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16.紗奈、魔物を食べる

紗奈がミルヤと護衛騎士モーリスを伴って、第3王子のテオと王都レタに出かけたあと。王宮では残りの護衛騎士99名は非番となった。ちなみに後続の馬車3台で付き従ってきた女官や侍女総勢18名は、夜の歓迎晩餐会の準備にかり出されている。


双子の侍女マリサとエリサも、王宮の侍女たちの手伝いをミルヤから命じられていたが、スミル・デメテリス伯爵夫人がちゃっかり客間で自分の身の回りの世話をさせていた。


今朝早く、夜まで休暇をいただいたとスニシャがスミルの部屋まで報告にきた。自分の方が立場も身分も上だと常々不満を抱いているスミルだが、スニシャが持ち場を離れる報告に来たのには驚いた。


さらに驚いたことに、晩餐会までには戻ってきて皇女の給仕をするという。てっきり皇女の隣りで、我が物顔に出しゃばると思っていたのに。


「そなたは宴に出ないのか?」と聞けば、きょとんとした顔で返された。

「わたくしは晩餐会に皇女殿下と同席できる身分にはございません。」


スニシャはスミルのことを自己顕示欲が強いと思うだけで、身分も立場も彼女が上だと認識している。皇女に対して非礼がなければ、スニシャはそれでいいのだ。


一人で空回りしているとも知らず、スミルは張り切っていた。エドウィナ皇女の側仕え筆頭として、今宵の晩餐会に皇女と同席するのだ。皇国で新調したドレスを何着もマリサに広げさせながら、どれが一番自分を美しく見せるか、ドレス選びに熱中した。


ドレス、ヘアスタイル、化粧に装飾品。晩餐会での自分の姿や、周りの賞賛の目を想像しただけで、ゾクゾクする。なんて楽しいのかしら。


そんなスミルの傍らで、双子はそっと目を合わせて肩を落とした。この広げられたたくさんのドレスをたたんで荷造りし直すのは、二人の仕事になりそうだから。


皇女の侍女として随行団の一員に選ばれたのに。まさかサイラスで、伯爵夫人の侍女にさせられるのだろうか。二人は暗澹とした気持ちで、ドレスの山を見た。



 ●〇◎●◎〇●〇◎●〇◎●◎〇●〇◎●


紗奈たちは、昼食を取るためにテオお勧めの南都料理の店の近くに馬車を止めた。そこは王室御用達のような高級店ではなく、庶民も出入りする食堂だ。


なんというところに皇女をお連れするのだと、モーリスと馬車から降りたミルヤが、テオの護衛たちに抗議した。馬車の中にまで二人の声とその内容が聞こえてきて、テオがシュンとしてしまった。


紗奈は窓を開けて、ミルヤを呼んだ。「私はここがいいわ。テオお勧めのお店ですもの。ミルヤとモーリスも同席なさい。」「殿下、なりません。このような・・・」ミルヤの抗議の声を紗奈はさえぎった。

「そうだわ、テオも私も平民の服を着ているんですもの。殿下と呼ぶことは禁じます。」


「そ、そんな。では、なんとお呼びすれば?」

「そうね、お嬢様でいいわ。テオはこういう町歩きの時は、護衛になんと呼ばせているの?」

「坊ちゃまか、若さま。服装によって変えるんだ。今日の服なら、坊ちゃまかな。」

さっきまでしゅんとしていたのに、テオは今とても楽しそうだ。


「では、お嬢様とお坊ちゃまで。ミルヤとモーリスは下男と下女よ。モーリスに伝えなさい。」言うだけ言って紗奈は窓を閉めた。早くお店に入って、美味しいとテオが勧める料理を食べたい。


しばらくして、馬車をノックする音がした。窓を開けると、モーリスが立っている。「殿下、あ、お嬢様。」紗奈がにらんだので、すぐにお嬢様と言い換えてモーリスが続けた。


「私は同席できません。騎士服で下男は無理があります。」


すると、テオが目を輝かせた。「大丈夫、ニノが下男の服を馬車に用意してるから。」馬車の座席は中が物入れになっているようだ。


座席の座面部分をふたのように外すと、中には衣装が大人用と子供用で1セットずつ入っていた。服に合わせる靴や帽子など身の回り品も入っている。


その中から、テオがグレーの長袖シャツに黒いズボンと長靴を取り出し、はいっとモーリスに手渡した。

「ニノはいつも洗って戻すから、清潔だよ。」ニノというのは、テオの護衛の一人らしい。


「モリ、わたしはお腹が空きました。早く着替えなさい。」モーリスを北王国風にモリと縮めた名前で呼び、着替えを促す。紗奈はなんだか楽しくなってきた。


「仰せのままに。」モーリスは諦めて下男に扮した。


お嬢様エナとその弟セトが下男のモリと下女のミルを連れて、庶民に人気の食堂に来たという風を装って中に入った。


「いらっしゃい!あら、坊ちゃん。また来てくれたの。ありがとう!」女将さんがテオを見て、嬉しそうに歓迎した。


「美味しかったから。今日は姉さんを連れてきたの。」テオがはにかみながら、隣りに立つ紗奈をちらっと見上げた。つられて女将さんも紗奈を見ると、


「おや、お姉さんもべっぴんさんだねえ。でもちょっと細すぎだよ。今日はたくさん食べていっておくれ。」と人の良い顔をほころばせた。紗奈もつられてニコッと笑う。


オルドネージュを出てから、皇女の顔にどんどん笑顔が戻ってきている。ミルヤは紗奈が笑顔になるたび、嬉しくてたまらなかった。


女将さんに案内されたテーブルに紗奈とテオが座ると、ミルヤは紗奈の、モーリスはテオの後ろにごく自然に立った。それを紗奈が「席に着いて。」と短く命じた。


「そ、そ、そんな。恐れ多いこ・・・」

「早く!みなが変な顔で見ているわ」ミルヤに最後まで言わせず、紗奈は座るように命じた。モーリスが周囲を見ると、確かに周囲の注目を浴びている。


モーリスはミルヤに目配せして、「座ろう」と唇の動きで伝えた。

皇女の毒見係として王宮に上がり、侍女と護衛としても認められてお側に仕えて15年以上経つ。その間、一度として皇女と同じ食事のテーブルに着いたことのなかったミルヤは、恐れ多くて足が震えた。


そんなミルヤの気持ちを知ってか知らずか、紗奈は「早く」と唇の動きで着席を催促してくる。

ミルヤは意を決して、空いた席に座った。4人がようやく全員テーブルについたのを見て、女将さんが注文を取りに来た。


「『すぱっさ定食』でいいかい?」「すぱっさ?」紗奈が聞き返す。

「坊ちゃんは知ってるけどね。すっと来て、ぱっと食べて、さっと出ていくすぱっさ定食。」女将さんが笑いながら説明した。「いいネーミングだろ?うちの人、センスいいからね。」どうやら女将さんの旦那が命名したらしい。


「うん。すぱっさ定食、4つちょうだい。」

「はいよ!あんた、すぱっさ4つ!」女将さんが厨房に向かって声を張り上げる。

どうやら旦那さんが調理担当のようだ。


周囲を見回しても、どうやら全員が同じものを食べているようだ。厨房1人、接客・給仕・会計1人の2人で切り盛りするなら、ランチメニューを定食1つに絞ったほうが、効率もいいし、回転率も上げられる。


1つしかメニューがないのに、これだけ賑わっているなら、相当美味しいはずだわ。南都料理がどんなものか知らないけれど、肉の焼ける良い匂いが、さっきから紗奈の食欲を刺激している。どんな料理が来るのかとワクワクしながら待った。


「はい、お待ちどうさま!坊ちゃんはお姉さんたちを連れてきてくれたから、ココルの甘煮をサービスしといたよ!」


女将さんが、大きな木皿を4枚運んできた。どうやら、定食はワンプレートランチのようなものらしい。


木皿には、絶妙な焼き加減で切り分けられた肉、山盛りのグリーンサラダ、パペルと呼ばれる見た目はピラフのような主食、そしてサービスしてくれたデザートのココルの甘煮。ココルはリンゴに似た果物で、ココルの甘煮はリンゴのコンポートみたいな見た目と味だ。


「美味しそうなお肉!これは何の肉?」紗奈が聞くと、女将さんは「魔物さ。うちは南都料理の店だからね。」事も無げに答えると、「よい食事を!」と言いながら別のテーブルに注文を取りに移った。


「いただきます!」テオが美味しそうにサラダや肉を食べ始めた。が、紗奈もミルヤもモーリスもフォークをにぎって、固まったままだ。


魔物の肉?魔物って、魔物?え?


テオが、料理に手を付けない紗奈たちにすぐに気づいた。「どうしたの?食べないの?冷めちゃうよ?」


「テオ、魔物肉って・・・あの、魔物って何かしら?」紗奈は自分でも顔がひきつっているとわかる。

「姉さん、食べた事なかったっけ?南都はサイラスとの国境に近いから、魔物の肉が入って来るんだ。ぼく、昆虫系は苦手だけど、上級魔物の大黒熊やスノウウルフ、それに魔鳥のルドルドはすっごく美味しいんだよ。これはたぶん、大黒熊かな」


テオが親切に説明してくれるのだが、「魔物」というワードが衝撃的過ぎて、頭に入ってこない。すると、モーリスが「美味い!!」と声を上げた。魔物と聞いて、最初は固まったモーリスだが、空腹には勝てずに肉を食べ始め、その美味しさに驚愕の表情を浮かべた。


それを見て、ミルヤも肉を口に入れた。モグモグと数回噛んでから、ぱあっとわかりやすく笑顔になった。美味しいらしい。紗奈も恐る恐る肉を口に入れ、一口、二口と噛んでいるうちにふにゃあと笑顔になった。


美味しい。なにこれ美味しいじゃない。南都料理の食堂で、いかにも変装しています感を隠せない4人が、美味しさのあまり天を仰いだ。


サイラスとの国境に近いから、南都には魔物の肉が入ってくるらしい。サイラスには外国にその肉を輸出

するほど魔物がいるの?一瞬頭に疑問が浮かんだが、肉の美味さにそんな疑問はすぐに忘れた。


王宮には昼過ぎに戻り、一息ついてから晩餐会出席のための支度に取り掛かった。お風呂で全身を磨かれた後にベッドで香油を使ったマッサージを受ける。それからドレス、化粧、髪の順番に仕上げていく。


スニシャは晩餐会の直前まで戻ってこないので、ミルヤが1人で紗奈の支度を整えていく。


北王国の香油は濃密な花の香がする。この香油をマッサージしながら体に塗り込み、ヘアオイル代わりに髪にもみ込むと、全身から花の香りが立ち上がってくる。


まるで花の妖精。いいえ、春の女神だわ。ミルヤは薄紅色のドレスの背に、銀に近いプラチナブロンドの髪を波打つように流した紗奈の姿に、ほうっと満足のため息をついた。


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