私はアプローチを始める
マウスをクリックし、インターネットのアプリケーションを閉じる。背もたれに体重を預けると読後感が私を満たし、自然と吐息が漏れた。ユーザーネーム「モブ・モブ男」の書くラブコメディ「お前に一太刀あびせる」。最新話は今まで通り、いや今までで一番の力作で、心の底から私を満足させたのである。
だけど幸せな気分も長くは続かなかった。最新話が素晴らしい出来である理由を知っているから。
「お前みたいなクソにpt貰わなくてもな、ちゃんと純粋に楽しんでくれてる読者がいるって分かったからな」
憤怒と歓喜。そのうちネガティブな方は私個人に向けられたもので、彼は心の中に渦巻く感情を、たとえ暗いものであっても作品にぶちこみ、昇華させるタイプの作家……つまり、それだけ私を憎んでいるということだ。
憧れの作家がクラスメイトだと知った矢先に嫌われた。
「うわぁぁぁぁん、もう死ぬぅぅぅぅ!!」
「ちょっと小筆、静かにしてよ!昨日、私のスマホで変なサイトにアクセスしたと思ったら今日は何を騒いでんの!?」
お姉ちゃんのスマホでID作ってPt投入。私のIDは既に満点あげてたから仕方ないと思ったのだけど、ズルはやっぱりダメだということ。
この状況はきっと、罰が当たったのだ。
なんて落ち込んでもいられない。次の日の昼休み、私は牛乳パックを一気に凹ますと立ち上がった。向かうは例の非常階段。昼休みに教室で近葉くんを見たことはないので、きっと毎日一人で食べてるのだろう……教室にいるからといって私も一人には違いないけど。でもだからこそ、はみ出し者の私達は友達になるべきなのだ。そして好きな書籍や作家について熱く語り合う……ああ、なんと充実したライター・アンド・スクールデイズ。
心の中で盛り上がっていると、非常階段の最下段についた。わざわざ校庭に降りてまで下から行くのは、上から目線が気にいらないという彼の言葉を受けてだ。
ええ、もうかなりナーバスになってますとも。でもそのくらい今の状況……近葉くんに嫌われている事実は私にとって辛いことなのだ。
(とりあえず謝ろう。あんなにハートフルな作品を書く人だ。悪意はなかったと伝えればきっと分かってくれるはず)
一段目に足をかける。すると上から楽しそうな声が聞こえてきた。階段が折り返しているので姿は見えないが確かに近葉くんの声。それとこれは……もう一人いる!?
「いやぁ、Ptくれたのがまさか紺野だったとはな」
「僕も驚きだよ。モブ・モブ男さんが近葉くんだったなんて」
変に中性的なハスキーヴォイスだと思ったら、紺野翔太か。その手の先輩方から密かな人気を集めているという、ショタである。
クラスメイトとはいえ二人は別に友達ではなかったと思うが、これは一体。
「半年前くらいから『お前に一太刀あびせる』を読み始めてすぐにハマちゃったんだ。普段は怖くて書かないんだけど、思わず感想いれちゃうくらいにね」
「そうかそうか。やー嬉しいな。お前はなんか小説書いてないの?」
「僕?書いてるけど……僕のはちょっと流行にあってないというか……有名な作品で例えるならえーっと」
「なんだ、別に笑ったりしないから言ってみろよ」
「赤毛のアン、みたい、な」
赤毛のアン!
顔は見えないが、近葉くんの目が輝いたのが私には分かった。
「最高じゃねーか!ああ、アンとマシューのやりとりとか俺マジでグッとくるというか……つーか流行にあってないこともないだろ。あの思春期の心情の浮き沈みを時にポップに、時に重々しく表現する作風は現代のラノベにも通用するところがあって……」
「そうそう、そうなんだよ!さすがモブ・モブ男さん、分かってるなぁっ」
なんて、こと。そこは、そのポジションは私の物だというのに。半年前どころか第一話目が投稿されたときからのファンだというのに。近葉くんとの付き合いは私の方がずっと長いというのにっ。
「近葉くん!」
気づけば階段を駆け上がっていた。突然あらわれた私に近葉くんは驚いた顔をする。
「上竜?」
「上竜さん?近葉くん、上竜さんと友達だったの?」
紺野くんの質問に近葉くんの顔は忽ち険しくなり「違う」と吐き捨てるように言った。
「紺野、知ってるか?こいつ、モフ猫ストロングなんだぜ」
「えっ、あのランキング常連の!」
「そうだ。で、その上位作家様が俺に何のようだ」
底辺作家に構ってる暇なんかないだろ。彼の卑屈な発言を無視して、私は「謝りにきたの」と言う。
「この前のことは確かにちょっと押しつけがましい行為だったかもしれないわ。でもこれだけは分かって頂戴。私はあなたの作品を面白いと思っているし、Ptも感想も善意でいれたものなのよ。あなたを馬鹿にしたくてやったわけじゃない」
「別にもう気にしてねーよ。だからもう関わんないでくれねーか。俺とお前じゃ住む世界が違うんだからよ」
「そんなこと言わない方がいいんじゃないかしら。上位作家の話はあなたにとって有用だと思うのだけど」
「はぁ!?なんだその超弩級の上から発言。お前やっぱ反省してねーんだろ」
「上なのは事実じゃない。少なくとも人気は圧倒的に上よ。でも内容の面白さがそうだとは言ってないわ!」
彼の作品ページを毎日のように開いている。情報欄に並ぶPtやPv数を眺めるたび、まるで自分のことのように溜息が出る。
私が一番伝えたかったこと、それは。
「私はもっと多くの人にあなたの作品を読んで貰いたいの」
「ねぇ近葉くん、あのモフ猫ストロングがアドバイスくれるなんて、これって凄いチャンスじゃない。近葉くんの作品は元から面白いんだから、多くの人の目に映ればPtも一気に増えるよ」
「そ、そうかな」
「そうよ。小説は内容の良し悪しもさることながら、露出も大切なのよ。プロを目指すのなら猶更ね。あなただって一度くらい考えたことあるでしょう?」
「そりゃあ……」
近葉くんは視線を外し、恥ずかしそうに頬をかいた。
「まぁ、な」
「やっぱり!だったら二人でプロを目指しましょうよ。私もあなたから学ぶことは沢山あるもの」
「あ、あの、僕も。僕も出来ればプロになりたい!」
「じゃあ三人ね。三人一緒に目指すは書籍化、ミリオンセラーよ!」
ミ、ミリオンセラー。
ごくりと喉を鳴らして二人は顔を見合わせている。そして私はちょっと黒いことを考えていた。
(紺野くんには申し訳ないけど、近葉くんの隣は私が貰うわよ)
今の彼に必要なのは同類ではなく私のような売れっ子の助言。多少汚いとは思うけど、私は私の立場を最大限に利用する。
「じゃあまず、タイトルと粗筋を見直したいんだけど……」
これが、ランキング上位作家の恋のアプローチだ。




