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最終章① 眠れない天使のように、天宮由香里~1年後の明日香

あれから1年後。ヒロトは、以前より広い新しい白金の事務所を借りて、そこで日々働いている。

この1年間、様々なことで順調だった。

家族の病気は奇跡的に治り、医者もびっくりしていた。


仕事も順調だった。ヒロトはまるで運命が逆転したかのように、物事がスムーズにいっていた。

何よりも以前のような心の葛藤がずいぶんなくなった。さらに、永森村の中学の同期の和代の夫の会社が以前のヒロトのアドバイスがヒントになって立て続けに大きな契約が取れて、御礼の連絡があった。


そして、和代の会社はヒロトと受注システムやホームページの制作など、定期メンテも含め、長期契約を交わした。


もう一人の中学の同級生、内藤雄二も25才の最年少で当選した。雄二からは「早川くんがボランティアでチラシやブログをつくってくれたお陰だ」と何度もお礼を言われた。


また、雄二が政治活動中の訪問で知り合った永森村のある会社で、システム設計で悩んでいることを聞き、それをヒロトに伝えた。ヒロトはその会社とも長期契約が決まった。その後、白金周辺の会社からの依頼が徐々に増え、以前にもまして順調になった。



そして、今日は、シラトリシステムに訪問する日で、そこで仕事をしていた。


女性の声がした。

「コーヒーいれましょうか」

ヒロトは答えた。

「ありがとう、中里さん」


女性社員の声に今でもはっとすることがある。

かつて仕事をしていたとき、ときどきコーヒーを入れてくれたのが明日香だった。


明日香は、ヒロトがビルの屋上であった後に、急に会社を辞めたことを知った。

11月にシラトリシステムでヒロトが業務を始めた時には、明日香はすでに退社して、明日香の姿はなかった。あれから明日香とは、一度も会っていない。



ユカリは今、山口に戻っている。学校があるときは、なかなか会いに行けないが、忙しい合間に会うようにしていた。



日が過ぎて、今日は日曜日。

ヒロトは引っ越ししたばかりの新しい白金の事務所にいた。午後、気分転換がしたくなり、白金で有名な公園に行こうと思った。そこは、高級住宅街の中心にある公園で、きれいな公園としてよく知られていた。


ヒロトは、地下鉄を使って移動し、公園に行き、ベンチでゆったりとくつろいでいた。


すると、向こうから上品そうな小さめの犬を連れて、散歩している女性が目に入った。犬は鎖をしていなかったが、小さい犬なので襲ってきても誰もその犬を怖がらないだろう。女性は麦わら帽子をかぶって顔は見えなかった。


ヒロトは犬好きなので、犬をぼんやり眺めていた。


すると犬が急に、キャンキャンと吠えながらこっちに向かって走り出してきた。そして、ヒロトの目の前で止まって、尻尾を振ってなついてきた。


ヒロトは犬の頭を撫でた。

『かわいいな、犬好きがわかるのかな』。


それから慌てて女性が走ってきた。

「すみません、うちのクロウが突然...」

「いえいえ」

「いつもは、こんなに人になついたりしないのですが...」


『あれ、どこかで聞いたことのある声だ』

ヒロトは犬から彼女に目線を変えた。


麦わら帽子をかぶっていた女性とヒロトがお互いの顔を見たとき、二人はビックリした。


「明日香!」

「ヒロト!」


二人は1年ぶりに出会った。


明日香から声をかけてきた。

「ヒロト、元気?」

相変わらず明日香は、爽やかで元気な表情だった。


「ああ、明日香、本当に久しぶりだね」

「そうね」

「あれから急に会社辞めて、ビックリしたよ」

「少し、仕事しないでゆっくりしようかなって。会社には理由は話さないでって言っておいたけどね」


ヒロトは、何を話せばいいかわからなかった。安易な気持ちで感謝の気持ちを伝えても、かえって明日香を苦しくさせるだけかもしれない。ヒロトは言葉に困ってしまった。


明日香「私の家ね、この近くなの」


『そうか、ここは高級住宅街がある場所だったな』


すると、今度は、後ろから男の声がした。

「明日香さん!」

男が駆け寄ってきた。


「尚道さん、クロウが急に逃げちゃって...

今ここでね、以前に働いていた会社でお世話になった人と偶然会ってね、クロウを捕まえてくれたんですよ」


その男は挨拶をしてきた。

「初めまして、長谷川尚道といいます」

男は、ヒロトと名刺交換をした。


『あ、この会社は』

会社名は最近、急成長したソフトハウスハセガワだった。この業界で働いている経営者なら知らない人はいない。専門雑誌でも取り上げられる会社だった。社長は30歳前半の青年実業家と聞いていたが、目の前にいる男がまさにその男だった。


明日香が尚道と呼ぶその男は物腰は低く、謙虚そうな人だった。


それから、明日香は補足するように話し出した。

「尚道さんは、以前より父と知り合いで時々、父が家に招待してね。今日、ちょうど、尚道さんがいらしていたの。今ね、尚道さんが、先に散歩に出かけた私を追いかけ、来てくれたんです」


「そうだったんですか」

「ええ」

明日香は元気な笑顔で答えた。


「じゃあ、そろそろこれで...」


明日香はその男性と並んで一緒にヒロトの元から去っていった。


・・・


そして、それから約1か月後、ヒロトの事務所に案内状が送られてきた。


それは、明日香からの結婚式への招待状だった。


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