第8章 第2節 赤い糸に導かれて~10年前、始めて出会ったあの階段で
ヒロトは階段を歩きながら、ユカリと別れたときの当時の会話が次々と脳裏に浮かんできた。
ユカリ「永森村は素敵な村だよ。素敵なところがいっぱいあって・・・」
ヒロト「一体、あの村のどこがいいんだ!」
ユカリ「見える風景、街並み、全てよ!」
ヒロトは思った。
『ユカリ、お前の言っていたあの言葉、今ならわかる気がする。あのとき、何もわかっていなかったのは俺のほうだったかもしれない。
すまなかった・・・ユカリ』
今、ヒロトは神社のある頂上に向かって階段を上っている。
すると上の方から階段を下りてくる人がいることに気づいた。雰囲気からして若い女性のようだ。
階段を上るヒロト。
階段を降りてくる女性。
その女性が次第に近づいてくると、どことなく、見おぼえのある面影だった。
リボンのついた麦わら帽子、白いワンピースを着て、バッグを持っている。
『まさかな・・・』
しかし、だんだん女性が近づいてくるにつれ、そのまさかが現実のものになった。
それはユカリだった。
ヒロト「ユカリ!」
ユカリ「ヒロト!」
・・・
時は、5分ほど前の頃。
ユカリは今、大学を卒業し、先生の推薦で大学院に入り、大学院1年になっていた。
ユカリは、今、夏休みで、おばあちゃんの家に泊まっていた。そして3日前の永森神社の祈願祭に参加し、祈願を行った。そして、今日は忘れもしない10年前の8月10日。その日は、ユカリがヒロトと初めて出会った日であった。
ユカリは、当然、ヒロトがこの場所に来るなんて思ってもいない。いや、二度とヒロトは永森村に戻ってこないのではとさえ思うこともあった。
今日、ユカリは、参拝に足を運び、礼拝殿で深くお祈りした。
『永森村の女神様。ヒロトと、そして永森村の景色と出会わせていただき、感謝申し上げます』
ユカリは、ヒロトとの思い出を今でもずっと大切にしていた。ユカリがこの永森村でヒロトと描いた風景画がきっかけとなって、ユカリの絵は、コンクールで最優秀賞を受賞したのだった。
お祈りが終わると、ユカリは、おばあちゃんの実家に戻ろうと、永森神社の長い階段を降り始めた。
ユカリは、大学に入ってから髪を伸ばし、今ではすっかりロングになっていた。今日の天気は少し曇っていたが、太陽が顔を出すと日差しが強いため、麦わら帽子をかぶっていた。そして、思い出の8月10日、あの日と同じ雰囲気を感じさせる白いワンピースを選んで参拝に来たのだ。
ユカリは、階段を降りながら当時を思い起こしていた。
『ヒロト、この階段の少し先の踊り場で君と初めて出会ったんだね・・・』
そしてユカリは、ヒロトのSNSのコメントを思い出した。
白石「早川社長、一緒に連れてきた超美人の年上の彼女、ほんとうにきれいですね」
ヒロト「ありがとうございます。白石社長にはいつもお世話ばかりです。今、私はとても幸せで感謝しています」
『ヒロトは、東京で幸せ掴んだから、もう、この村には戻ってこないんだろうな。。。』
ヒロトが幸せになることはユカリもうれしかった。でも・・・ユカリの表情は少し寂しくなった。
ふっと、その時、下の方から誰かが上ってくるのが見えた。歩き方から若い男性のようだ。
『こんな時間に・・・珍しいな』
でも、次第に男性が近づいてくるにつれ、彼が誰かがわかってきた。
『まさか・・・』
それはヒロトだった。
・・・・
ヒロト「ユカリ!」
ユカリ「ヒロト!」
二人はびっくりした。
二人とも、ここで会うなんて思っていなかった。二人はお互いの名前を呼び合い、しばらく沈黙の状態が続いた。
ユカリは、以前、ショートカットだったが、今は髪を肩まで伸ばしていた。
でも、リボンのついた麦わら帽子、白いワンピース姿は、まるで10年前の当時と同じだった。
ユカリ「ひさしぶりね、ヒロト」
ユカリの方から先に声をかけてきた。
心なしか、昔とは違い、力のない声だった。
ヒロト『無理もない、あんな別れ方をしたから・・・』
ユカリの表情は硬かった。
ヒロト『とうの昔に、俺のことをあきれていたんだ。仕方がないか』
ユカリは、以前、インターネットのホームページでヒロトが白金の一等地の事務所で青年実業家として働いているをすでに知っていた。そして、ヒロトのsnsで、ヒロトの知り合いが投稿した記事から、ヒロトに年上の彼女がいて、「今は幸せです」とヒロトがコメントしていたことも知っていた。
そのコメントは、ヒロトが幸せでよかったと思いつつも、ユカリ自身を寂しくさせていた。
ヒロト「永森村に来ていたんだ」
ユカリ「8月からまたおばあちゃんの家に来ているの」
ヒロト「そうなんだ」
ユカリ「ヒロトがここに戻ってくるなんて。もう永森村に戻って来ないんじゃないかって思っていた」
ヒロト「実は、今年、7年ぶりに永森村に持って来たんだ。それで、何だか急にこの神社に行きたくなって・・・」
ユカリ「そうなんだ」
ヒロト「絵は今も書いているのか」
ヒロトは、あの美術館の絵を思い出しながら、ユカリに問いかけた。
ユカリ「ええ、大学に入っても絵を描いているよ」
ヒロト「そうか、今、大学生?、社会人1年か?」
ユカリ「いえ、大学院に入ったから、一様、学生かな」
ヒロト「大学生活は楽しいか」
ユカリ「まあまあかな」
二人ともぎこちない会話だった。そして、また、沈黙の時間が続いた。




