第9章 第3部 ユカリと明日香~明日香の真剣な愛
ユカリとヒロトが永森神社で二人で語っていたその頃、明日香は、シラトリシステムの開発室の皆川部長と会議室で二人、議論していた。
「皆川部長、今度のプロジェクトは早川さんがいないと厳しいのではないでしょうか」
明日香は、入社して3年目、明日香は社内で評判がよく、仕事もできることから、秘書課から社長室の秘書となっていた。
明日香は必死の表情で提案していた。それはシラトリシステム全体のことを考えてのことだったが、ヒロトのために現場に復帰できるチャンスを与えたい。そういう私情も強くあった。本来、明日香は、仕事で私情を持ち出すようなことをやる人ではなかった。
ヒロトが白金の事務所を閉じてから、明日香は何度もヒロトにメールや電話をした。しかし、事務所を閉じてからは一向に連絡が来なくなった。やがて、明日香はヒロトに連絡するのを一切やめた。
明日香は、ヒロトに会いに永森村の最寄り駅まで行こうかとさえ考えたことがあった。
私が最寄り駅まで行って、「私、そこでいつまでも待っているから」とメールを入れれば、ヒロトの性格からすると、ヒロトは必ず来てくれる。それを実行しようと思ったこともあった。
でもそれは止めた。それは私がただ会いたいという気持ちで会っても、ヒロトのためにけっしてならない。むしろ、ヒロトを余計にみじめにさせるだけ。
ヒロトはきっと、今の自分では私と合わす顔がないと思っている。
明日香は、ヒロトに会いたいという気持ちをぐっと抑え、ヒロトが仕事に復帰できるように、社内で全力で手をまわした。
私はヒロトが復帰できるようにやれることを精一杯やる。明日香はそう考えた。それが一番、ヒロトの幸福につながると思ったからだ。
ただ、明日香は、ヒロトが無事、仕事に復帰できたとしても私のところに戻ってこない、そんな予感が常によぎっていた。
明日香は生まれて始めて、真剣に人を愛した。一時は、ユカリさんという女性にヒロトを奪われたくない、悪女と罵られてもヒロトを強引に奪い取りたいという衝動さえ起きたこともあった。
でも、こうゆう自分だったらヒロトはけっして私と付き合ってくれなかった。愛してくれなかった。そしてそれをやったら私が私ではなくなる。
私を長年育ててくれた父さえ裏切ることになる。
そう思い直して明日香は、ヒロトの現場復帰のために力を尽くした。
そして、9月に入った。ユカリは、山口県に戻った。ヒロトは、家で介護と家事をしていた。不思議なことに、ユカリと一緒にお祈りした後は、急速に父と母の症状が回復に向かった。毎週通っていた病院も月に1回の通院でよくなった。母も父も自分で掃除や食事をつくれるまで回復した。
この様子なら仕事を開始することができる。ヒロトに希望が見えてきた。
ヒロトは、全てのお客様との契約が終わっていた。でも、一からやり直すことを考えていた。仕事ができるようになるだけでもありがたい。そう思えるようになった。
すると、ヒロトの携帯に着信が入っていたことに気づいた。シラトリシステムの開発室の皆川部長の携帯からの着信だった。
ヒロトは折り返し、皆川部長に連絡した。
その電話は11月からの業務を再びお願いしたいとのことだった。ヒロトはびっくりした。
ヒロトは皆川部長から連絡のあった次の週、シラトリシステムに久しぶりに訪問した。訪問の目的は約2か月後の11月からの仕事の正式な契約を交わすことだった。
「早川君、また、頼むよ。君の力が必要なんだ」
「ありがとうございます。皆川部長、またお世話になります」
「ああ、そうそう。この件はね、あの秋本さんが特に熱心に早川君を勧めていてね。私たちは君の実力を知っているが、君はこの業界の仕事を辞めたと思っていて、本当は、別の会社にお願いする方向ですすめていたんだ。
けど、秋本さんが熱心に「早川さんは必ず戻ってくる。一度、連絡してください」と何度も何度もしつこく催促してきたんですよ。それで、君に連絡して、君がOKの返事してくれたわけだよ。次のプロジェクトは来月からだ。今度はさらに長期契約になる予定だからよろしく頼むよ」
そう聞いて、ヒロトは呆然とした。
こうして、シラトリシステムと再び長期契約が正式に結ばれた。
白金の事務所は休業していたが事務所はそのままだった。費用が垂れ流し状態で、事務所を返そうと思っていたが、明日香のおかげで撤退しなくてすむようになった。




