第8章 第1節 赤い糸に導かれて~赤い風船の思い出
次の日の午後5時。ヒロトは永森神社の麓にやってきた。今日の天気は曇り時々晴れで、時々太陽が顔を出しているが、今は雲が太陽の光をさえぎっていた。
永森神社は標高100mほどの小さな山の頂上にある。ヒロトは麓から山頂に続く永森神社の長い階段を眺めた。
『確か高校1年のとき、バイト帰りによくこの階段を上ったな』
ヒロトは、昔の記憶を思い出すように、この階段をゆっくり歩いて、山頂の永森神社に向かって上がっていった。
一段一段上がるごとに、まるで当時の記憶がよみがえってくるようだった。ヒロトは、昔を振り返っていた。
『嫌な思い出しかなかった永森村だったが、今日は少しばかりいい思い出が浮かんでくるな・・・』
やがて中間地点の階段の踊り場に着いた。そして、その踊り場で立ち止まり、階段のすぐ脇にある一本の木を眺めた。
『高校一年の頃は、なんだかんでいって一番充実していたな。
バイトをしながらも成績はトップで、陸上の県南大会で入賞し、バイト仲間と楽しく過ごし、貧しくても充実していたな・・・』
ヒロトは木を眺めながら、10年前の高校1年のときのころを振り返っていた。
『あれからもう10年か』
そしてたくましく生き抜いていた和代や雄二の二人と今の自分と比べ、ヒロトは思った。
『今の俺は、10年前のあの頃とまったく変わっていない。いや、むしろあの頃よりも後退している。10年前の俺は今よりも充実していた。結局、俺だけこの踊り場で10年間ずっと立ち止まっているんだな・・・』
そのとき、さやわかな風が吹いてきた。その風で踊り場のすぐ近くの木の枝が揺れて、木の枝からささーと音がして、木の葉が数枚ゆらゆら落ちてきた。
ヒロトは、その光景が、風が、心地よかった。
「いい風だな」
そのとき、ヒロトは、ユカリが中学3年でヒロトが高校3年の時のことを思い起こした。
風が吹いてユカリの頬に髪があたったシーン。そのとき、ヒロトはユカリを見て初めてドキっとしたときだった・・・。
『ユカリと初めて出会ったのは、確か木に赤い風船を引っかけて・・・・』
ヒロトは思い出した。
そう、ユカリが赤い風船をひっかけたのは階段の踊り場の木だった。
「そうか、何だか懐かしい感じがしたのは、この木だったのか」
その木は昔の姿とまったく変わらぬまま、葉が豊富に生い茂っていた。
ヒロトは木に向かって心の中で話しかけた。
『おまえも10年前と同じで全く変わっていないな。
ユカリは、10年前、この木にひっかかった赤い風船を必死で取ろうとしていたな・・・。
むぎわらぼうし、白いワンピースだったかな。
あのときは、ユカリは背が低く、本当にガキっぽかったんだよな。その割には最初からため口で、あいつ生意気だったな・・・』
しばし、ヒロトはその木を眺めていた。
俺の25年間の人生で一番幸せを感じていたときは、ユカリと一緒にいたときだったかもしれない。この永森神社の自然を感じながらユカリといっしょに絵を描いていたとき・・・』
ヒロトは、木に勇気付けられたような気がした。
ヒロトはその木に近づき、木に手のひらを当てた。
「ありがとな」
それから、ヒロトは山頂に向かって再び歩き出した。




