」
「じゃあ、スニシャたちの処刑予定はどうやって知ったの?」
「・・・侍女たちが話しているのを聞いたのよ。」
壁に侍女ありだ。オルドネージュの王宮の情報管理はどうなっているのかしら。
エナによると、慌ててコルトからのエネルギーを受け取ろうとしたけれど、その頃にはすでに体が衰弱し過ぎて手遅れだったそうだ。自分のせいで、スニシャたちが処刑されるなんて。それはいや、神様、スニシャたちを助けて下さいって命が尽きる際まで祈っていたら、私、紗奈の魂が飛び込んできたのだとか。
「だからね、さな。さなが私を追い出したんじゃないのよ。神様が私の願いを聞き入れて、私の命が尽きる瞬間に、紗奈の魂を入れたのよ。」
出た、神様。困ったときの神頼みっていうけど、でも確かに私は今、この世界にいるわけで。神様って本当にいるのね。この事実には驚いた。
「さな、みんなが心配してるから、そろそろ戻って。紗奈とこうしてお話できて、良かった。戻ったら、さなはエナよ。あなたは私で、私はあなただから。」
紗奈はエナの存在が薄れていくのを感じた。いやいや、ちょっと待って。戻れと言われても、どうやってエナの体に戻るの?
紗奈の思案が届いたのか、エナが「戻ったらあなたはエナよ。」と言って、思いきっり紗奈の背中を押した。
なんと原始的な。でも、その方法で体に戻ったようだ。うっすらと目を開けると、祖母が泣きながらエナの手を握っていた。後ろにはスニシャとミルヤが控えている。
「おばあ様。アルディン様は?サイラスの国王はご無事ですか?」開口一番、エナはアルディンの安否を尋ねた。スニサシャとミルヤが目を瞠ったのがわかった。
「まあ、この子ったら。まだサイラス国王の行方は分かっていないけれど、きっと大丈夫よ。無事にお戻りになるわ。」
エナは思った。人はどうして根拠もないのに、大丈夫だって言えるのかしら。でも、エナにもアルディンはきっと大丈夫だという、不思議な予感があった。
1度目は夫に浮気された。2度目は妹に乗り換えられた。3度目は幸せになるわ。エナ、わたし、幸せになるね。
アルディンさま。わたくしサイラスに参ります。押しかけ女房?上等じゃない。
エドウィナ皇女の父、皇帝アルダールの若い頃の話を書いたのですが、鬼畜過ぎて18禁にしました。お暇な時にアルダール、アリシアで検索してみてください。




