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14:夫からの手紙と夫の子ども

 ユラを含めて5人の医師が私の治療に立ち会っている。正確に言えば、ユラが主導で4人は治療方法を覚えているわけだけど。昨日から本格的に始まった治療は、一昼夜をかけて……というものではなくて、どちらかというと対処療法だから私のフラッシュバック待ちの部分がある。だから普段はやはりのんびりとしていて今日はレーリアとユラと3人でお茶をしている。……本当はユラが2人きりで、と言ってきたのだけど。建前として人妻である私が医師とはいえ男性と2人きりは不味い、と伝えたから。本音は……ユラが初恋だったことを昨日思い出してしまったから、どういう顔をすれば良いのか分からないだけ。


 レーリアは多分私のユラに対する気持ちに気付いてる。でも、何も言わないでいてくれる事が嬉しい。


「そういえば、アンは相変わらず鈴蘭が好きなのかい?」


「可愛いもの」


「でも」


「覚えているわ。鈴蘭は毒の花だ、と」


「それでも好きなんだね」


「観る分には可愛くて良いと思うの。ガーベラや百合、スミレやラベンダーだって好きよ」


「バラやかすみ草も好きだったし、花ならなんでも好きだったね」


「小さな頃の事なのによく覚えていたわね」


「忘れるものか。だって、小さくても普通の令嬢は好きな花を観るだけで終わるのに君と来たら、手ずから摘むどころか育てるんだから。花壇を庭師と一緒に作って肥料を土と一緒に混ぜて種を植える令嬢なんて、俺の知ってる限りアンくらいだ」


「お転婆って話?」


「そうだね。でも、そんなアンだから、俺は今、此処に居る。アンへの贖罪だけで医者になったわけじゃないよ」


 それは、どういう意味か尋ねようとした所で珍しくおじ様がやって来た。


「おじさま?」


「イアンヌ。中々会いに来られなくて済まないね」


「いいえ」


 おじ様は、スッと懐から3通の手紙を差し出して来た。


「手紙?」


「1通は、君のご家族……というか、まぁ父親のハルファ子爵から」


「お父様……」


「もう1通は、王太子殿下から」


「えっ」


 お父様からの手紙は嬉しくて自然に笑顔になる。でも次の名前を聞いて硬直した。何故に王太子殿下……。あの方、王妃様が私を気に入ってるからって、自分の妹みたいに私を扱ってるみたいだけど、単に意地が悪いだけだと思うの。


「王太子殿下からの手紙は、殿下本人が私に直々に持ち込んで来てね。内容の確認をさせて欲しいと願い出て、イアンヌに確認せずに内容を見てしまって申し訳なかったけど、要約するとイアンヌの治療の一環として王宮に滞在しているんだから、お茶くらい付き合えって内容だよ」


 その程度で済めばいいんですけどねー。

 とはいえ、王太子殿下にお会いしたのはかれこれ7年前。10歳の時が最後だ。それからお会いしていないのは、まぁ身分差も有るけれど、あの日、殿下の婚約者という方と偶々お会いしたのだが、彼女にフラッシュバックを起こした私を見せてしまった事で、会うのを控えた。

 だって、殿下の婚約者という小国の王女殿下、私を気味が悪いとばかりに怯えて嫌悪の目を向けて来たんだもん。気持ちは分かるから、以降は王太子殿下からの誘いはやんわり断ったんだよね。小国の王女殿下と我が国の王太子殿下の婚約は、政略結婚だし。我が国の名前で周辺国からの圧力を避けたい向こうの国と、地続きでは無いものの、輸出するにあたり、あの国を通らないと他国に輸出出来ないルートがあるので要するに販路拡大のために必要な政略結婚。


 なので、あちらの国の王女殿下の機嫌を損ねるわけにはいかない。ということで会わなくなって7年。

 私の3歳年上の王太子殿下は20歳を迎えられている。本来ならもう婚姻していてもいい年齢だけど、婚約者である王女殿下とは年齢が離れているので未だ婚約中。来年、王女殿下が15歳になったところで、王女殿下をお迎えになり……再来年婚姻する事になっている。王女殿下には1年間、我が国の仕来たりやら法律やら歴史やらを学んでもらうので婚姻する1年前に我が国にいらっしゃる事になっているのだ。確か半年後に王女殿下はいらっしゃるから、今回を逃すと王太子殿下には会えなくなる可能性が高い。

 別に会いたいとは思わないけど(意地悪だから)でもなんだかんだで私の事をそれなりに気に入ってくれていたのは知ってる。意地悪な兄に揶揄われる妹的な立ち位置だったけれど。


「王太子殿下……どんだけ私で遊びたいんだろう……」


「まぁまぁそう言うなよ。殿下も周囲の事なんか考えずに言いたい放題言えるのはイアンヌくらいだし」


「おじさまはなんだかんだで、王族の皆様を甘やかすのがお好きですよねー」


「国王陛下は一応幼馴染みだしなー」


 おじ様は宰相補佐だけど、宰相はおじ様の2番目の兄で、2人が幼馴染み。おじ様は宰相様の弟として国王陛下に可愛がられていたらしい。まぁ幼馴染みと言えなくもない。ちなみにおじ様のお兄様は婿養子に行かれている。おじ様のご兄弟は3人。長兄の方は神官の道へ進みたい、と若い頃(12歳くらいだったらしい)に家を出られて次兄の方は婚約者の家に婿養子。で、その婿養子先が代々宰相位を賜っている家柄で次兄の方は元々その宰相位を継ぐ為に婚約して婿養子に行く事になっていた。長兄の方が神官の道へ進まなければ、長兄の方がギレッドラー伯だったわけですが、結果的に三男のおじ様がギレッドラー伯を継いでいる。


「おじさまのために王太子殿下とお茶しましょうかねー。お返事は書いたらおじさまにお願いすれば良いんです?」


「いや、お茶するかしないか聞いといてって言われたから、改めて書く必要も無いよ」


「分かりました」


 そして最後の1通ですが、おじ様が嫌そうな顔して渡そうかどうしようか悩んでます。


「呪いの手紙ですか」


 冗談で問いかけたらおじ様が「その方がマシかもな」と言いながら渡してくれました。差出人名は、カイオス・バンダリウム。……まさかの一応の夫でした。なんでしょうね。何の感情も当然湧きませんので、そのまま開封しました。誰に見られてもどうということもないだろう、と思いまして。おじ様とユラとレーリアにも見えるように便箋を開いたのですが。


 要約すると「愛しい妻よ、病に罹っていたことを知らずに済まなかった。近々見舞いに行く。治ったら改めて夫婦としてやり直そう云々」でした。……なんでしょうね、コレ。


「レーリア……」


 私は何とも言えなくてレーリアを見れば、レーリアが両手で顔を隠して溜め息を吐き出しました。……侯爵家の侍女長であるレーリアには珍しく感情が表に出てます。


「奥様……申し訳ない事でございます。その、レスタから聞いてはいたのですが……忘れてました。どうやら奥様は“可哀想な女性”と旦那様に認定されたようでございます」


「ええと……どういうこと?」


 本当に申し訳なさそうな顔でレーリアが言いますが、意味が分かりません。


「実はレスタから聞いたのですが、旦那様であるカイオス様は、その、可哀想な女性を好むらしく……」


「えっ。もしかして、私の病気から可哀想な女だと思われた、と?」


 レーリアが重々しく頷いた。は? もしや旦那様の好みの女性になってしまった、と?


「ふざけた男だな」


「イアンヌに対する今までの扱いを無かった事にしようとするとは……」


 私が、どうしたらいいか、と頭を悩ませるより早く、ユラがふざけた男だ、と手紙を蔑む目で見たと思ったら、おじ様が怒りの表情で手紙を睨んで見ている。ええと……。


「アンは、なんでそんなに冷静なんだ! 可哀想な女性だとアンを貶めているんだぞ!」


「えっ。ちょっと、ユラ、落ち着いて。確かに病気ってことを知った途端に掌を返したような手紙の内容には困惑しているし、失礼だなとは思うけど、どうでもいい人に怒る事なんてしないわ。怒るというのは相手の為に行われる事よ? 何とも思ってない相手なのに怒るなんてしない」


 私が言えば、ユラもおじ様も毒気を抜かれたように感情が治まった。それもそうか、と言わんばかり。でも、そういうこと。


 相手に対して期待をするとか、改善して欲しいとか、何か要求があるから怒るわけで。それを蔑ろにされるから憤ったり悲しんだりするわけで。逆に受け入れて期待通りになれば喜ばしいのであって。

 何にも思わないし要求も無いのだから怒る事も悲しむ事も喜ぶ事も無い。


 ただ只管に「そうですか」ってだけ。

 とはいえ、私としては“可哀想な女”にされるのはごめん被りたいし、同情して欲しいと思ってもないし、同情されたくもない。そこに対する嫌悪は有るけど、旦那様個人に対して何も要求が無いので黙殺しておきたいのが、私の心情だけど。


「おじさまが持っていらしたという事は、おじさまに面会でも有りましたの?」


「バンダリウム侯爵家の執事が門番に宰相補佐の私へ目通りを願っている、と言ったからな。イアンヌから執事は味方だと聞いていたから会ったら、申し訳なさそうにこの手紙を差し出してきたんだ。それで執事いわく、奥様には手紙を破る権利がございます、と」


「レスタってば……。破る権利も何も心底どうでもいいのよね、私。でもおじさま、返事を書くから申し訳ないけれど、どなたかにお願いしてバンダリウム侯爵家へ届けてもらえるかしら。レスタに申し訳ないもの。そうだわ。レーリア、レスタに手紙を出しても良いかしら」


「もちろんですとも、奥様」


 旦那様への返事には「王宮内で理由もなく、見舞いに来られても困ります。許可も私からお願いして得る事は出来ませんので見舞いは不要です。夫婦としてやり直す気も有りません。可愛い恋人と仲良くして下さい」とはっきり否定して書いておき、

 レスタには「レーリアを連れて来てごめんなさいね。あなたには会いたいけれど、旦那様に見舞いに来るな、と言ってしまったので、会いに来てとは言えません。許可を得るのも大変そうですし。ごめんなさい。近いうちにレーリアを一度帰すからレーリアから話を聞いてね。でもまたレーリアにはこちらに来てもらうわ。後、簡単には治らないみたいなので、領地の事はよろしく。何かあれば、ハルファ子爵であるお父様を頼ってみて」と長々と書きました。


 それを読んだレーリアが「夫であるレスタは感動のあまり泣き出すかもしれませんわ」と真顔で宣った。そんなバカな。ちなみに、おじ様も手紙を読んで(読んでいいよ、と言ったので)ふむ、と頷いたので、それをお願いしました。

 本当に、なんで私に興味を持ったのかしら。いくら病気だって判ったからって私に見向きしなくても良いのにね。


 そんな感じで返事を出したのに、懲りずに旦那様……いえ、もう面倒なのでバンダリウム侯爵様でいいですかね……バンダリウム侯爵様は、それからも何度か手紙を出してきましたが、王宮に私が居る以上、無理やり押し掛けてくるわけにもいかない事は理解出来ているようで。


 来ないで下さい。


 という私の否定にもめげずに手紙だけは届いていました。最初の見舞いに行きたい攻撃の手紙をもらってからおよそ1ヶ月半……。手紙が10通を超えたところで、届いた最新の手紙には、見舞いの訪れを伺う内容ではなく。(ちなみにこの10通全て、おじ様直々の持参でお忙しいおじ様には本当に申し訳ないと思ってます)


 要約すると「ネリー(どうやらバンダリウム侯爵様の恋人の名前らしいです)が子を産んだ。その子と私と愛しい妻である君との3人で暮らそう、と言いたかったのだが、ネリーの子はどう見ても私の子では無かった」という内容でした。


 ええと。恋人の子を引き取ってバンダリウム侯爵様と私と3人で暮らすとかいう妄想に突っ込みを入れればいいのか、恋人さんがご出産した子どもがバンダリウム侯爵様のお子では無かったという現実に突っ込みを入れればいいのか、全く分かりませんが……。

 一つ言えるのは、バンダリウム侯爵様の子では無いという事は、ネリーさんとやらは、浮気をしていた、という事ですよね。そしてネリーさんとやらとの関係をバンダリウム侯爵様は、どうされたいのでしょう? 精算したいのかしら?


 取り敢えず、厄介な問題が浮上した事だけは確かで。レーリアは(10通全て、レーリアにもユラにもおじ様にも見せてますよ)何とも言えない表情ですし、ユラとおじ様は嗤ってます。というか、何だか悪そうな顔をしてます。おじ様に至っては何か企んでませんか? って尋ねてしまいそうな表情で、尋ねるべきか見ないフリをするべきか、悩みどころです。

お読み頂きまして、ありがとうございました。

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