大和編①
幼馴染の頼近八重は一言で言えば可愛い女性だ。
透けそうな色白の肌。背中まである色素の薄いさらさらな髪はハーフアップにしてバレッタで留めている。ぱっちりとした目とすっきりした鼻立ち、表情があまり変わらないことも合わせて幼い頃から人形のようだった。ただその可愛らしい外見に反して言動は男っぽく言いたいことはばっさり言う性格で、自分が言えた義理ではないがもう少し表情筋を動かせばいいのにと何度思ったことか。趣味は読書や料理など女性らしいことが多いのに非常にもったいないと思っていた。
彼女の祖父が将棋などに詳しく、自分はそれを習うために八重の家に遊びに行くことが多かった。他にも囲碁、チェス、リバーシ、バックギャモンなどボードゲームはあらかたやっていた。囲碁は残念ながら八重のほうが一歩上だったが将棋は自分のほうが得意だ。周りにあまり子どもがいないこともあって隣の家の彼女とばかり指していた。
そんなある日のこと。
「……っ」
八重が悔しそうに眉を寄せると頭を下げた。投了の合図だ。連勝が続いていることもあって自分は上機嫌だった。
「もう一局やるか」
「…………いい」
そっぽを向き将棋の駒を片付けようとする。趣味の範囲だし、そこまでも拗ねなくても。将来の職業にするつもりはお互いないのだ。自分は父の病院を継ぐし、八重は看護師になると言っていた。だからプロになるわけじゃないと慰めるつもりで口を開いた。
「女性のプロはいないんだから負けてもいいだろ」
途端ぎろり、ときつく睨まれる。普段の表情があまり変わらない分一瞬固まった。理由を問う前に自分の分を片付けるとさっと立ち上がり部屋から出て行ってしまった。一人残されて、片付けながら負けてもいい、は言いすぎたかと反省する。しかしもともと自分は口が上手くない。八重もそれを分かっているから今まで呆れられたことはあっても怒られたことはなかった。だから今日の彼女の反応には違和感を覚えた。
そしてその日をきっかけに、八重に避けられるようになってしまった。
* * *
「おい、八……」
「…………」
話しかけようとするとそれを遮るように離れていく。小学校高学年から始まったそれは中学校に上がっても続いていた。きっかけのあの日、いつもと何が違ったのか未だに分からない。謝罪したくともそのチャンスすらもらえなかった。
図書館で八重が届かなかった本を取ってやったときも「……ありがとう」と感謝の言葉は相変わらずだがすぐに距離を開けられる。傍にいくと一瞬眉を顰めるので自分からもあまり近づけなくなった。
おかげで将棋をする相手は専ら彼女の祖父だけになった。クラスメイトにはルールを分かっているものも少なければ、いたとしても初心者レベルなのでつまらなかったのだ。囲碁にいたっては皆無だった。
「あら大和くん、久しぶり。背、高くなったのね」
「ああはい、そうですね」
帰り道に八重の母親に会った。彼女の両親は共働きなので滅多に会わない。八重の母親は彼女に似て可愛らしい人だった。しかし職業は雑誌の編集者でバリバリのキャリアウーマンだ。
「中学生でこれなら一番背が高いんじゃない?八重はあまり背が伸びないこと、気にしてるみたいなのよね」
そういえばだんだん彼女の目線が下になってきていたような気がする。自分だけが伸びていたからか。けれど八重が身長を気にしているのはなぜだろう。女性なのだから身長が高いよりは低い今のほうが可愛いのに。もしかしてこれは避けられる原因の一つなのだろうか。だとしたらどうすればいい。八重の身長を伸ばしてあげることは自分にはできないし、自分の身長を縮めることなんてもってのほかだ。一生避けられるのかと青ざめた。感情があまり表に出づらいため彼女の母親に気づかれることなく別れる。溜め息しか出なかった。