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大和編②

「…………君、今の自分の状況分かっているのか」

 ある日突然八重から話しかけられた。久しぶりでびっくりして何も言えない自分をよそに八重は大きな溜め息をつく。

「君、今女子にすごく嫌われているぞ」

「は?」

 女子とは誰だ。口ぶりからして八重は違うみたいだ。それならまあいいかと続きを促すためにじっと見つめていると肩を竦めてみせる。

「こっぴどくフッたみたいだな」

 フる? その言葉で思い出すのは、先日のことだった。

 いきなり好きだと女子に言われた。知らない人間だったので名前を聞くために「誰だ」と言ったら涙目になって向こうへ行ってしまった。それだけだ、特にひどいことはしていない。そう告げると八重は頭を抱えていた。一体何だと言うのだ。

「お前が俺の傍にいないから変な女に変なことを言われたんだろう。俺の傍にはお前がいればいい」

 事実八重に避けられる前は女子から変な告白などなかった。なぜ嫌われたのかは分からないが知らない人間なのだ、大した問題ではない。むしろ今八重とこうして会話できていることのほうが重要だ。また避けられるのはいやだ。何とかできないかと言葉を選んでいるとはああああ、とまた大きな溜め息が聞こえた。

「どうした?」

「何でもない。自分がバカバカしくなっただけだ」

 こめかみを押さえながら首を横に振っている。見上げられたとき、その顔はどこか晴れやかだった。

「そうだな、君はそういう人だったな。……長い間避けたりして悪かった」

 眉を下げつつも口角は上がっている。滅多に見られない顔を凝視しているとすぐにいつもの無表情になった。

 正直自分には何が原因で何で解決したのかまったく分からなかったが、それ以来八重が避けることはなくなってくれた。




 *   *   *




「いい。屈むな」


「車道側を歩くな。重い荷物を持つな。高い物を取るな」

「甘党のくせにケーキを自分のほうに多くよこすのはよせ。君の傘だろう、なんで君の肩が濡れているんだ」

「手を握るのをやめろ! 自分は幼い子どもか」

 避けるのをやめた途端八重はよく喋った。

 どれもこれも嫌らしい。ケーキの部分は有難かったが今までこんなに不満があったのかと驚いた。

 そういえば、避けられる前はよく頭を撫でていた。身長を気にしている今は無理だろう。さすがにそのくらいは分かる。

「縮め」

「いきなりなんだ?」

「自分もムカつくし、屈めば君の腰が辛いだろうからいい。目線を合わせる必要はないだろう。それとも自分の声は聞きとりづらいか?」

 否定すればはあ、と息を吐いた。疲れているようだ。自分はそんなに悪いことをしただろうか。八重が目線だけで自分を見上げて来る。

「君は本来ならモテるだろうに。もったいないな」

「別に。お前がいればそれでいい」

「……………………本当にもったいないな」

 なぜ難しい顔をするのかよく分からないがまた将棋を指せるようになったからいいだろう。

 それにもうすぐ誕生日だ。

 自分が12月25日、八重は28日と彼女とは誕生日も近い。

 避けられていた頃は自分の親を通じてプレゼントを贈るだけだったから今年は直接渡せる。

 もうすでにプレゼントは決めていた。

 クリスマスプレゼントのほうはどうしようかと考えながら歩いていると「痛っ」という声が聞こえて慌てて八重のほうを見た。

「動かないでくれ。……髪が絡まってしまった」

 見れば自分のコートのボタンに彼女の髪が絡まっていた。先ほど屈んで近づいたときか。ボタンを取ろうとする前に八重が鞄からはさみを取り出す。受け取ろうとしたらジャキッと嫌な音がした。

「…………は?」

 言葉を失った。彼女はためらいなくきれいな髪のほうを切ったのだ。驚きのあまりはくはくと口を開閉している間にごみとして切った髪をティッシュの中に入れていた。きれいに揃えていたから、今は一部分だけが短くおかしなことになっている。青ざめる自分に反して八重の表情はあまり変わらなかった。

「心配するな、後で美容院に行く」

そういうことじゃない。けれど何も言えなかった。




 *   *   *




 あの後呆然とするまま家に着き、美容院から帰ってきた彼女を見てさらに絶句した。

 幼少のころからずっと背中まであったあの綺麗な髪が肩より短くなっていたのだ。顔が整っているので彼女がより中性的に見える。もちろんそれでも可愛らしいことは変わらないが、自分は彼女の髪型をよほど気に入っていたらしい。あまりのショックに彼女が似合うかどうか聞いてきたにもかかわらず何も返事ができなかった。当然似合っている。だが。

「一度こういう髪型にしてみたかったんだ。さっぱりした」

 満足そうに口元をほころばせた彼女に口を噤む。どうやら髪を長くしていたのは彼女の母親からのリクエストで、彼女自身は面倒で嫌だったそうだ。

 けれど、どうしよう。

 自分の部屋の中、引き出しにしまわれたプレゼント。

 彼女へのプレゼントは髪留めだった。長いときは毎日のようにしていたからいいプレゼントだと思ったのだが、八重自身があの髪型を気に入ったみたいだからもう用なしだ。

 それなのに未だに捨てられずに持っている。髪型で彼女が変わるわけじゃないのに、バカバカしい。自分が髪を伸ばせと願っても聞き入れるとは思えない。もとより気に入っているから髪を伸ばしてほしいなど言えるはずもない。

 いつか、捨てられるだろうか。

 溜め息をつく。階下では八重が自分の母親から料理を習っている音や声がしている。

 もうすぐできるだろう。今日は何を作っているのか、いい匂いに引き寄せられて一階へ降りていくことにした。

次から八重編になります。

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