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1.格上の皇女は名前も別格に長かった

早春の昼下がり。美味しい昼食を食べ終えてから小一時間が経ち、少し眠気を催すころ。国王アルディンはあくびを押し殺しながら、眠気を覚ますために執務室の窓を開けようと席を立った。気配を察した護衛騎士が傍に来ようとするのを、右手を上げて止める。


「カロン、そのままでよい。窓を開けるだけだ。」


「はっ、陛下。」騎士カロンは胸に手を当てて返答し、元の位置に戻る。


窓を開けると、マリニアの花の香が風と一緒に執務室にさーっと吹き込んできた。早春の月の今、風はまだ冷たい。おかげで眠気は冷気と共に一瞬で吹き飛んだ。


「眠気覚ましですか、陛下。だいたい陛下はお昼を食べすぎなんですよ。」大きな執務机の左側にある側机で崩れ落ちそうな書類の山の処理に忙しい筆頭側仕え文官のネイサンが、小言を飛ばしてきた。


「食べたら眠くなる。健康な証拠さ。サイラスにとって、国王が健康なこと以上に重要なことがあるかい。」少しも悪びれることなく、アルディンはうーんと大きく伸びをした。


「健康なら、とっとと妃を迎えて世継ぎを作ってください!!」と噛みつくネイサンに、


「あ~あ~、聞こえな~い!!」と両手を耳に当てて答えるアルディン。


国王に物怖じせずに小言を飛ばすネイサンと、それを怒るでもなく受け流すアルディン。護衛騎士になったばかりの頃、カロンはそんな二人のやり取りに、いつネイサンが無礼討ちに合うかとハラハラしたものだ。今では『また始まった』とばかりに頭を振りながら、陛下は意外と子供っぽいなあと心の中で呟く。


「国王が健康で平和な国って、素晴らしいと思わないかい?なあ、カロン。」いきなり話を振られるのはいつものことなので、カロンは「はっ、陛下。」といつも通り胸に手を当てて返答する。


「陛下、平和などと何を暢気なことを。南の森の瘴気濃度が上がり、魔物の数がまた増えたというのに。」


ネイサンは心の底から呆れた声を上げた。


ネイサンの小言を聞き流しながら、アルディンは開け放った窓から遠くの森を見た。確かに今年は例年よりも魔物の発生率が高いとの報告を受けたが、魔物は増えたら討伐するだけだ。文官たちはネイサンを筆頭に優秀な者ばかりをそろえている。久しぶりに自分が討伐に加わっても、執務に支障が出ることはないだろう。


魔物の討伐なんて、ワクワクする。久しぶりに思いっきり剣を振るえると思うと、自然と鼻歌が出てにやけてしまう。


「陛下、ダメですよ!」アルディンの鼻歌に、勘のいいネイサンが釘をさす。


「おい、まだ何も言ってないだろう!」


「絶対にダ・メ・で・す!」ネイサンがダメ出ししながら両腕で大きく×をつくる。


「なぜだろう、今ものすごく腹が立った・・・」 ムッとするアルディンを尻目に、これ以上国王の相手はしていられないとばかりに、ネイサンは盛大にため息をついて、書類仕事に戻った。


アルディンもムッとしたまま静かに窓を閉めて、机に戻った。


と、白髪の老人がゼイゼイと息を切らしながら、執務室のドアを派手にバーンと開けて飛び込んできた。


「へ、へ、へい、へい・・・」


「どうした爺、ヘイヘイって俺を呼んでいるのか?」


息が切れて声が出ない宰相のアルバ公をアルディンがからかう。そんなアルディンをギロッと睨んで、ようやく息が整ったアルバ公が怒鳴った。


「陛下、ご報告がございます!!」


あまりの大声に、ミシリっと窓が揺れた。


「爺、あまり大声を出すと体に障るぞ。何か事件でも起きたのか。南の魔物が森からあふれ出したか?」


「違います、魔物ではなくて女人の話にございます。」


「ん?女の魔物か?それは見ものだなあ。」宰相をからかうのを止めないアルディンを、ネイサンが「陛下!」と諫める。いつもはおちゃらけに乗ってくるネイサンが、珍しく厳しい顔をしていた。


アルディンは本当に何かが起こったのだと気づき、真面目に口を開いた。


「それで、その報告とは何なのだ?さきほど女がどうのと言ったようだが。」


「はい、晩春の半ばに嫁御が参ります。」


「「「えええっ!!!」」」アルディンだけではなく、ネイサンと扉脇に控えていた騎士カロンまでも驚きの声を上げた。


驚きが冷めやらぬ室内で、最初に動いたのはアルディンだった。宰相に向き合ってその左肩をポンポンと叩きながら、祝福の言葉を述べ始めた。


「爺・・・いや、もう爺とは呼べぬな。アルバ公、そのトシで素晴らしい!!いい、実によきかな。来年の春にはネイサンに弟妹ができているやもしれぬな。」だが途中で込み上げる笑いを抑えきれず、ブハッハハハと大声を上げて笑い出した。


ネイサンはネイサンで、「父上、嫁って・・・あなたはそのトシで何を!!」と切れ気味に父宰相をにらむ。


「ケホケホ、ウォッホン。ワシの嫁取りではござらぬ。晩春にサイラスにお越しになるのは王妃となるお方。すなわち陛下の嫁御にございます。」


途端に執務室内に静寂が訪れた。シーンとした空気が重さを増した頃、ようやくアルディンが口を開いた。


「ネイサン」


「はっ、陛下」


「わたしはいつ婚約したのだ?」


「陛下に婚約者はおられません。」


「だな。うむ。婚約していないのに、晩春の月にはわたしに王妃ができるのか?」


「「「うーん」」」ネイサン、カロン含めて3人で首をひねる。


「陛下、陛下の妃となるのはエドウィナ皇女殿下にございます。」


「ああ、エドウィ・・・って誰、それ!」アルディンとネイサンが同時に宰相に突っ込む。


「エドウィナ・ヘルベティア・アウレリア・オルドネージュ様、隣国オルドネージュ大皇国の第一皇女殿下にございます。」


「「・・・・・」」驚きのあまり、声すら出ないネイサンとカロンに対して。


「うわっ、名前なっが!」と声を上げたアルディンに、その場の全員が心の中で『そこかい?』と突っ込んだ。

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