第5章 第1節 揺れる思い ~ 二人の呼び名
ヒロトと明日香が新宿駅公園でデートして以降、明日香が選ぶデートスポットは、海岸、森林、公園など、自然を感じる場所ばかりになった。
ヒロトは仕事の都合上、そして、明日香は家庭の事情があり、月に1、2回しかデートで会えない。
でもヒロトは、仕事でピリピリした気分を和らがせる場所を、明日香が選んでくれる気遣いがとてもうれしかったし、何よりヒロトもそれを望んでいた。
明日香と出かける場所は、ヒロトにとっていい気分転換になった。
明日香と一緒にいると心が落ち着くし、仕事もはかどる。ヒロトにとって明日香は大切な存在になっていた。
今日、ヒロトと明日香は東京のはずれにある自然の風景がきれいな神社に来ていた。
『そういえば、昔、ユカリとよく神社で会っていたな・・・』
ヒロトは久しぶりにユカリのことを思い出した。
『当時は、ユカリと二人で絵を描いたり、喧嘩ばかりしていたっけ』
ヒロトは、ユカリとメールでデートの計画を決めていたときや、神社で絵を描いていたときのことを思い浮かべていた。
(メールでデートの計画をしたやり取り)
ユカリ「なんで、女のあたしがデートコースを決めなきゃいけないの?普通、こうゆうのって男子が決めるんだからね!」
ヒロト「がんば~」
ユカリ「がんば~じゃないよ!(# ゜Д゜)!まったくこの男は!」
・・・
(絵を描いていたときのやり取り)
「ヒ、ヒロト、あんまし、じーっと見ないでよ!なんだかはずかしいじゃない。。。」
「ユカリがこうゆうポーズをしてっていったんじゃないか!」
「イーだ!」
(ユカリと神社で待ち合わせしたとき)
「だ~れ~だ!」
「おい、止めろ、こら、何も見えないじゃないか!ユカリ!」
「あはは、びっくりした?ヒロト」
「あははじゃないよ、ユカリ」
・・・
『ユカリ、今、元気しているのかな…』
ヒロトは、ユカリを懐かしく思い返していた。
・・・
「早川さん、どうしたんですか?」
ヒロトははっと我に返った。
『今は明日香と神社でデート中だった。
明日香と会っているときにユカリのことを思い出すなんて、明日香に失礼だ』
「いや、ちょっと考え事をしていて」
明日香は続けて言った。
「あの~今度からヒロトって呼んでいいですか」
「え、いや~」
明日香は目を細めて微笑んでいた。ヒロトを初めて食事に誘ってから半年経ち、明日香は気づいたことがあった。ヒロトは相当な奥手で、女性をリードできるタイプではないとのこと。
もちろん、明日香は社長令嬢であり、父が男性との付き合いに厳格ということもあり、慎重になっている面もある。
でも、ヒロトは、他の女性と付き合っていてもきっと同じだろう。
仕事ではどんどんリーダシップを張るのに女性の付き合いとなるとまったくの奥手・・・。でも、そんなギャップが返ってヒロトを余計に好きにさせた。
「じゃあ決まり!ヒロトって呼びますね」
ヒロトは返事を返すまえに、明日香は答えた。
明日香は、少し赤くなったヒロトを見てくすっと笑った。
「じゃあ、今度はヒロトの番よ。私のこと、明日香って呼んでくれたらうれしいな。2歳年上なんて気にしないでいいですよ」
「え?」
ヒロトは少し抵抗を感じた。
「明日香・・・さん」
ヒロトは呼び捨てで呼べなかった。
明日香は、頬を少し赤らめ、照れていたヒロトを見て笑った。
ヒロトは、またユカリの言葉が脳裏に浮かんできた。
(ユカリとの神社でのやり取り)
「じゃあ、ヒロトって呼んであげるね」
「ヒロト?それに呼んであげるって。まるで上から目線じゃん。俺は3つも年上だよ。先輩だぜ。せめてヒロトさんって呼んでくれよ」
「はい、はい、わかりました。ヒロト」
だめだ、こんなときにまたユカリのことを浮かべるなんて明日香さんに失礼だ。
「明日香・・・」
ヒロトは照れながら呼んだ。
「うれし~、そう言われると、本当の恋人同士になったみたい!」
明日香が本当に喜んでいた。
女性って、こうゆうことだけでもこんなに喜ぶんだ・・・。
ヒロトは明日香の喜ぶ顔を見て、嬉しくなった。