2:理由を作ります
昨日の侍女長さんがいらっしゃいました。
「奥様、お早いお目覚めで……あら? 旦那様は……」
あ、居ないの、気になりますよね。でも恋人の所に行ったって言っていいのかしら。
「もしや……あの女の所にでもっ」
あ、この言い方だとご存知のようだ。
「侍女長……確かレーリアだったかしら」
「はい、奥様。もう名前を覚えて頂けるとは……」
あ、嬉しそうだけど、ちょっと今は先に進めさせてもらおう。
「旦那様は、恋人がいらっしゃるようなのでそちらへ向かわれましたわ。なので初夜は過ごしていません」
「なんと……。やはり危惧していた事が」
あ。かなり打ち拉がれているわね。顔には出してないけど、少しフラついたわ。でも顔に出さない辺り、さすが高位貴族の使用人。
「レーリア。執事のレスタを呼んでくれる? あ、いえ、先に着替えね。まだ朝食の準備も出来ていないでしょう?」
「あ、も、申し訳……」
レーリアが慌てて頭を下げるので止める。
「いいのよ。色々話しておかなくてはならないから、レスタを呼んで? レーリアも聞いて頂戴」
「かしこまりました。では先ずお着替えの方を」
レーリアに手伝って貰わずとも着替えられるけれど、侯爵家に嫁いだ以上、侍女の仕事を取るわけにはいかない。着せてもらうのも夫人の役目だ。
着替え終わったところでレスタがやって来る。レーリアとレスタだけにして、私は昨日の旦那様との会話をきちんと話した。
「なんとっ! 旦那様……あれ程、平民の女とは手を切って欲しい、とお願いしたのに……よりによって、奥様に白い結婚を持ち出すとはっ」
「あら。旦那様の恋人って平民なの? それは反対されるわね。まぁそれはどうでもいいわ。私自身、旦那様に興味無いし、跡継ぎの心配もしなくていいみたいだし、白い結婚は大歓迎よ。バンダリウム家はお金にお困りのようだからお金の支援はするし、うちは高位貴族との繋がりが欲しいだけ……って旦那様は思っていたみたいだけど、本当は違うのよね」
「違う? 奥様、どういう事でしょう?」
打ち拉がれているレーリアとレスタを気にせずに話せば、レスタが聞き咎めてくる。
「別にうちは高位貴族との繋がりは欲しくなかったのよ。旦那様のお父様……前バンダリウム家当主様が、うちにお金が有る事に目を付けられて、息子と結婚させてやるから金寄越せ、が、実態」
「お、大旦那様……そのような脅し付けるような事を……」
レスタ、ショックだよね。ごめんね。ショックを与えて。まぁもっと言い回しは丁寧だったけど、実態はソレだからね。嘘は言えない。
「ショックを受けているレスタには悪いけど、そういうわけだから、うちには何の利益も無いのよ。爵位が上だったから逆らえなかっただけ。だから私が離婚しても受け入れてもらえると思うわ。だから白い結婚は構わないの」
「奥様……」
レーリアが何とも言えない顔で私を見る。
「まぁだから旦那様が恋人の所に入り浸りだろうが、時々こちらに帰って来ようが構わないのだけど。仕事はきちんとするみたいだからきちんとしてもらって持参金や支援金は返してもらうわ」
2人はとうとう黙ってしまった。あら。相槌すら打てない程、打ち拉がれているのかしら。
「まぁだから、旦那様の話はこれで終わり。ここからは私の話よ。レスタもレーリアも高位貴族に仕える使用人としてのプライドが有ると思って打ち明けるわね? 旦那様には、内緒ね」
私の真剣な顔に2人が何事か、という顔で私を見る。
「私は、精神的な病を抱えているの。一つは、死にたくなる病。もう一つは軽い不眠症」
レスタもレーリアも無言で続きを促してくる。
「死にたくなる病というのはね。突発的に死にたい気持ちに駆られるの。あなた達も最初から完璧では無かったでしょう? 失敗くらいはしてきているはず」
私が話を切り出せば、過去に想いを馳せたのか、レスタもレーリアも強く頷いた。
「私はね、記憶力が良いみたいで。失敗した日時・場所・状況を昨日のように思い出せるの。思い出したくないけどね。フラッシュバックって言うのだけど、嫌な記憶が繰り返し思い出されて。その記憶に苛まされているの。それが突発的に死にたくなる気持ちに駆られる原因。寝ても覚めてもそんな状態だから、寝不足気味なのよ。睡眠時間は3時間有れば多いくらい。殆どを起きてるわ。昨日のように精神的にも身体的にも負担がかかり過ぎた時は記憶に苛まされる事なく眠れる。それでもレーリアが驚いた程、睡眠時間は他人と比べると少ないみたい」
ここまでは理解してくれた? と視線を向ければ、2人が強く頷く。
「だからね。ハルファ家……実家に居た頃は、家族や使用人がどうしたら私に睡眠時間を与えられるか、考えてくれていたわ。それによって死にたくなる気持ちも頻度が減らせた。要するに、私を疲れさせるのが良い、という結論になったの。当たり前かもしれないけど。身体も心も頭も全て疲れさせる事をいつでもハルファ家の皆は考えてくれていたわ。そんなわけで、レスタとレーリアに相談なの。私が死にたくなる気持ちにならないように、協力して欲しいのよ」
「「かしこまりました」」
「ありがとう。こんな私を“奥様”と呼ばなくちゃならない事を謝っておくわ。あ、そうそう。旦那様に、私が死にたくなる病は話さないで、どれだけ好きにしていいのか聞いておいてくれる? 1年とはいえ、侯爵夫人として社交をこなす必要が有るのか。その辺も」
「「かしこまりました」」
レスタとレーリアは、この年若い奥様の哀しい精神的な病を支えたい、と考えていた。何しろ、自分達の主人であるカイオス・バンダリウム侯爵は現在30歳だが、政略結婚で結婚したこの奥様・イアンヌ様はまだ17歳なのだ。それにも関わらず、不眠症を患い、記憶力の良さから死にたくなる気持ちに駆られるなんて、うら若き令嬢……いや奥様が哀れに思えてしまった。
「あ、それと。私の睡眠時間が少ないから朝も早くに目が覚めてしまうけど、私に合わせて朝食を早めるとか、そういった事はしなくていいから。侯爵家の朝食時間に合わせるわ。その他も全て合わせます。だからレーリア。詳しく教えてね。それとレスタには、私が何を出来るか書いておくから見て頂戴。お父様譲りの領地経営の才も受け継いでいてよ?」
最後の一言に、レスタは目を丸くした。あの領地経営の才覚者として名高いハルファ当主譲りの領地経営の才能を持っている、というのなら。
是非とも、この侯爵領の領地を潤わせて欲しい、と本気で考えていた。
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