5:レスタは出来る執事でした。
「奥様っ」
私が頭を抱えた瞬間、「失礼します」と私の身体を横抱きにするレスタを、どこか他人事のようにボンヤリと感じ取りながらも記憶が私を支配する。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさいっ! 生きていてごめんなさい! 行動を間違えてごめんなさい! 死ねなくてごめんなさいっ!!!」
叫ぶ私をレスタは滞在中の私の部屋に連れて来てくれた……らしい。良く覚えていない。ずっと叫んで許しを乞う私をソファーに座らせて「大丈夫です、大丈夫です、大丈夫ですから」と背中を摩ってくれていた気がする。
私を介抱する傍ら、追って来た領主館の使用人達に、私を落ち着かせるようにハーブティーを準備するよう指示を飛ばしたり、私の気が紛れるように他にも問題点が有れば、その問題点をまとめるように指示したり、甘いお菓子を直ぐに食べられるように準備するよう指示していた……らしい。
正気に戻った私に、全てを説明して、それから領主館の使用人への説明の許可を求めてきた。私もこんな醜態を見せた以上、きちんと説明する義務がある、と頷いた。そんなわけでハーブティーで落ち着いた私は、使用人達に私の症状について説明をしたのである。
「お、奥様にそのような病気が……」
代表して応えてくれたのは領主館で執事代行を務めるレスタの息子さん。親子揃って仕えてくれるなんて有り難いよね、バンダリウム家。
「こんな私を奥様と呼ばなくてはならないあなた達には申し訳ないと思います。ですが、旦那様は1年での離縁を誓われていますから、安心なさって。1年経ち私が離縁された後には、他の方をお迎えなさるはず。その方を奥様と呼んであげて下さいな」
私が頭を下げれば、レスタが大きく首を振った。
「いいえ、私共使用人にとっての奥様は、あなた様を置いて他にはおりません。たとえ、旦那様が奥様を離縁なされようとも、平民の方を奥様とは呼びません」
「それはおかしいわ。確かにバンダリウム侯爵家の妻が平民出身なのは、周りから色々と言われるでしょう。でも、その方が旦那様に相応しい相手ならば、貴族の妻としての振る舞い・教養・話術・その他諸々を教師を雇い、レスタとレーリアを中心とした使用人達が教えれば良いはず。身分で相手を見てはいけない。私だって、子爵家の令嬢だったけれど、お祖父様の代から、なのよ? お祖父様が平民から貴族に授爵されて陞爵の後、子爵位を賜っているだけ。生粋の貴族では無いわ。だから、身分ではなく、その方を見て判断した方がいいわ」
私が言えばレスタが溜め息を少しだけついてから、ポツリと溢した。
「我々も身分で、あの方を見ているわけでは無いのです」
「……え」
「いえ、今のは聞かなかった事にして下さいませ。……奥様が離縁されますまでは、どうぞ、奥様と呼ばせて頂きたいのです」
レスタにここまで言われてしまえば、否定も出来ない。私は黙って頷くだけにした。それから領地の館の皆も、レスタに合わせてなのか私を“奥様”と呼び……私としても、まぁあんな姿を見ても動じない使用人たちに、さすが侯爵家の使用人ね、と感心する。
「分かりました。確かに離縁をするまでは、私は旦那様の妻ですものね。よろしくお願いします」
17歳ですけども、これくらいの事は言えますよ。でも多分、使用人達はこういう事を言う私を、若いのに……とか思っているのだと思います。まあ旦那様があの年齢ですからね。旦那様から見れば、確かに私は子どもですから使用人達から見ても子ども……とは思われずとも“お嬢様”なのでしょう。
“奥様”と呼んでもらえるだけ有り難いと思う事にします。さて、折角領地に来たわけですし、こちらの使用人達も私の病気は伝えました。それならば領地視察を続けてしまうのも有り、でしょうかね? そう思った私の心を知っているかのように、レスタ父子が私に更なる領地視察を、と望んで来ます。どうやらレスタの息子さんは私が病気持ちでも構わないそうな。……有り難い事この上ない。
正直なところ、あの父にしてこの子あり、を地で行くバンダリウム父子だったので、使用人達がこれだけまともで有る事は、私の心を安堵させる。ちょっとだけあの父子に仕える使用人だから、使用人の質も知れるというか……私の事を受け入れるとは思っていなかったのだけど。寧ろ、あの父子が主人である事が勿体ないくらい良く出来た使用人達です。
レスタを筆頭に素晴らしい使用人達が仕えるに足る主人、だったのかしら、前侯爵は。そして現侯爵である一応の旦那様も仕えるに足る主人、なのかしら。こんなに良く出来る使用人達に支えられているのに、初夜にて白い結婚を持ち出す一応の旦那様……。
あれかしら。良く言う【恋は盲目】というやつ。いや、でも、今回の件は前侯爵の頃には既に行われていた不正よね。……もっと早く気付かない? という事は別に【恋は盲目】でもなんでもなく、前侯爵といい、一応の旦那様といい、仕事が出来ない人なのかしら。……いえ、今ここでアレコレ考えていても仕方ないわね。フラッシュバックは来ていない今なら、領地視察を続行しても良いわよね。
「領地視察を続行します。レスタ、引き続きよろしく」
領地はそれなりに広いバンダリウム侯爵家なので、1日では回りきれない。とはいえ、病気を抱えている私が何日も領地に滞在するのは、得策ではない。領民達を怖がらせる事もさることながら、これ以上奇行を人目に晒すのも自分としては避けたい。
「かしこまりました、奥様。奥様、愚考ながら進言させて頂いて宜しいでしょうか」
「もちろん」
「ありがとうございます。奥様の持病を考慮しますと、領地視察を小まめに行う方法が良いか、と。如何でしょうか」
「その方がいいわね。大体2ヶ月に1度。2日間とか?」
「それでしたら奥様に負担は無いでしょうし、抜き打ち視察にしておけば、領地の何処を視察するか分かりませんから、こういった不正も対応出来るか、と」
「そうね」
バンダリウム家が所有する領地は広い。侯爵家だから当然。当主も前当主も領地にはあまり足を運ばないから、代行官を置いている……いえ、置いていた。その代行官に任命された小官……つまり代行官の代理で幾つかに分かれている領地を治めている者達は、さて、どんな方達かしらね。
それはそれとして、私の病気を鑑みれば領地視察の滞在日程は少なく、それでいて小まめに行えば目が届くかしら。
「それにしても」
「奥様?」
「ああ、いえ。視察初日でこんな不正が発覚したのだから、前当主にしても現当主にしても、何をしていたのかしら……と思って」
うっかり辛辣な本音を溢してしまいました。レスタ達使用人の主人への忠誠心に傷を付けてしまったでしょうか。私がチラリとレスタを見れば、苦笑するに留めています。多分、私の発言に同意するけれど、表立って認められないのでしょう。さすが侯爵家の使用人です。主人の悪口などもってのほか。
「言い過ぎたわ、ごめんなさい」
「いえ。聞かなかった事にしておきます」
私の謝罪を、レスタは私が謝罪するような事は元々無かった、と無かった事にしました。つまりは色々とレスタ自身も思う所はあるけれど……それでも主人だから、仕えているというところでしょうか。諫めるべき時には諫めている、とは思いますけどね。
お読み頂きまして、ありがとうございました。