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第5章 第4節 揺れる思い ~ 明日香の予感

二人の美術館でのデートは終わった。

明日香は今、自宅の部屋にいる。


明日香は、ヒロトが目を潤ませて眺めていた風景画のことを思い返していた。

実は明日香は、あのとき、あの絵からヒロトを急に引き離したくなった。そんな気持ちが沸き起こっていた。


ヒロトがあの絵に引き込まれて遠くに行ってしまう・・・。

明日香はそんな予感がしたのである。


いや、予感は、もう少し前からあった。

ヒロトが美術館前で、ある女性の名前を語った時からだった。


明日香「だ~れ~だ!」

ヒロト「ユ、ユカリ・・・」


デート中に別の女性の名前を出されて、気にならない女性はいない。まして相手を深く愛している恋人だったらなおさらである。それは明日香も同じだった。


ただ、明日香は表情や言葉で出さなかった。父の教育の影響もあったため、いかなるときでも冷静な態度をとるように育てられていた。


明日香は、今、美術館での出来事を振り返っていた。


・・・

(時は、明日香とヒロトが美術館にいたときに戻る)


「ヒロト、どうしたの?」

ヒロトがユカリの名を口にしたとき、明日香は何事もなかったかのように答えた。


でも、本当は聞きたかった。知りたかった。

ヒロトの本心を。


ヒロトは二股かけるような人ではない。それはわかっている。きっと昔別れた彼女。それならばいい。でも、忘れられない彼女がいて、今も、ずっとヒロトの心に残っているとしたら・・・。


明日香は不安になってきた。それはヒロトに対しての疑いというよりも、ヒロトが自分の前からいなくなってしまう・・・そんな予感が襲ってきたからだ。明日香は態度や言葉では平静を保っていたが、心の中はどうしようもなく動揺していた。


ヒロト「い、いや、何でもないよ・・・」

ヒロトが返事を返したのち、ヒロトは先に歩いて行った。しかし、前を歩くヒロトの背中を見た途端、明日香の感情はいつになく高まった。


『私はヒロトを本当に愛している・・・誰よりも深く・・・でも・・・』


明日香は、ユカリという見えない存在が怖くなった。ヒロトの背中は今、すぐ近くに見える。でも・・・その背中がなんだか急に遠くに去ってしまう・・・。そんな恐れを明日香は抱いた。


『ま、待って、ヒロト~』

明日香は心で叫んだ。


明日香は走ってヒロトを追いかけて、ヒロトの腕をつかんだ。

『ヒロトが自分の前からいなくなってしまう・・・』

明日香に不安と恐れが走った。明日香の理性よりも感情がそうさせた。


『心が震えている・・・』


明日香は気づいた。自分が震えていることに。

もし、このままヒロトの腕を組んでいたら、ヒロトに自分が震えているのがわかってしまうとのでは心配に思った。でも、明日香はヒロトの右腕を離そうとしなかった。いや、離せなかった。


『今、この腕を離したら、ヒロトが遠くに行ってしまう・・・』


明日香はヒロトの腕をさらにぎゅっと強くつかんだ。



「だ~れ~だ」

「ユ、ユカリ!」


この言葉を聞いてからどうしても不安が離れない。平静を装っているけど明日香は動揺していた。

明日香は心の焦りがヒロトに悟られないよう、いつものとおり振舞っていた。


でも明日香は、今にも口から出そうだった。

『お願い、ヒロト。どこにも行かないで・・・』



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