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第1章 第3節 あの思い出の階段で~二人の時間

ヒロトの前にいた少女は、2年前にこの永森神社で出会った女の子だった。


「え、え~!ひょっとして、あのときの女の子!」


2年前、中学1年にしては背が低く、ずいぶん幼い顔をしていた女の子が、背がけっこう伸びて、しかもかわいくなっていることにヒロトはびっくりした。


少女は、少しあきれるような表情をして答えた。


「ふう、やっと思い出してくれたのね~」


ヒロトは、答えた。

「ほんと、また会えるなんて」


「夏休みはね、おばあちゃんの家に泊まることがあるのよ」


「何だか、ずいぶん背も伸びたね」

「そう?これでもクラスの中くらいの身長かな。もう、これで子供っぽく見られないですむかな?」


ユカリは、「どう、これで少しはきれいになった?」かのようなしぐさをしてヒロトに話しかけてきた。


ヒロトには、逆にそんなユカリのしぐさがまるで滑稽に見えてしまった。


「うん、なんだか、ずいぶん『女の子っぽく』なったよ」


ヒロトは誉め言葉として、『女の子っぽく』と言ったつもりだった。

でも、少女には誉め言葉には聞こえず、むしろ反対に捉えてしまった。


「あ~~、また、『女の子っぽく』っていった~。まだあたしのこと、子供って思っているんだ!」


ヒロトは誉め言葉でいったつもりだったが、逆に怒られてしまった。

急に切れて、自分のペースに巻き込む性格は変わらぬままのようだ。


『なんだよ、まだ、2年前のこと、根に持ってんのかよ』


女心は複雑とはいったものだが、俺には特にこの少女はよくわからねえ。

ま、とにかくあやまればいいか。


「ごめん、ごめん」


ヒロトは謝った。



「ふ~ん、あいかわらず適当に謝ればごまかせるって思っているんだね~」


少女は目を細め、まるで軽蔑の眼差しで見るような斜め目線でヒロトを見た。


『また、このパターンかよ』

ヒロトはあたふたした。


少女はヒロトの慌てる姿をみて、にこっと笑った。


その笑顔を見て、ヒロトはほっとして笑みを浮かべた。


『でも、なんだかこうして笑えたのも久しぶりか・・・』



ヒロトは少女が絵を描いていたのを思い出して、少女に聞いてみた。


「ねえ、何を描いているの?」


「夏休みの宿題で、風景を描いているの」


「俺もその絵、見てみたいな」

「いいよ」


そして、少女は絵のある所に戻った。

ヒロトは、先ほど少女が絵を描いていた場所まで行き、絵を覗いてみた。


「へ~、きれいに描けているじゃん」

「えへへ、そう」

「いい風景みつけたね、ここの風景、俺、好きなんだ」

「そうよね、この風景いいよね。なんだか心も和んでくるし・・・」


少女は、ピンクのリボンをつけた麦わら帽子を取った。

『そういえば、以前も麦わらぼうしをかぶっていたな』


ヒロトは、少女が麦わら帽子を取った姿を初めて見た。


麦わら帽子を被っていても髪は短いのはわかっていたが、思っていたよりも短かかった。でも、今、流行りの髪型をしているようだった。

そして、服や靴をよく見てみるとおしゃれをしているのがわかり、けっこう流行好きのようだ。


山頂で絵を描くのにここまでおしゃれをするのかな?という疑問はあったものの、それはどこかに吹き飛んでしまった。


そのとき、ちょうどさわやかな風が吹いて、少女の髪が頬に微かに当たり、少女は髪をそっと手で脇によせた。


ヒロトはそのしぐさを見て、『けっこうかわいいんだな』と少しどきっとした。


すると、彼女はヒロトの視線を感じたためか、こちらに急に向いてきた。


「うん、どうしたの?」


少女から問われると、ヒロトは、慌てて目線をそらした。

「え、いや、確か以前、中1と言ってたよね~、今、中3だろ。受験はいいのか」

「私ね、美術の学校に行きたいから」


「なるほどね、それで絵を描いていたんだね。それにしてもよく描けているね」


「えへへ、ほめてくれてありがと」

「ところで、え~っと・・・。そういえば、君の名前、しらなかったっけ?」


天宮由加里あまみやゆかり、ユカリって呼んでね」

「俺は、早川寛斗ハヤカワヒロト


「じゃあ、ヒロトって呼んであげるね」

「ヒロト?それに呼んであげるって。まるで上から目線じゃん。

俺は3つも年上だよ。先輩だぜ。せめてヒロトさんって呼んでくれよ」


「はい、はい、わかりました。ヒロト」


ユカリは初めて、「わかりました」と敬語を使った。

でも最後は、「ヒロト」と呼び捨てだった。


「全然、わかってねえな、ユカリは」

「そんなことないよー、ヒロトの考えていることぐらいすぐわかるんだから」


ユカリは、以前に会ったとき、顔に思っていることが出てしまうヒロトを思いだし、クスッと笑った。


ヒロトは頭をかきながら答えた。

「もう呼び名なんでどうでもいいや、ヒロトでいいよ」

「わかった、ヒロト」


「ぷっ」

ユカリは、おもわず笑いだした。

ヒロトもそれにつられてしまい、笑ってしまいました。


ヒロトは、学校や家庭の嫌なことを忘れられ、久しぶりに心から笑えたときでもあった。


『名前の呼ばれ方なんてどうでもいい。こうして心から笑えることができただけでも・・・』


それから少し、二人が沈黙したあと、ユカリがこれまでとは違う小さめの声で話しかけた。


「わたしね、8月29日までおばあちゃんの家にいてね。それまで絵を描きにここにくるの」

「そうなんだ」


「ところでね、風景だけだと少し寂しいかなって思っていてね。人も描いた方がいいかなって思っていたところなの。

それでね、男性のモデルを絵に入れたいなあって思って・・・」


ユカリの声が次第に小さくなって、急に照れくさそうにヒロトに話しかけた。


「ヒロトってさ、長身でスラっとしてスタイルいいでしょ。

モデルにちょうどいいかなって・・・」


ヒロトは、照れくさそうに言うユカリがおかしくみえたのと同時に、今まで強気だったユカリがもじもじしていた感じがかえってかわいらしく見えた。


「じゃあ、俺がそのモデルやってみるよ!」

「いいの、ホント助かる!嬉しいな」


「よし、決まり」

「ヒロトも進学とかあるんじゃないの?」


ヒロトは一瞬表情が硬くなった。

「いいさ、別に俺は」


ユカリはヒロトの表情が一瞬固くなったことに気づいた。


ユカリは、『やはり迷惑なのかな』と思ったので、日程を決めようって思った。

「じゃあ、時間決めようか、月、水、金の16~18時はどう?」



こうして、ヒロトは、ユカリの絵のモデルをすることになった。


ユカリは、初めにどの風景を描くかを決めた。

ユカリは最初から絵を描き直すらしいことがヒロトにはわかった。


山から見える風景には、角度を変えれば永森村の街並みを見渡せる風景、湖と川が見える風景、田んぼだけの風景が見えた。


ユカリは街並みと川と湖、田んぼのすべてが見えて、永森村の雰囲気が最も感じ取れる場所を選んだ。


そして、モデルのヒロトがどうゆうポーズをするのがよいか、ヒロトが立ったり座ったり、後ろをみたり、前を向いたりといくつかポーズを試した。


そこで決まったのが片手を木につけて、真正面からユカリの方を向いているポーズをして、絵を描くことになった。


ヒロトは、ユカリと会うことが暗い日々から解放される唯一の時でもあった。


モデルをしているとき、常に真正面にユカリがいて、じーっとこちらを見ていた。


絵を描き始めた頃は、ずっと見つめ合っている形になるので、二人はすこし照れていた。


でも、ユカリが真剣に絵を描き始めてから、ヒロトも真剣にモデルの役目を果たそうとした。


澄んだユカリの目が、ヒロトをじーっと眺めて絵を描く、そんなユカリと会うと心が次第に和らいでいく自分に気づき始めた。


ちょうど、今年の8月は平均より温度が低く、16時以降なので、夏のむさくるしい暑さは通年よりも和らいでいた。


ちょうど絵を描くスポットも日陰を選んでいるので、それほどの暑さは感じなかった。


・・・


ある日曜日のこと。

絵を描くのは月、水、金なので、ヒロトは家にいた。


ヒロト『早く、月水金が来ないかな』

いつの日か、ヒロトはそう思うようになっていた。



場所は代わってユカリのおばあちゃんの家になる。

ユカリは、おばあちゃんの家の一室で涼んでいた。


おばあちゃんの家は農家で古い家だが、家と土地は大きく、2階建ての離れの家があり、ユカリはその一室に宿泊していた。


ユカリは小さな頃からおばあちゃんと仲がよく、好きだった。

ユカリの父は地方公務員、母は看護婦をしていて、小さいときから両親が忙しいときには、おばあちゃんのところに預けて面倒を見てもらっていた。


今年は、美術専門の学校に行くための絵を夏休みの宿題でやることになった。

そこで、おばあちゃんの家に長期間泊まることになった。


ユカリは思っていた。

『ヒロトと会うときは雨が降らなければいいなあ』


ユカリは、テルテル坊主をつくって眺めていた。

それからユカリは、部屋から遠くに見えるあの永森神社の方を眺めた。


絵を描きたいという気持ちもあるけど、それ以上にせつない気持ち、ヒロトと早く会いたいなっていう気持ちでいっぱいだった。


そして、祈るような気持ちを込めて思った。


『あ~した、天気になあれ!」

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