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13:王宮内にある離宮での日々

 おじさまが私を王宮に連れて来てくれてから数日。私は離宮の一室を王妃様直々に与えられていた。……私の存在は秘匿されておらず、国王陛下始め宰相様も各大臣様方もその側近の方々も承知している、とのこと。というのも、私の病はこの国では珍しいもので……つまり精神的なものからくる病という事だけど……その治療を国全体で認めてくれる事によって、精神的なものからくる病というジャンルの確立を目的としている、らしい。そちら方面の医師を増やす目的もあるから、そちら方面を目指す医師も何人か私の治療に立ち会う、とか。


 これは、私の病の原因も知られていて、つまりそういった精神的なものを完治あるいは緩和させるというのは、今後、この国に私と同じ症状の人が現れた時の指針にもなるそうで。要するに私は一種の治療に関する実験体といった所のよう。まぁ別にその辺に関して文句は無い。元々、貴族というのは“国のため”“家のため”“国民のため”に存在し、働く。そのために権利を行使し義務を果たす、と教えられている。


 私の病の治療が医学の発展に少しでも役に立つというのなら、寧ろ喜んで実験体になる所存。その義務を果たすのに王宮内で住まわせて頂く方が利点が有るのであれば、甘受するべきで。かと言って傲り高ぶる事の無いよう、自らを戒める事を忘れないようにするべきでしょう。


 そんなことをツラツラ考えながらも、現状はのんびりしています。なんでも今まではフラッシュバックに陥らないために予定を目一杯入れていたわけですが、フラッシュバックが起きる状況を確認し、症状を確認しなくてはいけないために、寧ろのんびりしていなくてはいけないそうです。……やる事がないのは心許ないので、刺繍をしたり読書をしたり……と至って普通の令嬢あるいは奥様生活を送ってますが、落ち着きません。


 レーリアと一緒にお茶をして他愛ないお喋りをする事ものんびりする事の一つなので、お茶の時間が来たらそうしています。でもユラを含めた医師が何人も私を見ているのが若干別の意味で落ち着きませんが。まぁ観察も必要らしいので仕方ないです。あ、でもずっとこの症状と付き合ってきたからフラッシュバックに陥らないように対処方法が有りましたが……その対処方法を使わないようにしなくてはいけないのでしょうね。


「あ、あああああっ! ごめんなさいっごめんなさいっ生きていてごめんなさいっ」


「奥様っ」


 始まったフラッシュバック。微かに聞こえるレーリアの声と何人もの人の足音。


「大丈夫っ。アンっ。大丈夫だからっ」


 聞こえてきた声はユラのもの。ユラの声は深くて耳から聞こえてくるというより頭に直接響くような強さがあって。そうだわ。彼の声を聞くと私は安心出来たの。蘇る記憶で混乱する私の頭に響くように強く深く暖かく。この声にあの事件の後から、ユラが居なくなるその日まで私はずっと守られていたのよ。だけど彼が居なくなってからは、聞こえてこない声に尚更酷くなって……私は彼の存在を思い出さないようにしていた。


 忘れられないけれど思い出さないように自分を縛めていたの。

 でももう、そうしなくていいのね。


「ユラ……」


 私は彼の声に身を委ねた。


「大丈夫だよ、アン」


 その後の事はフラッシュバックと同時進行しているような記憶なのでどこか他人事のようだったけれど、原因が判っている私なので、症状や起こった状況等を把握されると、ユラと他の医師達が色々と話をしながら治療を始めていた。1度や2度の治療で治るものでもないらしくて、フラッシュバックが治った私にユラが告げたのは。


「これから何の治療が効果的なのか調べながらになるから、長期になるし、その度にフラッシュバックに襲われる事になるから、アンの負担が大きいと思う。それでも、続けるか?」


「ええ。私以外にも病に罹った方が出たら、その人達のためにも、続けるわ」


「辛い思いをさせて済まない」


「大丈夫。ユラが、約束を守るために帰って来てくれたのだから」


 ユラの安心させる声を聞いて思い出した。


 彼はーージュラストは、私の初恋。そんな事にも気付かない程淡く、あっという間に過ぎてしまったけれど。確かに彼は、ユラは私の初恋だった。

 一緒に過ごした日々は僅かだったし、嫉妬とか独占欲とかが出るような、そんな強いものじゃなかったから、純粋な想いもあるけれど、年頃の男女が持つような恋愛でもない程の細やかなもの。


 それでも少しだとしても好意を抱いて、気付く事なく終わってしまったものだったけれど。私は確かに彼が初恋だった。……今となっては意味も無いものだけど。いえ、今だからこそ良かったのかもしれないわ。だって一応とはいえ他人の妻であるのだもの。

 もしも、そんな柵が無かったとしたら、幼馴染みだからって彼に我儘に振る舞ったり、ベタベタと甘えたり、執着していたかもしれない。淑女としても有り得ないし、そんな私って私じゃない。


 恋人や夫となる人に甘えてもみたいし、多少なら我儘にもなってみたいし、それなりに執着もしたと思う。あの一応の夫であるバンダリウム侯爵と結婚の話が出る前は、少しは結婚に夢を見たわ。優しくて穏やかで暖かい日々を送りたいとも思ったけれど、甘えたり我儘を言って困らせたり、一緒に何かをして同じ目線で同じものを見たり、ケンカをしたり仲直りをしたり。


 そんな多分普通の結婚生活の夢。


 でも、一応の夫はアレだし。まぁあの夫とそんな結婚生活なんて送りたくないからいいけど。

 初恋の相手だと気付いたユラは、私が愚かな行動を取ったから贖罪として医師になってしまったし。ユラの人生を私が変えてしまったのだと思えば、淡い気持ちでも初恋だった、なんて打ち明ける気にもなれない。


 他の人?

 こんなとんでもない病を抱えている私と、恋でも愛でも交わしたいと思うのかしら。きっと普通だと思う結婚生活を、送りたいと相手の方は思う?


 答えはノー。

 だって私だったら、こんな面倒な相手と結婚したいと思えないもの。バンダリウム侯爵はまぁお金目当てだし、それは別に構わないし、カウントにも入れないけど。

 他の人はきっとこんな面倒な相手と結婚なんて出来ないわ。私だって自分の事なのに嫌で嫌で堪らないもの。本当は心の何処かで思ってた。


 家族や使用人達との約束や愛情があるから死にたい気持ちを抑えていたけれど。


 そんな約束や愛情を全て捨ててーー


 死ねたらどんなに楽かしら。


 って。

 こんな事を思う私に、病を治す資格は有るの? 治ったとして幸せになる権利が有るの?


 神様とやらが居るのなら、どうか教えて欲しい。


 ーー私は生きていていいのかしら。

 ーーこんな私の病を治すなんて愚かな行動では無いのかしら。

 ーーあの時、ユラの人生を、あの護衛兼侍女の人生を、私自身の人生を、周りの人達の人生を変えてしまったあの時に、私は助からない方が良かったのではないのかしら。


 でも、それは言えない。

 言ってはいけない。

 口に出して誰かが、私の存在を愛してくれる人達が、


 ーー生きていていい。助からない方が良かったなんて言うな。病を治して幸せになれ。


 なんて言うのを聞いてしまえば、私はきっとその言葉に救われて甘えて自分の愚かさを肯定してしまうの。幸せな人生を送りたい、と願ってその願い通りの人生を模索してしまうから。

 罪悪感を抱えて自分を悲劇の女性だと思って生きていきたいわけじゃない。そんな悲劇の主人公なんてごめんだわ。自分を哀れんで嘆いて悲しんで誰も私を理解してくれない、とか言いながら誰かの手が延ばされるのを待っているだけの人間になる気もない。


 でも。

 私が何も考えずに起こした行動によって、色んな人の、そして私の人生が変わった……或いは変えてしまったのは確かで、私はそれを忘れてはいけないの。

 病を治してしまったら、この愚かな行動をした反省や後悔の気持ちも忘れてしまうの?


 そうだとしたら、私は病を治さない方がいいのではないの?

 でも、治さない、と決めてしまったら、私の所為で人生を変えられたユラの気持ちも否定する事にならないかしら。

 私の病が自分の所為だとユラは多分思ってる。そう思っているユラが私のために医師になって戻ってきた。それが解っているのに治さない、なんて言えるわけがないわ。


 だったら私はーー


「ねぇレーリア、お願いがあるの」


 私が落ち着いたことでまたレーリアと2人っきりにされたところで、私はレーリアに願う。


「私がこの病に罹る事になった出来事と、それに関する私の思いをあなたに伝えておくわ。だから、もしも私の病が治って、私が自分の愚かな行動を忘れてしまって、この気持ちも忘れてしまったら、あなたが私に教えて。私が愚かな行動を軽々しく取ったから、沢山の人の人生が変わってしまった事を忘れないで、と」


 レーリアは、真摯に聞いてくれて……そして、何故か私を痛ましそうな目で見て頷いた。


「奥様。あなた様は聡明な方です。だからご自分を哀れむとか、悲劇の主人公気取りとかではなく、本当に覚えておきたいだけなのでしょう。でも、それを抱えたまま、幸せになっても許されるのですよ。奥様はご自分に厳しいから、誰かが甘やかす言葉を受け入れたくないかもしれませんが、だからこそ、私はあなた様を甘やかしたいのです」


 ーー私より年上だけあって、私の色々な気持ちを、どうやらレーリアには見透かされているようで、なんだか居た堪れない気持ちになりました。

お読み頂きまして、ありがとうございました。

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