結婚したいご令嬢はドラゴンゾンビを倒したい
誤字報告ありがとうございます。
パキィッ
「ひぃっ!!ご、ごめんなさい!で、でも僕には荷が重くて……っ」
そういって走り去っていった、私の婚約者候補。家格が下の伯爵家の次男。
この日のために取り寄せた紅茶が無駄になってしまった。もう何度目だろうか。この茶番劇は。溜息もでなくなってしまった。
***
この国には五大侯爵家という、貴族の筆頭ともいえる侯爵家がある。
『攻撃』のラッセル家を筆頭に、『守護』のオルティース家、『反撃』のコックス家、『治癒』のディアス家、『一撃必殺』のスミス家、以上が五大侯爵家となる。
そのうちの我が家、ラッセル家は『攻撃』に特化した能力をそれぞれ持つ。魔法、剣、話術。私はその中でも純粋な『力』をもつ。私の両親や兄弟達は褒めて褒めて、素晴らしいと称えてくれる。小さい頃はそれでよかった。家族が私の全てだったから。でも大きくなると世界が広がり、私の世界は家族だけではなくなった。
『お、お前、なんなんだ、その力は……っ!!』
『ば、化け物め!近寄るな!』
『お前と結婚など出来るわけないだろう!?』
『こ、こ、殺される!!』
これが今まで私が婚約していた方々から頂いた婚約破棄となった言葉達だ。ピックアップしているから、本当はまだまだある。
「ケリー、紅茶と何か美味しいお菓子を頂戴」
「かしこまりました」
私付きのメイドのケリーはこんな私の慰めをいつもしてくれる。美味しいケーキと紅茶を用意してくれるはず。それで気持ちを持ち直そう。
純粋な『力』は『攻撃』のラッセル家にとっては素晴らしいもののようだ。よくお父様とお爺様には褒められる。お兄様には羨まれる。私個人としては剣や弓のほうがよかった。だって、腕力の強い令嬢なんてどうよ!?猪だって担げちゃうのよ!?ちなみに熊だって、動きさえ止まれば素手でしめられます。だから繊細な白磁のカップなんて、ハンドル折れちゃうのよ?最近はハンドルが丈夫なカップを使ってます。
「もう、お父様とお母様には結婚は諦めています、というべきかしら」
「……お嬢様、まだまだ世の中は広いのですよ」
「私の世界は狭いし、その狭い世界には私をもらってくれる奇特な殿方はいらっしゃらないわ」
「まあ、お嬢様。だからといって修道院に行くわけにもいかないではありませんか」
「だから、冒険者か騎士になろうかなって」
「……誰も賛成されませんよ」
家族誰一人賛成しないのはわかっている。ケリーでさえいい顔をしていないのだから。でも、私には作戦がある。
「私、一年の終わりに開かれる夜会の前後にでる『悪い物』を退治するお役目に協力しようと思うの」
「それはリード御坊ちゃまがされると伺っていますが………」
「お兄様はお役目でもあるでしょ?それではなくて別口で協力して、冒険者の推薦、もしくは女騎士としての推薦を貰って一人でやっていこうと思っているのよ」
「お嬢様、騎士は剣が扱えないと……」
「わかっているわ。私剣折ってしまうから……。でも冒険者が駄目なときには、女騎士としての道も残したいの……」
「お嬢様……」
私、切なげな表情できているかしら?ケリーは小さい頃から私についてくれているけど、騙されてくれるかしら?
「……そこで上目遣いされると旦那様でしたら、条件付きで了承されるかもしれませんね」
「……ありがとう、ケリー」
さすが、私のケリー。旦那様がいるようだから、第一夫人に私を貰ってくれないかしら。女主人としてケリーとその旦那様を盛り立てることができるわ。あら、まるでメイドのようだけど、まあいいわ。今からでもメイドの修行ってできるものなのかしら?
「お嬢様、くだらないことは考えていないで、やりたいことがあるのでしたら行動ですよ。お着替えはされますか?」
「大丈夫よ。お父様のところへ行くわ」
「かしこまりました。今確認致します」
ドレスの裾を簡単に直して、ケリーを待つ。五分ほどしてケリーが戻ると、お父様はお客様がいらっしゃるということだけれども訪室しても良いとのことだった。
「それじゃあ、私の話できないかもしれないわ……」
「最近、旦那様はお嬢様の『お願い』をビクビクしながら聞いておりますからね」
「また婚約話じゃないでしょうね………」
婚約して破棄されるといくら鋼鉄の心臓をもつ私でもヒビが入ってしまうわ。ひびなんて入るのかしら?曲がるのかしら?まあ、ストレス発散しないことにはたまったものではないわ。また冒険者のギルドに遊びに行こうかしら。マスター様快く修練場かしてくれるかしら。最近良い顔されなくなったのよね。建物が壊されるっていうのよ。ひどいわ。たかが支柱にひびが入ったくらいじゃない。大丈夫よ。その位ではすぐに倒壊なんてしないわ。避難する時間はあるわよ。思い切って支柱全て倒してやろうかしら。
どごおぉっ
「あ」
「お嬢様……」
階段の手すりに八つ当たりしてしまったわ。
「意外に脆いのね。手すりって」
「お嬢様、考え事しながらですと、足踏み外してしまいますから気をつけて下さいね。誰か!手すりをお願い」
ケリーが言うと、修繕担当の召使い達がやってきてすぐに修理にとりかかる。彼らは主に私がすぐに物を破壊してしまうからそのために雇われた者達だった。
「お嬢様、またやっちまったんですか」
「怪我はしてねぇですかい」
「ありがとう、怪我はないわ。手すりは大怪我だけど」
「んじゃあ、俺たちが直しときますんで」
「またいつでも壊してくださいよ」
ケリーから小言を頂いているが、どこ吹く風状態だ。やだ、やっぱり相変わらずの漢前な方々だわ。どうしよう。私、身分は特に問わないのよ。やだ!気づいてしまったわ。別に貴族に限らなくてもいいじゃない?
「ケリー、私天才かも?」
「天災の間違いでしょうか」
「違うわ、気づいたのよ。別に結婚相手は貴族でなく「お嬢様、着きました」
お父様の執務室の前でこんな天才的な思いつき披露できないじゃない。部屋に戻ったときにでも聞いてもらいましょう。
ケリーがノックし、入室許可を貰う。外に控えていた護衛が許可の言葉でドアを開け、そこでケリーとは別れる。私だけ、お父様の執務室へと入る。
「お父様、急なお願いを聞き届けて頂きありがとうございます」
「ん、構わん。今日はそんなに忙しくなかったしな。俺の方でもお前に頼みがあったから好都合だったんだよ」
「まあ、どんな頼み事でしょう。私の細腕でできることでしょうか」
「はははっまたお前は面白いことをいう。剛腕のローザといえばお前のことだろう」
どっごおおぉぉぉぉん
お父様の仕事机はとても大きく厚みもあり、これを運ぶのに大人四、五人ほどの力が必要と聞きましたわ。木材もとてもよい物を使用しているとか?でもでも仕方ないと思いませんか?うら若き令嬢、自分の娘に対して酷い二つ名を言わなくたっていいと思うんですよね?思わず抗議したくなって机に手をとん、と置いたら割れてしまうだなんて。意外に脆いものね。机って。
「お父様、階段の手すりもですが、机も意外に脆いのですね。こんなことではラッセル家当主の名が泣きます」
「………そうだな、俺が悪かった……」
お父様が泣きそうになるなんて……。でもそれもそのはずだわ。自分で選んだ机が淑女の細腕で割れてしまうのですから。
「ふふっはははっラッセル家のお嬢さんはお元気だね」
「まあ、魔族の方ですね」
とても綺麗な方です。長く黒い髪は腰まであり、緩やかに波打って、エキゾチックな雰囲気があります。この国にはいない顔貌で色白で背丈も高い。眼福ですね。魔族の特徴でもある角が耳のすぐ後ろに生えて、巻いています。前後にも角が何本か生えていますね。魔族の方というのは初めてお目見えしましたが、大層かっこ良く見えます。お召し物はこちらで殿方がきている物と大差ないものです。ジャボとジレ、半ズボンにロングブーツ、決まっています。眼福です。あの角に触ってみたい。
「初めまして。アタハンといいます」
「初めまして。ローザ・ラッセルといいます」
こういうのは第一印象が大事ですものね。淑女らしい挨拶ができたかと思います。
「私をみて驚かないのは恐れ入った。肝が座っているね」
「まあ、こんな素敵な方にお会いしたことがないので、こう見えても驚いているんですよ」
「ふふっローザ嬢は男性を良い気分にするのがお上手だ」
こう見えても私は何度も婚約破棄されて、男性という生き物を研究しつくしました。とりあえず、矜恃が高いので褒めて褒めて褒めて……おけば間違いのよ。適度に毒も混ぜとかないと、つけ上がってしまうのだけれどね。
「カール、お嬢さん本当にお借りしてもいいのかい?」
「良くないが王命ならば仕方ない。ローザが適任だ」
「お父様の頼み事は、アタハン様も関係しているのですか」
「というか、わたしの依頼だね」
話によると、アタハン様が住まわれている森深くにドラゴンゾンビが現れたそう。なかなかの大物で、アタハン様お一人で対応すると、近くの村やこの街近辺まで被害が及ぶこと、二次被害のことを考えるとできるだけ、一人で対応すべきではないと判断し、この国の王へ相談することになったと。すると王様は我がラッセル家へ王命として、アタハン様に協力しなさいと、言われたそう。獲物の性質として槍や剣が得意なお父様やお兄様より、打撃系の私がよいのではないかとの判断をされたそうです。
「ですが私、ドラゴンゾンビなんて初めてで、足を引っ張らないか心配です」
「ふふっそんな心配はしなくてもいいよ。私が守ってあげるから」
「まあ、お優しいのね。では引き受けましょう」
「ローザ嬢、感謝致します」
こんな話なら、冒険者の件はまた後日にしましょう。ついでに日頃のストレスも全てドラゴンゾンビに叩きつけましょう。ちょっと楽しみだわ。あ、それよりもアタハン様はよい独身の殿方知らないかしら。ちょっと聞いてみようかしら。
「アタハン様、その、はしたない事をお聞きしたいのですが、よろしいでしょうか」
「ん。私でよければなんなりと、ローザ嬢」
「身分は問わないのですが、独身の優しくて真摯な殿方をどなたか知りませんか」
「ローザ!!やめなさい!!」
慌ててお父様が叫んで止めに入りましたが、お父様の連れてくる婚約者候補の方にはもう何も期待できないのよ。冒険者や騎士の道も良いけど、とりあえず自力で何とかして、駄目なら駄目で腹を括りましょう。これも何かの縁だわ。
「独身の優しくて真摯な殿方ですか?何故ですか?」
「アタハン殿、すまない。娘が変なことを言い出してしまって、何も気にしなくて「お父様はだまってて下さい。私、婚約者を探してまして、お父様の連れてくる方々には軒並み振られてしまって……」
「なんてことだ。貴女の魅力が誰一人わからないなんて」
「まあ、アタハン様。お上手ですね。それで、何か良い縁があればと思い……」
「そんな容易いこと。今すぐにでも叶えて差し上げますよ」
「いえいえ。成功報酬としてご縁をいただきたいと思っております」
ただほど高いものはありませんからね。成功報酬とすれば、報酬になるから変なことにもならないでしょう。魔族の方々はそこら辺はきっちりとされているようですからね。後から何か請求されても困ります。
「ふむ。そういうことでしたら魔術契約を結びましょう」
「契約ですね」
「ええ。ドラゴンゾンビを倒したあかつきには、貴女に良縁が結ばれる祝福を授けましょう」
「まあ、ありがとうございます」
「では良いですか?」
「よろしくお願いします」
アタハン様はそういうと、持ってきた契約書の空白部分に古代語で、その旨を記載されてお父様に確認させていた。
「カール、いかがですか?」
「……………………え、あ?これは……」
「承認も得ましたので、これを契約としましょう」
すると契約書は文字が浮かび上がり、光を放ちながら空へと消えていった。ちなみに私は古代語はさっぱりわからないので、後で詳細はお父様に確認しましょう。
「これで契約は締結されました」
アタハン様はとても良い笑顔で宣言されました。
「それでは明日にはお迎えにあがりますので」
「はい、ドラゴンゾンビを倒しましょうね」
「ええ、勿論です」
そういうとお父様の執務室から退室し、この街にある自身の館へ帰っていった。
「ではお父様、私も明日の準備のため退室させていただきますね」
「ローザ………、魔族との契約の意味わかっているのか」
「ええ、勿論です。ですから成功報酬という形にさせていただきました」
「お前、わかってない。何もわかってない!魔族と契約すること自体が駄目なんだ!!しかもお前なんで古代語勉強しなかったんだ………っ」
「………得手不得手というものがあるのよ、お父様」
「ローザ、後悔するなよ……。…………………ローザが、ローザがこんなにもお馬鹿だったなんて……」
お父様と真剣に拳で話し合わざるを得なかったのは残念だったわ。ラッセル家当主に娘である私が、拳で語り合わなくてはいけない日がくるなんて……。お母様から慌てて連絡をもらったお兄様が止めましたけど、勢い余ってお兄様の鳩尾に拳が入ってしまいました。全身に鎧を着込んでいたお陰で、少々鎧がへこむ程度ですみましたわ。お兄様、訓練中だったのかしら。お陰で頭が少し冷えました。お兄様やお母様に、お父様は怒られてましたわ。ずうっと怒られていればいいのに。淑女を馬鹿にした罪は重いのよ。
***
昨日のことはケリーにも話をしたんだけど、ケリーは複雑な表情をして。あの後帰宅したお兄様には、一回だけ契約破棄できるアイテムを頂きました。アタハン様との契約履行時に不都合が生じたら使うようにと。つまり、契約が嫌になったら使えとのことでしょう。どうしましょう。今更ですが、不安になってきました。お相手がまだ魔族や竜ならいいのだけど、いっそ人の形でなくてもいいわ!優しくて大切にしてくれて、こんな私でもいいって言ってくれる、そんな人であれば拘らないわ!家のための結婚はできそうにないけど、家のために名をあげて武勲を持ち帰るくらいならできそうだもの!お父様やお母様にはそれで我慢して頂きましょう。
「お嬢様、旦那様も奥様もお嬢様の武勲は望んでいないかと……」
「ケリー、貴女いつのまにか読心術を……!?」
「心の声が外までだだ漏れでしたので」
「あら、それは失礼したわね」
いけない、いけない。淑女として失敗してしまったわ。これだから婚約できないのかしら?まあ、いいわ。この憂いも今日まで。ドラゴンゾンビ倒して、素敵な伴侶も得るわよ。
「行くわよ、ケリー!」
「お嬢様、お支度がまだ済んでません」
動きやすいシャツとズボンスタイルにロングブーツ、部分鎧を付けてもらい、誕生日にお兄様に貰ったナックルをつけたら完璧。このナックルは魔力付与は無いけれども、竜の道具屋さんにお兄様が依頼をして作って頂いた逸品なのよ。鱗を鞣して柔らかくして何重にも重ね、強度と硬度を高めたものなの。ちょっとやそっとのものでは破壊されませんし、私の力にも耐えうる品物。はー、ようやく日の目を見ることができて嬉しいわ。早く試してみたい。どの位の威力なのかしら。ドラゴンゾンビにも通用するといいのだけれど。
「ケリーはお土産何がいい?骨?鱗?眼球?あるのかしら?」
「お嬢様がご無事に戻ることでございます」
「何かいいものあればあげるわね」
そこへアタハン様がお迎えに来たと、侍女の一人が呼びに来てくれた。
「ケリー、行ってきます」
「ご武運を」
そのまま呼びに来てくれた侍女の後についていくと、魔術師風の装いをしたアタハン様が待っていた。まるで魔王のような装いでこのまま世界征服をしてしまいそうな雰囲気があった。近くにはお父様とお母様がおり、まるで魔王の側近のような雰囲気があった。
「どこの魔王かと思いました」
「ふふっみんなそういうからね、今度暇なとき世界征服してみようかな」
「必要あればお供しましょうか?」
「ローザ嬢がいればすぐに征服できてしまうんじゃないかな」
「私はお高いですよ?」
「幾らでも払いましょう」
そういい、まるで夜会でのエスコートのように手を出してくれるので、遠慮なくエスコートさせて頂くことにした。
「お父様、お母様、行って参ります」
「ローザ、気をつけて……」
「はい、お母様」
「色々と無理はするなよ。嫌なことは嫌と言え。何か大変なことがあったら家族を頼るんだ」
「お父様、どうしたの?」
「……何でもない……。武運を」
「はい、お父様、お土産期待してて」
***
アタハンの手をとった瞬間、魔法が発動し、空間転移でドラゴンゾンビの彷徨う森へ来た。
驚いた。元々は恐らくは鬱蒼とした奥深い森だったのだとはわかるが、今では木々は枯れ果て、毒の沼があちらこちらにある有様だった。アンデットがそこらを彷徨い、まるで死の森といってもおかしくない状態であった。
「大層な大物だったよ。眷族達も多くて、討伐した後は教会に浄化の依頼をしないと誰も住めなくなってしまうな」
どこで育まれてしまったのか、小山ほどの大きさのドラゴンゾンビは、腐臭を辺りに撒き散らしながら辺りを彷徨っているという。口からはブレスが漏れ出し呪いや毒により木々や動物達が被害に遭いアンデット化し、眷族となっているという。助かった者たちは逃げ出し、ここら一帯は今はアタハンが一人で住んでいるという。
「私は属性的にこういう所に住むのも吝かではないんだが、これでは主に怒られてしまうからな」
「ここら辺には主様がいるんですか?」
「私は主と契約を交わしてここに住んでいるんだ。だからここを荒らすドラゴンゾンビを倒さないと契約違反になってしまうんだ」
契約違反で追い出されたら、また住む所探さないとな、とアタハンはボヤいていた。
「ここは人にとっては良くない環境だから、結界を張るよ」
「はい、お願いします」
そういうと詠唱もせずに何重にも結界を張ってくれた。
「詠唱破棄と多重結界なんて初めてみました」
「ふふっそうかい?こんなのでよければ幾らでも見せてあげるよ」
「私、魔法は身体強化を何とかかけられる程度なのでまた見せて下さいね」
「可愛いね。ではそのナックルに火の付与をしてあげよう。幾らか役に立つといいんだけど」
本当は聖属性がいいんだけど、といいながらも火の属性付与をナックルにして、おまけに部分鎧にもつけてくれた。
「さあ、魔道士部隊がドラゴンゾンビの足止めをしてくれているはずだから、彼らの助けを得られる内に倒してしまおう」
「はい」
アタハンの道案内で、ドラゴンゾンビが騎士団の魔道士部隊によって足止めされている少し開けたところへでてきた。
そこには、魔道士部隊の立体魔法陣に絡めとらめもがいているドラゴンゾンビの姿が見えた。咆哮し、威嚇をしているがブレスは誘導されてどこにも当たらず、咆哮しても怖気ずくようなものは誰一人いなかった。
立体魔法陣は後方で10人以上が詠唱のみ行い、随時交代しながら持続させていた。そのドラゴンゾンビの周囲には、魔道士が咆哮どめの魔法や気を散らせるための魔法をタイミングを身計らって放っていた。
「用意は良い?」
「はい、いつでも」
アタハンはそういうと、誰かと話し、その間も無く立体魔法陣が消えていった。消えた瞬間、ドラゴンゾンビの咆哮が辺りに轟いた。
気合を入れるため、ナックルをはめた両手を握り込み拳同士をあわせた。火花が散り付与された炎が陽炎のように纏っている。
「我が血と塩に湧き上がる力を、手には勝利を、足には起き上がる力を、身体強化」
合わせたかのように魔道士達はそれぞれ散っていき、ドラゴンゾンビはこちらをひたと見た。そして威嚇するかのように、再度、咆哮を轟かせた。
「守りは気にせずに全力で」
「はい、お任せしました」
足に力を入れて、地を蹴ると風を切る音が耳元で発生する。そこへドラゴンゾンビの尻尾が飛んできたため、飛び上がり上へ逃げ、そのまま尻尾の付け根へかかと落としを叩きつける。落とすことはできなかったが、半壊することができ、ほぼ尻尾を振り回す攻撃は無力化することができた。
そのまま頭へと向かうが、ちょうどブレスのための溜めをしている様子が目に入った。このまま突っ込むことは躊躇われたが、守りはアタハンに任せているため、勢いを落とさず突っ込んでいった。そのタイミングで、ドラゴンゾンビがブレスを吐くものの、アタハンの結界と風の魔法でドス黒い毒のブレスは、視界を埋め尽くさず掻き消えていった。
そしてローザはドラゴンゾンビの頭の真横へと出た。右腕を大きく後ろへと振り被った。そして前に出していた左足を踏み締め、渾身の力を込めてドラゴンゾンビの頭を殴り付けた。
「はあぁぁぁぁあっ」
剛腕のローザの渾身の一撃が入った。
それはそれはきれいにドラゴンゾンビの横っ面に入り、その頭は半壊、勢いで長い首が頭に近い辺りで半分に千切れた。その生命力は凄まじく、頭が半分落とされてもまだ動いていた。ただ、動きは鈍くなっており時間が経てば崩れ落ちそうな身体ではあった。
「ここまで崩してもらえれば、被害は最小限度で済みそうです」
そういい、アタハンは自分の背よりも高い王笏を手にした。その杖の先端付近には夕顔が巻きついているデザインで、先端にはジェットが煌めいていた。
「さあ、おいで、可愛い子ども達。友達を紹介してあげよう」
そう言い、王笏を足元でカツンと鳴らすと、アタハンの足元より黒い炎が滲み出て、そのままドラゴンゾンビを喰らい尽くしていった。
ローザはその直前には、アタハンの側まで戻ってきており、その様子を側から見ていた。
「燃やすとお土産は取れなさそうですね」
「……ドラゴンゾンビはアンデットだから、お土産は無理かな」
ドラゴンともなると骨、皮、身、爪、牙、鱗と装飾品や魔獣のエサで捨てるところがないとまで言われる代物ではあるが、ドラゴンゾンビとなると、死体が動いているようなものなので、周辺一帯は浄化しなくてはならない。ちなみに浄化すると、汚れたもの全てが神の御許へ帰るという名目上、全て光の粒子となり消える。そのため、アンデット系の討伐は非常に美味しくない依頼ではある。
アタハンの召喚した炎でドラゴンゾンビを焼いている時に、足止めをしていた魔道士部隊が戻って周辺の一帯の浄化作業に入っていった。そんな彼らはこそこそと今回の仕事を振り返っていた。
「おい、ドラゴンゾンビ二発で沈めたぞ……」
「さすがは剛腕のローザ……」
「ドラゴンキラーだな……」
「素手で二発でドラゴン沈めるなんて……」
「人間じゃないだろ?」
「でもご令嬢だろ?」
「そこら辺の令嬢と一緒にしちゃあいけないだろう」
「俺たちより強いよな」
「騎士団に入らないのかな」
「リード隊長が許さないだろう」
「剛腕のローザって二つ名、てっきり眉唾かと思ってた……」
「実は俺も……」
「キュクロプスを一撃で沈めたって聞いた……」
「それはフレッドだろう」
好き勝手に話をしていたが、ローザはそれを聞いてはいなかった。アタハンと結んだ契約の履行を求めていたからだ。
「ふふっ随分と積極的だね」
「よく分かりませんが、とりあえず成功報酬を求めます」
「もちろん、喜んで」
アタハンは上機嫌でローザの求める契約の履行を実行した。ローザも上機嫌だった。何せ『良いご縁』が得られるからだ。ローザが考える『良いご縁』とアタハンが考える『良いご縁』には、少しばかりのズレがあることに契約が履行された後もローザは気づかず、その事にアタハンは何も指摘はしなかった。ただ、喜ぶローザを可愛い可愛いと可愛がるばかりだった。
***
「アタハン様、私聞きたいことがあります」
「ん?なんだい?」
ドラゴンゾンビを討伐してからというもの、アタハン様は毎日のように我がラッセル家へ来てくれるのです。美味しくて珍しいお菓子を持ってきてくれるので、無碍にするわけにも行きません……。
「私の成功報酬は一体いつ、叶うのでしょうか」
「んー、知りたい?」
「ええ、もちろん」
「それは君がこれが『良いご縁』と思った時じゃないかな?」
「……ごめんなさい、よく分からなかったわ」
「もう既に叶っているかもしれないし、これから叶うかもしれないし」
わたしきっとバカなのね?なんだか運任せって聞こえるわ。
「私騙されたのかしら?」
パキィッ
あ、カップのハンドルが割れてしまったわ。いけない、いけない、つい感情的になると……。でもさすが魔族だからかしら。全く動じてないわ。過去の私の婚約者ども、見よ!この落ち着きっぷり。たかがハンドル折った位でピーピー泣き喚く雛鳥のような殿方なんてもうごめんだわ。
「私は魔族だよ。我々は契約を重んじる。騙すこともないよ。安心して?契約はすでに実行されているから」
「まあ!それを聞いて安心しました」
「ふふっ魔族と人間は違うからね。何が『良い縁』になるのかはそれぞれの思うところだろうからね」
ん?何か、何かひっかかる言い方ね。
「ええと、うーん。アタハン様は何が『良い縁』と思いますか?」
「ふふっ私かい?聞いてどうするの?」
「ちょっと参考までに聞こうかなー、って思いまして………」
「ようやく気づいた?」
ようやく気づいた?気づいた?気づいた?何に?何だかとてもまずいことが起こってる気がするわ。アタハン様、とても良い笑顔だわ。
「カールも君に注意していただろう?魔族との契約は気をつけろって」
「気をつけたので成功報酬として……」
「ふふっそれで大丈夫だと思うのですから可愛らしいね」
今間違いなくひどい顔をしている自信がある。令嬢としてはまず間違いなく駄目な顔でしょう。アタハン様はそんな私の眉間の皺を伸ばすように指でなぞる。
「まず魔族と契約はしてはいけないよ」
「…………………」
「私は構わないよ?ローザに不利になるようなことはしないからね?」
「……私とは友人ということですか?」
「うーん…………、友人ではないかな」
アタハン様はそういうと、目線を私に合わせて手を握ってくれたわ。手は意外にひんやりして気持ちいいのね。
「私が考える『良いご縁』はね、ローザ。私だよ」
「私?………アタハン様?」
「そうだよ。私ほどの『良いご縁』はないだろうね。お金もある、ここを治めている王様にも顔がきく、権力はあるのかな?不自由はさせないし、何よりローザのことを愛しているんだ」
愛してるなんて初めて言われたわ……。空気になっていたケリーがここぞとばかり、背中をつついてくるのよ。返事?返事をしたらいいの!?どうしていいのわからないわ。顔が茹で上がったかのように真っ赤になっているのは、もう、ごめんなさいね。
「愛してるなんて初めて言われたので、なんと言っていいのか……」
「大丈夫だよ。もう返事はもらっているからね」
ん?ごめんなさい、一気に冷静になったわ。考えてみましょう。……でもわからないわ。返事した記憶がないのよ。あ、あ、愛してるなんて言われたのも初めてだし。やだ、もう顔がにやけてしまう。駄目よ!私のほっぺ動かないでほしいわ!
「その、あの、アタハン様。私お返事した覚えが無いのですが…………」
「契約は履行されただろう」
「え?」
「ローザと交わした『良いご縁』の祝福だよ。ローザはどう受け取ったかはわからないけど、私との結婚の契約だよ。これ以上ない祝福だろう?」
私が求めていたのは出会いだったはず。なるほど。色々ともう遅いけど、魔族との契約はこういうことなのね。勉強になりましたわ。だから魔族とは契約するなってことなのね。基本契約は古代語を使うし、それを読み書きできないような、私みたいな人はカモにされてしまうのね。カモられたのかしら?それともお互いの利益が合致したのだから、カモられたって訳でもないのかしら?
「私は君を大切にするし、私は魔族だから人間のローザになんて怯えたりもしないよ」
いいのかしら?いいのかしら??悩ましいわ。魔族と人間は違うものらしいけど、私で魔族のつ、つ、妻なんて務まるのかしら。
「煩わしいお付き合いもないし、たまにだってここに帰ってきてもいいよ」
とても良いお話のように思えてきたのだけど。でもまずはお父様、お母様、お兄様にお話をしないといけません。
「あの、良いお話のようですが、その、家族にも話をしないことにはまとまる話もまとまらなくなりますので……」
「ふふっ大丈夫だよ。君のご家族にはすでに了承を得ているし、今日はもうそろそろ連れて帰ろうと思っていたところだから」
「え?」
「じゃあ、帰ろうか」
「えっと、ま、待って、ケリー」
「いってらっしゃいませ。お嬢様。通いで私も行きますので」
そして、私はそのままアタハン様の伴侶となった。
***
深い深い森の中には仲睦まじい夫婦がいるという。夫は魔族、妻は人間、二人でこの広く深い森を守っているという。
その森に無断で入り荒そうものなら、主に森に閉じ込められ、二人から狩られるともっぱらの噂となった。
特に妻の人間は恐ろしく、その細腕で竜をも縊り殺せるという噂がたっている。
実際のところ、ドラゴンは最低でも二発は殴らないと倒せない、と妻本人が話をしているという。
自分よりも何倍もの大きさのドラゴンを拳で殴り倒せること自体、おかしいことに気づいてほしいが、気づかずにいるあたりが可愛いと魔族の夫は話す。
そして一年後。
「私、ようやくドラゴンを一発で倒せるようになりました」
そう笑顔で実家に報告したローザに、両親は顔色を失い、兄は頭をかかえたという。