電話の音
電話が鳴った。
ソファでタバコを燻らせていた男は面倒くさそうに立ち上がると、受話器の方へ向かった。
そして、電話を取る。
「もしもし」
男は少し苛立った声色でそう言う。
だが、電話の相手から返事はない。
「もしもし」
もっと強くそう言うが、やはり返事はない。
「ちくしょう! またか!」
男はそう言って受話器を強く元の位置へ戻した。
「またイタズラ電話だ!」
男はテーブルでコーヒーを飲む妻にそう言った。
このイタズラ電話は今に始まった事じゃない。
1週間以上はこんな事が続いているのだ。
だから、男はいっそう苛立つのだ。
「そう、それは大変ね」
その妻の一声は男をさらに苛立たせた。
夫である自分を宥めもせずに自分には関係がないかのように言う。
それが男には気に食わなかった。
「おい! 次に鳴ったらお前が取れよ!」
男は妻の前に座る高校生の息子を指さして言った。
「わかったわかった」
息子はスマホをいじりながら適当に返事をした。
「ちくしょう! ちゃんと返事しろ!」
その息子の一声はさらに男を苛立たせた。
自分が気にならないなら簡単に流してもいいのか?
男には甚だ疑問であった。
「お前もだぞ!」
男は、今度はテレビの前でくつろぐ娘にそう言った。
「お父さんうるさい! 静かにして! テレビの音が聞こえないわ!」
娘は男へ強くそう言った。
「なんだと!? 困った思いをしている人に対してそんな事を言うのか!? なんてやつだ!」
その娘の一言はさらに男を苛立たせた。
人が苛立って訴えているのにそれをうるさいと一蹴するのはどういうことだ?
そんなにうるさいのが嫌ならば自分が受話器を取ればいいのでは?
男はそう思った。
「ああ! どいつもこいつも! 俺をバカにしやがる! クソッタレめ!」
そう言って男は家族のいる部屋から去った。
だが、誰も男を引き留めようとはしなかった。
男のいなくなった部屋は静けさを取り戻した。
「また始まったわ」
妻は残念そうに言う。
「全く、こっちの身にもなって欲しいよ」
息子もそれに同調して言った。
「はぁ、本当に困っちゃうね」
娘もそれに続く。
「ああ! また鳴ってる! また鳴ってるぞ! もう俺は取らないからな! 俺は受話器を取らないぞ!」
部屋の扉の向こうから男の声が聞こえた。
「はぁ……まったく……あの人には何が聞こえているのかしらね」
妻は静かな部屋で一言、呆れたようにそう呟いた。