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10:王宮にて再会した人

「わ、私が王宮に、などと……っ。それも、ゆ、有名なギレッドラー伯爵様とご一緒の馬車にっ⁉︎」


 と動揺しているのは、おじさまから優雅にエスコートされて出て来た私の背後に居る、レーリアである。彼女はバンダリウム侯爵家の侍女長だから、本来なら侯爵家から出る事があまり無い。用事を頼まれての外出か、自分の休日くらいだろう。

 そんな彼女は、元々とある子爵家の三女だったそうで、婚約者もおらず、結婚適齢期に実家から声も掛からなかったから、ずっとバンダリウム侯爵家に仕えていた。……ちなみに、その心意気にレスタが惚れ込み結婚したので、人生ってそういうものなのだと思う。その2人の子が領地の館にいる、レスタの息子さん。


 それはさておき。

 そんなわけで、元子爵令嬢ではあるものの、早くからメイド見習いとして他家で修行し、やがてそこのメイドになった頃に紹介状をもらってバンダリウム侯爵家の使用人として雇われ……以後、侍女から侍女長へと出世した彼女は、王宮に足を踏み入れたのは、デビュタントくらいだったという。だからまぁ、戸惑うのは解るんだけど、こんなに動揺しているレーリアを見るのは初めてで。私もちょっと大丈夫かしら? と思い始めた。


「あまり緊張しなくて良いよ、侍女長」


 おじさまが声を掛けますが逆効果にしかならないのは気のせいですかね?


「は、ははははははい〜っ」


 あ、やっぱり逆効果ですね。取り敢えず大丈夫になるまでレーリアは放っておく方が彼女のために良さそうです。そんなわけでおじさまと天気の話とか、私のお父様の話とかしながら王宮へ到着しました。おじさまが門番に話を通して(いくらおじさまが有名でも、きちんと手続きはしなくちゃいけない、とおじさまが言ってました。やっぱり王宮だから必要なんだそうです)私とレーリアはおじさまの後をついて王妃殿下の執務室まで参ります。

 召喚状は王妃殿下の封蝋でしたからね。場所も王妃殿下の執務室だそうです。私室じゃなくて良かったですよ。レーリアが卒倒しちゃいそうですからね。王妃殿下の執務室まで辿り着くと護衛の騎士さんが立ってます。おじさまが騎士さんに声をかけるより先に、


 私のフラッシュバックが始まりました。


「あああああっ」


「お、奥様っ。大丈夫です、大丈夫ですからっ」


「イアンヌ、大丈夫。君、早く許可を!」


「は、はい!」


 フラッシュバックの片隅で目の前に広がる光景を少しだけ認識すると、レーリアとおじさまが私を落ち着かせようとしていて、おじさまは騎士様に入室許可を急かしていた。騎士様が入室許可を得るより早く中から手が伸びて来て私は引っ張られた……気がした。


「大丈夫だよ、イアンヌ。もう、怖い事は無いから、安心して」


 低い声は男性のもので「ごめんなさい、ごめんなさい! 忘れませんから!」と叫ぶ私の背中を撫でる手は大きく暖かい。誰……? そう思いながらも私は、叫び続けて両腕を振り回そうとした。でも、そうなる前にギュッと誰かーー男性だと思うーーに抱きしめられて「大丈夫、大丈夫」と相変わらず背中を撫でられながら、意識が遠退いた。


「奥様、大丈夫ですか?」

「イアンヌ、大丈夫かい?」

「イアンヌちゃん、平気かしら?」


 フッと意識が戻って来た途端に、レーリアの声とおじさまの声が聞こえ……更に女性の声が聞こえた。この声は王妃殿下。


「王妃殿下……。醜態を晒しまして失礼致しました……」


「良いのよ、イアンヌちゃん。あなたの病気は解っているもの。それよりも大丈夫かしら?」


「はい」


 王妃殿下の方へ顔を向けて頭を下げる。王妃殿下はソファーに座っていてレーリアとおじさまは私の側でそれぞれ手を握っていてくれている。……では、立ったまま私を抱きしめてくれているこの人は一体……?

 そこでようやく私はその人の顔を見た。


「まさか」


「覚えていてくれた? アン」


「忘れ……られないわ、ユラ」


「そう、だよね。ごめん」


 アンは、私の名前・イアンヌを彼だけが呼ぶ愛称だった。ユラは私だけが呼ぶわけじゃないけど、彼の愛称なのは確かだ。ジュラストが彼の本名。でも、その名をあの当時は呼んではいけなかった。だから、ユラ。


「ユラ、どうして……此処に」


「君との約束を果たしに来たよ、アン」


「では、本当に?」


「そうよ、イアンヌちゃん。ジュラストは、あなたとの約束を果たすために心の治療をする医者になりました。必ず、あなたを治す、と。だからこそ私がジュラストを呼んだのです」


 ユラが此処に居る事が信じられなくて、私が目を丸くすると、王妃殿下が説明してくださった。


「少し、落ち着いたなら座ろう」


 ユラに促されて王妃殿下の頷きに私は王妃殿下の向かい側のソファーに腰かける。その隣にユラがそっと身体を離して座ってくれた。おじさまは私と王妃殿下の間にある一人がけのソファー。私の背後にレーリアが立つ。


「そなたは?」


 王妃殿下がレーリアを見る。レーリアは青褪めた顔色で口を開いた。


「バンダリウム侯爵家で侍女長を仰せつかっております、レーリアと申します」


「ふむ」


「王妃殿下。レーリアは、私が来て欲しいと頼みましたの」


「では、イアンヌちゃんの味方ね?」


「執事のレスタと共に夫婦で私を助けてくれました。バンダリウム侯爵家の使用人達は皆が私を支えてくれて、とても居心地が良かったですわ」


「そう。では、愚かなのは、前当主と現当主の父子のみ、ということで宜しいのかしらね」


 あ、王妃殿下。どこまでご存知なのでしょうか。空気が冷たくなったんですけど。そっとおじさまを見れば、にっこりと笑ってくれてホッとしたのも束の間、おじさまはその笑顔のまま懐から王妃殿下に差し出した。


「おじさまっ、それはっ」


 私が書いた契約書じゃないですかっ!

 マズイっ!

 慌ててまごつく私に構わず王妃殿下は受け取ってしまいました。そりゃあね、宰相補佐なんてやってるおじさまが王妃殿下に差し出したものを取り上げるなんて不敬は働けませんよ? でも、何も言わずに差し出さなくても良いじゃないですかっ!


 チラリと王妃殿下を見れば、王妃殿下は少しだけ開いた扇子で口元を隠しながらも、「うっふっふっふ」と普段は聞かない不気味な笑い声を上げました。……怖い。私は全力で見なかった事にしてレーリアをチラリと見たのですが、レーリアは青褪めた顔色から白い顔色へと変化させつつあって、あ、倒れないかしら、と心配になった。


「ジュラスト。見てみなさいな」


「宜しいのです?」


 王妃殿下がサッとユラに渡してしまい、私はそれを取り戻すべきか悩む。ユラはその間にサッと目を通したらしくて「へぇ……」と低い声が漏れた。


「随分とアンを馬鹿にした契約書だね、コレ」


 ユラの目が笑っていない。でも口角は笑みを作ってレーリアを見た。


「ユラ、それはレーリアは知らないのよっ。それ、旦那様が初夜に私に告げた事なの。告げてそのまま、愛する人の元へ行ってしまったから、レーリアもレスタも誰一人としてこの契約書の事は知らないのっ」


 ユラの笑みに慌ててレーリアを庇えば、ユラが「そう。本当に使用人は誰一人として知らなかったんだね?」と問いかけてきた。私はコクコクと頷く。契約書そのものは、誰も知らない。レスタもレーリアも内容は知ってるけど。私は嘘をついてない。ユラが「使用人達はアンの味方だったの?」と尋ねるから、私は心から「その通りよ」と肯定する。


「じゃあ使用人達は不問に処す、で、構いませんか? 叔母上」


「そうでしょうね」


 バンダリウム侯爵家の使用人達のクビが繋がった事にホッとしてから、改めて王妃殿下に挨拶をする。


「堅苦しいのは良いわ。それよりも、ジュラストは約束通り、あなたの病気を治すために戻って来た。あなたは彼の診察を受けなさい」


 王妃殿下が離宮を使うといいわ、とおじさまに案内を、と命じられる。おじさま、お忙しい中、すみません。そして王妃殿下もお忙しいのに本当にありがとうございます、と頭を下げて私はまた移動した。やがて王妃殿下の客人として、離宮へ案内された私とレーリアとジュラストを置いておじさまは、お仕事に戻られた。


「本当に、帰って来たのね、ユラ」


「君の病気を治すためにね、アン」


「あの、奥様……」


 私とユラが感慨深く見つめ合う中、レーリアが恐る恐ると口を挟んで来て、私は我に返った。それから色々と尋ねたいのだろうレーリアに、何処から説明するべきか、何処まで話すべきか、ユラを見た。


「全て話していいよ」


「いいの?」


「うん。もう、平民だしね」


 ユラはあっさりとそれだけ言って、私に委ねるよ、と口を閉じた。

お読み頂きまして、ありがとうございました。

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