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1:政略結婚をしました

 突発的に死にたくなる事が有る。

 例えば過去に失敗をした事がフラッシュバックした時。

 例えば理由もなく一晩中起きていて頭が働かない時。

 例えば貴族の令嬢として産まれたからには親の言う事に従い知らぬ間に婚約者が出来て政略結婚で嫁いだ時。


 この事例は全て私の実際の突発的に死にたくなる感情が押し寄せた現状なのだけど。


 結婚したその夜。

 所謂初夜で。


「私は恋人が居る。これは家同士の政略結婚だが、私は君と閨を共にする気はない。この国では1年間白い結婚を通せば離婚出来る。白い結婚ならば君への評判に傷も付かないだろう? 良い案だと思わないか?」


「それだと貴方様には傷が付きますよね」


「だから私と結婚したがる女性が居なくなるし、そうすれば恋人と結婚出来る」


「ああ、成る程。私はそれで構いません」


 アッサリと納得した私に、少しだけ夫となった人が目を見開いた。……何でしょう?


「何か?」


「あ、いや、随分とアッサリ納得したものだ、と。普通はお互いに愛情が無いとはいえ、夫に結婚前から恋人が居る事を不貞だと罵るとか、夫婦の義務も果たさない事に怒るとか、政略結婚である以上は離婚前提の話をしたら互いの家にとって迷惑をかけるから考え直せだとか、言うものではないのか?」


「やけに具体的な例が挙げられていますが、実体験ですか? それとも周りの方からそのように言われて説得された?」


「……実体験ではなく説得だ」


「左様でございますか。まぁ周りの方達は貴方様と違い、まともな感覚でようございました」


「……それは私がまともではない、と言っているのと同じだが」


「それはそうでございましょう? 1年間お飾りの妻になれ、と言って、政略結婚の務めとしても妻としての最大の務めとしても大切な、子を育む事を妻になった私に対して産んで育てなくていい、と、初夜に拒否しているのですから、まともではないでしょう」


「それは、そうだが」


 淡々とした私の口調に、僅かばかり気圧されているのか、夜明け前を思わせる薄紫の目が揺れる。同時に夜が明けた直後の藍色のような髪も共に揺れた。……数時間前に挙式をした夫の色彩である。

 政略結婚でしかも慌ただしく決まったものだから、挙式まで会った事は無かったし、挙式中はやはり慌ただしくてじっくり夫の顔は見られなかったので、これがじっくり見られる初めての時。


 顔の造りは悪くない。モテそうだ。多分他のご令嬢ならば黄色い悲鳴を上げるのかもしれないが、私は顔の美醜に興味が無い。ついでに言えば夫にも何の興味も湧かない。強いて言うなら夜明け前の目と夜明け直後の髪に興味を持った程度だ。


「一応、殿方と閨を共にしなくては子は出来ないとは聞いてます。けれど旦那様はそれをしない、と仰った。確認ですが。政略結婚ですが1年間白い結婚を通して離婚してもお互いの家に不利益は生じないのですか?」


「あ、ああ。君の家からの借金は私が懸命に働いて返すし、君の家は我が家を通して高位貴族と関わりを持ちたいだけ。白い結婚ならば高位貴族との付き合いは続けられる」


「家の不利益にならないのでしたら、それで構いませんわ。では、貴方様は恋人の元へどうぞ。私も疲れたので休ませて頂きますわ。もし、ほかに何か注意事項がございましたら紙に書いてもらってようございますか? 忘れてしまいますとお互い困りますし、万が一、何かやらかして貴方様と恋人様にご迷惑をおかけして、お互いに1年間とはいえ嫌な気持ちで過ごしたくないですもの」


「わ、分かった」


「では、おやすみなさいませ」


「あ、いや、あの」


 寝室からさっさと追い出そうとする私に夫となった方がまだ話をしようとする。……何でしょう?


「まだ、何か」


「き、君も何か条件が有れば」


「……ああ。左様でございますね。後程紙に記載しておきます」


 確かに向こうからすれば、向こうの言いたい放題だけ。万が一私が癇癪を起こすなどしては困るだろう。しないけど。だが、何も思い浮かばない。とにかく珍しく私はこんなに眠くなっているのだ。自分で言うのもなんだがとても珍しいのでこのまま寝てみたい。

 明日の朝にでも条件を考えよう。そんなわけで夫となった方を寝室から追い出して私は広いベッドで寝ることにした。


 この広いベッドは結婚して良かったと思えた。

 さて。グッスリ眠った翌朝、ベッド脇のサイドテーブルにベルが置いてある。これは昨夜、侍女長がこちらを鳴らしてくれれば、と置いて行ったものだ。

 旦那様であるカイオス・バンダリウム様は若干お金にお困りの侯爵様。結婚と同時に爵位を引き継がれたらしい。お金にお困りなのは、前当主である旦那様のお義父様の時に、何やら借金を作ったから、らしいけれど。もしかしたらそれにプラスして旦那様の恋人にも注ぎ込んでいる可能性も有る、かもしれないわね。


 どうでもいいけど。


 対して私、イアンヌ・ハルファ……もとい、イアンヌ・バンダリウムは、お父様の領地経営の才覚が素晴らしくてかなり裕福になった子爵家の令嬢だった。一昨日までは。結婚、してしまったものねぇ。まぁ1年で離婚しますけども。……ふむ。離婚するとはいえ、1年間何もしないわけにもいかないですわね。


 私は突発的に死にたい気持ちに駆られますが、実際に行動に及んだ事は有りません。死への魅惑に誘惑されても、やりたい事とやるべき事を放置して死にたい気持ちにはならないのです。

 昔、本で読みました。

 何かをやりたい、とか、自分以外の誰かの迷惑になる、とか。

 そういった感情を優先出来る間は死にたくても死なないのだ、と。

 私はどうやらそのタイプらしいです。


 だって今はもう、1年間悔いの残らない生活をしたい、と思っているのですから。

 取り敢えずそうと決まれば、着替えて朝食です。そんなわけでベッドサイドのサイドテーブルから持ち上げたベルを鳴らしました。

お読み頂きまして、ありがとうございました。

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