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第7章 第1節 ヒロトの憂鬱~事業の失敗

時は現在に戻る・・・


今は正月。ヒロトは明日香と一緒に東京の神社を参拝した。

その帰りに、二人はレストランで一休憩していた。


「ヒロト、今度、私の父と会いませんか?」

「え?」


ヒロトはコップを取ろうとしたその手を止めた。

初めてデートをしてから、すでに1年が経った。

ヒロトは今年で26歳、明日香は28歳になる。


明日香の父は、年商3000億円の大会社の社長で、明日香はその一人娘である。ヒロトはいずれ父とお会いする覚悟はあったが、こんなに急に明日香が話し出すとは想像していなかった。


ヒロトは、明日香との結婚ももちろん考え始めていた。明日香も今年で28才だ。これ以上、待たせるわけにもいかない。ただ、25歳という年齢としてはそこそこ成功を収めているものの、明日香の父からすれば、一人社長のただのひよっこにすぎない。


ヒロトは、事業をもっと軌道に乗せ、明日香の父が認めるような人物になると強く思っていた。ただ、あの美術館でユカリの絵を見たときから、心の隙間に何か迷いのようなものが生じていたのも事実である。ヒロトはユカリのことは全て忘れようと決意した。

しかし、忘れようとしてもあの絵がどうしても心に浮かんできた。


明日香もヒロトがあの絵と出会ってから、ヒロトが遠くに行ってしまうのではないかという不安がずっと消えなかった。その不安がヒロトと父と早く会わせたいという衝動が起きたのかもしれない。


「明日香の気持ち、俺はとてもうれしい。

でも、後、少し待ってほしい。自分の会社を安定させ、明日香の父も納得できるだけの実績を積みたい」

「そうですか・・・」


明日香は不安で焦っていた。でもヒロトの言うことも理解できる。確かに父は厳格だ。ヒロトと交際する前に、年商100億円の青年実業家を父から紹介されたことがあった。その青年実業家は時々、父の家に招待され、父と食事し、父と気の合うお気に入りの若き社長だった。


明日香も自宅で何度か挨拶を交わしているので、知らない人ではなかった。でも、明日香は「まだそうゆう気持ちではない」と父に断った。明日香にはその当時、気になる人がいた。それがヒロトだった。

実は、父からその話があった後に、明日香はヒロトを食事に初めて誘い、ヒロトと交際することになったのだった。


明日香の父からは「軽い気持ちで男性と付き合うな」と厳重注意されていて、男性と付き合うことにも厳格なことはよく知っていた。

明日香は、まだ父にヒロトと交際していることは伝えていなかった。


果たして今のヒロトで父が了解してくれるかは自信がなかった。いや、100億円の年商の青年実業家を紹介するぐらいだから、ヒロトとの交際は認めないだろう・・・。明日香もそう思っていた。だから、ヒロトが実績を積みたいという気持ちもよく理解していた。



ただ、この年はヒロトにとってかつてないほどの災難な年になる。

ヒロトにトラブルが立て続けに起こるようになる。


1月初旬、ヒロトの白金の事務所に1人の訪問者が現れた。高校時代の同期の山下悟だった。


「早川社長、ホームページを見て、つい訪問しましたよ。こんなに成功しているなんて、同じ高校の同期生として俺も鼻が高いですよ」

ヒロトは高校時代に、まったくいい思いがなかったので、正直、来てほしくない訪問者だった。


それから、悟は今度、兄を連れてくることを伝えた。彼の兄は会社をつくって、悟はそれを手伝っていた。


そして2日後、兄の山下啓二社長が事務所に訪問してきた。用件は仕事がほしいとのことだった。


ヒロトはちょうど手が一杯で断ろうとしていた案件を思い出した。その案件は難易度が低く、時間さえかければできるものなので、その案件を山下の会社に下請けで仕事を回すことにした。また、明日香の父の件もあり、ヒロトは結果を出したいと焦っていた。


受注額1500万円で、一人社長のヒロトにとってけっこうな額だったが、山下社長から頂いた社員のスキル表と人数を見て、これなら十分にこなせるだろうと判断した。


そして悟に電話して、仕事を依頼する連絡をした。


「早川君、ありがとう。兄貴も喜ぶよ!」



ただ、その後、問題が起きる。2月までは進捗状況のレポートが届いていたが、3月になったらピタッと止まった。納期がそろそろ近づいてきたので、進捗状況を確認しようと、悟の携帯や会社の事務所に電話したが、つながらなかった。ヒロトの会社が元請けになっているので、責任はヒロトに来る。


そこでヒロトは、悟の会社に直接訪問に伺った。

会社の事務所は、もぬけの殻で誰もいなかった。


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