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I will hold me.

作者: 木谷日向子

人物 岩崎真一いわさきしんいち(5)小学生(21)大学生

   切埼貴理子きりさききりこ(80)精神科医


○駅のホーム(昼)

   電車がやってくる。

   開く電車のドア。

   ホームから次々と乗る乗客たち。

   岩崎真一(21)、意を決した表情でドアから電車に乗ろうとするがホームから電車のドアを跨ごう

   とする瞬間に固まり、足を引っ込め俯く。

   かたかたと震えだす真一。

   閉まる電車のドア。

   真一、自分の体を抱きしめ、ゆっくりと蹲る。

真一「(絞るように)また乗れなかった……」

   走り出す電車。


○精神病院・待合室・中

   母親に手を握られながら虚ろな眼で座っている患者1。

   頭を抱えながら揺さぶっている患者2。

   震えながら俯いて座っている真一。

受付事務「岩崎真一さん。診察室へどうぞ」

   顔を上げる真一。

真一「はい」

   真一、おどおどと立ち上がり、歩き出す。


○同・診察室・中

   ガラガラと開くドア。

   不安げな顔で俯きながら入室する真一。

真一「失礼します……」

   机の書類から顔を上げる切埼貴理子。

   手を広げ真一に椅子を示す。

貴理子「はい、ここ座ってね」

真一「は、はい」

   真一、椅子に座る。

理子「岩崎真一さん。今日はよろしくね。あたし切埼貴理子っていうの。言いにくい名前でしょ。親に遊ば

 れましたー」

   微笑む貴理子。

   挙動不審になる真一。

貴理子「岩崎さん、今日はどうしましたか」

   左手で右腕を強く掴む真一。

   顔を逸らす。

真一「オレ、適合障害なんです。大学でもうすぐ就活が近づいてて、哲学科のオレなんてどこにも就職でき

 ねえんじゃないかって不安になって、時が経つにつれてどんどん不安の波が止まらなくなって、人込みや

 電車の中で大勢の人に囲まれてると息が苦しくなって吐き気を催して、震えが止まらなくなるようになっ

 たんです」

   かたかたと震えている真一。

   顔には汗が浮いている。

   真顔で真一を見ている貴理子。

真一「他の精神科にも行ったんですけど全然治らなくて……。それで昔適合障害で、今は治っている高校の友

 達に切埼先生のこと勧められて……」

   皮肉な笑顔を浮かべて貴理子を見る

   真一。

真一「ねえ先生。オレ、学校では結構真面目ないい生徒だったんです。子供の時から、親に勉強しろ勉強し

 ろって言われて、先生の話真面目に聞いて、真面目にテスト勉強して、真面目に受験して。真面目に大学

 生活過ごして。でもね、先生。この先なんですよ。この先社会に出て、学校で勉強したことなんか通用し

 ないですよ。学校で真面目だったやつほど、社会に出たら上げ足取られていいように使われる。必死で内

 定取って、必死で働いてても、次は何やってる結婚しろ結婚しろって言われるんでしょ?  早く孫の顔

 見せろ。老後どうするんだってさ。先生人間は何の為に生まれてくるんでしょうね。オレ、社会のこの悪

 循環止める為に、自殺してやろうと思ってるんです。だってオレが死ねば、悪循環の枝の一つが折れるじ

 ゃないですか。社会に復讐するために、オレ死んでやろうと思ってるんです」

   満面の笑顔になる貴理子。

貴理子「真一くん。あたしのこと見てよ」

   はっとした顔で貴理子の顔を見る真一。

真一「切埼先生」

貴理子「貴理子先生って呼んでよ」

真一「……貴理子先生?」 

貴理子「真一くん。頭の中にさ。5歳の時の真一くんの姿を思い描いてみてよ」

   手をぱっと顔の横で広げる貴理子。

真一「5歳の時のオレ……?」

貴理子「うん。それでその子に向かって真一くん、もう大丈夫だよって声をかけてみるの」

真一「オレに……オレが声を」

貴理子「目を閉じてみて」

   真一、震えながらゆっくりと目を閉じる。


○真一の想像の世界

   周囲が黄色い光に包まれている。

   背を向けて座っている真一(5)。

真一の声「真一」

   後ろを振りむく真一(5)。

   茫然と真一(5)を見つめている真一。

   真一、ためらいつつゆっくりと真一(5)に近付く。

真一「真一……。行きつく先がこのオレみたいなどうしようもない未来だったとしても、この先も生きていき

 たいと思うか?」

   更に真一(5)に近付く真一。

   はっとした顔で立ち上がり、真一を見つめる真一(5)。

   真一、真一(5)の傍に片膝をつく。

   眉を歪めて、躊躇いながら真一(5)の背に腕を伸ばす真一。

真一「真一、もう大丈夫だ。もう大丈夫なんだ」

   真一、真一(5)の背に腕をゆっくりと回し、抱きしめる。

   目を閉じる真一。

   瞠目している真一(5)。

真一「もう、大丈夫だもう」

   真一の閉じた目から涙が流れる。

   真一(5)、ふっと体の力を抜く。

   ゆっくりと真一の背に手を伸ばし、抱きしめる。

   目を閉じる真一(5)。

   真一(5)の閉じた目から涙が流れる。

   抱きしめ合う2人が白い光に包まれる。


○診察室・中

   自分の体を強く抱きしめ、俯いて目を閉じ、号泣している真一。

   微笑んで真一を見つめている貴理子。

貴理子「真一くん。真一くんと会えた?」

真一「(泣きながら)はい」

   貴理子、真一の両肩に両手を置く。

貴理子「あたしの人生はこの先後何年続くの

 かわからないけどさ」

   真一の両肩に置いた手に力を籠める。

貴理子「真一くんの人生は、この先何十年

 も続く。まだ始まったばかりなんだよ」

   更に俯き、震えだす真一。

真一「先生、オレ」

   手の甲で涙を拭う真一。

真一「なんかよく言葉で説明できないんですけど、この先どうなるのか全然わかんないんだけど……これから

 も、生きてていいのかなって思えました……」

   微笑む貴理子。

   窓から差す光に照らされる2人。


○駅のホーム(昼)

   電車がやってくる。

   ホームに立って電車を見つめている真一。

   止まる電車。

   電車の扉が開く。

   じっと電車を見つめ続ける真一。

   電車に乗り降りする乗客たち。

   真一、息を吐き、息を吸い込むと真剣

   な顔で電車のドアを跨ぐ。

   電車に乗り込む真一。

   目を閉じ、胸に手を当てる。

   ゆっくりと目を開けると窓から外を見る。

   窓から差す光が真一の顔を照らす。

   瞳を眇め、微笑む真一。

真一の心の声「貴理子先生、ありがとう。オレ、あなたと出会ったことでやっと自分のやりたいこと、やる

 べきことが何かわかった気がするよ」

   鞄から「カウンセラーの資格を取る為に」と書かれた本を一冊取り出す真一。

   本を開き、読み始める。

   窓の外に緑が流れ、太陽がまぶしく光っている。

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