第6章 第3節 すれ違う恋 ~ 眠れない天使その1
ユカリは、ふっと目が覚めた。
『あれ、あたし、少し眠っていたのかな・・・。赤い糸は幻だったのかな・・・』
ユカリは、不思議な夢を見た。
前日、ユカリは、定期的に開催される永森神社の祈願祭で祈願した。小さな神社なので、平日はほとんど人がいないが、祈願祭のある日は神社の規模の割には人が多く集まった。
祈願をする多くの人は、恋愛成就の伝説を耳にして、好きな人との恋愛や結婚が叶いますようにと祈願に来ていた。
ユカリは、高校3年の夏休みから、毎年、この祈願を受けていた。
ユカリは信心深かった。中学3年の時にも祈願して、絵馬を一つ、ヒロトにプレゼントしたことがあった。そのとき、絵馬は二つあり、もう一つは、ユカリがずっと持っていた。
ユカリは、今もそのときの絵馬を大切に持っていた。そして、その絵馬は、今もユカリのバッグにぶら下がっていた。
『赤い糸の伝説とも関係あるのかな..』
ユカリは、赤い糸の夢を見て、何だかホッとした気持ちになった。
そして夏休みが終わり、学校が始まった。ユカリは学校の初日に永森神社で書いた絵を芸大に持っていった。ユカリは、その絵は先生にしか見せないつもりだった。
ユカリは大学でも美術部に所属していた。
しかし、中学のときと同様、同期の女子学生たちに絵が入った持ち物を部室で勝手に開けられ、絵を見られてしまった。
当然、絵に描かれている男性について、ユカリは同期生から質問攻めになった。
由美「ユカリって合コンに誘っても一切お断りなので、彼氏がいるのかなって思っていたけど・・・やっぱりいたんだね。だから夏になるとわざわざ遠い永森村まで出かけていたんだ~」
ユカリ「違うよ、おばあちゃんの家に泊まりに行っただけだよ」
直美「え?なになに、彼のところにお泊りだって!も~、おとなしそうな顔して~」
ユカリ「違うよ、彼なんて一言も言ってないでしょ。おばあちゃんの家って言ったじゃない!」
直美「やだ~、そうだったかしら。よく聞こえなかったわ~。じゃあどうして顔を赤くして、むきになってるの?」
由美「では、ここに描かれている彼はどうなのよ。おばあちゃんの家に泊まりに行っているだけなのに、どうして男が描かれているんだろうねえ~」
由美と直美はニヤニヤしてユカリに質問した。
ユカリは答えられず、さらに赤くなって黙ってしまった。
直美「ユカリ、嘘つくんならもう少しましな嘘を考えないとね~。ユカリ、もう彼氏と泊まっていたって白状したら~」
ユカリ「も~~、ホンットに違うんだから~」
ユカリは、中学のときと同様にからわれていた。
純情なユカリをみると同期生たちもからかいがいがあった。でもユカリをいじめているわけではなかった。みんなユカリと仲良しだった。
由美「それにしてもすごくよく描けた絵だねえ~」
直美「なんだか、ユカリが純粋に彼を愛しているって気持ちが絵に満ち満ちているのが伝わってくるんだよね~」
ユカリ「そうかな。ヒロトのこと、そんなにうまく描けているのかな」
ユカリは、目を潤ませた。
直美「へえ~、彼、ヒロトっていうんだ。やっと白状したね」
由美「ヒロト、愛してるよ~」
直美「俺もだ~、ユカリ~」
ユカリ「もう~、いいかげんにして~」
由美「むきになったユカリってかわいいね」
ユカリは、しばらく同期生にからかわれていた。
それからユカリは、長江先生のところに行って、その絵を見せた。
長江先生はユカリが好きな女性教師だった。
「この絵は・・・」
長江先生はその絵を見て、思わず、涙が流れてきた。
「天宮さん、この絵、今度の学会の芸術コンクールに応募してみない?今なら、ぎりぎり締切に間に合うわ」
「学会の芸術コンクールといいますと有名な芸術賞で、応募するための審査さえ合格するのが難しいと聞いたことがあるのですが、私の絵で本当にいいんですか」
「とても素敵な絵ですよ。校長先生に推薦状を書いてもらい、学会の一次審査に応募して見るね」
長江先生には、その絵がまるで愛の魔法で満ち満ちているようにさえ感じていた。
長江先生は思った。
『きっとこの絵は、入賞する』
やがて、その絵は長江先生の予想をはるかに上回り、最優秀賞を受賞し、絵の複製が東京の緑丘美術館に飾られることになる。緑丘美術館は、後にヒロトと明日香が見学に行くことになる、あの美術館である。
1か月後、一次審査が通った通知が学会から届き、長江先生はユカリに連絡した。
ユカリは家の部屋で物思いにふけっていた。
「ヒロト、あの絵が芸術コンクールに出ることなったんだよ。一次審査も通過したよ。
ヒロト、今、どうしているのかな」
ユカリは、部屋のパソコンで「早川寛斗」と検索してみた。
よく言われる、好きな人の名前を入れて検索してみた。
すると・・・、ヒロトの名前がけっこうヒットした。一番上に表示されたところをクリックすると会社のホームページが出てきた。とてもきれいなデザインだった。
そして、代表者を見るとそこにヒロトの名前と写真があった。
『あ、ヒロトだ…懐かしいな、すごいんだんね、社長になったんだ』
それからユカリは、会社の住所を見たら、
「白金」と書かれていた。
「あの高級住宅のあることで有名な場所だ・・・」
ユカリは、次にそのホームページにあったSNSを見てみた。
「どうせ、ヒロトのことだからプライベートのことなんてまったく書いていないかな」
ユカリの予想通り、まめに更新しているわけではないが、イラストレーターでつくったデザイン作品が完成したり、何か賞を取ったときには記事を書いていた。
「へえ~ヒロト、すごいんだ~、
今ではすっかり若き成功者だね!
よかったね、ヒロト・・・」
ユカリは1ページ、1ページ、ヒロトが書いた記事から、他の人が投稿したコメントまでじっくり読んだ。
普通の人は、「誰かと飲んだ」「どこかに遊びに行った」など、日常のことを書くことが多いが、ヒロトはプライベートのことはほとんど書いていなかった。
「こうゆうところ、ヒロトらしいな。きっと仕事一筋なんだな~」
ユカリは懐かしそうに見てみた。
すると、誰かが投稿した記事が見に入った。何やらパーティーのコメントのようだった。
「へえ~珍しいんだな」
ユカリは、そのコメント欄の次の記事が目に入った。
白石「早川社長、一緒に連れてきた超美人の年上の彼女、ほんとうにきれいですね」
ヒロト「ありがとうございます。白石社長にはいつもお世話ばかりです。今、私はとても幸せで感謝しています」
ユカリは、このとき、ヒロトには今、彼女がいて、しかもヒロトが幸せであることを知った。
『そうか、ヒロト。新しい彼女がいたんだ~。よかったね!ヒロト、幸せそうで、本当によかった...』
ユカリはそう思った。
「ぐずん」
ユカリはぽたぽた涙が出てきた。
ユカリは、ヒロトと別れたときも、涙がずっと流れて夜はしばらく眠れなかったことを思い返した。
「あたし、また、しばらく眠れなくなるのかな...もし、あのときのまま、あたしと一緒だったら、ヒロトは不幸になってしまったんだよね。これでよかったのかも...」
ユカリは机の椅子に座ったまま、顔を下げ、その夜は一睡もできず、手で涙を何度も何度もぬぐった。
「ヒロト・・・ずっと幸せにね...」




