【お題で小説:ダークヒーロー】 監獄の面会
帝国の統治者の恣意で幾多の無辜の咎人を収監してきた、悪名高き大監獄"ダンツィヒ監獄"。
人々に忌み嫌われる鉄の城塞は、統治者に不都合な者たちを無慈悲に呑み込み、処刑台へ送り出してきた。
しかし、今のダンツィヒ監獄は閑散とし、往時の惨憺たる有り様は無い。
革命。
不満を爆発させた民衆による暴動は、腐敗官吏に憤る下級役人たちの指導で反乱となり、その怒涛の如き勢いは帝国第2・第3軍団の離反により趨勢を決した。
忌まわしき監獄に囚われた政治犯たちは釈放され、繋がれているのは音に聞こえた凶悪犯くらいのもの。
そして新たに収監されたのは、在りし日にここへ囚人たちを送り込んでいた帝国の旧上層部の者たちである。
もはやこの監獄の囚人に訪れる者などいないと思われていたが、予想だにしない人物が面会を申し込んできた。
帝国第3軍団を率いる軍団長エグモント・ディクスゴート。
革命の立役者でもある彼の囚人との面会は、特例として人払いがされて行われたが、看守たちはあの囚人と一体何を話したのかと噂しあった。
◇◇◇◇
エグモントのやってきた牢には、背は低いながらも鍛え抜かれた体付きをした髭面の男か収監されている。
処刑人グレゴール。
先々帝の代から処刑人に任じられ、革命で倒れた先帝の下で数多の処刑を執行してきた嫌われ者。
革命の際、抵抗し討ち取られた皇帝と違い、一切の抵抗を見せなかった彼は他の腐敗官吏たちとともに処刑の日までこの監獄に入れられている。
「処刑人グレゴール、お前に聞きたい事があって来た」
「……なんじゃ」
応えたその声は、鬱陶しさは感じられるものの、処刑を待つ囚人にありがちの捨て鉢さや卑屈さは感じられない堂々とした声だった。
「何故抵抗しなかった?」
グレゴールは剛力無双で知られるドワーフ族。
文字通り人間離れした膂力で振るわれる断頭斧はまるで骨など存在しないかのように頸を両断する。
彼が暴れた場合の抑えとして部隊を率いたエグモントは、諦めたような無気力でもなく、ただ粛々と拘束されたグレゴールを訝しみ、処刑までそう遠くない今、真意を訊ねに来た。
しかしてグレゴールは、何でもない事のように答えた。
「民の意志が決したからじゃ」
「民の意志だと? 何故今更民の意志などと言う、お前が行った処刑も民の意志だったとでもいうのか!」
憤りのまま言葉をぶつけるエグモントに、グレゴールは目を伏して首を振った。
「そうは言わん、しかし皇子時代から不出来の人と言われた先帝が皇帝になるのを力づくでも止めなかったのは民じゃ。できなかったなどと抜かすなよ、事実皇帝は引きずり降ろされた」
「それは……だが……!」
「儂は、先々帝に任じられた職務に誇りを持って取り組んできた。そして民が不要となったと告げるなら、抵抗しようとは思わん」
まるで後悔を感じさせない彼の言葉に、エグモントはささくれ立った心のままに詰る。
「では……では! 冤罪で処刑された者たちに罪悪感は無いのか!? 彼らを哀れだとは思わないのか!」
「ふざけたことを抜かすな若造!」
先程まで平静を保っていたグレゴールが突如むき出しにした怒りの感情。
軍人として胆力を鍛えられたエグモントですら一時気圧されるほどの怒気だ。
グレゴールは鬼のような形相のままエグモントに言い募った。
「儂はいくら責められようと、詰られようと構わん。たとえ処刑されようともな。だが、処刑された者たちを憐れむことだけは許さん!」
そう大声でまくし立てたグレゴールは、大きく息を吐くとゆるゆると怒気を解き、呟くようにしゃべりだした。
「昔の処刑はそれは酷いものじゃった。急所を外す、頸を落とし損ねる、力が足りず斧を何度も振るう……あれではまるで凌遅刑じゃ。それを失くすため、先々帝は儂に処刑人の任を委ねた」
エグモントも若いわけではないが、そんな時代があったことなど知らなかった。
彼が物心ついた頃にはもうグレゴールは処刑人だったし、先帝が帝位を継承する前から処刑人の仕事は声を潜めて話されることだった。
「受刑者の未練、執着、業……それらを受けとめ、断ち切るのが処刑人の仕事じゃ。故にこそ、死者の尊厳は守らねばならぬ。冥府に逝った者にもう罪は無い、非は全て儂にある……」
グレゴールの言葉を聞き、エグモントはこの場に来たことを後悔した。
ここに来なければ、グレゴールの話を聞かなければ、彼を冷酷な処刑人として見ていられたのに。
彼の処刑日まで、もうそう日にちは無い。
きっと、彼は収監された日のように粛々と刑の執行を受け入れるのだろう。
それが、彼の矜持。
「最後に思い残すことはないか?」
そう聞いたのはエグモントの悲鳴を上げる良心からだったのだろうか。
遠くを見る目をしていたグレゴールは、ぼそり、ぼそりとつっかえがちに言った。
「妻と、息子がおる。籍は入れておらん、儂の評判は悪いからな」
「そうか、任せろ。必ず守る」
エグモントが請け負うと、グレゴールは眉間のシワをふっと緩め、苦笑した。
「……あの髭も生えそろわん小僧が大きくなった姿を見たいと思っていたが、ままならんものじゃ」
「……私も、別の形で会いたかった」
そうして、軍団長と処刑人の面会は終わった。
数日と経たないうちにグレゴールの処刑は執り行われるだろう。
感傷を胸に、エグモントは監獄を出る。
彼の息子に教えてやらねばならない。
お前の父親は、皆に嫌われ、責められる、どこまでも無器用な男ではあったが…………けっして恥ずべき男ではなかったと。