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第5章 第3節 揺れる思い ~ ユカリの絵『想い別れし恋人~永森村の風景』

「だ~れだ」

ヒロトは、どきっとした。忘れようとしていた、7年前、あの神社でユカリと待ち合わせしたときのことを思い出した。


ま、まさか。


「ユ、ユカリ!」


ヒロトは思わず、「ユカリ」の名前を出し、そして、声が聞こえた後ろを振り返った。

その場にいたのは、明日香だった。


明日香は顔の表情をかえず、いつものように笑みを浮かべていた。


ヒロトは顔が少しこわばっていた。

「どうしたの?ヒロト」

「い、いや、何でもない・・・」

「さ、美術館に入りましょう」


ヒロトは思った。

『明日香には、「ユカリ」という名前は聞こえたはずだが...』

明日香はまったくいつもと同じ様子だった。



二人は美術館の中に入った。

ヒロトは美術品が好きだった。IT系の仕事をしているが、ヒロトが仕事で成功したのはデザインのセンスが大きかった。ヒロトの仕事には感性も必要で、美術品を見ることも仕事に役立っていた。


美術館に入って受付を終えたとき、明日香がヒロトの右腕を組んできた。

ヒロトは明日香を見ると、明日香はいつもとおり微笑んでいた。

ヒロトも明日香に答えるように微笑み返した。


二人は、館内の絵画をじっくり見て回った。

ヒロトは、明日香と絵を見ながら考えていた。


明日香は大手会社の社長令嬢。清楚で美しく、しっかり者。

俺はまだまだひよこの一人社長。俺なんかと不釣り合いと思いつつ、ヒロトは明日香に惹かれ、明日香もヒロトを深く愛するようになった。


『俺は、まだまだ、明日香に釣り合う男になっていない。一刻も早く事業をもっと安定させて、いつかは明日香を・・・。

明日香の父にも納得してもらえるだけの実績をつくるんだ。それを明日香もきっと臨んでいるはず・・・』


そしてもう一つ、ヒロトは心に誓ったことがあった。


『ユカリのことは、もう二度と思い出さないようにしよう』


・・・


館内の絵を見学して1時間ほど経過した。


明日香が話しかけてきた。

「後、見ていないのは2階の奥の風景画だけですね。ちょっと私、トイレに行って、それから家に電話しますね。今日の帰りは7時頃になるって伝えてくるから。その間、先に風景画を見ていてくださいね」


明日香の自宅は一人娘の令嬢だけあって、娘の時間管理に厳しいことは聞いたことがあった。


ヒロトは先に行って風景画を見ていた。

『どの風景画も素晴らしいな』

元々、風景画が好きだったヒロトは、たくさんの風景画を見て楽しんでいた。


すると、ヒロトは一枚の風景画が目に入った。


ヒロトはその風景画を見て、はっとした。

それは、ヒロトが見覚えのある風景画だったからだ。

その絵は紛れもなく、あの永森神社から一望できる風景だった。


そして、その風景画には、一人の青年が描かれていた。ヒロトは、その青年が描かれた絵をはっきり覚えていた。


ヒロトが最も辛かった高校3年のときに描かれた絵にそっくりだった。


ヒロトは恐る恐る、その風景画が紹介されている案内ボードを読んだ。


第36回美術展記念受賞作品

絵のタイトル:『想い別れし恋人~永森村の風景』

出展者:天宮由加里


出展者はユカリだった。


『そうか、この絵はユカリの絵だったんだ。あの思い出の・・・』


ヒロトは、その絵の前でしばし、動けなくなった。

『ユカリ、本当におめでとう・・・

そして、画家になりたいという最初の夢が叶ったんだな・・・でも、思い別れし恋人か、そうだな、俺たち別れたんだよな。あれからずいぶん経ったな、ユカリ...』

ヒロトの目には涙が潤んできた。さきほど「二度とユカリを思い出すまい」と誓ったことも吹き飛んでいた。


そこに、明日香がやってきた。明日香がヒロトを見つけて声をかけようとした。


「ひろ・・」

明日香はじーっと絵を見つめているヒロトを見て、声が止まってしまった。

ヒロトは目を潤ませていた。ヒロトがこんなに切ない表情をするなんて・・・。


明日香は、ヒロトのすぐ近くまで歩いていった。ヒロトは絵をぼーっと見たまま、明日香がすぐ近くにいることにさえ気づかなかった。


明日香は、絵の出展案内を見てみた。


絵のタイトル:『想い別れし恋人~永森村の風景』

出展者:天宮由加里


『永森村、ヒロトの住んでいた場所。それにユカリって・・・』


明日香は今日、ヒロトと会ったときのことを思い浮かべていた。


「だ~れ~だ」

「ユ、ユカリ!」


そして、明日香がその絵を見ると、そこに1人の青年が描かれていたことに気づいた。


明日香は、そっとヒロトに声をかけた。

「ヒロト、お・ま・た・せ」


「あ、明日香」


ユカリの絵に呆然としていて、ヒロトは明日香がすぐ近くにいることに気づかなかった。


「ヒロト、その絵、お気に入りのようね」

ヒロトは、返事に困ってしまった。


「あれ?その絵の男性、ヒロトに似ているね」


ヒロトは慌てて答えた。

「そ、そうかな・・・」


「ねえ、ヒロト、次は違う絵を見てみようか」


『明日香は、気づかなかったのか』

ヒロトはほっとした。でも自分が明日香に隠し事をしているような気がして、ヒロトは罪悪感のようなものを感じていた。

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