第8章 第4節赤い糸に導かれて~巫女の少女
ヒロトは、山頂の永森神社に着いた。
このどうしようもない気持ちを、ヒロトはどこにぶつけていいかわからなかった。
ヒロトは礼拝殿の近くにあるベンチに座った。
そして、また、昔の一シーンが脳裏に浮かんだ。
ユカリ「だ~れ~だ」
そう、このベンチは、かつてユカリが寄り添ってスケッチを見せてくれたベンチだった。
「ユカリ・・・」
ヒロトは、後悔の念が出てきた。でも、もう、どうすることもできなかった。
そのとき、雲に隠れていた太陽が顔を出し、木の枝と枝の隙間から夕方の太陽の強い光がヒロトに当たった。
「まぶしい!」
思わずヒロトは目をつぶってしまった。
それから目をゆっくり開けると、5mほど前に人が立っていた。
白い着物と赤い袴を履いていた。どうやら巫女のようだ。そして巫女はじーっとこっちを見ていることに気づいた。
『あれ、さっきまで人なんていなかったと思ったのに。それに珍しいな。行事もない平日の夕方に神職の人がいるなんて』
巫女は苦悩しているヒロトを見て、心配してさらにヒロトに近づいてきた。
巫女はヒロトに声をかけた。
「どうされたのですか」
「いや、ちょっと」
その巫女はずいぶん若かった。まだ12歳くらいの少女のように見えた。髪はずいぶん短い。顔はかわいらしく、背は低かった。でも、どこかで見覚えがあるような・・・。
巫女は唐突に言った。
「こっちに来て!」
ヒロトは、巫女の言われるままについていった。
少し先に行くと、祈願した願掛けがたくさんかけてあった場所を案内された。
巫女は、その中の一つの願掛けに指を指した。
巫女はヒロトに言った。
「たったさっきね、若い女性が来てね、礼拝殿でお祈りしていたの。3日前に祈願祭があってね。そのときに彼女が祈願したのがこの願掛けよ」
『一体、何を言っているのだろう。この巫女さんは・・・』
ヒロトは、不思議に思った。
『ずいぶん強引に話を進める子供の巫女さんだな』と思いつつ、まるで、ユカリのことで悩んでいることをしっているかのような振る舞いだった。
ヒロトはそのまま黙って聞くことにした。
「今日、彼女は祈願できたことへの感謝を伝えにまたここに来たのよ。祈願させていただいてありがとうってね、お祈りしていたわ」
「さあ、その願掛けを見てみて」
ヒロトは、さすがに人の願掛けをのぞき見するのはよくないんじゃないかと思い、断ろうとした。
しかし、巫女はすかさず答えた。
「余計なことは考えなくていいから、早く見てみて!」
『なんだ、この巫女さんは・・・』
そう思いつつも、少女の不思議な威厳に圧倒され、ヒロトは恐る恐るその願掛けを見てみた。
すると「ヒロトへ」と書かれた文字が目に入った。
「え」
ヒロトはびっくりした。
「巫女さん、何で俺のことを知っているの」
「私ね、これでも神職の仕事を手伝っているの。まだ見習で修業中だけどね。
でも神職に携わるとね、人の悩みが見えるようになるの、読心ってやつでね」
ヒロトは驚いた。元より、神仏について関心が薄かったので驚いた。神職ってそんなすごい能力があるのか。
巫女は続けて言った。
「さあ、続きを読んでみて!」
ヒロトは恐る恐る願掛けに書かれた文章を読んでみた。
「ヒロトがいつまでも幸せにいられますように そして、ヒロト、私に大切な思い出をプレゼントしてくれてありがとう 今でもヒロトのこと愛してる、ユカリ」
ヒロトは、はっとした。
巫女「彼女はね、高校3年から夏になると、毎年、こうやって愛する男子のために祈願をしていたのよ」
「それからね、あなたのために絵を4年書き続けていたんだよ。あの夏の絵の風景を。愛する君を思い浮かべながら」
『そうか、美術館のあの絵は。ヒロトは気づいた。あの美術館の絵はユカリが中3のときに描いた絵と違うような違和感があったこと。
もう一度、あの絵を思い浮かべた。不思議と今、あの絵が鮮明に浮かんできた。そして、その絵に込められたユカリの願い。どんな思いでユカリがあの絵を描いたのか、ヒロトの心の中に流れてきたのだ。
俺のために・・・。そうか、ユカリはあの絵で伝えたかったんだ。
『永森村は君を見捨てていない。永森村は君を愛していた。そして私も君をいつまでも愛し、見守っているから..』
それを伝えたいために、俺を励ますために、ユカリは、あの絵をまた描いたんだ・・・』
ヒロトは、今、あの絵をもう一度、ユカリが描いた意味をはっきり理解した。
ただヒロトは、それでも一歩が踏み込めないまま、呆然としていた。
巫女「あなたは黙ったままでいいの?彼女に伝えないといけない大切なことがあるんじゃないの?」
巫女「あなたはいつも、そうやってうじうじしている。あなたは、自分はなんで不幸なんだと思っているけど、実はあなたがはっきりしないから、あなたのまわりにたくさん不幸な人をつくっているだけなのよ。
そんなことでは、あなたはいつまでたっても誰一人幸せにすることなんてできないよ」
ヒロトは今の言葉ではっとした。
「俺がはっきりしないから、みんなを不幸にさせていたんだ・・・」
巫女「みんなを、ユカリを幸福にしたいんでしょ。だったら、今すぐ追いかけて、今思っていることをユカリに伝えてあげて!ユカリはまだ待っているから」
ヒロトは、走り出した。ユカリが降りていった階段に向かって・・・。




