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第1章 第2節 あの思い出の階段で~ユカリとの再開

ヒロトは今、高校一年生。

高校入学試験を首席で合格し、高校に入学した後のテストでヒロトは常に学年トップを維持していた。


部活は陸上部に入り、夏休み前の大会では高校1年生でありながら長距離ランナーとして県南大会で入賞し、県大会の準決勝まで勝ち進んだスポーツ万能でもあった。


ユカリと出会ったのは、学校が夏休みに入ったときのことであった。


ヒロトは、家庭の事情から高校に入学したときからずっとバイトをしていた。


ただ、高校はバイトが禁止となっていた。

学校では、ヒロトは入学試験を首席で受かったため、先生はヒロトを進学エリートとして育てようと考えていた。


しかしヒロトは、先生にもクラスメートにも家の事情やバイトのことを一切話さなかった。


ヒロトの家庭は、とても大学に行ける状況ではないと知っていたので、ヒロトは、大学進学を考えていなかった。


ヒロトは、高校一年のとき、学年主任の先生の任命でクラスの代表に選ばれた。

学校は田舎の高校ということもあり、偏差値は平均より低く、先生たちは一流大学への進学実績を出すことばかり考えていた。


先生は当然、ヒロトは進学するものと勝手に思い込んでいた。

先生は、母にもその旨を伝えていて、母もその気になってしまった。


ヒロトには違う学校に通う二つ上の兄がいたが、兄はよく学校でトラブルを起こし、問題になった。


そんな兄を家族もよくは思ってなく、中学の頃から家で暴れて父とよく喧嘩していた。


ヒロトは小さい頃から、家ではわがままを言うことはなかった。

自分がわがままを言わず、我慢することで、家庭が少しでも丸く収まるなら、それでもいい。


家族にこれ以上心配させたくない。ヒロトは小さいながらも家族を守ろう、そう思っていた。


ヒロトはもとより勉強は好きではなく、中学のときは中程の成績だった。

ただ、中学3年の秋から勉強に取り組み、冬のテストでは、学年で30番以内に入った。


近くの有名な私立校に入れる可能性まで出てきたが、私立に行くための学費はなく、比較的近くにある県立高校に入学することになった。


ここなら自転車でも通えるし、交通費もかからない。

高校の授業料の一部と自分の小遣いくらいは自分で稼ごうと思い、高校に入ってすぐにバイトを始めた。


ヒロトは、高校入学後、まもなく、朝に週3回の新聞配達、夕方に土日も含めて週3回の工場のバイトを入れていた。


バイトのある夕方は部活には出れず、ヒロトは「勉強のため」と嘘をいって部活を休み、学校に内緒でバイトをしていた。


学校の先生は、「あなたが頑張ればみんなも頑張るから、勉強を頑張ってほしい」と言われ、小さい頃から「イエス」しか言わなかったヒロトの習慣も重なり、先生の言われることにも、ただ、「はい」とだけ答えていた。


早朝の新聞配達は、時々、家からバイト先までの片道5kmを走って通っていた。


仕事先に行く途中、山頂にある永森神社の階段をわざわざ通り、脚力と持久力をそこで鍛えた。


テスト前になれば、仕事帰りに永森神社のベンチに座り、朝はパンをかじりながら、夕飯は自分でつくったおにぎりを食べながら歴史の年表や英語の単語を勉強していた。


そうして、ヒロトは、高校1年から2年まで学年一位と、陸上では県南大会入賞を獲得していた。


ただ、家庭の状況はますます悪くなっていった。

兄は専門学校に行きたいと言ったが、父が猛反対し、結局、兄は高卒後、働きもせず、ぼーっとする日々となった。


日々、兄と父が取っ組み合いの喧嘩となり、兄が母からもらった小遣いで何かものを買う度に、父が買ったものを蹴っ飛ばすというありさま。


ヒロトがそれを止める日々になる。

さらにヒロトの成績がよいことを理由に、兄がヒロトに対してまで嫌がらせをするようになった。


ヒロトは、大学に行きたいという気持ちはなかった。

むしろ、家を出て働きたい気持ちだった。


母が見栄のためか、先生との2者面談で先生から

「彼は優秀です。ぜひよい大学に進学を・・・」と言われるので、母はすっかりその気になっていた。


「どこにそんなお金があるのか」とヒロトは思ってはいたが、大学受験まで日数があるので、ヒロトも適当に周りの環境に合わせていた。



先生からは、「あなたが頑張ればみんなも頑張る」と、しつこいくらいに言われ続けた。


ヒロトは家のこととバイトだけでも大変なのに、これ以上、他のことに気を遣うのは無理とわかっていつつも、それがクラスのみんなと学校の為になるのならと思い、「大学に行けない」ことは言わないようにした。


しかし高校3年となって、大学受験が近づいてくると、クラスの人たちの見る目まで変わってきた。


「あいつは大学受験で有利になるために、部活を週3回しかやらない」

「いつも早く帰るのは、少しでも抜け駆けして勉強するためだ」

「勉強しない振りをして俺たちを油断させているんだ。そうゆう汚い奴だ」

「早く寝ると言っておきながら、早朝の3時から部屋の灯りがついてこっそり勉強しているんだぜ。あいつは」


など、様々な噂がクラス中に流された。


朝夕のバイトと部活に加え、家庭騒動がひどくなり、さらに学校での嫌がらせやいじめもひどくなっていった。


しだいにヒロトは体も心もボロボロになっていき、ある日の朝、起き上がることができないほどの立ち眩みに襲われ、高校3年の6月、1週間ほど休みをとった。


高校最後の陸上大会にもいい成績を残せず、テストも高校3年になって初めて学年一位を譲ってしまうことになった。


そのころから、ヒロトはバイトを辞めることになった。


ヒロトのバイトがなければとても大学には行けない。

そもそも、俺は大学に行くつもりはあったのか。

母や先生から言われているだけではないか・・・。


それに、俺は、母や先生からこうしてくれと言われたとおりにしただけだ。

それが先生や家庭、クラスメートのためだと思ったからそうした。

なのに、この仕打ちはなんだ。


ヒロトは、学校にも家にも居場所がなく、バイトを辞めて気の合ったバイト仲間と会うこともなくなってしまった。


ヒロトにはどこにも居場所がなくなり、毎日行っていたランニングもいつしか止めていた。



こうして、高校3年の夏休みになった。


陰険な目でみるクラスメートたちと会わなくなるので、少しはほっとできるな・・・。


ヒロトは、日々、勉強している振りだけしている。

兄は専門学校に行けなかったのは弟のせいと言い出し、腹いせで、すぐ隣で毎日、音楽やゲームを夜遅くまでやっていた。そして、ヒロトのいる脇で父と喧嘩する兄を止める日々。


一体、俺の本当の居場所はどこだろうか。一体俺は何を目指しているんだろうか。


ヒロトは、心身共に限界に来ていた。


・・・


夏休みも中盤に入った、8月初旬のこと。


今日の午後は、外で散歩でもしようか。

外は暑いが、家にいるよりましだ・・・。


ヒロトは、外出に出かけ、湖近くの公園に足を運んだ。

ヒロトは、湖を眺めながら公園のベンチで横になってしばらく寝そべっていた。


そして、少し先に見える山の上にある永森神社が目に入った。

時間は16時を過ぎていた。


『最後に久しぶりに永森神社に行ってみるか・・・』


永森神社は、以前、バイトが終わった帰りによく立ち寄った場所でもあった。


永森神社は標高100mの小さな山の頂上にあり、広場の庭からは永森村の全景が見渡せた。


そこから見渡せる村の景色がとてもきれいで、ヒロトはその景色が好きだった。


『景色を見れば、少しは気分を取り戻せるかな』


ヒロトはその景色を見ようと永森神社に向かった。

永森神社に続く長い階段を上り、神社に着いた。


そして礼拝殿の脇にある小道を少し歩くと永森村を見渡せる広場があった。

ヒロトはその広場に到着した。


すると、そこに人が一人いた。


『あれ、珍しいな。人がいるなんて・・・』


よく見ると、その人はピンク色のリボンのついた麦わら帽子をかぶった少女だった。


どうやら、絵の具をもって風景を描いているらしい。


『今どき、水彩画を描くなんて珍しいな。

でも、この風景は、俺のお気に入りの場所。

ここをスケッチするなんて少しうれしくなるな』


ヒロトの好きな風景を描く麦わら帽子をかぶった少女を見て、ヒロトは少し安らいだ気分になった。


ヒロトは、少女の絵描きの邪魔をしてはいけないと思い、少女から10mほど離れたところに行き、そこから風景を眺めることにした。


ヒロトは永森村の景色をみて一呼吸した。

『う~ん、やはりいい景色』


そのとき、ヒロトの脳裏に麦わら帽子がふっと浮かんできた。

ヒロトは、10m隣にいる少女をちらっと横目で見てみた。


『それにしても、あの麦わら帽子・・・

どこかで見たことがあるような?』


ヒロトは何かを思い出しそうだが、どうしても思い出せなかった。


『ま、いいか』


ヒロトはそう思い、再び、永森村の景色を眺めた。


すると、少女が急に声を出してきた。


「ああ!」


彼女はヒロトに向かって叫び声のような声をあげた。


ヒロトはその声を聞いて、少女の方を見ると、ヒロトの方に指を指して少女がこちらを向いていた。


そして、こう言った。

「おにいちゃん、久しぶり!」


『はて、どこかで聞いたような声・・・』


でも誰だか思い出せない・・・


ヒロトは誰だろうと戸惑った。


彼女は、何も思い出せないヒロトに気づき、ゆっくりこっちに向かって歩いてきた。


そして、ヒロトの目の前まで歩き、ピタッと止まった。

じーっとヒロトを見つめて少女は、一言だけ語った。


「フウセン・・・」


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