僕たちは振出しに戻る
屋上へ続く階段を、才多くんと山下さんが青い顔で降りてくる。彼らにとって僕、紺野翔太は空気と同じであり、目も合わさずに通り過ぎてゆく。
いざ接触してみると近葉くんがいかにやりにくい相手であるか分かっただろう。もちろんイジメをやる視点に立った場合である。僕も近葉くんを見ていて分かったのだが、学生のイジメというのは対象が失うことを恐れる場合のみ通用する悪行らしい。彼はクラスメイトから冷たい目を向けられることも、のけ者にされることも恐れていない。具体的なダメージを与える、究極では殴る蹴るの暴力も、後々の報復を考えれば簡単に実行はできない。
「そもそも矛盾している」屋上出入口付近のスペース、置かれていた椅子で缶コーヒーをすすり、近葉くんは言う。
「やつらは例の噂を俺が流したと濡れ衣を着せたが、もしも本当だと信じるなら、そんな相手に正面からぶつかるのは覚悟がいる」
山下さんが企画しているクリスマスの集まりを岳野さんが断った。
スケート場での約束と話が違う。№2の二人は苦情を迫ったらしいが「俺はやれと言われたことはやった」近葉くんはそう言って一蹴したという。すると賀来さんと上竜さんに対するイジメがほのめかされたところで上の指摘となった。例えば同程度の噂を流し合ったとしても向こうとこっちじゃダメージが違う。彼らは失うことへのメンタルの差を思い知らされ、逃げるようにその場を退散した。
「結局、ちょくせつ岳野と話し合うしかないのにそれを避けている時点で駄目なんだよ」
近葉くんも怖いが岳野さんも怖い。小物の二人では賀来さんと上竜さんに手出しはできないだろう。
「彼女達も弱くはないしね」
「ああそうだな」
僕が言って、近葉くんも笑った。
何にしても、長期休暇を挟むのはどちらにとっても幸いだったろう。間を置けば自分たち異端グループへのヘイトも薄れ、クラスメイト達は別の道を模索し始める。小物とはそういうものだと、近葉くんは言った。
彼の成長とともに少しずつ、問題は問題でなくなりつつある。僕たちの青春物語はようやく平穏に乗ったのだ。
ポーンと放られた缶コーヒーを受け止めつつ。僕はそう、勘違いしていた。
終業式が終わり、公園で少し駄弁ったあと、僕たち五人は一度解散した。夜は近葉くんの家でクリスマス会となっている。なかなかタイトなスケジュールだ。僕と賀来さん、岳野さんは先に入って準備の手伝いだからまだいいが、近葉くんと上竜さんには別件があった。
県内にいるDO-KAKU上位作家のオフ会。上竜さんはゲストとして招かれ、彼女は近葉くんを同行者として誘った。嫌がりそうなものだが彼は「良い経験になる」と了承した。こんなところでも前向きな姿勢への変化が見られる。僕たちは「楽しんでおいで」と快く送り出すことにした。
みんなと別れて家に帰ると、玄関でスーツ姿の兄さんとすれ違った。手にした紙袋にはカツラや女物の服が入っている。以前、岳野家を崩壊寸前へ追い込んだいわくつきの品だった。
「いやいやいやいや」
「仕方ないだろ。岳野さんが、むしろ今年もやれって言うんだから」
笑い話にして盛り上がろうって魂胆だろうけど、娘さんの友人としては複雑です。そう伝えてくれと頼むと、僕と同じ女みたいな顔で苦笑いしていた。
さて部屋に入り、服を着替えると持っていく物をチェックする。まずは紙袋、もちろん兄さんのような女装セットではなくプレゼントが入っている。ちゃんと人数分あるか確認すると次は岳野さんにいわれた「それぞれ持ってくる物」である。シャンメリーはお母さんに頼んでいたはずだが買ってくれただろうか。部屋を出てダイニングに行くと、ちっこいサンタクロースが座っていた。
「ほ、ほ、ほ」
「お母さん?」
「ほ、ほ、ほ」
サンタクロースは光のない目で繰り返す。なんかこわい!あとずさっていると、子供みたいに手足をばたつかせる。
「うわあああん、翔ちゃんのいないクリスマスなんて!」
本当に子供みたいなお母さんは見た目も若いというか幼い。僕たち兄弟の中性的な遺伝子の元凶がここにある。
「ごめんごめんお母さん。でも僕も友達と過ごすクリスマスなんて初めてだから、すごく楽しみにしてたんだ。今年は我慢して?」
「ううー、我慢するー」
お母さんは目元をグイっと拭い、すると大魔神の「よかろう」のように二パッとした笑顔が現れた。すごく嫌な予感がする。お母さんは隣の椅子に乗せてあった品をテーブルの上に置く。
「はいシャンメリー」
うん、これはいい。
「はい、セーラー服」
ちょっと待って。
「なんで」
「かわいいよ?」
「兄さんのこと反省してないの。岳野さんに迷惑かけたでしょう!?」
「奥さんに謝りにいったらお兄ちゃんの写真もっとよこせって言われたよ?」
「ガッデム腐女子ども!」
夜の外出を認めて欲しいなら宴会芸としてセーラー服を着用の上、画像を送ること。紙袋に忌まわしいブツを突っ込んで家を飛び出した僕は「チッチッチッ」と雀のように舌打ち連続で近葉邸へ向かった。
「おーっす腹黒ショタ。早かったなーそんなに私に会いたかった?」
近葉栞とはスケート場が初対面ではない。近葉くんちには何度も来ているのでしょっちゅう遭遇していた。彼女が僕を呼ぶときは基本、ショタ。たまに紺野さん。落差がすごい。
中二にショタ呼ばわりされる覚えはないと何度も言ってるのに、かえって連呼するので、つまり仲が悪い。
「ちゃんとサンタさんにお願いした?『私の性格を改善してください』って」
ガルルと唸り始めるケモノ相手に蛇拳の構えをとる。僕は君の兄さんと違って弱くないよ。そんなことを思っていると、近葉くんのお母さんが面白そうにやってきた。「あんたたちはほんと、仲がいいね」
「誤解ですよ」僕はそう言って紙袋から包みを取り出した。「これ、つまらないものですが」
「まあ、まあ、そんな。気を遣わなくていいのに」おばさんは顔を綻ばせ、ちょっとお高い入浴剤の詰め合わせを受け取った。
どうだ、これが大人のやり取りだ。ちょっと勝ち誇って栞ちゃんを見ると、口をとんがらせて仏頂面である。
「ねえ、私には」
「ないよ」
「ふ~ん」
そっぽを向いた顔は寂しそうで、なぜかほったらかしには出来ない気持ちにさせる。「ごめんごめん。あとでみんなと一緒にね?」
「ほんと?」とたんに無邪気な顔を見せて僕の袖を引っ張る。「じゃあそれまでゲームしよっ」
「手伝いがあるから、ちょっとだけね」
これが妹か。どうりで近葉くんが苦戦するわけだ。おばさんと苦笑を交わしていると、横でガサリと音がする。
いつの間にか栞ちゃんが紙袋を覗き込んでいた。
「ん~、この服はなーに」
ぎゃあ、やめて。
テレビゲームのカーレースで栞ちゃんをボコボコにしたあと、台所のおばさんを手伝っていると、玄関のチャイムが鳴った。
「ごめんなさい、いま手が離せないから」
「僕が出ますね」
玄関にゆき、ドアを開けると案の定の二人が立っていたが、そのいでたちに驚いて、僕はドアノブを握ったまましばらく固まってしまった。
「すっごい気合いれてきたっしょ」
岳野さんがニヤニヤ笑うのは賀来さんのことを言っている。岳野さんもいつもよりオシャレをしていたが、賀来さんはまるで別人だった。
普段の三つ編みを解き、髪はアップに、軽くウェーブもかかっている。薄い化粧と口紅も引いて、場違いにならない程度のドレスを身にまとい。
Web小説家的に言うとどこかの侯爵令嬢のような恰好だった。
「半分の時間は上竜さんにとられてしまいますから」
照れ笑いも、いつもの素朴さはなりをひそめている。
「頑張って」
もちろん僕はどちらの味方でもない。だけど彼女の努力をとても好ましく思い、声援を送った。
料理の準備も終わり、近葉くんたちを待つ間、みんなでテレビゲームをして過ごす。電車でゴールを目指す某すごろくゲームであり、特に「ならでは」ということもないが、中学まで深い友人関係を持たなかった僕にとって、集まってワイワイとしているだけでクリスマスらしい気分になる。
「うわ賀来さんやめて。貧乏神をすりつけないで」
「ふふ、紺野くん。そろそろ変身しそうな頃合いですよ」
さっきからみんな僕を集中攻撃している。栞ちゃんが「ドベになった人はセーラー服ね」と言ったからだ。
僕以外はノーダメージだろそれ!
「こ、この歳でセーラー服」
あ、おばさんがゴクリとつばを飲み込んでいる。だ、大丈夫ですよ、かわいいですよ。
そんなこんなで時計の針は夕方の5時に差し掛かろうとしている。オフ会は3時スタートと言っていたからそろそろ中盤あたりだろうか。そう思っていたら岳野さんの携帯が鳴る。ゲームで断トツ一位の彼女は上機嫌のままスマホを耳にあてる。
「もしもし上竜?あのね、もうすぐ紺野のセーラー服姿が……」
「あーあーいい迷惑だ」肩を落とす僕の耳へ、緊迫に転じた岳野さんの声が届いた。
「ちょっと。上竜、落ち着いて!」
うんうん。なんですって!?うん、うん……それで上竜は……うん、分かった。私達もすぐに向かう。とにかくあんたは落ち着いて集合場所へ向かうのよ!
「それじゃ」スマホを切ると、青ざめた顔がこちらを向く。
「近葉がいなくなったって」
今までで一ばん楽しいクリスマスになるはずだったのに。
この日をさかいに、近葉くんはふりだしよりもずっと遠い場所に行ってしまうのだった。




