第4章 第6節 明日香との交際 ~ 公園のベンチで
明日香は、今はまだ、ヒロトに家族のことを聞くべき時ではない。そう思い、違う話をした。
「早川さん、私ね、素敵な公園をしっているけど、今度、一緒に行ってみませんか?」
「ほんとですか?ぜひ、行ってみたいです」
そして、公園に行く約束の日になった。映画を二人で観た後に、明日香のお気に入りの新宿公園に立ち寄った。
「早川さん、この公園ってきれいで落ち着くでしょ」
「はい、そうですね。俺、公園や自然って昔から好きだったんです」
ヒロトは、公園から見える自然の風景に心がとても和んだ。
「秋本さん、素敵な公園に誘ってくれてありがとうございます」
明日香は、ヒロトがここまで喜んでくれたことに嬉しくなった。
「早川さん、あのベンチに一緒に座りませんか?」
「そうですね」
ヒロトと明日香は二人寄り添って、ベンチに座った。
そして明日香は、左側に座っているヒロトの顔をチラッと見た。ヒロトはいつになく清々しい顔をしていた。その表情を見て明日香は微笑した。
ヒロトは、東京に来てから仕事で張りつめていた長年の緊張が和らぐ感じがした。
ヒロトは思った。
『自然に触れて、こんなに清々しい気持ちになれたのは本当に久しぶりだ』
二人はしばらく、ベンチに座って自然の雰囲気を楽しんでいた。明日香は、自然に触れて穏やかになるヒロトを静かに見守っていた。
...
ベンチに座ってから20分ほど経った。
明日香は、ヒロトがずっと話しかけてこなかったので、そろそろ声をかけようかなと思っていた。
すると・・・
ヒロトがゆったりと明日香の左腕に寄りかかってきた。そしてヒロトの横顔が明日香に近づいた。
『え、早川さん・・・』
明日香はドキっとした。そして、そっとヒロトを見ると、ヒロトはスヤスヤと眠っていた。
『くす、なんだ、眠ってしまったのね。こんなところで眠れるなんて。そういえば、早川さん、ずっと休んでいないって話していたな』
明日香はヒロトの表情を見てみた。ヒロトは安らかな表情、まるで子供のように眠っていた。
『早川さんの寝顔ってかわいいんだ』
ヒロトの寝顔はまるで少年のようだった。
『新人社員と変わらない年なのにね。それでこんなかわいい顔で仕事の重圧に耐えているんだな。
でも、どこか抜けているし、そこがかわいいとんだけどね』
明日香は、しばらく眠っているヒロトを起こさず、ただヒロトの寝顔を見つめていた。
・・・
30分してヒロトが目覚めた。
「あれ、俺、眠っていたんですね」
半分寝ぼけた表情で明日香に話しかけた。
「いいの、眠い時は眠ったらいいのよ」
「ありがとう。何だか俺、秋本さんといると、すっかり安心してくつろいでしまって・・・」
ヒロトは、また眠ってしまった。
『早川さんは昔の父と同じだ。でも早川さんはとても優しくって繊細。そこは父と少し違うかな。誰かがそばで守ってあげなければ、この人はいつか壊れてしまうかも』
明日香はそう思っていた。
でも、明日香は嬉しかった。「私といると安心してくつろげる」とヒロトが言ったこの言葉が何よりも嬉しかった。
日頃から面倒見のよい明日香は、ヒロトを恋人としても見はじめていたが、どこか弱さがあり、世間常識が抜けているかわいげのある年下のヒロトに母性本能のようなものをくすぐられていた。
ヒロトをこれからもずっと守ってあげたいな・・・明日香はそんな気持ちがより強くなっていた。