17.それぞれの思惑に夜は更ける
夜には歓迎の宴が開かれた。主賓はオルドネージュ第一皇女エドウィナ、紗奈だ。主賓が国賓であるため、王族と貴族しか列席が許されない正式なものだった。
非番のオルドネージュ騎士団の中には貴族の爵位を持つものもいたが、敢えて参加はせず、宿舎に運ばれてきた晩餐会の食事だけ楽しんだ。もちろん、酒も一緒に。
紗奈は従弟の第2王子ルイにエスコートされて参加した。本来なら舞踏会や晩餐会への出席は、王族貴族は配偶者や婚約者と共に列席する。
第2王子にも侯爵令嬢の婚約者がいたが、紗奈をエスコートできる独身かつ婚約していない王族がいなかった。そこで、侯爵家の令嬢は兄にエスコートしてもらい、第2王子ルイが紗奈をエスコートすることになったのだ。
部屋に迎えにきたルイは、テオと一緒だった。テオは晩餐会用にドレスアップした紗奈を見ると、
「姉上、すごくお綺麗です!妖精みたい。」と歓声を上げた。紗奈は微笑みながら、ありがとうと礼を言う。
ルイは紗奈を見て目を瞠り、赤くなった。そして照れたように弟に顔を向けた。
「テオ、姉上は妖精ではなく春の女神だよ。姉上の神名はヘルベティアだからね。」
「神名ってなに?」もっともな質問だ。
それには紗奈が答えた。
「オルドネージュの皇族は生れた時に、親からは名前を、神殿からは神名を付けてもらうの。神名は言葉通り、神様の名前よ。私の名前はエドウィナ・ヘルベティア・アウレリア・オルドネージュ。エドウィナが両親が付けた名前で、神殿からは春の女神、ヘルベティアの名前を賜ったわ。」
「うわーっ、長い名前だね。」うん、それが普通の反応だよね。紗奈はクスクス笑いながら、テオの頭を撫でた。
ルイがこほんっと咳払いをひとつしてから、紗奈に左手を差し出した。
「姉上、では参りましょうか。」
「はい、ルイどの。宜しくお願いいたします。」
晩餐会の開かれる大広間に、ルイにエスコートされた紗奈が入場すると、その美しさに会場のあちこちから、ほうっとため息が漏れた。
「王家の方々に負けずとも劣らぬ美しさですな。」
「アリシア王女さまがお母上ですもの。」
「そうだった、オルドネージュの皇后はアリシア王女だったな。」
事故から回復しても、エドウィナ皇女の体はあまり体重が増えなかった。その華奢な体のおかげで、紗奈の見た目は10代と言っても通じる。おかげで16歳のルイにエスコートされても、ほとんど年齢差を感じさせなかった。
会場の一角では、スミル・デメテリス伯爵夫人が注目を集めていた。スミルは自分を美しく魅せるコツを心得ている。
スミルをエスコートしているのは、子爵家3男のモーリスだ。身分や年齢の釣り合いを考えると護衛騎士団長のボリスがエスコートすべきなのに、「俺は今日は非番だから。」の一言でモーリスに押し付けてきた。
モーリスはオルドネージュを出る時から、スミルのヒステリックな様子を見てきたので、エスコートなどご免だった。
だが、他の騎士たちからも
「俺も非番。」
「あ、俺は平民。」
「俺も平民だから参加資格なし。悪いな、モーリス」
と、ことごとく拒否され、エスコートを押し付けられた。そこで泣く泣くスミルの手を取ったのだ。
ところが意外や意外、社交の場でのスミルの振る舞いは完璧だった。
北王国の貴族たちの前では護衛騎士のモーリスをたてて、オルドネージュ騎士団の勇猛果敢さをアピールする。また北王国の食文化や衣服などに話題を広げ、相手をたてることも忘れない。
『ただのヒステリー女だと思っていたが、さすがは腐っても貴族だな。』モーリスは自分の傍らで北王国の貴族と談笑するスミルを、ほんの少しだけ見直した。
紗奈は祖父母の国王夫妻や叔父である王太子夫妻と会話を楽しみ、テオとダンスをし、ルイに貴族たちを紹介してもらい、この世界に来て初めて社交の場を楽しんだ。オルドネージュでは1度も社交を楽しいと思ったことがなく、離宮に移ってからはひきこもっていたのに。
スニシャは傍らに控えながら、楽しそうな様子の紗奈に北王国に立ち寄って本当に良かったと思った。
オルドネージュを出てから、たったの1週間でこの変化だ。このままの調子で、サイラスでもお過ごしいただきたいものだわ。スニシャは心からそう願った。
ミルヤは紗奈がいつ戻ってきも良いように、部屋で紗奈のために寝支度を整えながら、昼間の王都レタ見物を思い出していた。
今日、自分は生れてはじめて皇族と同じテーブルで食事をした。それが孤児だったミルヤにとって、どれほど光栄なことか。思い出すとあまりの幸福感に涙が浮かんでくる。それにあの魔物肉の美味しさときたら!ミルヤはまた、幸せな気持ちに包まれた。
様々な人たちの色々な想いが溢れていく中、北王国の王宮の夜は静かに更けていった。
翌日は、北王国滞在の最終日だ。前日に非番だった騎士たちは、今日は馬具や武器などの点検に装備の手入れ、荷馬車からおろす荷物の確認など、朝から忙しく働いている。代わりに昨日、晩さん会の準備などに駆り出された侍女や女官たちは非番となった。
紗奈は今日は午前中は祖父母と、午後からは王太子一家とお茶をすることになっている。
朝食を軽くとったあと、国王の間に赴いた紗奈は、そこで衝撃の事実を告げられた。




