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16:完治は遠い。が、新しい生活は近い。(前)

 久しぶり……と言っていいとは思うけど、だからといってものすごく愛着は無いバンダリウム侯爵家へ戻って来た。使用人の皆には会いたいけど、暴言かお金の事しか口にしない義父と、結婚した日と王宮へ向かう日以外全く会わず交流皆無だった一応の夫と顔を合わせるのは憂鬱。とはいえ、バンダリウム侯爵家……ひいては領民の皆様の未来のための話し合いなので、此処でやっぱり会いたくない、という我儘は言えません。


 一応の夫からの手紙では夫婦としてやり直すだの、愛するだの、と世迷言が書かれていましたが……手紙だけで済みますよね? 話し合いでもそんな阿呆な事は言いませんよね? なんてちょっと不安だった私の心を見透かすように、満面の笑みを浮かべてお忙しいはずの第一宰相補佐様……つまりおじさまが、話し合いに立ち会う事になりました。

 口を挟む事は基本はしないそうです。

 あくまでも基本は……。

 例外も有るよって事ですよね、それ。

 バンダリウム侯爵家個人の問題ですよね? 愛人問題とか後継問題とかって。おじさまが立ち会う必要、とは?


「色々考え過ぎないでいいよ。君の病気が始まったら対処する人だと思って」


 どうやら色々考え込んでいたのをおじ様に見抜かれたようです。おじ様に苦笑されたので、そういう事にしておきます。……本当はユラが来たがっていたんだけど。おじ様に元王族という身分を知られると、バンダリウム父子は厄介だから……と説得されました。

 それってアレですか。

 権力とかに弱いというか擦り寄るタイプってことですか。下手するとユラを担ぎ上げようとか? まぁユラの事なので、簡単に担ぎ上げられるとは思えないですけど、確かに身分を知られて面倒くさい状況になるのは嫌ですね……。

 という事で、ユラには待機をお願いしました。とはいえ私の治療中なのは確かなので、バンダリウム侯爵家の側に馬車を停めてそこで待っていてもらう、という形です。……おじ様は「ジュラスト君を呼ぶ係」と自分で上機嫌で言ってます。……うん。そういう事にしておきましょうか。さて、気を取り直してレーリアと共に玄関ポーチへ立ちました。後ろにおじ様です。


「お帰りなさいませ、奥様」


 レスタが笑顔で出迎えてくれました。他の使用人達からも出迎えてもらって、私は十分な歓待を受けたつもりだったのですが、玄関が騒がしい事に気付いたのか、義父と一応の夫であるバンダリウム侯爵が現れました。……応接室辺りで待っていれば良いのに。態々出迎えなんて、何か含むものでもあるのでしょうか?


「おおっ、愛しき我が妻よ!」


 えーと。……アレは手紙の中だけの冗談ではなかったんですか?


()()()()()()()()()お久しぶりです。貴方様の()()()()()とのお子についてを含めて今後のことを話し合いに戻って参りました」


 愛しき我が妻、なんて戯れ言は無視です。聞かなかった事にしましょう。


「バンダリウム侯爵だなんて、他人行儀な事を言わないでおくれ。我が妻よ。ああ君とのこれからの輝かしい生活について話し合おうか」


 ネリーさんの事はスルーですか。あなたとの生活はそろそろ終わりなんですが。義父を見れば気不味そうな表情で「取り敢えず応接室へ」とか言ってます。会えば罵倒していたのが嘘みたいですね。チラリと義父の視線が私の後ろにいったので、どうやらおじ様が気になるようです。気になるなら挨拶をすれば良いのに。爵位で言えばおじ様が下かもしれませんが、諸々を考えれば義父の方が立場は下なのにね。


「ギレッドラー伯も応接室へどうぞ」


 挨拶はしないけど追い返すわけにもいかない、ですか。まぁ義父はプライドの高いお方ですからね。この辺が妥協点なんでしょう。おじ様は不快になる事も無いようで、私と一緒に応接室です。一応の夫が私をエスコートしようとしたので、夫から距離を取った途端におじ様がすかさずエスコートしてくれました。さすがです、おじ様。

 一応の夫は不満そうな顔をして文句を言いたいようでしたが、私とおじ様が華麗にスルーをしたので何も言わずに後からついてきます。レーリアはレスタと少し話したらお茶を持って来てもらうように頼みました。久しぶりの夫婦の再会ですからお邪魔してはいけないのです。


 義父に促され私とおじ様は隣同士でソファーに座りました。もちろん夫婦のように親密な距離では無いですが、一応の夫と隣同士で座るのは嫌ですからね。義父はテーブルを挟んで反対側に座り、一応の夫は1人掛けソファーです。……不満そうな顔のままで。

 というか、いくら一応の夫であるバンダリウム侯爵様のお子ではなくても、長年の恋人とやらだったネリーさんがこの場に居ないのはおかしな話ですね。私と離婚した後に、彼女と再婚するって結婚した日に豪語したのです。今後のことを話し合うのですから、彼女は居た方がいいのでは?


 あー、でも、義父は「平民が貴族の……それも侯爵家という高位貴族の妻になれるものか!」と言っていたのでしたっけ。まぁ私もそこは同意見ですけど。多分義父とは違う意味で。

 だって、貴族の仕来たりやらマナーやらって物凄く大変なんですよ。子爵とはいえ、下位貴族の私だって、一応高位貴族である侯爵家に嫁ぐに辺り、高位貴族の方に通用するマナーとか侯爵家の仕来たりを家庭教師を付けて学び直しましたからね。この国や周辺国では大まかに伯爵位以上と子爵以下で礼儀作法が変わります。細かく言えば、国によっては公爵・侯爵と上位伯爵の礼儀作法と下位伯爵と子爵以下の礼儀作法が違う国も有りますからね。ちなみに同じ伯爵位でも上位と下位に分かれるのは、国への貢献度合いです。


 国によっては、建国の頃に国に貢献した伯爵位を上位とする、とか、歴史に関係なく現在において貢献している伯爵位を上位とする、とか。様々です。公爵位だって、王族が臣下に降る時に公爵位を与えてそのまま連綿と公爵位の国も有れば、陞爵で公爵位を与えている国とか。或いは初代が王族で臣下に降り、3代目までは公爵位。4代目以降は国への貢献が見られなければ侯爵位ないし伯爵位に降爵する国とか。それはそれは様々です。

 話が逸れました。

 まぁそんな歴史を鑑みて高位貴族で有ればあるほど、礼儀作法は難しいし面倒くさいのです。それを下位貴族出身の私でさえ、ちょっと苦労したのですから、平民であるネリーさんが簡単に覚えられるとは思えないわけですよ。そういった事を覚えて、それから何処かの貴族家に養子縁組をしてもらって(身分の問題です。平民のままでは侯爵家に嫁げませんから)結婚です。


 そういったことを、この一応の夫はやっていたように思えないんですよね。だって、殆どネリーさんの所に入り浸ってたんですもの。ネリーさんを妻にするための根回しをするのであれば、家に帰って来て、家庭教師を探すとか、養子縁組をしてもらえる家を探すとか、そういったことをしなくてはなりません。だって、ネリーさんのお家に、侯爵家から出せる手紙一式が有るとも思えないし、家庭教師を選ぶ伝手も無さそうですし、養子縁組をお願いする貴族名鑑とか有るんですかね? って話です。そういった準備を全くしているように見えなかったので、多分、私と離婚してもネリーさんを妻になど出来るとは思えなかったんですが。


 そういった意味で、私は平民であるネリーさんが一応の夫の後妻になれるとは思えないんですよね。


「ああ、先ずは今後のことだが。病が治り次第帰って来れば良いだろう。嫁なのだからな」


 挨拶とか、王宮での様子とか、今までの振る舞いについてとか、色々すっ飛ばして、当然のように義父が切り出しました。この方、案外愚かなんでしょうか?


「申し訳ないですが、此処に戻るつもりは有りません。()()()()1年経ったら離婚致します」


「我が妻よ! あんな契約は無効だよ! 私も父上も契約書はもう破棄している。後は君と君の父上が破棄してくれれば、何の問題もないんだ」


 私が断ったら途端に一応の夫がそんな事を言い出した。義父が義父なら息子も息子ですね……。私はふぅ……と溜め息を吐き出して、その瞬間、フラッシュバックが起こりかけました。ですが、ユラの治療が少しずつ効いているようで深呼吸をして目をキツく閉じたら少しだけマシになりました。

 何より、この父子の前でだけは、あの姿を見せたくない、という意地も有ります。


「申し訳ないのですが、あの契約書を仮にお父様が破棄したとしても、私の物は手元に無いため破棄出来ません。故にあの契約書は無効に出来ません」


「ど、どういうことだ!」


 私の言葉に義父がいち早く反応します。


「それは、私が預かった後、王宮に到着した直後に王妃殿下にお見せしたからだな。王妃殿下から預からせてもらう、と言われてしまったからイアンヌの手元にあの書類は無い」


 義父も一応の夫も顔色が真っ青になってしまいました。まぁ王妃様が見たんじゃ、どうしようもないですよねー。


「ちなみに、王太子殿下と国王陛下も確認済みで宰相もご存知だ。そして国王陛下が仰っておられた。余が認めた婚姻をこのような形で泥を塗るとは許し難い。この契約書通り、1年後の離婚を認める、と。バンダリウム家に来る前に国王陛下からそのようなお言葉を賜って来たよ。近いうちに召喚状も来るんじゃないかな」


 おじ様が更に畳み掛けましたので、青から白に顔色を変えたバンダリウム侯爵父子は、口を意味なく開閉して呻き声を上げただけでした。


「以上の事から、私とバンダリウム侯爵様との結婚生活はもうすぐ終わります。尚、その日までずっと王宮暮らしを言い渡されておりますので、私はこの話し合いが終わり次第王宮に戻ります。また、バンダリウム侯爵家の使用人及び領民の皆様については、先の事情により、王家が介入して下さるとのことなので、ご安心下さい。義父様とバンダリウム侯爵様の進退については、私は存じ上げない事ですから、其方は国王陛下より通達が有るか、と」


 バンダリウム侯爵父子は、もう何も話せないようです。


「そのような理由から、今後について、ですが。もし、バンダリウム侯爵家が存続するので有れば、バンダリウム侯爵様がネリーさんとやらを妻にお迎えされるとしても、色々大変だとは思いますが、ネリーさんとやらがご出産されたお子を引き取って育てるなり、そのお子をどなたかの養子に出すなり、その上でネリーさんとやらをきちんと何処かの貴族家と養子縁組をして貴族令嬢にされてから妻にお迎えして、それからお子を改めて産んで頂けば宜しいか、と愚考致しますわ。私からの話は以上でございます」


 ちょうどそのタイミングでレーリアがお茶を出してくれましたので、美味しく頂き、それから席を立とうとした所……


「ま、待て。我が愛しき妻よ! あなたはそれで良いのか? 愛し合う私と離れてしまうのだぞ? 私を愛しているだろう? 私も君を愛している」


 と、バンダリウム侯爵様が言い出しました。

 だから。どうしてそういった思考になるのでしょうか。これは、はっきりきっぱり言わないとダメなのでしょうか?

 おじ様をチラリと見れば、満面の笑みを浮かべて「遠回しじゃなく言ってやれ」と仰いました。おじ様の許可が出ましたし、はっきりきっぱり言わせて頂きましょうか。


「申し訳ないのですが。カイオス・バンダリウム侯爵様。私とあなた様の間に、恋愛としての愛情どころか家族としての親愛の愛情すら有りません。友情すらなく、私はあなた様を愛してなどおりません。というか、結婚したその日のうちに恋人がいて、その方と結婚したいから私と白い結婚を貫く、と仰い、そのまま恋人の元に行ったと思ったら1日として帰って来ない上に、バンダリウム家の事や領地の事についての手紙を出しても返信すら来ないような方に、どんな愛情を持つのですか。それ以外も交流もなく、茶会をバンダリウム家で開催するな、どころか、夜会に招かれても私を連れても行かない。当然ながら恋人にプレゼントはしても私には花一つ贈られた事は有りません。全然全く何も無い私がどうしてあなた様を愛すると思えるのか、不思議です。脳内に詰まっているのはお花畑ですか? それとも何も詰まってないから、そんな有り得ない妄想を?」


 現実を突き付けると、ようやくこれまでの自身の行いを振り返る事が出来たのか、バンダリウム侯爵は「あの」とか「それはだな」とか言って反論しようと思ったようですが、有り得ない妄想、とまで言い切り、軽蔑の目を向けて軽蔑の表情を作った私を見て、ようやく黙りました。


「私、イアンヌ・バンダリウムは、カイオス・バンダリウム様の事を髪の毛一本程の愛情も抱いてません。早く1年を迎えて、さっさと離婚したい、バンダリウムではなくハルファに戻りたい、と毎日数えているくらいーーあなた様との縁を切りたいですわ。あなた様のことを好きでもないし、愛してもいない。嫌いという感情すらなく、只管にあなた様は、私にとって、どうでもいい存在ですの。離婚したその日からあなた様の事は無関係。その日が待ち遠しいですわ」


「なっ……そ、そんな、そこまで、私の事が嫌いかっ」


「嫌い? いいえ。聞いておりましたか? 嫌いとか、憎いとか、そんな負の感情すらも無い程、私はあなた様の事をどうでもいいと思ってますの。負の感情だとしても相手に抱くので有れば、それはその相手の事を気にしているから、ですわ。あなた様に対しては感情など一切無いですの。芽生えようが有りませんわ」


「嫌い、でも、ない……? 憎い、でも、ない……? 何も、思わない……?」


「何かを思う程、あなた様と関わりが有りませんもの。例えば名前だけは知っている国の国民の方に、好きだの嫌いだのという感情を抱かないのと同じくらい、何も感情が有りませんわね」


 具体的な例を挙げてようやくバンダリウム侯爵様は、私が愛情を欠片も持ってない事を理解されたようで、絶望しかないような表情を浮かべました。そんな表情をされてもどうでもいいですし、何とも思いませんけれど。強いて言うなら「そんな顔をされても、だから何?」という所でしょうか。

 ここまで私に言われて打ちのめされた顔のバンダリウム侯爵様を見ながら、おじ様が嬉々として追い詰めます。


「そんなわけで、結婚した日までイアンヌは王宮暮らしを続けて、その日を迎えたら、離婚に関する書類を作成してサインをもらうから。万が一、サインしなかったとしても、特例として国王陛下自ら認めているから問題無いけど、素直にサインした方が陛下への印象も少しは良くなるだろうね。後、離婚したら、イアンヌに接近するのは無し。ハルファ子爵領とハルファ子爵一族に接近も無し。ハルファ子爵家からの借金は、ハルファ子爵代理として私に返金するように」


 おじさま……。追い詰め過ぎではないですか……。大丈夫ですか……。バンダリウム侯爵様、顔色が白から土気色に変わってますよ。息が出来ないんじゃないでしょうか。さすがに死なれたら後味が悪いですよ……。


 そんなわけで、今後についての話し合いは、私の一方的な話で終わり……私はフラッシュバックも起こさずに、バンダリウム侯爵家を出て王宮へと戻りました。ちなみに、レーリアももちろん連れて行きます。

お読み頂きまして、ありがとうございました。

次話で最終話ですが、今夜6時……18時に後編をお届けします。多分夏月なりの恋愛要素の入った後編。

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